第3話 真の王統
「――脅かすのは、ここまでだ。アリシャ、逃げるよ」
ルシアの掌に冷たい光が宿った。
「え……?」
鎖が、音もなく地面へ落ちる。
切られたわけではないようだった。
「これでおあいこだね」
「ルシア……?」
「もう、私を尋問させた件は、さっきのでチャラ!」
彼女は頬を朱く染め、顔を背けながら手を差し伸べてくる。
「……ゴメン」
「ほら~、ぼんやりしないで」
「行こう」
「うん」
白い髪が、洞穴の闇の中で微かに揺れていた。
――まるで、あの夢の中の舞姫と同じように見えた。
◇
「どうごまかすつもりなの?」
鍾乳洞の細道を、壁伝いに慎重に進む。地下水脈の残響が耳にこびり付いて離れない。
「さっきのはただの光じゃないよ? アリシャ」
「というと?」
「君の幻影を作らせてもらった」
「そんなに都合よく行くものなの?」
「鎖を解くのに使ったマナを、そのまま流用しただけ」
声の調子から、上機嫌なのが分かった。
私は足元を確かめながら、神経を尖らせる。
「……ルシア、貴女の白い髪」
「ふむ? 気になるだろうねぇ」
小石の転がり落ちる音が聞こえた。このタイミングでする話ではない。けれど――
「魔道を急ぎすぎるとね。どこかしら身体に歪みが出る。君の手もそう」
「何で、分かるの?」
「マナが暴発した跡だから。大方、真言を使わなかったってところかな」
「兄さんの髪もそうなのかな」
「ユハル?」
彼女がこちらを振り返った。ちょうど、少し開けた岩場へ出たところだった。
「……何か、知ってるの?」
「そう言えば、彼も白い髪だねぇ」
ルシアは腕を組みながら、宙を見つめていた。
彼女が言葉を発するまでの沈黙が、やけに長く感じられた。
「変なの~! 疑問に思わなかったよ」
「え?」
「アリシャに言われるまでさ、気にもとめなかった」
「……つい最近なの。髪の色に違和感を覚えたのは」
「うーん、元からだっけ?」
「……自信がない」
その時だった。
――ゴゴゴゴゴゴ……。
地鳴りが、地下深くから響いてくる。
足元が大きく揺れた。
「きゃっ!」
思わず、その場に立ちすくんでしまう。
「ちぇ、思ったより早いな。バレちゃうの」
「あ、あれは……!」
頭上に巨大な蜘蛛がいた。白い糸は眩いばかりに発光している。
「ルシア様、戻りゃんせ。今回は大目にみますに」
「カルラ婆、私は乗り気じゃないんだ」
「貴女様こそ、真の王統なのですぞ?」
「旧王家に固執するのは、アンタだけだ」
蜘蛛の赤黒い腹から目玉が覗く。
「小娘がどうなってもいいのですかえ?」
「おや? アリシャに手を出したら、話はおじゃんだ」
ルシアの身体から、強大な魔力が渦を巻いて立ち昇っている。
「……これは、これは」
蜘蛛の無数の眼が、細くなる。
「躾が必要ですかえ」
放射状の網が、絶え間なく吐き散らされる。
あっという間に、カルラはルシアの背後を取った。
だが、次の瞬間、ルシアは凄まじい火炎を後ろ手で放ったのだ。
「ゲエエ……!」
炎に包まれたカルラが、洞窟の天井へ弾き飛ばされた。
――ドサッ
鈍い音を立てて地面に落下したのは老婆だった。
「口ほどにもない……」
「……そう言う割には、随分と楽しそうじゃないかえ?」
煙の向こうで、ゆっくりと老婆が立ち上がった。
「……アリシャ、そっちに光が見えるだろ」
ルシアが指さす方に、微かな陽の光が差している。
「今は、一緒に行けない」
「……ルシア!」
「ユハルによろしく言っといて」
「待って! どういう意味なの!?」
彼女は答えない。
ただ、少しだけ笑って――私の背中を出口へ向けて押した。
◇
轟々と滝の流れる音がする。
出口は山頂の神域の井戸の底だった。
日が高い。
真昼の空を、一羽の鳥が悠然と舞っている。
――絶対に連れて帰るからね、ルシア




