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新連載スタートです!
今回は、ギャンブルものに挑戦!
是非お楽しみください!
第3都市、ロクターン。
山々の麓に広がるそこでは、至る所に建築された煙突からもくもくと白い煙が立ち上る。
水源から供給される水が豊かに行き渡っているこの街では、それを利用した農業や畜産、そして蒸気機関による発電が盛んであった。
その為、どこへ行っても歯車が回るぎしぎしとした音が、そこらじゅうから聞こえてくる。
ちょうど日が沈んだばかりの時刻、まばらに街灯が付き始めた路地を、1人の少年が駆けていた。銀色の髪を揺らす彼の表情は、その心を満たすワクワクとした感情を抑えきれていないようだ。
鼻歌を口ずさみながら、半ばスキップ気味の足取りで、目的地へと向かっていた。
「んふふ……! 今日はどんなギャンブルができるのでしょうか……っ!」
彼が向かうは、ロクターンに幾つかある賭博場、その老舗である。
地下へと続く階段を下り、木製の両開きのドアを引く。重い音をたてながら、ゆっくりとドアは開いた。
すると、彼の耳に、アップテンポのジャズと人々の話し声が重なった喧騒が届く。それに混じって、掛け金のジャラジャラとした音も聞こえた。
――そして、何より。
体を包むように、むわっと。アルコールとタバコの匂いが広がった。
その、カジノ独特の雰囲気に、彼の胸は一際大きく高鳴る。
「んー! カジノの空気!! 今日も最高です! この、ヒリヒリと体を焼くような感じ。たまりません……!」
少年は大きく息を吸い込みながら、歩みを進める。その先には、壁をくり抜いたような構造の部屋があった。部屋の手前側では、煙草をくゆらせる厚めの化粧の女性が1人、安楽椅子に揺られて座っている。
「いらっしゃい」
妙に艶かしい雰囲気の女性は、彼を見るなりテーブルに肘をつく。豊満な体に加え、露出度の高い服装だ。胸元にはしっかりと谷間が覗いていた。
「こんばんは! 今日もよろしくお願いしますね。チップの交換は銀貨5枚で」
少年は、女性の色気を意にも介さず、銀貨を渡す。
女性は、1DKの部屋1ヶ月分の家賃に相当するであろう金額を受け取る。そして、箱へとしまった。幾つかのコインを用意し、トレーに乗せて少年へと差し出す。
「いつも通り、場代として5分徴収の4,500チップだよ」
差し出されたチップを受け取り、少年は意気揚々と歩き出す。彼を送り出すように、女性はひらひらと手を振るのだった。
「ふふ。さて、今日はどんなギャンブルをやりましょうか」
うろつきながら良さそうなテーブルを探す。
すると一角に、大きな身体と、それに見合った大きな声を発する一人の男性がいることに気づいた。
筋骨隆々、という言葉が似合う、40代前半のその男性。彼は、少年の知り合いだ。男性の元へ近づくと、彼も少年の存在に気付いた。
「おぉ、ミカ・サスペイン! まぁたこんな所に来やがって。オレァ今からお前さんの将来が心配になるぜ」
手元のジョッキから、彼にアルコールが入っていることが想像できる。普段の3割増で上機嫌に見えるのは、お酒か、はたまた彼の反対側の席で項垂れている男性が起因しているのだろう。
「ジャスティンさんこそ。負けたらまた奥さんにどやされますよ」
「ちげぇねぇ! こりゃいっちょ、次も気合い入れて賭けねぇとな!」
積み上げられたチップを上機嫌にしまうジャスティンに、少年ーーミカは、呆れたように言葉を返す。
ジャスティンに敗北してしまったであろう男性は、とぼとぼと肩を落としながら席を立つ。その姿に、ミカはつい同情してしまった。挑む相手が悪すぎた、としか言い様がない。
ミカだけでなく、ジャスティンもこの賭博場の常連である。その数々行われてきたギャンブルの中で、彼は“異様な程の幸運”としか言い様がない勝ち方を重ねていた。
知略、策略、心理戦。そんな小手先の技術を跳ね除け、勝利をもぎ取る彼に着いた渾名は、“幸運憑き”。そこには、彼の勝負に魅了された者、敗北した者の畏敬が込められていた。
「ところでどうだ。今晩はいっちょ、オレと賭けてみないか?」
「ジャスティンさんと? それは楽しいギャンブルになりそうですね! ちなみに、何の卓です?」
「ブラックジャックだ」
くびり、と。勢いよくジョッキを傾けながら、ジャスティンはミカの質問に答えた。
ブラックジャック。トランプを使う賭博の中で、最も人気のあるテーブルゲームだ。
配られたカードの数値が、21に近い方が勝利するという単純明快なルールも、人気の要因だろう。
「ブラックジャック、ですか……」
ミカは少し悩んだ。
ジャスティンの勝負を受ける事自体は、なんの問題もない。が、ミカにとってブラックジャックはあまり好みではないゲームであった。
「どうだい、坊主」
「ごめんなさい、勝負はまた今度で!」
「おっと、そりゃぁねぇぜ坊主ー!」
手を合わせて謝罪するミカに、ジャスティンは心底ガッカリしたような反応を見せる。
「今晩はブラックジャックよりも……、あっち! ポーカーの卓が気になるんです」
「なるほど、そりゃぁ残念だ……」
「ごめんなさい。でも、ジャスティンさんとの勝負、今度絶対やりましょう! 圧倒的な幸運を誇った相手とのギャンブル……! もう、想像しただけでもワクワクします!」
ジャスティンとの勝負を想像し、ミカは身悶える。
ミカもまた、このカジノのトッププレーヤーと言っても過言では無い実力を持っていた。
その“読み”に長けたミカのギャンブルスタイルと、ジャスティンの“幸運”とのぶつかり合い。白熱するであろうギャンブルに、ミカは胸を高鳴らせる。場を支配する緊張感や高揚感、カードをめくるその一瞬。ギャンブルが生み出す要素全てが、ミカにとって最高の時間であった。
ひとり妄想の世界にトリップするミカに、ジャスティンは呆れた表情を浮かべる。
「全く、お前は相変わらずだなぁ坊主。いずれ身を滅ぼさねぇか心配になるぜ」
ジャスティンに対し、ミカは目をキラキラと輝かせたまま、しっかりと答える。
「大丈夫です!!」
「いやその自信はどっから来るんだよ!?」
はしゃぐミカと、それに困惑するジャスティン。
そんな彼らに、ひとりの青年が声をかける。
「……あの、失礼。貴殿は、ジャスティン・グレギオ殿で間違いありませんか」
ミカは、唐突な声の主に視線を向けた。
ジャスティンも酒をぐびりと煽りながら、視線を彼へと流す。
「あぁ、ジャスティンとはオレのことだが……。――って! 騎士サマじゃねぇか!!」
彼の存在に、ジャスティンは驚きを隠せない。
青年が、王族直属である精鋭部隊の制服を着こなしていたからだ。
王族・貴族に次いで権力を持つ、言わば高貴な身分である職業、騎士。この青年の職業である。
そんな彼を、ミカはまじまじと見つめた。
スラリと伸びた体躯に、綺麗な金髪と碧眼。
低姿勢な言葉と、その爽やかな雰囲気に、ミカは好青年な印象を受ける。ルックスもかなり整っていて、多くの女性から好感を持たれそうだ。
ミカは、彼に視線を向けたまま体を傾け、ジャスティンに耳打ち、騎士サマ? と聞く。
「最近ここに来るようになった新参だ。オレも顔しか知らねぇがよ。どうにも、貴族どもから根こそぎ勝利をかっさらってるって話だ」
ここでは、平民だけではなく、王族や貴族、騎士もギャンブルを楽しんでいる。
もっとも、彼ら“高貴な身分”の方々が、同じ場所でギャンブルすることは基本的にない。ミカ達が入った所とは別の入口から、高レートのギャンブルルームへ入場することが出来る。彼らはそこで遊戯を楽しんでいるのだ。
ミカ達が普段ギャンブルする、その入場に必要な金額が銀貨1枚なのに対し、あちらはその10倍が必要である。その事からも、如何に膨大な金額な動いているのか察しがつく。
「いやぁ、そんな。貴殿こそ、大勝ちを繰り返していると噂になっていますよ」
青年は、そう言いながらジャスティンの対面の席に座る。年齢は20前後だろうか、照れたように頭をかく姿は、高貴さはあまり感じられない。フレンドリーで柔らかさのあるオーラを持っていた。
「……こちらの方は?」
にっこりと、爽やかな笑顔でミカを見る青年に、ミカは敬意を表しお辞儀をする。
「ミカ・サスペインです。騎士様、どうぞよろしくお願いします」
「よろしくお願いします。……おっと、名乗りもせずに失礼。俺はヨハン・フェイド・ルークイリヤ。是非、ヨハンと呼んでください」
対してヨハンも、胸に拳を当てミカに挨拶をした。
「んで? そのヨハン騎士サマがオレに何の用だい。生憎、貴族のところで賭けるような金は持ち合わせちゃいねぇぞ」
ジャスティンと対峙する様に座ること。それは即ち、彼とギャンブルを行う意思があるということだ。
「いえいえ! 俺は大金を賭けることより、勝負の空気感が好きなんです。掛け金の上限、キャップは、そちらの設定で構いませんよ。……それに」
ヨハンは、一度そこで言葉を切る。
「貴族卓は、気疲れしてしまうのがいただけない」
苦笑いを浮かべるヨハンに、ジャスティンは豪快に笑った。
「確かに! あいつらプライドだけはたけぇ。負け始めるとガキみてぇに不機嫌になりやがる! ……よし、気に入った! オレとやるかい?」
ジャスティンは、傍らにあるチップの山を一掴みし、卓上に置く。
ヨハンもそれを受け、同量に見えるチップの山を詰んだ。
「もちろんです。貴殿のチップを、今日は頂きに参りましたから」
「――――言うねぇ。……安心しな。おまえの分も遊び倒してやるからよ」




