26. そんなに頑張ってどうするの?
「横井氏、学校に入り直すんだっけ?よく頑張るよ。俺はパス。」
帰宅後いつものように、立石、丸山、俺の三人で行きつけのスナックで飲んでいるときに、丸山にそんなことを言われた。すかさず俺は反論する。
「だって俺、お前らみたく、得意分野で稼げないだろ。何らかの技能なり専門知識なりが必要だと思うんだ。お前らこそ、また年を取った時にどうするんだ。今度はちゃんと年金の準備位しておけよ。」
「はいはい、私らのことはお構いなく。それで横井氏は何を専攻する予定ですか?」
「俺、大学の海洋資源環境学部に入りなおして、海洋開発関係に就職しようと思うんだ。」
何気なく、軽い調子で言ったつもりだが、立石と丸山は顔を見合わせ、肩をすくめた。丸山は首を横に振る。
「そんなに頑張ってどうするの。仕事だってきついし。第一、海の上だよ。俺もリサイクルセンターの仕事でたまに海洋ごみの回収へ行かされるけど、海の上、本当に何もないよ。俺みたいなVR中毒者はいいけど、横井氏は絶対に退屈するって。」
「そうか、俺は読書だけで三か月は行けるけど。今どき、電気書籍も目に優しいタイプの液晶パネルで読めるから、荷物にもならないだろ。」
「彼女や奥さん出来たらどうするの?何か月の海の上に出て、ほったらかしたら振られるよ。」
「その予定もないし、たぶん、大丈夫。」
若返ったとはいえ、一人でいることが長すぎたので、今すぐに彼女や奥さんを探そうという気にはなれない。それに今はヴァーチャルの擬似人間関係やアンドロイドもある。
「大学の勉強も、高収入の仕事も、きついものだって相場はきまっていますって。せっかく若返ったのに早死にしてしまいますよ。」
立石も俺の意見に異を唱える。
「我々は細く長く生きて、できるだけ長く推し活がしたいんです!」
「でもさ、立石。長く生きるには金が必要だぜ。お前らはそこそこの収入があるからいいけど、俺なんかが大きなけがや病気をしたら一発で詰むぜ。」
「横井氏、一つの仕事を選んでバリバリ働いてガンガン稼ぐなんて時代遅れですよ。第一、養う家族もいないのにそんなに頑張ってどうするんですか?今どき、ほとんどの人は仕事の掛け持ちが常識ですよ。」
「え?そうなの?昔はやった副業みたいなやつ?」
「いや、正社員で働きつつ副業をするというのがそもそも古いです。在宅で複数の請負業務をしたり、農作業や林業の手伝いをしながら工場で働いたり、まあ、現代の水吞百姓といったところでしょうか。」
そんなことで生活できるのかと思ったが、統計によると意外にそういう人は多いようだ。知的な作業はAIに、物理的な作業はロボットに置き換わり、一部の専門知識や特殊技能を持つ人間だけが必要とされているようになっても、細切れの単純な仕事は意外に多く、途切れることはない。
物価や家賃の安い郊外や地方に住んで、家族を持ったりする人も多い。農作業以外にも色々な副業や内職をこなしていた戦前までの小作農や、日雇いで働きながら長屋でその日暮らしを送る江戸時代の庶民のようだ。
戦前もホワイトカラーはごく一部で、国民の大多数は農民、それも土地を持たない小作人がほとんどだったが、人口縮小時代においては勤務形態が昔に戻っているらしい。
「高度な専門知識を身に着けてまで無理して働かなくても、適当に専門学校で技能を身に着けて、請負業務で気楽に暮らしていけばいいじゃないですか。」
立石がいうことにも一理ある。
だが、俺たちは腐っても氷河期世代。
仕事がなくて仕方なく就いたはずのフリーターや派遣社員の仕事を「自由な働き方」「会社に縛られない」、低賃金を「やりがい」「スキルを身に着けてステップアップ」などと、もっともらしい言葉でうまくごまかされて続けてきた世代だ。
今や国民の半数以上が小作人みたいな暮らしを送っていてそれがスタンダードだとしても、それを選びたいとは思わない。
「そういえば俺たち、若返ったのはいいけど、寿命はどのくらい延びているんだ?」
「さあ。理論的には120歳くらいまで生きられるらしいけど。」
そこが問題だ。何しろ若返り治療が本格化してまだ日が浅い。まだまだ未知なことが多いのだ。
すると、今まで黙って俺たちの話しを聞いていたママが、いきなり口を挟んできた。
「それだけどね、男女ともに「ヤリすぎ」は寿命を縮めるわよ。」
「え?!」
俺たちは一斉にママの方を見る。
このママさん、源氏名をキャンディさんという、フィリピン人のオカマだ。例の、相模原で俺がちょっかいを出したチーママと同一人物でもある。
昔は妖艶な美人だったが今は・・・いや、あえて言うまい。
「そういえば、この近くに歓楽街でよく救急車が停まっているなあ。でも死んだって話は聞かないぜ。」
「そりゃあ、若返り治療も進歩しているからね。これは認可前に若返った金持ちの二号さんをしていた子から聞いたんだけど、若返り治療がまだまだ実証実験段階で危うかった時期から、随分な数の超富裕層に実施されていたわ。表向きはアンチエイジングや整形ってことにしてね。」
それは初耳だ。だが合点がいく。道理で俺たちの臨床試験から認可までの期間が短すぎるわけだ。
「認可前に若返った人はとにかく予後が悪くてね。若返ったことでお盛んになって、寿命を縮めてしまうだけではないわ。妊娠出産にチャレンジした女性も何人かいたんだけど、全員、出産直後に亡くなったわ。」
単に知り合いの情報という以上に詳しすぎる。キャンディさんの情報網は謎だ。
「それで、ここからが若返り治療の闇の深いところよ。何としても安全に夜の生活を楽しんだり、出産したりしたい金持ちたちは、年を取った身寄りのない女性たちを集めて、若返り治療をより安全なものにするための実験を始めたの。」
ここでキャンディさんは声のトーンを落とす。
「横井さんが相模原にいた頃にあたしが働いていたスナックで菱田っていう自衛官がいたでしょ?彼もよくこのお店に来るんだけどね。」
「ああ、思い出したくもないが・・・。」
例の、キャンディさんを取り合っていた恋敵である。
このスナックに来るのか。鉢合わせしたくないな。
「菱田さんは年取ってからも仕事でよく海外に行くらしいんだけど、彼の情報によるとね、海外では若返らせた女性に闇で売春や代理出産をさせて死なせるケースが相次いでいるらしいわ。」
「え?でも人工子宮が認可されているでしょ?人工保育気も昔に比べて格段に性能が向上しているし・・・。」
「関係ないわ。金持ちにとっては自分の欲望を満たすための実証実験が必要。代理母を受ける女性は若返り治療と莫大な金額的見返りを約束される。実際には、金額報酬は後払いだから、死んでしまえば実質ゼロ。」
男の俺たちが聞いてもよい気はしない、ひどい話しである。
それにせっかく若返ったのにまた体よく利用されて捨てられてしまうという現実は俺たちにとっても他人事ではない。




