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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第2話 約束したひと

 ひとしりきの沈黙を置いて、祝は唸るような声で呟いた。

「 なんだよ、それ」

 全身が逆上のぼせそうなほどに煮えたぎり、噛みつかんばかりの怒声をあげた。   

「申し訳ないって思ってたって――それってあいつらのこと言ってんのかよ!」  


 弾かれたように顔を上げた此葉が、面食らった表情で首を傾げた。

「あいつら?」

「あのクソみてえな、親戚連中に決まってんだろ!」

 怒気をさらに滾らせ、祝は吼えた。

「母さんの兄貴たちと、その嫁さん連中だよ! 母さん、あんな非情な奴らに、ずっと申し訳ないって思ってたのかよ!」


 ああ、と此葉は、ほろ苦い笑みを浮かべた。

「違うわよ。あの人たちのことを言ってるんじゃない。母さんが言ってるのはね――」


「ほかに誰がいるっていうんだよ!」

 母親の言葉を遮り、祝は乱暴に立ち上がった。弾かれれたスツールがガンッと音をたてて転倒して、気圧された此葉の瞳が、困惑に揺れた。


「アイツら、自分たちがやってきたことは棚に上げて、俺たちのことを何て言ってるか、母さんだって知ってるだろ? 傍迷惑な奴らだとか、一家の恥晒しだとか、陰で好き勝手に言ってるの知ってるだろ? さんざんゲスい真似しておいて! 本当なら肩身の狭い思いしなくちゃいけないのは、アイツらなのに!」


 此葉の目が、悲しげに曇った。実の兄について、これほどまでに罵られれば、やはり妹としては胸に大きな打撃を覚えたようだ。が、そんな痛ましい母親の姿を目の当たりにしても、まだまだ祝の怒りは収まらなかった。

「それに、俺はアイツらが母さんと父さんの結婚に反対してたことだって知ってる。だけど、それ以上にアイツらは……」

 ギリッと奥歯を軋ませて、

「母さんの出産に反対してた。俺が生まれてくることに、アイツらは一丸になって猛反対してたんだ」

 喉から絞ったその声は、自分でも驚くほどに、ひどく濁った声だった。


「ちがうわ!」

 コノハは、血相を変えて首を振った。

「それは、あなたが生まれてくることを嫌がったんじゃなくて、母さんも父さんも、二人して身体が悪かったからで――」


「でも母さんは、今そいつらに申し訳ないって思ってるんだろ? それってつまり、やっぱり俺なんか産まなきゃよかったって、そう思ってるんだろ?」

 此葉の言葉を遮ってまで言った自分の言葉に苦しくなって、祝の胸は、長距離走の直後のように上下にあえいだ。

「毎日毎日……後悔してるってことだろう?」

 

 此葉の顔が、今にも泣き出しそうに歪められた。

「違うのよ祝 ……お願い、聞いて」

「うるせぇんだよ!!」

 劈くような罵声を真っ向から受けて、此葉の細い肩がビクリと震えた。それでも祝は、怒りをぶちまけずにはいられなかった。

「俺だって……俺だってなぁ、アンタみたいな母親から生まれてきたくなんてなかったよ! アンタはずっと病弱で、父親は生まれてすぐに死んで、そんな両親の子供になんてなりたくなんかなかったよ! もっとまともな両親から生まれてきたかったって、いつもいつも思ってたよ!!」

 浴びせるように喚きたてると、祝はなじるような目を此葉にぶつけた。

 

 此葉は涙に堪えながら、じっとその目を受け止めている。


 親子のあいだに、重くて冷たい、氷柱のような沈黙が落ちた。


「祝、お母さんは、あなたを産んだことを後悔してない。父さんも、心からあなたが生まれてきたことに喜んでた」

 ゆっくりと静かに、此葉は言った。表情も穏やかだったが、目には揺るぎない光があった。

 それにね――と続ける声に、深みが増す。

 

 しかし、祝はその声から顔を背け、逃げるように出口へと歩き出した。

 それでも此葉は、遠ざかってゆく息子の背に、ずっと何かを語りかけていた。

 祝の耳には、ちゃんとその声は届いていた。が、すべてを雑音とみなし、頭の中にまで届け入れることを拒絶してしまっていた。母さん、あのとき何て言ってたんだろう――

 とてつもない重大事を打ち明けるような、いつになく神妙な語韻(ひびき)を、祝は背中で感じてはいた。しかし、何を言っていたのかは、今となってはもう思い出せない。改めて聞き直すこともできないし、それどころか、もう目を見て謝ることすら望み薄だ。


 祝は、うなだれた額に此葉の指先を押し当てて、もう一度ごめんとつぶやいた。

 あんなこと、言うつもりなんてなかったんだ。ただ、見捨てられたんだって、つい思った。置いていかれるんだって、悲しくなった。死ぬときを決めるなんて、誰もできやしないのに。


 だけど――母さんには、来たるべきその日を詳細に心得ているかのような雰囲気が常々あった。

 祝はふいに、そう思う。


 どれほど病状が悪くなろうが、口がきけるうちは「お母さん、絶対に死んだりしないからね」と、此葉は平然と言ってのけていた。

 それは、強がりでもなければ、祝を悲しませないようにするための空元気の言でもなく、「お母さん、あなたの母親だからね」とわかりきったことを告げてくるかのような口振りだった。

 だからこそ、此葉は自分の意思で逝こうとしているのでは、と思ってしまった。


 それに今思えば――いや、喧嘩したあの日も、怒鳴り散らしている途中から薄々は気づきはじめていはいたのだが、此葉の口からのぼった、〈ずっと申し訳ないって思ってた〉と気遣う相手も、〈毎日毎日、心の中で謝りつづけて生きてきた〉と憂う相手も、きっと彼女が言ったとおり親戚連中のことではなかったのだろう。

 おそらくは、祝の知らない人物だ。そして此葉は、そいつと〈約束した〉のだ。従順に死を受け入れることを。

 だから、俺はカッとなったんだ――と祝は思う。

 つまり、あの日の激情は、親戚連中への鬱積(うっせき)した怒りではなかった。

 息子への心遺りよりも、知らない誰かとの約束を果たすため、躊躇わずに逝こうとする母へのやるせなさだった。






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