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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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序章  

 西へと傾きだした満月が、ちょうど電線の上に乗っかって、おっかなびっくり綱渡りしているかのような夜だった。


「いいか? これは絶対に内緒だぞ?」

「うん、わかった」

「お母さんにも、内緒だからな?

「わかってるって」

「学校の奴らにだって言っちゃ駄目だそ?」

「だから、わかったってば」


 町の一画にある小さな公園から、風に紛れてそよいでくるのは、仲睦まじい二つのささめきだ。外灯がほのかな光を注ぐのは、山の形をした滑り台の天辺で、肩を寄せ合い腰掛ける、少年と男の背中であった。


「だから早く教えてよ、お父さん」

 目をきらきらと輝かせた少年が、男から話の続きをせがんでいる。

 

 せっつかれた男の方は、「わかった、わかった」と宥めながらも、少年を見下ろす目許は、心底愛おしそうに細められていた。


 少年が〈お父さん〉と呼ぶのであれば、彼らはきっと親子のはずだ。けれど、二人の会話を聞かずに少し離れた場所で様相だけを眺めていたならば、一概にはそう言い切れない妙な距離感が彼らにはあった。


 少年は、ぱっと見て十一歳ほど。優しげな目許に、筋の通った大人びた鼻梁、それに引き締まった口許が、彼の利発さを浮き彫りにしていた。得意科目は、体育や国語というよりも、算数や理科といったところだろうか。長袖のTシャツとハーフパンツの上から見ても、少し華奢な印象ではあるものの、なんの変哲もない小学生だ。

 

 かたや男はといえば、歳は三十半ばといったところだろうか。総髪を後ろに撫でつけ、額の両脇から垂らした後毛がキザったらしくもあるが、なかなかいかつい顔立ちだった。四角く張り出した頬骨に、太く高く盛り上がった鼻の付け根。あるかないかの薄い唇は、むっつりと引き結ばれていて、切れ長の目の奥にある瞳には、微笑わらっていなければ常に近寄りがたい光があった。


 そう、二人の顔は、まったくと言っていいほどに似ていなかった。

 まあ、そういう父子なんて世の中にはごまんといるし、父親、母親、どちらにも似ていない子供だっていくらでもいる。

 しかし、この二人いたっては、顔立ちだけに留まらず、身装みなりまでもがちぐはぐだった。

 

 男の肩からときおり風になびくのは、細縞ほそじまの入った銀鼠色ぎんねずいろ羽織はおりりである。その下には、深い紅紫色(こうしいろ)の着流しに、朽葉色くちばいろの帯を締め、足許は、もちろんスニーカーや革靴なんてものではなくて、白い足袋の上から黒い鼻緒のついた雪駄履き。

 それは、かっちりとした体格の男によく似合っていたし、粋でもあった。が、決して今時とは言えない出立ちだ。しかも、着慣れている、を通り越して、こういう服装しかしたことがないのではーーと思わせるような、見慣れない風情が彼にはあった。


 しかし、少年はそんな男の不思議な雰囲気をいささかも気にしているふうはない。いたって見慣れた風采のようだ。そのうえ、〈お父さん〉を見上げる面上には、信頼と憧れが満ちている。


 だから彼らは、間違いなく親子のはず()()()


「この国にはな」

 男がつと、遠くの闇色の空に目を上げた。「〈七つの鳥居〉と呼ばれる秘密の鳥居が、散らばるように存在してるんだ」


「鳥居?」

 少年がこてんと首を傾げた。「それって、神社とかの前に建ってるやつだよね?」


 尋ねる少年に、男は、そうだ、とうなずき返した。

「あれはな、神様が住む世界と人間が住む世界を区切る、いわば結界のようなものなんだ。だから神様のいる(やしろ)(みや)の多くには、たいがい手前に鳥居がある。だけど、〈七つの鳥居〉には、(やしろ)(みや)は存在しない。鳥居だけが誰にも知られず、独りぽつんと佇んでいるんだ」

 おまえは、それを見つけ出してみたらいいと言い添えると、誰もいやしないのに憚るように声を落とし、

「そんなに、あいつらに会いたきゃな」

 と、ささやいた。


 少年は、さらに男へ身を乗り出した。

「その鳥居を見つけたら、どうしたらいいの?」


「くぐればいい」

 それだけだ、と男は答えた。「もし、七つすべての鳥居をくぐることができたなら、目の前に小さな祠が現れるんだ。その中に、小さな神様が眠ってらっしゃる」

 

 カグツチという名の神様が。


「カグツチーー」少年はそっと静かに、けれどはっきりとその名前を繰り返した。決して忘れまいと言わんばかりに。


「その神様にお願いすりゃあ、きっと連れてってくれるだろうさ」

 ニヤリと、男が挑発するような流し目を少年に注いだ。

 

 それを受けて、少年の目が一層きらきらと輝いた。

「お父さんの友達のところに!?」

 

 男は顎をポリポリと掻いて、苦笑いを浮かべた。

「友達っていうか……まあ、同業者ってやつだ。俺たちは、互いに馴れ合ったりなんかしねえし、あんな粗暴な奴らのところに、おまえが会いにいこうとするなんて、考えただけでも気が揉めるぜ」


 けどな、と真顔になった男が、顎を掻いていた人差し指を少年に向けた。

「七つの鳥居は、そう簡単に見つかるもんじゃねえぞ。あれはな、嬰児みどりごでいらっしゃるカグツチが、不逞ふていやからの手玉にならぬよう、御座所ござしょを秘匿するためのものなんだ。俺だってどこにあるのか、まったく知らねえし、そう簡単に見つかってたまるかってところにあるって話だ。見つからなかったからって、あとで文句たれんじゃねえぞぉ」


「大丈夫だよ」

 少年が、勝ち気な目で男を見返した。「僕、絶対見つけてみせるよ。七つの鳥居ぜんぶ。それでカグツチに連れてってもらうんだ、お父さんの友達のところへ!」


「だから、友達なんかじゃねえって」

 男は、すかさず訂正した。それから、また苦笑いを浮かべて、

「しかし、おまえも変わった奴だなあ。人間なら、普通は俺たちなんかに会いたがったりしねえもんだぞ。こっちから出向いて名乗ったもんなら、みんな尻に帆をかけて逃げ出すもんだ」


「でも、お父さんはいひとじゃん。だったらほかのひとたちも、きっといひとだよ」

 少年の言葉がよほど意外だったのか、男は呆気に取られた顔で目をしばたたいた。次いで、

いひと、ねえ」

 とぽつりと零すと、顎を引いて悲しげに曇った瞳をそっと伏せた。しかし、すぐに目を上げ、笑みをひろげ、「でも、まあ」と少年のこぢんまりとした頭にぽんと軽く手を載せた。

「大人になったら探してみりゃあいい。おまえが憶えていたら、な」


「うん!」

 少年は朗らかにうなずいた。宝の地図を手にした冒険者のような面差しをまだ暗い空へと上げて、「早く会ってみたいなあ」と声を弾ませた。


 気づけば、満月は西へと大きく傾いていた。さっきまでは電線の上で恐るおそる綱渡りしていたようにも見えたそれは、今では向こう岸手前でうっかり滑って、奈落へと転がり落ちてゆく真っ只中のようにも見えなくもなかった。

 

 そんな夜空を眺める男の瞳が、かすかにかげった。

 

 そこへ少年が、〈お父さんの同僚〉に思いを馳せて、最後にもう一言つぶやいた。

「どんな死神なんだろう」


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