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第3話 真の王統

「――脅かすのは、ここまでだ。アリシャ、逃げるよ」


ルシアの(てのひら)に冷たい光が宿った。


「え……?」


鎖が、音もなく地面へ落ちる。


切られたわけではないようだった。


「これでおあいこだね」


「ルシア……?」


「もう、私を尋問させた件は、さっきのでチャラ!」


彼女は頬を朱く染め、顔を背けながら手を差し伸べてくる。


「……ゴメン」


「ほら~、ぼんやりしないで」


「行こう」


「うん」


白い髪が、洞穴の闇の中で(かす)かに揺れていた。


――まるで、あの夢の中の舞姫と同じように見えた。



「どうごまかすつもりなの?」


鍾乳洞(しょうにゅうどう)の細道を、壁伝いに慎重に進む。地下水脈の残響(ざんきょう)が耳にこびり付いて離れない。


「さっきのはただの光じゃないよ? アリシャ」


「というと?」


「君の幻影を作らせてもらった」


「そんなに都合よく行くものなの?」


「鎖を解くのに使ったマナを、そのまま流用しただけ」


声の調子から、上機嫌なのが分かった。


私は足元を確かめながら、神経を(とが)らせる。


「……ルシア、貴女の白い髪」


「ふむ? 気になるだろうねぇ」


小石の転がり落ちる音が聞こえた。このタイミングでする話ではない。けれど――


「魔道を急ぎすぎるとね。どこかしら身体に歪みが出る。君の手もそう」


「何で、分かるの?」


「マナが暴発した跡だから。大方、真言(しんごん)を使わなかったってところかな」


「兄さんの髪もそうなのかな」


「ユハル?」


彼女がこちらを振り返った。ちょうど、少し開けた岩場へ出たところだった。


「……何か、知ってるの?」


「そう言えば、彼も白い髪だねぇ」


ルシアは腕を組みながら、宙を見つめていた。


彼女が言葉を発するまでの沈黙が、やけに長く感じられた。


「変なの~! 疑問に思わなかったよ」


「え?」


「アリシャに言われるまでさ、気にもとめなかった」


「……つい最近なの。髪の色に違和感を覚えたのは」


「うーん、元からだっけ?」


「……自信がない」


その時だった。


――ゴゴゴゴゴゴ……。


地鳴りが、地下深くから響いてくる。


足元が大きく揺れた。


「きゃっ!」


思わず、その場に立ちすくんでしまう。


「ちぇ、思ったより早いな。バレちゃうの」


「あ、あれは……!」


頭上に巨大な蜘蛛がいた。白い糸は眩いばかりに発光している。


「ルシア様、戻りゃんせ。今回は大目にみますに」


「カルラ婆、私は乗り気じゃないんだ」


「貴女様こそ、真の王統(おうとう)なのですぞ?」


「旧王家に固執するのは、アンタだけだ」


蜘蛛の赤黒い腹から目玉が(のぞ)く。


「小娘がどうなってもいいのですかえ?」


「おや? アリシャに手を出したら、話はおじゃんだ」


ルシアの身体から、強大な魔力が渦を巻いて立ち昇っている。


「……これは、これは」


蜘蛛の無数の眼が、細くなる。


(しつけ)が必要ですかえ」


放射状の網が、絶え間なく()()らされる。


あっという間に、カルラはルシアの背後を取った。


だが、次の瞬間、ルシアは凄まじい火炎を後ろ手で放ったのだ。


「ゲエエ……!」


炎に包まれたカルラが、洞窟の天井へ弾き飛ばされた。


――ドサッ


鈍い音を立てて地面に落下したのは老婆だった。


「口ほどにもない……」


「……そう言う割には、随分と楽しそうじゃないかえ?」


煙の向こうで、ゆっくりと老婆が立ち上がった。


「……アリシャ、そっちに光が見えるだろ」


ルシアが指さす方に、微かな陽の光が差している。


「今は、一緒に行けない」


「……ルシア!」


「ユハルによろしく言っといて」


「待って! どういう意味なの!?」


彼女は答えない。


ただ、少しだけ笑って――私の背中を出口へ向けて押した。



轟々と滝の流れる音がする。


出口は山頂の神域の井戸の底だった。


日が高い。


真昼の空を、一羽の鳥が悠然(ゆうぜん)と舞っている。


――絶対に連れて帰るからね、ルシア

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