疑惑と邂逅
──青年と黒猫が別れた頃。
《窓口》はフラフラと町を歩いていた。本来ならば、情報収集を仕え魔達に任せて、自分は本来の仕事をすればいいのだが、今回彼女はそれをしていない。情報収集にしても、島にいる《情報屋》に頼めば、必要な情報は確実に得られる。その情報でも分からないことは多少あるため、彼女はそれを確認するためにフラフラと歩いていた。高台の学校。小さな商店街。そこから閑静な住宅地。フラフラと歩いては、高校生と見られる人間に話を聞いて回っていた。
「ふぅ・・・『彼女』の噂も着実に広まってますね・・・」
そして《窓口》は再び歩きだす。
✡
護もまた町を歩いていた。自殺したという女子高生の家を訪問し、親から話を聞いたのだが、心霊現象の有力な情報は得られなかった。その家をあとにして、今度はイジメの加害者に話を聞こうと歩いていた、だが。護の目の前を歩いている、見覚えのある黒髪の少女。四つ葉の髪飾りを着けている。間違いない、『アイツ』だ。周りの者から《窓口》と呼ばれる少女だ。
「おい、ここで何をしてる?」
護は声をかけると同時に、彼女の華奢な腕を掴む。
「きゃっ?!・・・あぁ、護くんか・・・びっくりした」
彼女は大変驚いた様子で護を見る。
「ここで何をしてる?」
「えぇ〜っと・・・散歩?」
腕を離し、質問をもう一度投げ掛けると、彼女から、すっとぼけた答えが返ってくる。さすがに立ち話するのも落ち着かないので、二人は公園に移動してベンチに座ることに。
「お前がここにいるってことは、何かあるんだろう?」
「酷い人ですね、わたしを『歩く死亡フラグ』みたいに言わないでくださいよ」
「お前が島の外にいるときに、何もなかったってことはなかっただろう?」
彼女は過去にいくつかの事件にも関わっている(と思われる)。ただそれを証明する証拠は何もないが。護が彼女に何度か問い詰めたが、全てかわされる始末。
「今度は何を企んでる?」
「別に何も企んでないですよ?ちょっと仕事で」
「仕事?何の?」
「最近この辺りで噂になっt」
「ちょっと待った」
護は彼女の言葉を遮って続ける。彼女は言葉を遮られて若干、不満そうな表情を浮かべている。
「その『噂』っていうのは、お前が口に出して、世界にも、誰にも、何の『影響』もないモノなのか?」
護が尋ねると、彼女は髪飾りに手をかけて「大丈夫ですよ、ちゃんと制限は着けてますから」と言う。
「いくら制限を着けてても、完全に影響がなくなる訳じゃないだろ?」
「全く、心配性ですね、護くんは」
「お前はもう少し自分の力の影響範囲を考えろよ」
どこにでもいるような見た目に反して、彼女の持つ力というのは強大だ。それこそ、世界一つを破壊して再構築するのが簡単に実現できる(本人曰く)くらいらしい。そんな強大な力を持った彼女は制限がなければ、その場にいるだけで色々な影響を世界に及ぼす。それはちょっとした『噂話』でさえ、彼女がいれば一瞬で実現してしまうほど。今回の『噂話』もその影響なのではないか。そんなことを考えている護をよそに、彼女は話を続ける。
「まぁ、これは他から聞いた話だから、影響も何もないですが」
一旦、間を置いて彼女は再び話を続ける。
「なんでも、この辺りで自殺した女子高生がいたんですってね」
「お前、その『噂』で何をするつもりだ?」
「あら、別に何かをしようという気はありませんよ?ただ、それを調査するだけです」
「それなら相談員に適任者がいるだろう?《退魔師》とか《祓魔師》が」
護の言葉に、彼女はやれやれといった感じの表情だ。なんで自分が請け負ってるのか、わからないのかと言いたげに。
「その適任者が、二人とも今は忙しいんですよね」
「それを見越して、お前が裏で動いてるんじゃないのか?」
「そんなことはないですよ、全く疑り深いんですから」
「疑うのが刑事の仕事だからな」
護は『箱庭島』の刑事である。ただし、普通の刑事ではない。実際に警察や検察等の機関は島にもあるが、あくまでも普通の人間同士の事件などの担当で、それ以外の事件には一切関わることはない。その警察などが扱わない、島や島の外で魔術師や妖魔達などが起こした事件、さらには心霊現象を主に扱う《怪奇現象捜査課》という『箱庭島』独自の特別な部署に配属されている。そういった、普通に科学などを用いても説明できないような事件は、基本的に表沙汰にはならない。過去に《窓口》も色々と彼らに協力したりもしているが。その刑事達を、島の魔術師達や妖魔達は畏怖の念を込めて《異端審問官》と呼ぶ。そう呼ばれる理由は別にあるが。彼らは魔術とは全くの無縁の普通の人間から、多少、魔術が扱える人間が幅広く所属している。まぁ、護は前者だが。
「それで《異端審問官》さんも、何かあってここにいらっしゃるのでしょう?」
「お前の言う、その『噂』ってのを調べてる」
✡
久しぶりに凜は華憐と買い物に出かけた。今日は土曜日。昨日は不思議な体験をしたが、華憐の気分転換にと凜が買い物に誘ったのだ。ある程度、気も済んだので帰ることにしたのだが、途中の公園に珍しく人がいるのに気付いた。一組の男女。そのうち女性の方は覚えてる。昨日、黒猫に連れられて行った先で会った《窓口》の少女。
「ね、華憐!あれ《窓口》さんじゃない?・・・誰と話してるんだろう?」
「ホントだ、行ってみようか」
こっそり近づいてみる。が、青年の方が近づく二人に気付いてしまった。二人と目が合った。
「ん?見たところ、この辺りの学生さんかい?」
「え、あ、ハイ」
「あぁ、その、ちょっとだけ話を聞きたいんだけど・・・時間はあるかい?」
「はい、大丈夫ですけど・・・?」
不審がる二人に青年は手帳を見せる。それはドラマでしか見たことのない警察手帳だった。その横で《窓口》が茶化すように口を挟んでくる。
「あらあら、刑事さん?合法のナンパかしら?」
「それは違う!あくまでも仕事で話を聞くだけだって、お前それをわかってて言ってるのか?」
そして彼は飛鳥 護と名乗った。どうやら、華憐のクラスで起きている現象を調べているらしい。そして、チラッと《窓口》の方を見る。そっぽを向く《窓口》。はぁ、とため息をつくと彼女はベンチから立ち上がった。
「さすがに貴方のお仕事に茶々を入れて、言われのない罪で捕まるのはご免ですからね?邪魔者は去りますよ」
「後でそっち行くがいいか?」
「そうですね・・・ネロくんに確認しておきますよ」
そして彼女がどこかに歩いていった後。華憐が、少し後ろめたそうに疑問を護に投げ掛ける。
「あの・・・刑事さんは、あの人とはお知り合いなのですか?」
「あぁ、それは気にしないでくれ・・・あと何かあっても『アイツ』には絶対に関わらない方がいい」
「えっ?なんでですか?」
関わらない方がいいと言われても、彼女とは昨日、関わったばかりだ。そのことを彼に伝えたところ、「あぁ、そうだったのか」と言って何かを考えている。
「あの・・・もし、よろしければ《窓口》さんのところまで連れていってもらえますか?」
「それはいいんだが、なんでまた?」
「思い出してみたら・・・華憐、実は、この現象のことは話をしたんですけど」
「実際に《窓口》さんにこうして欲しいってことは・・・まだ、話をしてなくて」
二人の言葉の後も、しばらく何かを考えていたようだが、護は意外なことを口にする。
「それでも向こうは問題ないだろうな・・・アイツは人が望んでいるモノとかも視えてるらしいから、言わなくてもきっとわかってるんだろう・・・だから、ここにいたんだ」
こうなると、彼女の視えないモノの方が気になってくるが、話が逸れるので考えるのは止めた。とりあえず二人は、護と後日《窓口》のところに行く約束をして、家に帰ることにした。