25. 2048年に氷河期世代が就職する方法
ディアナとアザミのスポンサーが決まったタイミングで、俺の管理人としての任期も切れた。
家の中のことは、シルバーがやってくれるのでもう心配はいらない。
それ以外にも、イラさんが来てからというもの、家の中が目に見えて片付くようになった。
別にイラさんも家事が特に得意なわけではないが、月面基地の司令塔をしていただけあり、少なくとも指示を出すのは得意だ。
それだけではない。修理に出していたイラさんの高性能アンドロイドも新たに家族の一員として加わることになった。インドで修理後、船便が遅れたり、関税の手続きが長引いたりしたが、ようやく届いた。
「じゃーん!紹介しまーす。ヴリシャンよ。」
月面基地でイラさんの横に控えていたアンドロイドで、こちらは普通に人間、イケメンの姿だ。
シルバーがやや不得意な料理ができ、マネージャー業務やサイバーセキュリティチェックなどの実務もこなせる。
これで俺は安心してこの家を出て、自分の将来に向けて働きながら勉強することができる。
まずは川崎の港湾部にある、立石と丸山が住んでいるアパートの空き部屋を契約し、引っ越した。
外観も内装もおしゃれで一階の一角にはこれまたおしゃれなカフェバーが入っている。
一目見て気に入った。
引っ越してからこのアパートのぼろが色々と見えるようになるまで、俺はご機嫌だった。
ガルバリウム鋼板でできた倉庫を改装したそのアパートは、作りこそ頑丈なものの、防音と断熱は大いに不安があり、加えて水道管や電線の作りもいい加減なのか、水圧も電圧も弱い。
お金がたまるまでの当面の住まいなので、まあ、仕方ない。
勉強中はヘッドホンで騒音を遮断して、毛布でもかぶって寒さをしのげばいい。どうせ編入試験は冬なので、暑くなるころには学校の自習室が使えるだろう。
それにしても、立石も丸山も、もっと良い場所に住める程度には稼いでいるはずなのに、なぜここに住み続けているのだろう。
「ん?俺たちが宇宙へ来る前はもっと住環境が劣悪だったから平気。夜通し蛍光灯が付きっぱなしの部屋でゴキちゃんが走り回るコンクリートの床で寝てたからさ。」
どれだけ劣悪なんだ。刑務所の方がまだましだろ。
「あと、アパートの一階にカフェバーがあるでしょ?食事を考えるのが面倒くさい時に便利。ほかにも夜遅くまで営業している便利なお店が近くにたくさんあるから。」
俺としては、一階のカフェバーは深夜まで音楽を流しているのが気になるんだが。それにメニューのレパトリーは大して多くはないし、量が少ないわりに少し高い。
カフェバーを経営しているのはアパートの大家で、いい加減な男だ。俺の大嫌いなタイプ。
ぎりぎり氷河期になるかならないかの世代で、若いころはバックパッカーをしていて、世界のあちらこちらで沈没して、葉っぱに手を出したり、女遊びをしたり、中年に差し掛かって帰国した後も極めて適当に生きているような、そんな奴だ。
そういう人間に限って「お金だけが全てじゃない」とか「人生何とかなる」とか「会社に縛られるなんてまっぴら」なんて言う。実家が太くて資産があるからそんなことが言えるのだ。事実、このアパートの前身である倉庫は大家が親から相続したものである。
それはさておき、周辺に便利な店が多いのは事実だ。
「便利な店」というとコンビニやファストフード店を想像するかもしれない。
だが人手不足と人口減少のダブルパンチで大量生産なんて昔の話しになってしまった今は違う。
まずは衣類や日用品、電化製品など、ネットショッピング用の商品を大量に保管している物流倉庫。
大量生産時代のデッドストックが多いが、配送は昔ほど頻繁に行われないし、加工や修理が必要な場合もあるので、とにかく時間がかかる。事前に受け取り方法を指定すれば、倉庫へ直接受け取りに行くことが出来るため、倉庫が近いと便利なのだ。
次に個人向けに営業している小規模で無人の3Dプリンター工場。これはプリンターで生産する加工品の原材料が必要になるが、リサイクル工場が多く存在する川崎港湾部では種類も豊富な資源リサイクルも行っているため、地の利がある。
そんなわけでこの周辺はいろんな工場がひしめき合っている。
ほかにも自動販売機で缶詰やレトルト、冷凍食品が売られている、24時間無人営業の保存食スーパー。
労働者たち行きつけの屋台やスナックも近い。
生鮮食品は移動販売で時間が決まっており品数に限りがあるのでたいていの場合、休みの日にまとめ買いすることになる。
食に関してだけは選択肢があまりない上に不便なので、これについてだけは不満だ。
住まいが定まったところで、俺は猛烈に働いた。
単発の単純な仕事は、若いころに登録していた人材派遣会社のように、紹介会社に登録すればひっきりなしにオファーが来る。
「あなたにピッタリのお仕事です。」
安物のAIに一体俺の何が分かるんだ?なぜ知りもしないのに「ピッタリ」なんて言い切れる。そもそも低賃金で家族も養えないような仕事を「あなたにピッタリ」と言われてやる気が起きるとでも思っているのか?
かつて登録していた人材派遣会社からも、同じセリフをよく言われた。AIではなく人間だったが、一度もあったことがないのによくそんなことが言えたものだ。
紹介される仕事は、農作業、清掃、解体撤去などで、いずれも給料が低く、障碍者と仕事の奪い合いだ。
若いころは頼んでもいないのに生き方を指南して来る奴がたくさんいて、「自由な生き方」だの、「働き方に縛られない」だの、きれいごとを並べていたが、どれもこれも俺の嫌いな言葉だ。
派遣や契約社員なんて、一度なってしまうと、次も、その次も、非正規雇用で働くことを期待されてしまう。フリーターなんてもっとだめだ。
ワーキングホリデー?帰国した後はどうするんだ。大した経歴にもならないし、大した外国語能力も身につかないし、何より大した収入にもならない。
丸山の紹介で、やっと、リサイクルセンターの仕事を見つけたが、ここは外国からの出稼ぎ労働者が多い。
仕事を紹介してくれた丸山のようなエースであれば話しは別だが、俺みたいな凡夫はいつ首になってもおかしくない。
この時代はとにかく過去の遺産で食っているようなものなので、レア部品が見つかれば、それだけ高く売れる。そして丸山はなぜか知らないが、それを見つける嗅覚にたけているのだ。
この職場は、意外にもセキュリティチェックが厳しく、まずは生体認証で入場する。入場後は防護服を着る。ここで少しでも服に隙間が開いていると、あるいは余計なものを持ち込もうとすると、センサーで引っ掛かり、作業場に入れない。
作業所から出て退場するまではさらに厳しく、物の持ち出しがないかセンサーでチェック。防護服のまま消毒され、脱いだ防護服は即回収し、中の人間もシャワーを浴びさせられる。
すべてが逃れようのない流れ作業だ。
ある意味、言葉が分からなかろうが、文化の違いがあろうが、関係なく平等に扱われる。月面作業員と同じだ。
並行して学校が始まった後もコンスタントに続けられる仕事も探す。
だが、単発の仕事と同じく、紹介会社を使うので、やはりうんざりしてしまう。
おまけに、ほかの氷河期世代も皆、「以前の経歴」を活かせる仕事を探しているので、数少ないパイの奪い合いだ。
氷河期世代はキャリア形成に失敗した人が多く、あの時代に求人が多かった介護やSEなど特定の職種経験者が異様に多いのだが、今の時代は需要が無くなる、機械化したなどの理由で、軒並み不要になっている。
そんな俺たちによくオファーのある求人と言えば、「AIにできないクレーム対応」「AIでもお手上げな古いシステムのスパゲッティーコードの再編」「大量にAIに読み込ませたアーカイブの分析結果が正しいか、当時を知る人に検証させる」「管理職の補佐と言えば聞こえはいいが、要は超売り手市場の時に就職した明らかに力不足な上司のお守り」など、ろくなものはない。
おまけに仕事がきついわりに給料はそれほど良くはないと来たものだ。
こんな仕事に甘んじていたら、いつまでたっても俺たち世代特有の負のループから抜け出せはしない。
リサイクルセンターでの仕事帰り、いつもの通勤通路を少し脇に逸れてみる。
そこにはかつての巨大団地が、増築によって周辺の建物を飲み込んで、異様な姿を現していた。
低層階は小規模な工場や商店がひしめき合い、橙色の灯りに照らされて働いているのは、俺と同じ氷河期世代の男女。
工場では、あるいは既存の商品を別の商品に造り替え、あるいは食品を製造し、あるいは服を仕立て直していた。
大量生産時代のデッドストック、小さいものは100円ショップで売っていた小物やファッション、大きなものは家電や建物まで、あらゆるものを再利用している。
デザインを変える仕事、性能を向上させる仕事、あるいはその両方。
今の時代、最も需要のある仕事の一つだ。
腕がよければ企業に引き抜かれたり、大口契約を取り付けることもある。
安価な飲食店や総菜も売られているが、野菜は素人に毛が生えた程度の農園、肉は駆除された野生動物なので、品質に当たりはずれがある。
飲食意外にも安価に売られているあれやこれやは知的財産権侵害の疑いがあるものも多い。
低層階の階段を上がり、三階まで行くと、音楽やアニメ、ファッションのポスターが壁一面に貼られている。ここはクリエイターたちのフロアだ。
漫画や音楽、映像といった、サブカルチャーや、ファッション関係のクリエイター達は幅広い世代がおり、特に氷河期世代が多い。
もともと持っていたスキルを活かしている者もいれば、最近になって専門学校や職業訓練でスキルを身に着け、長年の夢を実現させたものもいる。
手先が器用であればデザイナーではなく、他人がデザインしたものを作成することを生業にもできる。
彼らはここのような、低所得者が集まる三大都市圏の港湾部の集合住宅や自治体運営の借地借家などで成功の機会をじっと待ち、チャンスをつかんだものは大企業から契約を取って都心へ、あるいは地方有力企業のお抱えになる道を選ぶ。
元来、俺は「夢を追いかける」という考えも嫌いだった。
あの頃は、「どうせ仕事が見つからないなら好きなことをしよう」と、夢追い人になる奴らも多かった。
ミュージシャン、芸能人、漫画家、イラストレーター、デザイナー、小説家。
大半は自分の能力を過信して、次々と夢破れていった。そんなのを嫌というほど見てきた。
だが、思い返してみれば、俺たちの世代から優れたクリエイターがたくさん輩出されたのもまだ事実である。
そう思うと、堅実に生きようとして、結局、底辺をはい回っていた俺は、一体何だったのだろう。
今や製造業にしろエンターテイメントにしろ、アイディアでさえ過去の膨大なデータをAIに読み込ませて希望するものを吐き出させるだけだ。
しかもそれができるのは膨大な情報を抱えるパテント業界位だろうか。
自力でアイディアを出せる人は希少で、個人がそういった才能を発揮できる場も限られている。この建物はその数少ない場所だ。
この異様な建物を後にし、考える。
夢を追いかけるにしても、堅実な生き方を模索するにしても、失敗した時の選択肢は多い方がいい。
自分の適性を見極めることが必要だ。
進路として何となくいいなと思っているのは海洋開発の仕事で、比較的求人が多く、条件も良いが、高度な専門知識、最低でも修士が必要だ。
他の、今時の仕事で条件の良い業界、パテント、宇宙関連、ロボットも、なかなかハードルが高い。
特に華のパテント業界は最低でも修士、できれば博士が望ましく、弁護士や弁理士の資格も必要だ。
相当優秀でないとなれない。




