第1話 楽園のような都市
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現代日本とはまた別の銀河にある惑星の──あるいは別の世界の話。
人は文明と繁栄を築いていた。
高度に成長した人類文明は、やがて社会同士が融合する巨大文明へと発展していた。
そんな世界──そんな世界の中にあるとある国。
とある国の中にある、とある都市の話。
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都市をつなぐ道。
それは国家の血脈のようなものだ。
人やモノが行き交う場には自然と多くのものが集まる。
ものが集まれば社会は成長し、社会が成長すれば文化が生まれる。
何気ないアスファルトの道も、元はただの草地だったかもしれない。
人々が利用してきたからこそ今の道があるのだろう。
『──続いてのニュースです。昨日から本格的に始まった政府肝入りの政策である、西部大開発──通称「メガロポリス計画」。政府によりますと、人材流出の激しい西部地域の都市5カ所に莫大な税金を投入する事で東部地域に匹敵する経済・情報の要衝となる都市に──』
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金属の扉が嫌な機械音なく開く。
大勢の人が一斉に乗車していた交通機関から降りる。
オレもその波に揺られるように、身を委ねて降車する。
背後からゾロゾロと華やかな雰囲気を纏い降りてくる。
オレと同じ、今日からこの西部地域──開発予定地「澪標」で働くことになった新卒、といったところだろう。
駅の改札を抜けて、これから働くことになる澪標の役場までは徒歩数分の距離。
隣を歩く同年代らしい男女も一様に口の端を真一文字に結んで、硬い表情をしている。
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辞令交付式に向かうべく、ホールに足を向ける。
既に中には20人弱の男女が揃っており、みな緊張した面持ちで前から順に席についている。
オレも近くにあった席に着く。
(自由席……だもんな。別にどこでもいいか。)
しばらく辞令交付式が始まるのを待っていると、全ての椅子が埋まって間もなくし、首長が登壇する。
開式の辞、辞令の受け渡し、宣誓に訓示とつつがなく式は執り行われた。
閉式の辞を迎える頃には、入室時よりも幾分か柔らかい表情の新卒職員たちで溢れていた。
同じ部の職員同士が集まりだしている。
企画財政部、都市整備部、市民生活部に総務部。
そして、政府肝入りの政策であるメガロポリス計画の根幹になる、メガロポリス推進部・特別総合課。
オレの配属された部でもあり、同時にこの国に5つしかない特別な部署でもある。
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「──これが、本年度における君たちの給料明細案および配属初月の手当だ」
特総課の執務室に通されたオレたち40名を前に、上司を務める男が朗らかに紙資料を配っていく。
ざわめきが起きたのは、全員がその数字を目にした瞬間だった。
「え……これ、本当に新卒の初任給ですか……!?」
「桁、間違えてない……? 一般職の倍以上……いや、三倍近くあるぞ……!」
若い職員たちが目を見開き、感嘆の声を漏らす。
提示された額は、公務員の平均を遥かに上回る破格の「高給」。
しかも福利厚生や手当は手厚く、規約の隅には「成果に応じた歩合制への切り替え権利」まで記載されていた。
「当然だ。君たちは政府肝入りの『メガロポリス計画』を担う特総課の職員なのだからね。予算は潤沢にある。この澪標を西部一番の都市に育て上げれば、君たちの報酬はさらに跳ね上がるよ」
上司は満足そうに微笑む。
周囲の新卒たちは、一瞬で緊張を吹き飛ばし、興奮と万能感に包まれていった。自分たちは選ばれた存在なのだと、誰もが疑いもなく信じ込んだ瞬間だった。
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オレ──桜律雅輝は、配布された紙の端を指で静かになぞりながら、手元の数字を眺めていた。
隣の席に着いた黒髪の美人──名前すら知らない同期の女性は、こちらを一度も振り返ることなく配られた資料を黙々と検分している。
周囲が歓声をあげる中でも一切浮ついた様子を見せず、ただひたすらに書類へと視線を走らせていた。どこか近寄り難い凛とした雰囲気を纏っており、下手に怒らせたら冷酷に理詰めで糾弾されそうな、そんな第一印象を受ける。
「……すごいな」
周囲の歓声を耳にしながら、オレも手元の数字に目を落とす。初任給としてはあまりにも高額だ。同期たちが興奮して将来の夢や買い物の計画を語り合い始めるのも無理はない。
周囲では早くも連絡先を交換したり、今夜の飲み会の約束を取り付けようと賑やかな輪ができ始めていた。オレは配られた書類一式を整え、指定されたデスクの引き出しへと仕舞い込む。そのままパソコンのセットアップ手順書を開き、初期設定の作業へと手を付け始めた。
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執務室を見渡すと、新調されたデスクや最新型のPC端末が整然と並び、壁の大型モニターには『メガロポリス推進部・特別総合課』の文字が誇らしげに映し出されている。部屋の空気は、前途洋々な未来を疑わない若い熱気に満ち満ちていた。
「おいおい、初任給でこの額なら、夏のボーナスはどうなっちまうんだよ?」
「家賃補助も全額出るらしいぞ。駅前の新築高級マンション、借りちゃおうかな!」
前方の席では、あちこちで盛り上がる声が交錯している。
中でも一際目を引くのは、輪の中心で爽やかな笑みを振りまいている男だった。柊優。洗練された身のこなしと隙のない立ち振る舞いは、一目で優秀な男だと分からせるオーラを放っている。彼の周りには自然と人が集まり、早くもグループのリーダー格のような立ち位置を築きつつあった。
そのすぐ近くには、知的な眼鏡の奥で静かに資料を見つめる世良公司や、華やかな雰囲気を纏い笑顔で周囲と談笑する国宮莉緒、巧みな話術で周囲の緊張をほぐしている日向坂絃二郎たちの姿もある。彼らは大学時代から華やかな成績を残してきた層らしく、周囲からの視線にもどこか慣れた様子で自信を覗かせていた。
「みんな、ちょっといいかな!」
柊が手を軽く叩いて執務室の視線を集める。
「せっかくこうして特別な部署に集まったんだ。今夜、親睦会も兼ねて駅前の店で集まらないか? これから長い付き合いになる仲間だし、決起集会をやろう!」
「いいね、賛成!」「さすが柊くん、仕切りが早い!」「行く行く!」
柊の呼びかけに、室内から一斉に賛同の声が上がる。
特総課という特別な部署への配属、提示された破格の給料、手厚い待遇、そして優秀な同期たち。誰もが自分たちの置かれた状況を、この上なく恵まれた環境だと疑っていなかった。
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昼過ぎからは、課長による配属初日のオリエンテーションが開始された。
「さて、君たち特総課に課されたミッションは単純かつ壮大だ」
課長がプロジェクターのスイッチを入れると、スクリーンの上に「澪標市」の全体マップと、莫大な数字が投影された。
「メガロポリス計画において、政府から本市に割り当てられた年間自治予算枠──その第一期分だ。君たちにはこの潤沢な資金を活用し、都市インフラの整備、企業誘致、新産業の創出など、あらゆる企画を立案・実行してもらう。成果はダイレクトに評価され、翌年度の予算や君たちのインセンティブへ反映される」
画面に表示された国家予算レベルの巨額な数字に、再び室内が息を呑む。
「いいか、君たちは従来の公務員のような事後承認の雑用係ではない。国家の未来を切り拓くプレイヤーだ。予算の使い道に関する裁量は、この特総課に大幅に委ねられている。失敗を恐れず、豪快に事業を動かしてくれたまえ」
課長の言葉は、若い職員たちの野心をこれ以上なく刺激した。
自分たちはただの地方公務員ではない。特別な仕事を任された精鋭なのだ──そんな熱気が、執務室全体を包み込んでいく。
オレはノートの隅に「年間予算枠」の数値を書き留めながら、淡々と説明を聞いていた。
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オリエンテーションが終わり、各自のデスクでPCの初期設定やインターネットの登録作業へと移行した。
カチカチと静かなタイピング音が室内に響き始める中、オレは手順書に従ってアカウントのセットアップを進める。
ふと隣に視線をやると、先ほどから一言も喋っていない黒髪の美人──彼女の指先が、驚くほどの速度でキーボードの上を踊っていた。
端末の基本設定、セキュリティ認証、共有フォルダへのアクセス設定、各種初期設定マニュアルの読み込み──普通なら小一時間はかかるであろう手順を、彼女は一切の迷いなく、驚異的な手際で次々と片付けていく。
(早いな……)
挨拶も交わさず、周囲の雑談の輪にも加わらず、ただ自分に与えられた端末の設定を最速で構築していく姿は、凛としていると同時にどこか寄りがたい壁を感じさせた。
彼女の作業スピードを目で追いながらも、オレは自分のペースで地味に画面をクリックし続ける。マニュアル通りに淡々と作業を進め、時間をかけて初期設定を完了させた。
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定時のチャイムが庁内に鳴り響く。初日の勤務が終了した瞬間だった。
「よし、それじゃあみんな! 荷物をまとめたら駅前に移動しよう!」
柊の声がかかり、室内が一気に騒がしくなる。男性職員も女性職員も、荷物を手に取りながら笑顔で立ち上がり始めた。
「桜律くんも行くよね?」
声をかけてきたのは、同じ班の同期の男だった。
「ああ。せっかくだから参加しよう。」
「良かった! 柊くんが個室押さえてくれたらしくてさ。いやー、初日からこんな良い雰囲気でスタートできるなんて運が良かったよな」
同期の男は上機嫌でオレの肩を叩く。オレは「そうだな」と短く頷き、差し障りのない笑みを浮かべた。
「工藤さんも行くでしょ?」
別の職員が、すでに鞄を肩にかけて立ち上がっていた隣の黒髪の女性──工藤に声をかける。しかし、彼女は振り返りもせず、冷淡な声で一言だけ告げた。
「不参加で。初期設定と明日の事前資料の確認が終わっていませんので」
「えっ……あ、うん、そっか……お疲れ様……」
声をかけた職員が引きつった笑みを浮かべて引き下がる。工藤は誰とも目を合わせることなく、一人で執務室を去っていった。
下手に踏み込めば容赦なく理詰めで追い返されそうなその態度に、周囲も「あいつはちょっと固そうだな」といった苦笑いを交わし合っている。
「桜律はどう思う? ああいう子」
「……勉強熱心な人なんじゃないか?」
オレが小さく答えると、同期の男は「お前、本当真面目というか、おとなしい奴だな」と可笑しそうに笑った。
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親睦会が執り行われた駅前の居酒屋は、特総課の仲間たちの熱気で包まれていた。
柊を中心に乾杯が交わされ、破格の給与の使い道や、これから手掛けるプロジェクトの話について、酒が回るにつれてトークはどんどん加熱していく。
「俺たちの手で、この澪標を西部で一番の街にしよう!」
「こんなに恵まれた環境で仕事ができるなんて最高だな!」
威勢の良いコールとグラスのぶつかる音が店内に響く。
オレは端の席で烏龍茶のグラスを手に持ち、適度に頷くだけだった。時折振られる質問には当たり障りのない返事を返し、目立たず、でしゃばらず、ただ場の空気の中に溶け込んでおく。
ふと、店の窓から外の夜景を見上げる。
街灯が煌々と照らす澪標の街並み。国家の予算が流し込まれ、これから開発が進んでいく都市。
「桜律くん、飲んでいるかな? 賑やかなのが苦手だったら無理はしなくていいからね?今日はみんなで楽しめたらと思っているから」
「ありがとう。じゃあ、もう少しいただこう」
柊の気さくな声に応え、オレは小さく返す。
仲間たちの歓声が響く居酒屋で、オレは静かに烏龍茶を口に運ぶ。
誰もがこれからの仕事と待遇に期待を膨らませる中、特総課の、そして澪標での1年目が、静かに幕を開けた。




