13. 哲人宰相
年が明けた聖歴二九七年。
新年を祝う行事があちこちで開催される中、アインはミファと連れて聖都を歩いていた。年始の授業のための教材を買うためだった。学校は年末年始と言うこともあって休校中だった。このあたりはどこの世界も変わらないようである。
学校の授業のための教材はかなり多いので、アインはお店の人に、デルフィーゴ王国の領事館に届けて貰うように頼んでいたので、買い物をしているとはいえ手ぶらであった。ほぼ一通りの物を買ったころ、アインは「あ、そうだ。アレ出来てるかな?」と呟いた。
「何ですか、殿下?」
ミファがそう聞くとアインは「え? ああ、ちょっとね」と答えをはぐらかした。
「年末にちょっと頼んでいた物があってさ。もう出来てる頃だなって思って」
アインはそこで少し考え込み、「ま、いいか」と言って頷いた。
「ちょっと寄りたいところがあるんだ、付き合ってくれるかい?」
とアインはミファに聞いた。ミファは久しぶりにアインと二人で居ることが嬉しいので断るはずも無いが、そこは小姓である。そんな感情は微塵も出さずに「かまいません」と冷静に答えたのだが……
「よし、じゃあ混んでるから手を繋いでいこう」
とアインはミファの手を掴んで歩き出したので、たちまち仮面が崩壊してしまった。
「え? あ、あ、は、はいっ!」
とやっぱり赤面で答えつつ、アインに引きずられるようにして路地を歩いた。
ミファはアインよりも年齢が上だが、背もアインより頭一つ高い。と言ってもアインがちょっと背が低いので、一般的な同年代の少女達より少し高い程度だ。だがその長身が普段着である騎士服がよく似合い、芝居女優のような容姿になるのだ。そしてその手を引くアインの容姿もまた美少女と言ってよい顔をしており、どう見ても年頃の男女とは見えないのが、ミファには悲しいところである。
そんな感じで歩いていると、横合いから二人に声がかかった。
「アインく~ん!!」
振り向く暇も無くドタタっ!と派手な足音がしたかと思うと、ガバッと一人の女性がアインに抱きついてきた。その瞬間ミファはハッと我に返り、抱きつかれているアインの腰を思いっきり抱きしめ引っ張った。その瞬間「ぐえっ!?」っとぐもったアインの声が上がったが、ミファの耳には届いていなかった。
「うっひゃ~ ほっぺやわらか~! 女の子みた~い!」
とアインに頬ずりするのはなんと、レムザール令嬢こと、ミスリア嬢であった。
「ミスリア先輩!? 何故ここに?」
「あらミファちゃんも居たの?」
このミスリアの言葉に、ミファは少々カチンときた。せっかくのアインとの二人っきりの時間を邪魔されたことも手伝って気が立っていたのである。
「もちろんです。私は殿下の小姓ですから。殿下とは常に行動を共にするのが小姓の役目です。ご存じないのですか?」
すると、そんなミファの少々トゲのある言葉に、ミスリアも癇に障ったのかピクっと眉の端が上がる。
「もちろん知ってるわよ。私を誰だと思っているの? それに先輩に対してその物言いは少々礼を欠くのでは無くて? ミファ”準 騎 士 様”」
「これは失礼いたしました。公衆の面前でいきなり男子に抱きつく様な振る舞いをするような婦女子が、よもや”レ ム ザ ー ル 令 嬢 様”だとは夢にも思わなかったもので」
一方はアインの頭を、もう一方はアインの腰を力一杯抱きしめながら、超至近で睨み合うミファとミスリア。しかもお互い美少女という事もあり、道行く人も足を止めて二人の様子を眺めている。
(悪い気はしないが、これはマジで痛いぞ、つかやべえっ 息がマジでやべぇ……!)
アゴ下に完全にミスリアの腕が入り込み喋れないどころか、若干酸欠気味なアインは両手を振ってジタバタともがいている。そんなアインを酸欠から救ったのは別の声だった。
「ミスリア、学校の友達か?」
その声が響いたとたん、ミスリアはぱっとアインを放すと、すました顔をして「ええ、学校の後輩ですわ」と答えながら振り向いた。その振り向いた先には、コートにハットと言った紳士然とした姿の男が立っていた。
鬢には若干の年相応の白髪があるが、若い頃から鍛えていたのであろう体躯は羽織ったコートの上からでも解り、歳を感じさせない貫禄があった。そして精悍な顔つきとそこに刻まれた皺が、これまで悠々自適で楽な暮らしをしている貴族にはない、苦労の跡がうかがえた。全体的に質実剛健なイメージを持つ紳士だった。
(なるほど、この人が聖帝宰相、トルヌス・シャル・レムザール伯爵か……)
アインは心の中でそう呟きつつ、そのコートの男に視線を預けながら居住まいを正した。
「紹介するわ、私の父、トルヌス・シャル・レムザールよ。それでお父様、こちらが……」
そのミスリアの言葉を遮り、アインはスッと腰を折り、聖帝貴族の礼に則った形で挨拶をする。
「はじめして宰相閣下。私はデルフィーゴ王国第二王子、アインノール・ブラン・デルフィーゴと申します。お会いできて光栄であります」
「お、同じく私はアインノール殿下の小姓を務めます、準騎士、ミファ・トラファウルと申します」
ミファも慌ててアインノールの後ろで跪き頭を下げた。
「おお、貴殿がアインノール殿下か。ミスリアから聞いて居た。何でも学園では色々と面白い物を造っておられるとか……」
レムザールはそう言ってアインに向け破顔した。だが、アインは自分の名前が出た瞬間、この目の前の紳士から強烈なプレッシャーを感じていた。
歳だけを考えるなら、異世界の藤間昴の年齢を合わせればアインはトルヌスと変わらないはずであるが、昴が地球の日本という平和な国で育ったのに対し、トルヌスは軍人であり、人の命のやりとりをする戦場で実戦も経験している。その経験値の差が、見えない重圧となってアインにかかっているのである。
(こりゃ…… さすがは『哲人』と言われる人物だ。すげえ貫禄だぜ!)
アインは心の中でそんな事を呟きながらも、トルヌスの視線を自分の目で受け止めていた。そんなアインノールの反応にトルヌスは興味を抱いたようだった。
(見た目は少女のようだが…… この者、何か得体が知れぬ)
トルヌスはアインの中に得も言われぬ妙な違和感を感じ取っていた。たったこれだけの会話とも取れない言葉の交わし合いでそれに気づいたトルヌスは、さすがと言えよう。
「ええまあ、確かに面白いと思います。閣下も是非一度我々の成果を見にいらしてください。新しい時代の力をご覧に入れましょう」
「ほほう、新しい時代の力とな……? 確かにこれは楽しみだ。近々伺うとしようか。では、我らはこの辺で失礼するが、これからもミスリアと仲良くしてくれると嬉しい」
トルヌスはそう言うと軽くお辞儀をして、ミスリアを伴い去って行く。トルヌスの行く先に、数人のマントを羽織った騎士がおり、その騎士達がすぅっとトルヌスとミスリアをアイン達の視界から隠すようにして歩き去って行った。
「で、殿下……」
ミファもプレッシャーを感じていたようで、ホッとしたようにアインにそう呟いた。
「アレが、哲人と呼ばれるレムザール宰相閣下か。それにしても凄い迫力だったね」
とアインが軽く言うと、ミファは目を丸くして答えた。
「殿下は何故あんなに冷静なのか…… 私は思わず腰に手を持って行くところでした」
「いやぁ、冷静なんかじゃ無いよ~ でもなんか、話のわかるようなおじさんだったよね」
(楽天的な貴族達とは違う、叩き上げの役人って感じだよなマジで…… 会社じゃ上司にしたい人ベストスリーに入るタイプだな)
そんな場違いなことを考えながら、アインは再びミファの手を取り「そんじゃ、僕らも行こうか」と歩き出した。もちろんミファは再び赤い顔で引きずられていくのは言うまでも無い。
アインはミファを引き連れて一件の武器・防具店に入った。そしてスタスタと店のカウンターまで行き、店員に名前を告げると、店員は頷きながら店の奥に入っていった。
アインは普段、こういった剣などの武器にはあまり興味が無い。剣術自体苦手で、稽古も少しだけ、軽く汗を流す程度でやめてしまう。元々身体が弱かったせいもあるが、そう言った肉弾戦には性格的にも向いていないのである。
そんなアインが、こんな店に入るのがミファには不思議でならなかったのだった。
「あの、殿下…… いったい何を注文したのですか?」
とミファは聞いたが、アインはにっこり微笑んで「直ぐに解るよ」と嬉しそうに言った。
程なくして、先ほど奥に入った店員が細長い木箱を持って戻ってきた。アインはそれを受け取ると、木箱を開けた。中には一振りの剣が鞘に収まった状態で入っていた。
しかし、その剣はミファの持っている細身の剣よりさらに細く、刀身は少し弓なりのように反り返っている。それはミファがこれまで見たことも無い形の剣だった。
アインは木箱からその剣を木箱から取りだし、ミファに渡した。
「……殿下?」
ミファは意味がわからずアインに聞いた。
「これは幻象反応金属を鍛えて造った刀っていう剣なんだ。これは他の剣と違って、この片刃の摩擦で対象を『斬る』事を目的として造られた専用の武器でね、慣れればたぶん鉄でさえ真っ二つになるよ。ミファの太刀筋には相性が良いかなって思って、ミファ専用に造ったんだよ」
そう言って差し出すアインの手から、ミファはその刀を受け取った。手にずしりとした重みを感じる。柄には紫の紐が規則的に巻かれており、その柄尻には獅子をかたどったトラファウル家の紋章が刻まれていた。ミファはその紋章に感極まりながらも、ゆっくりと刀を鞘から抜いた。
ティカナイト独特の、漆黒の刀身が露わになる。まるで吸い込まれそうな鈍い光を放っていた。
「形が同じで、バストゥール用の刀も造ってるんだ。真っ黒い刀身だから、名前は……『影光』ってのはどう?」
アインの言葉にミファは「カゲミツ……」と呟いた。当然日本語なのでミファには意味が解らない。
「古代語でね『影』に『光』って意味なんだ」
「影光…… カゲミツ…… 良き銘です。で、でも何故こんな……?」
するとアインは少し照れたように俯いて鼻を掻いていた。
「一日早いけどさ、誕生日のお祝いだよ」
そのアインの言葉にミファはハッとした。ミファ自身忘れていたからだった。幼い頃はよくアインからお祝いの品を貰ったりしたのだが、騎士になってからはそう言う事を自ら断って仕舞ったので、あまり自分の誕生日など思い出さなくなっていたからだ。
しかしアインが覚えてくれていたことがミファにはとても嬉しかったのだった。
「もっと女の子っぽい物をと思ったんだけどさぁ、これしか思いつかなかったんだよね。無粋な贈り物でちょっとアレだったかな……」
まあ、世間一般から見れば、男の子が女の子に送る物としてはだいぶズレていると言って良いだろう。しかしアインを守る騎士としての道を志すミファに取っては、この上ない贈り物だった。
「い、いえ、私のためにこんな……」
「そう? 良かった~ 喜んでくれるなら僕も嬉しいよ。この街に来たとき言ったじゃん? 楽しい思い出作ろうって。去年も色々あったし、今年もまた色々あると思う。だからその初っぱなにミファに贈り物が出来たって事は、楽しい思い出だろ?」
そのアインの言葉で、ミファの涙腺は崩壊した。
「し、しょうがい…… ひっく、だいじに、ひっく…… づかわせて いただぎまずぅ……うう」
流れてくる嬉し涙を必死に拭くミファだったが、いくら拭いても止まらなかった。そんなミファの頭を、アインは少し背伸びをして撫でるのであった。
彼女、ミファ・トラファウルはこの時の言葉通り、この愛刀景光を生涯使い続け、戦場で幾度となく主であるアインノールの危機を救ったとされる。そしてその黒い刀身は、彼女の意志の強さを象徴するかのように、彼女の墓に収まるまで一度も刃こぼれしなかったという。




