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彼方の昴  作者: 鋏屋
第二章 開発編
12/74

12. その名は『疾風』 

 一応の完成を見たかに思えた鋼鉄の巨人兵、電磁甲冑機兵バストゥールであったが、直ぐに欠陥が見つかった。それは全身の駆動に使用している鋼線筋肉繊維の発熱現象であった。

 バストゥールが初めて立ち上がった稼働試験のあの日、バストゥールはそのまま歩いて実習室を出てグラウンドに出た。そこで引き続き走行試験に移ったのだが、五分と経たずに体から煙を立ち登らせ、崩れるようにして腹這いになりながら止まってしまったのである。

 原因は鋼線筋肉繊維に流れる電流と術式によって伸縮稼働を繰り返すことによる発熱で、鋼線筋肉繊維そのものが熱疲労で溶解してしまったのである。

 ようやく立ち上がって大興奮の後の失敗で、流石に生徒達の落胆も大きく、結局その日はレバージャッキを使い、数人がかりでバストゥールの膝や手、足などの下に鉄台車を突っ込み、その場に居た生徒全員でバストゥールを実習室へ運び込んで解散となった。


 数日後、アインは実習室の黒板に新たな機構を組み込んだ新しい鋼線筋肉繊維と、それに伴う機器の配置変更を盛り込んだ図の書かれた羊皮紙を数枚貼り付け、皆に説明した。

「――――これが僕の考えた発熱対策です」

 一通り説明をして、アインはみんなの様子を伺った。アインの説明を聞いた一同は納得したように頷いていた。

 アインの思い付いたアイデアは、鋼線筋肉繊維を覆う下地装甲(後に一次装甲と呼ばれる)を二重構造にし、その空間に水を封入して、その水をポンプで循環させて筋肉繊維を冷やすという方法だった。

 生徒達はアインの方法を試すために早速作業に取り掛かった。

「冷却装甲は関節部で分ける様にしましょう。接続部には自動弁と補助ポンプを設けます」

 アインのその言葉を聞いたログナウとレントが首を傾げた。

「なんで? 全部一気に繋げて循環させた方が良くない? メインポンプ一個で済むし」

 とレントが言う。彼もこの十ヶ月で随分と積極的に話すようになった。とはいえ、未だに初対面の相手には緊張するらしく、顔を赤くしてたりする。

「ああ、俺もレントの意見に賛成だ。腕や足に補助ポンプを入れるスペースもない」

 とログナウもレントの意見を弁護する。ログナウはすっかりバストゥール制作の現場指揮者の役に収まっている。地球で言うところのチーフメカニックといったところである。

「では、両肩と両脚の付け根に入れましょう。全部で四ヶ所。脚の補助ポンプは肩より少し大きくなりますが、あそこなら外部装甲をわずかに膨らませるだけで、稼動域を阻害せずに済みます」

 とアインは即座に代案を出す。

「一括循環にしてしまうと、例えば腕が何らかの損傷を受けて外れた場合、それだけで冷却水が漏れて行動不能になってしまします。弁と補助ポンプを付けておけば、最悪損傷部位を破棄しても、他の部位の稼働を妨げません」

 そんなアインの考えにログナウとレントは「なるほど」と頷いた。

「どうせなら、今後手足の筋肉繊維は封密構造パッケージングにしましょうか。必要に応じて分離可能なら損傷時の交換や整備の効率が良いですから」

 アインのこのあたりの考え方は、前世である藤間昴の産業ロボットエンジニア時代の知識である。摩耗したパーツを交換する際、可能な限りラインを動かしたままにしておく日本の工業系企業の考え方だった。

 そうしたアイデアを盛り込み、改良を重ねていくと同時に、アイン達は他にもう二台同型の電磁甲冑兵(バストゥール)を組み立てていた。これは別の改良を施す上で、一台だけでは効率が悪いというアインの判断で、このあたりも前世の世界の考え方であった。

 そんなわけで、大きかった錬金科の実習室は大型の結晶炉に加え、三体のバストゥールを格納し手狭になっていった。

 三体のバストゥールには一号機から三号機と機体番号が振られ、ついでにアインが独断で型式番号と愛称を付けた。


 形式:昴ロ-イ式  愛称:『疾風しっぷう』弐型


 それがアインの付けた機体名称だった。そのネーミングの由来は、藤間昴時代にパソコンで遊んでいた一九四〇年代のオンラインフライトゲームでの、旧日本帝国軍機の命名式を参考にしていた。

 全て日本語である為、当然アイン以外は全く理解できなかったが、この計画の発案者であり設計者でもあるアインが「これはアウシス老師から教わった大昔の神聖言語なのだ」という大ボラを吹き、皆がそれを信じて賛成してしまったという顛末である。

 ちなみに、最初の『昴』はエンジンの名称で『昴型結晶電磁エンジン』を表し、その二番目のエンジンと言う意味『ロ』。次の『イ』は骨格順で、一番目の骨格を意味する。最後の『弐型』は初期の機体に冷却機構を持たせた二番目の改良機体という意味である。

 番号が『四七進イロハ記数法』だったり、漢数字では無い『大字』だったりするあたり、前世藤間昴のこだわりの美学があったのかもしれない。

 また各『疾風』には、それぞれ担当試験操縦者が正、副二名づつ撰ばれた。

 一号機は正にミファ、副にガッテ。二号機は正にラッツ(騎士科二年)、副にミランノ(騎士科二年女子)。三号機は専属担当操縦者が決まっていなかった。

 バストゥールの操縦席には、衝突、転倒時に自動で『衝撃緩和』の結晶術が展開する仕組みになっている。もっとも人間が転んだり、何かにはね飛ばされたりするときに『身を固くする』または『受け身』と言った無意識の脊髄反射行動に反応して術が発動する仕組みであり、操縦者の意識が無い場合は反応しない(そもそもエンジンが止まる)ので完全な自動とは言い難い。

 その衝撃緩和術が展開しても、人間の五倍弱の背丈と、数百倍の質量のバストゥールが転倒するときの衝撃はかなりの物があり、安全を考えて騎士科の生徒が試験操縦者として撰ばれていた。


 ともかく、その冷却機構を持たせた改良鋼線筋肉繊維を実装するため、機器の再配置の見直しを図ったり、同時に結晶回路を改良などを行い。最初に起動試験を行った壱型の改良版である『疾風』弐型の起動試験が行えるようになるには、さらに一ヶ月半の時を要した。その間季節は秋を過ぎ、冬になっていた。


 新型の筋肉繊維を実装した一号機は、難なく立ち上がり、そのままグラウンドを歩き、それから疾走テストに移った。

 操縦席でミファは自分が走る気持ちで足下ペダルを踏み込むと、座席の下の電磁エンジンが唸り、新しく組み込んだ冷水循環ポンプが、まるで大きな心臓のように規則的な振動音を放ち始めた。

 ミファはさらにペダルを踏み込み、それに応じて脚の稼働スピードが上がるが、前回の様な止まる気配は全く感じられなかった。

 一気にグランドの端まで走って、ミファは急制動から腰を捻り、くるりと機体を反転させる。疾風はミファの考えたとおりの動きをし、再びスタート地点に戻ってきた。


 一方、その姿をグラウンドのベンチで眺めていた生徒達は、また止まってしまうかもしれないと言う気持ちでハラハラして一号機の動きを見ていたのだが、いっこうに止まる気配を見せない一号機の姿に、徐々に喜びの声が上がっていった。

 そんな生徒達の声に反応したミファが、ここでサービス精神を発揮する。

 ミファは一号機をグラウンド倉庫に歩かせ、倉庫裏に寝かせてあった競技会用の看板支柱に使う長い丸太をつかませると、それを剣に見立てて演武を披露したのである。

 ミファの実家であるトラファウル家の剣の流派は、剣撃による突戦では無く、その刃の摩擦で『斬る』事を追求した流派であるため、その極意を身体で覚えさせるために様々な技の『形』が存在する。

 盾を必要としないその剣技の形は、実に無駄の少ない、見ようによっては優美とも取れるような流れる動きであり、夕日に照らされた疾風が、あたかも人間のように舞う姿に生徒達は大歓声を上げていたのだった。

「すげえな、先輩。まるで人間の動きじゃねぇか」

 ガッテがログナウの隣に寄ってきてそう声を掛けた。するとログナウは夕日を背に優雅な演武を披露する一号機を見つめながら「ああ、本当に……」と呟いた。

「本当に、美しい演武だ……」

 そんな事を呟くログナウにガッテは首を傾げ「ま、どっちでも良いけどね」と言って再び一号機に目を向けた。もしかしたらログナウには、一号機がミファに見えていたのかもしれない……

 結局その後疾風一号機は一時間ほど全力運転で稼働し続けたが、懸念された筋肉繊維の発熱で停止することも無かった。アインは暗くなってきたので、耐久試験は後日として改良鋼線筋肉繊維の稼働試験を終了したのだった。 

 

 その夜は居合わせた生徒全員で完成パーティーを行った。前回は立ち上がって五分と経たないうちに煙を上げて止まってしまい、興がそがれて仕舞ったが、今回は例のミファの演武もあってか、皆大盛り上がりだった。

 そんな中、アインとミファが一緒に料理して皆に『ら・めーん』を振る舞うことにした。アインが国元から持ってきた材料では全然足りないので、材料を聖都で買い足し、数人の生徒に手伝って貰いながら全員分のら・めーんを作ることにした。

 アインは実習室の片隅から、手引き車を改造したらしい屋台を引っ張り出してきた。どうやら以前に造っておいたようで、得意げに「本格的だろ?」とどや顔でミファに自慢しているのだが、ミファは異世界の屋台ラーメンを知るわけが無いので首を傾げるばかりであった。


「これが『ら・めーん』という食べ物か?」

 ガッテが妙な顔をしてフォークで丼の麺をつつき、ログナウは湯気の臭いを嗅ぎ、レントは箸をも持ちながら首を傾げていた。そんな中ミファとアインもテーブルに着き、ミファはガッテに「ああ、神の料理だ」と答えていた。

「は~、お腹空いた、いただきま~す!」

 そんなアインの声と共に、みんな一斉にら・めーんを啜り始めた。


「「――――――っ!!!?」」


 一瞬、全員の動きが止まり、次の瞬間、皆猛烈な勢いで麺を啜り始めた。

「うおおおおっ! うっっっめぇぇぇぇっ!!」

「なんじゃこりゃぁぁぁっ!」

「か、神だ、お、俺は神を見たぞっ!?」

「ス、ス、スープいけスープをよぉぉぉっ!」

「い、生きててヨカタヨ、ママン……」

 と訳のわからない怒号と共に、皆あっという間にスープまで平らげてしまった。ミファはそんな彼らの横で麺を途中まで食べ、スープには手を付けずにアインに言った。

「殿下、私は替え玉をしたいのですが、麺はまだありますか?」

「うんあるよ~、ちょっと待ってね~」

 とアインはいそいそと屋台に戻って麺をゆで始め「硬さは~?」と聞いた。

「恐れ入ります、では、ハリガネで」

 ミファの言葉にアインは「あいよ~」と答え、程なくしてお椀にゆであがった麺を入れて戻ってきて、ミファのスープが残った丼に麺を入れた。

 一方、その一連のやりとりを見ていた他の生徒は驚きと悔しさで地団駄を踏んでいた。

「お、おまっ、ちょ、ちょっと待て、なんだよ今のは!?」

 とガッテがミファに聞いた。するとミファは「初心者は……」とため息をついて説明し始めた。

「替え玉という『ら・めーん』の上級技だ。この技は『スープを飲み尽くしたい!』という衝動を鋼の精神で抑えられた強者だけが使える。

 ちなみに『ら・めーん』の上級者になると、スープの濃さ、油の量などを好みで変えて貰う。麺の硬さも好みで変えて貰う。『ヤワ』『普通』『カタ』『バリカタ』『ハリガネ』『コナオトシ』の順で堅くなるが、私のおすすめは『ハリガネ』だな」

 と、まるで何かの達人のような言葉使いで皆に説明するミファである。大好きな『ら・めーん』には、彼女なりの敬意とこだわりがあるらしい。

 そしてミファは二玉目もペロリと平らげ「やはり、神味……」と満足げに頷き、二回目の替え玉をアインに頼んでいた。


「くっそぉぉぉ! そんな裏技があったなんて!?」

「あ、アイン、もう一杯くれ、今度は替え玉するまでスープは死んでも飲まん!!」

「あ、馬鹿、俺が先だぞ!」

「何よあんた、私か先でしょ!?」

「おい! スープそんなに無いってよ!」

「何だとそこをどけぇぇぇ!」


 と大騒ぎになり、数分で麺もスープも無くなりお開きとなった。

 これ以後、ドルスタイン上級学院の生徒達の間ではデルフィーゴ王国には『神味ら・めーん』と言って凄まじく旨い伝統郷土料理があるらしいと言う、微妙にズレた噂が広がることとなった。


 そんな大騒ぎの後、数日して聖帝領は聖歴二九七年を迎えた。


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