第十七話 それぞれの証言
北方別邸で迎えた二日目の朝。
朝食を終えた頃、一羽の伝書鳩が別邸へ舞い降りた。
レオンは足環から書簡を外し、静かに目を通す。
「見つかりました。」
エレノアが顔を上げる。
「調査をお願いしていた方からですか。」
「はい。
元料理人と、配膳を担当していた元使用人、それから、お嬢様付きだった元使用人の居場所が分かりました。
これから話を聞きに向かいます。」
エレノアは静かに息を吸った。
「……私も参ります。」
レオンは少し表情を引き締める。
「お辛い内容になるかもしれません。」
「それでも。」
エレノアの瞳に迷いはなかった。
「私自身のことです。
皆様のお話を、この耳で聞きたいのです。」
レオンはゆっくり頷いた。
「分かりました。ご一緒しましょう。」
最初に訪ねたのは、元料理人の住まいだった。
初老の料理人はエレノアを見るなり深く頭を下げる。
「お嬢様……。」
「ご無沙汰しております。」
レオンは静かに口を開いた。
「当時のお食事について、お聞かせください。」
料理人はゆっくり頷く。
「私は毎日、旦那様方と同じ献立を人数分用意しておりました。
もちろん、お嬢様のお食事も同じでございます。」
エレノアは思わず顔を上げた。
「……同じ、だったのですか。」
「はい。
…ですが、お嬢様のお食事だけは、ほとんど手付かずのまま戻ってきておりました。
お身体の具合が優れないものと思っておりました。
何度か配膳係へ尋ねましたが、『問題ありません』と言われ、それ以上は口を出せませんでした。」
「…その後、私は屋敷を辞めました。」
レオンは静かに記録を書き留めた。
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続いて、元配膳係だった女性を訪ねた。
女性はエレノアの姿を見るなり、その場へ膝をつく。
「申し訳ございませんでした……!」
エレノアは首を横に振った。
「どうか、お顔を上げてください。
今日は、お話を聞かせていただきたくて参りました。」
女性は震える声で語り始める。
「厨房からは、お嬢様のお食事も皆様と同じ物が届いておりました。
ですが…
配膳の直前になると奥様がお見えになり……。お嬢様にはスープと硬いパンだけでよい…と。
そう命じられておりました。」
視線を落としたまま懺悔するかのように両手を握り合わせながら答える
ふと顔を上げ
「最初はおかしいと思いました!
…ですが、異を唱えた使用人は次々と屋敷を去ることになり……。
私には奥様に逆らう勇気がありませんでした。」
涙を流しながら頭を下げる。
「本当に申し訳ございません。」
エレノアは静かに微笑んだ。
「教えてくださって、ありがとうございます。
今日、お話を聞くことができて良かったです。」
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最後に訪ねたのは、かつてエレノア付きだった元使用人だった。彼女もまたエレノアの姿を見るなり謝罪の言葉を口にする。
レオンは静かに尋ねた。
「それほど長い間続いていたのであれば、公爵閣下が気付かれてもおかしくなかったはずです。」
元使用人は俯き、小さく首を振った。
「旦那様は領地へ赴かれることも多く、お屋敷を空けられる日がございました。
その間は、お嬢様を部屋から出してはならないと命じられることが何度もございました。」
レオンは黙って続きを促す。
「ですが、旦那様がお戻りになる日は…
奥様が『今日は部屋を整えなさい』と。」
「お嬢様のお部屋を片付け、お召し物も着替えていただき、何事もなかったように振る舞うよう命じられておりました。」
エレノアは静かに目を閉じる。
幼い頃から抱いていた違和感が、一つずつ繋がっていく。
「だから……。
お父様がいらっしゃる日は、部屋の外へ出られたのですね。」
元使用人は涙を浮かべながら頷いた。
「申し訳ございませんでした、お嬢様。」
エレノアは静かに首を横へ振る。
「いいえ。貴女も辛かったでしょう。
話してくださって、ありがとうございます。」
別邸へ戻る馬車の中。
エレノアは窓の外を見つめながら呟いた。
「だから……。」
「配膳係の方が急に変わったのですね。
当時は理由が分かりませんでした。」
レオンは頷く。
「あなたが整理された出来事と、今日の証言が繋がりました。
一つひとつが、偶然ではなかったということです。」
しばらく沈黙が流れた。
やがて、レオンが静かに口を開く。
「あなたは……使用人たちを責めないのですね。
命じられたとはいえ、あなたにそのような仕打ちをしてきた方々です。
怒りを覚えても、おかしくはありません。」
エレノアは静かに息を吐いた。
「皆さんも、お義母さまの機嫌を損ねて職を失うことが怖かったのだと思います。
実際に、異を唱えた方々は辞めさせられていました。」
少し視線を落とす。
「あの頃の私は何もできませんでした。
だからこそ、皆さんだけを責めることはできないのです。
今日……
勇気を出して真実を話してくださったことに、感謝しています。」
レオンはその横顔を静かに見つめた。
責めることよりも、真実を知ることを選ぶ。
その優しさこそが、エレノアという人なのだと、改めて感じていた。
その頃、公爵は王妃教育を担当していた教師を訪ねていた。
応接室へ通されると、公爵は単刀直入に尋ねる。
「エレノアは、本当に課題を提出していなかったのですか?」
教師は少し驚いたように目を瞬かせた。
「いいえ。」
「エレノア様は、以前は毎回きちんと課題を提出されておりました。
ですが…
次第にお痩せになり、お元気もなくなられて…。
その後、課題の提出も、王妃教育にもいらっしゃらなくなりました。」
教師は静かに視線を落とす。
「私は、学びをおやめになったのか、それともお体の具合が優れないのかと案じておりました。
ですが、その一方で、夜会には参加されていると耳にし、戸惑っていたのです。」
公爵は言葉を失う。
以前は提出していた。
そして、娘の異変に気付いていた者がいた。
それなのに、自分は何も気付けなかった。
「話してくださり、ありがとうございました。」
胸に広がる後悔を押し殺し、公爵は教師へ深く頭を下げた。
その夜、レオンは公爵宛ての書簡をしたためた。
『本日、元料理人、元配膳係、元使用人より証言を得ました。
食事は配膳の段階で差し替えられ、お部屋へ閉じ込められていた事実も確認いたしました。
複数の証言は互いに矛盾なく一致しております。』
最後に、一文だけ書き添える。
『エレノア様は、ご自身の意思で証言に立ち会われました。
真実と向き合おうとなさるお気持ちは、揺らいでおりません。』
翌朝。
その書簡は公爵のもとへ届けられた。
公爵は静かに封を開く。
教師の証言。
そして、レオンからの報告。
二つの内容は、まるで示し合わせたかのように一致していた。
食事の差し替え。
部屋への監禁。
王妃教育の妨害。
すべてが一本の線となって、公爵の胸に突き刺さる。
公爵は書簡を握り締めた。
「……アンナ。」
低く漏れたその声には、娘を守れなかった父としての深い後悔と、長年自分を欺き続けていた妻への、静かな怒りが宿っていた。
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