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彼方の昴  作者: 鋏屋
第二章 開発編
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14. お金が無い

 新しい年が始まり、帝立ドルスタイン上級学院も授業が始まった。

 アインは相変わらず一般教養の授業はアイデアを羊皮紙に書く時間に費やし、選択学科からそのまま放課後まで錬金科の実習室で過ごすというサイクルを繰り返す毎日だった。

 バストゥールは、年明け早々の休校日に、耐久試験と称して、グラウンドをひたすら走り続けるという、スポ根アニメじみた試験を敢行し、通常六時間、全力稼動で四時間という結果が出た。

 アインはこの結果が不満だったようで、通常稼動で最低でも八時間の稼動が必要として、冷却水を冷やすためのファンを増設し、更に稼働時間を通常十時間、全力六時間まで伸ばすことに成功した。

 そしてこの時点で一次装甲の上に、外殻装甲としての鎧を装着させ、『疾風』四型とした。以後、これを正式に『疾風』と呼ぶようになる。

 

 三機の疾風に外殻装甲を被せ、益々人間の騎士の様な姿になったバストゥールは、今や錬金科の看板作品となっている。

 最近ではその疾風同士での模擬戦などを行うのだが、運動系部活動の活動を妨げる為、グラウンドを使うことが出来ず、疾風の稼働場所をアーノルド講師に相談したところ、アーノルドが校長に掛け合って、今後生徒が増えた時の為に空けておいた新規校舎建設予定の空き地を使わせて貰えることになったのだ。

 そこでアインはその場所に簡単に撤去出来るような仮設の整備場を建て、電磁甲冑機兵バストゥール用演習場としたのである。

 整備用家屋はアインの発案で、ボルト、ナットで支柱と梁を繋ぎ、壁や屋根は同じ形の大パネルを作りしておき、現地で組み立てるという、プレファブもしくはパネルハウスの工法を採用した。もちろんこれは異世界人である藤間昴の知識に基づいた技法である。

 組み立てには疾風を使用し、きわめて短時間での設営を可能にした。バストゥールは人間と同じ五指を備えた手を持っているので、こういった重量物の組み立て作業には向いており、作業重機としての活用も実証できたのである。

 また、この仮設整備場には小型の電磁エンジン一機と複数の大型バッテリーが設置されており、整備場内の照明は電気照明、作業用滑車や重量部品の吊り込みガッチャなどは電動式を採用するなど、近代的な施設となっていた。これらの設備は、後に聖帝軍で戦闘時の野営陣地設備として採用される事になる。


 寒空の中、地鳴りのような音と共に地面が震動し、『錬金科・電磁甲冑機兵バストゥール野外演習場(仮)』と書かれた大きな立て札が小刻みに震えている。

 そして時折、コーン、コーンと、大木に斧をぶつける様な音が辺りに響き渡る。知らない者なら、こんな学園の敷地内で、木を切る木こりが居るのかと首を捻るだろう。

 しかしその音の原因をその目で確かめた者ならば納得がいくだろう。いや、知らない者ならば、たとえ自分の目で見たことでさえ、にわかに信じられない思いであろう。

 なぜなら、この寒空の下でその音を鳴らしていた者達は、身の丈一八フィメ(約九メートル)にもなる鉄の巨人なのだから。


『もらったぁぁぁっ!!』

 と右肩に『弐』と書かれた鉄巨人、電磁甲冑兵バストゥール『疾風』が拡声器で増幅された大きなかけ声と共に、右手に握った巨大な木剣を横凪に振るった。それに対し、同じく右肩に『壱』と書かれた疾風が、その必殺の間合いで放たれた一撃を間一髪で交わし、しかも腰を捻って無理な姿勢から左手に装備された盾の先で、なんとその木剣を握った手を打ち付けた。その衝撃で握っていた木剣は、その手から離れ、くるくると回転しながら後方へ飛んでいった。

『はい、それまでっ!!』

 野外に建てられたテントから、拡声器で増幅されたミファの声が響き、二体の疾風は動きを止めた。そして『弐』と書かれた疾風は後ろに転がった木剣を拾い、両機ともそろってテントの前まで来たところで、腰を折り、膝を地面について腹這いになった。どことなく肩を落としてがっくりとうなだれてるようにも見える少々情けない姿だが、この姿勢がバストゥールの駐機姿勢である。

 この姿勢になると、バストゥールが頭をもたげるようになり、ちょうど人間で言うところの延髄に当たる部分にある操縦席への乗り込み口からの乗降の際に、頭が足かけになって降りやすくなるのだった。

 キューンと言う、渡り鳥の鳴き声の様な音が静まり、肩に『弐』と書いてあった疾風の搭乗口の蓋が開いて、中から学院の制服を着た女生徒が出てきた。

 頭には羊の皮に綿を仕込んだ、首筋近くまである帽子を被り、肩と胴、そして肘や膝、拗ねの部分にも同じような綿を仕込んだ皮の鎧のような物を制服の上から着込んでいる。

 その女子生徒は、首をもたげた状態の疾風の頭に足を掛けて、ひょいと地面に飛び降りた。その際にふわりとスカートの裾がまくれ上がるが、中には膝上まで身体にフィットした黒い下履きを履いているため、下着が露出することは無かった。

 すると、隣に駐機した、肩に『壱』と書かれた疾風からも同じような格好をした生徒が出てきて、同じく地面に降り立ち、頭に被った帽子を取った。騎士科一年で、疾風壱号機の副試験操縦士であるガッテだった。

「く~っ! ミファには解るけど、あんたにまで負けるなんて…… 不覚を取ったわっ!」

 そう言いながら帽子を脱ぐ女子生徒は、騎士科二年のミランノ・マイセンだった。彼女は疾風弐号機の副試験操縦士である。

「最後のはちょっと焦ったけど、疾風の慣熟じゃ、俺の方がまだ上ですね、せ ん ぱ いっ!」

 とガッテは外した手袋をぷらぷらさせながらミランノに笑いかけた。そんなガッテの仕草にミランノは「くやし~っ! あのどや顔っ!」と地団駄を踏んだ。するとそんなミランノにミファが駆け寄って声をかける。

「先輩も惜しかったですよ。ただちょっとガッテに一日の長があったって事ですね。ですがかなり乗りこなせてると思います」

 そう言うミファにミランノは苦笑する。

「そりゃ、このところ毎日乗ってるからね…… しかしミファには及ばずとも、先輩としてあの一年坊には勝ちたかったぁ~!」

 ミランノはそう言って両手で頭の赤毛をかきむしった。肩までの綺麗なウエーブがかかった髪が台無しである。しかしミランノは気を取り直し、頭に被ってた皮の防護帽子を肩に引っかけ、目の前で駐機姿勢を取る疾風を見上げた。

「でも、面白いよコレ! ホントに自分がおっきな巨人になったようでさぁ。すっごい力持ちになれるし、こんなおっきいのに馬より早く走れちゃう」

 そう子供のようにはしゃいだ声で言うミランノにミファも同意して頷いた。自分の身体に身につけた剣技が、自分の身体にきわめて近い動きで鉄の巨人に再現される実に素直な操作性。それはまるで自分の身体が巨大化したような一体感を生み出す感覚で、一度体験すると病みつきになるのだった。

「一騎当千って言葉があるけどさ、この疾風なら本当に千人の兵隊を相手にしても負ける気がしないよ」

 ミファも確かにそう思う。この電磁甲冑機兵バストゥールというキカイは、これからの戦の概念を一変してしまう可能性を秘めている。

「でもたった三体ってのは少なすぎるよね。あ~あ、一〇体くらいあれば、もっといっぱい乗れるのになぁ…… ねえミファ、アインノール君は、その辺りどう考えてるのかな?」

「さあ、私には何も…… 私は殿下について行くだけですので」

 とミファは答える。実際にミファも、アインがこれからどうするのかを、何も聞かされていなかったのである。そんなミファの答えにミランノはため息をついた。

「そっか、ミファも聞いてないのかぁ…… 増やしてくんないかなぁ、疾風」

 

 そのアインは、演習場の整備場で模擬戦の様子を眺めていた。そこに、結局疾風の機体整備長をやることになったログナウがやってきてアインに声を掛けた。

「なあアイン、とりあえず疾風は完成したけど、これからどうすんだ?」

 するとアインは「ああ、ログナウ先輩……」と答え、少し渋い顔をした。

「そのことなんですが、実はですね、昨日アーノルド先生に呼ばれまして……」

 と話を切り出し、事の次第を説明し始めた。

 昨日アインは錬金科講師であるアーノルドに呼ばれ、彼の執務室を訪れた。その理由は、錬金科の予算に関することだった。

 実は今年の錬金科の年間予算が、もうほとんど残っていないらしいのである。その原因は、もちろんこれまで電磁甲冑機兵バストゥール開発にかかった費用であり、その費用総額は科の年間予算の実に九割に上ってしまっているらしい。

 今期は何とかアーノルドが校長に頼み込んで増額して貰ったが、来期の予算では、電磁甲冑機兵バストゥール三体の整備費用に充ててしまったら、通常実習が出来なくなってしまうとのことだった。

 アーノルドとしても、今回の結晶回路や電磁エンジン、そして電磁甲冑機兵と、革命的な技術を生み出した成果を校長に説明し、予算増額をお願いしたのだが、現在学園の経営も中々難しく無い袖は振れないとのことで据え置きとなってしまったのだそうだ。


「――――つまり、お金が無いので何も出来ないのですよ……」

と、アインは演習用仮設整備場に集まった生徒達に事の次第を説明し、ため息をついた。

「ある程度予想はしていたが、そこまで切迫していたとは……」

 ログナウはそう言ってうなだれる。他の生徒達も皆同じように「はぁ……」とため息をついていた。

「私も父上にお願いしたいところなんですが、エンジン四機と結晶回路用に純ゲルベミウム綱石を横流しして貰うために『必殺おねだり券』付きの手紙をもう二回も送ってしまったので、そろそろ…… いや、でももう一回ぐらいは……」

 そのアインの告白を聞いてミファは目を丸くした。

「で、殿下! 鉱物採掘は我が国の数少ない財政源の一つ。そ、それを国王に自ら横流しさせるなど…… 言語道断です。御自重くださいっ!」

 アインの父、デルフィーゴ王国現国主であるアイバン・ブラン・デルフィーゴ八世は何かとアインには甘い。幼少の頃から病気がちであり、一時は危篤となり宮廷医師から臨終を告げられるも、持ち直した事も原因の一つであるが、それに和を掛けてアインも、その少女のような容姿でおねだりをするので、激甘な溺愛ぶりになっている。

「あ―――― 怒られちゃいましたね。まあ、そういうわけで、僕ももう囓る脛が無いのです」

(確かにパパりんは何とかなりそうだけど、ママりんはそろそろマジでヤバそうだしな)

 と心の中で呟くアインだった。

「けどさ、このまま行くと、錬金科そのものがやばくない? 僕は商業科所属だからあれだけど……」

 とレントが言う。すると結晶術科の生徒も「ウチもヤバイかも……」などと呟きだした。結晶術科も、アインが国元から送って(横流し)貰った純ゲルベミウムを結晶術用の結晶石に加工して貰う為に、加工屋に出しているのだが、その量が尋常では無く、かなりの加工費がかさんでいたのだった。

「このままでは実習が出来ずに単位が取れないという自体になりかねませんね」

 アインのその言葉に、錬金科と結晶術科の生徒達は響めいた。そのほか、レントや、手伝いで来ている騎士科の生徒も気の毒そうにしている。

「う~ん、確かに責任の一端は僕にもあるわけだし……」

 と呟くアインに、集まった生徒全員が『一端どころじゃ無えだろうっ!!』と、心の中でツッコミを入れる。

「ここは、奥の手を使いましょう」

 とアインはパンと手を叩いて言った。そんなアインに嫌な予感がしたミファがすぐさま予防線を張る。

「殿下! 国元はダメですよ!」

「ううん、違う違う――――」

 とミファのツッコミにアインは首を振った。

「この電磁甲冑機兵バストゥールを売りに出しましょう!」

 そう言ってアインはにっこりと可憐な笑顔を披露したのだった。


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