1. 月面格差社会
初の書き込みです。
月面に到着した日本からの宇宙船。
降りてくる人の流れは三手に分かれる。
別の宇宙船に乗り換えて火星へ向かう人たち、バスに乗って月面ドームシティへ向かう人たち、ローバーに乗って南極基地へ向かう人たち。
ファーストクラスから降りてくる若い人たちは最新の宇宙服に身を包み人種も様々だ。ビジネスクラスはこざっぱりしたファミリー層やビジネスパーソン。どちらも火星へ行く人と月面ドームシティへ向かう人が半々くらいだが、火星行きがやや多いといったところか。そしてエコノミークラスからは月面作業員たち。
以前の月面作業員は様々な国籍の囚人が多かったが、最近では東アジア系の老人が多い。彼らはローバーに乗って宇宙船の発着所から氷を採取する南極基地へ向かう。
酸素と水の入ったタンクをローバーで運搬しながら彼らを眺めている68歳の俺、横井祥も何を隠そう、南極基地で働いている月面作業員の一人である。宇宙船の発着所へ立ち寄りついでに他の労働者を拾っていくのが日課なのだ。
月面の職場は非正規雇用、独身、資産なしと三拍子そろった日本人の氷河期世代が人生の最後に行きつく場所だった。
彼らが火星や月面ドームシティに向かう人々に向ける視線は冷ややかで、辛らつな陰口をたたいている。
「未だにバブル時代のつもりかよ、ジジババが!」
「大した能力もないくせに自己評価ばっかり過大なZ世代が!」
同じ氷河期世代の「勝ち組」に対しては特に憎悪が凄まじい。
「火星に向かっているのって、大手商社の元役員じゃん。親が取引先のお偉いさんだっていうから、コネ入社したんだろうね。同じ時期にあの会社に同年代の非正規社員がブラック労働で大勢つぶされていたっていうのにいい気なものね。」
「月面ドームシティ行きのバスに乗ったあの人、辣腕知事としてよくメディアに取り上げられていた人!外資系コンサル出身にありがちなパワハラ・モラハラ全開なあの言動、苦手なんだよな。ってかまだ生きてたのかよ。」
「あのババア。元モデルの女性起業家として持ち上げられていたけど、結局は愛人の金と権力を使っただけだろ。それにしても競争率の高い美容業界で一度、倒産していなかったか?・・・ああ、確か愛人のジジイが死ぬ前に籍を入れて遺産相続したんだっけ。」
バブル世代も、Z世代も、勝ち組の氷河期世代も、ここに来る富裕層の多くに共通しているのは、たまたま生まれた時代に恵まれた、あるいは実家が太かっただけの、薄っぺらで中身のないところか。
専門知識や教養を小ばかにして、頭の回転の速さや機転を武器に、「売上」「資産」「フォロワー人数」「コストカット」などの「数字」だけは持っているような連中。
そんな連中が何を勘違いしているのか何の権限があってか、俺たちを下に見て偉そうに振舞っている。
だが負け組の氷河期世代の憎しみが向かう先は、彼らにとどまらなかった。
「見ろよ、火星に向かう若い奴らを。いろんな国で青田刈りされた、エリート技術者たちだぜ。デザイナーベビーか生まれつきの天才か知らねえけどよ。」
「いいよなあ。すでに仕上がっている人間は。研修や教育も必要ない。大した職業訓練も受けさせてもらえなかった、スキルなしの俺たち凡人はますますもっていらないってことか。」
それはエリートじゃなくて彼らを意図的に選んでるような奴らに言え、と言いたくもなる。
少なくとも彼らエリートは人類が宇宙で生き延びるための技術開発に携わっているので、先ほどの空っぽな連中と違って少なくとも世の中の役に立っている。
途中、休憩所に立ち寄る。まあ、パーキングエリアみたいなものだと思ってくれたら間違いはない。
どんよりとした同世代の労働者を横目に、何とか空いている場所を見つけてローバーを停めると、前のローバーには中国人と韓国人の男性労働者が乗り合わせていた。
年のころは60歳前後だろうか。二人とも黙って一心不乱に大きめの液晶パネルに何かを打ち込んでいる。
こっそり盗み見してみると、それぞれ中国語で「コネなしの蟻族」「旧共産党幹部」、韓国語で「財閥」「N放世代」と、ところどころ俺も知っている単語が垣間見える。どの国も状況は似たり寄ったり、恵まれない時代に生まれた弱者老人には厳しい。
俺がかぶっている宇宙服のヘルメットはスマートグラスも兼ねているため、テキストで書かれた文章はたとえ外国語でも視界に入れば自動翻訳してしまうのだ。
「この辺でも盗難があったみたいだよ。気を付けて。」
英語で彼らに注意を促したが、返事はなかった。
時々、基地を脱走して月面に潜伏し、生き延びるために盗みを働く連中がいる。月面ドームシティの搬入口は特に狙われやすい。
南極基地に到着した時には二週間ぶりの夜が来ていた。月から見える空は一日中黒いが、一応、昼と夜がある。最も昼も夜もそれぞれ二週間もあるのだが。
遠くに見える月面ドームは放射線を遮断する金属のカバーと薄い透明の膜で二重に保護されているが、夜になると金属のカバーが開いて街が姿を現す。
スノードームのようにキラキラと輝く宝石箱のような街。街を構成する構造体は日本企業が開発した「オリガミ・シリーズ」。その名の通りパネルを折り紙のように自由自在に折り曲げたような形状で、砂漠のオアシスに張られた王族のテントのようでもある。
巨大なドーム内で常にきれいな水と空気を循環させ、食料となる植物を育て、完全に管理された人類にとって完璧な空間。中では重力から解放された選ばれし移住民たちが遠く空に浮かぶ地球を眺めながら優雅に暮らしているに違いない。
2048年、人類はついに月での定住を開始した。
これまでも調査のため、あるいは居住環境を整えるための先遣隊の前哨基地はあったが、本格的な定住地ができたのはこれが初めてだ。
だが俺がこの人類の理想郷へ入る事は今までなかったし、これからもないだろう。
いつものように南極で採取した氷から生成した水を入れたタンクを無人月面ローバーでドームの供給口まで届け、ロボットアームで空のタンクと交換すると、基地までローバーを戻す。
戻ってくる途中でロボット台車に運ばれる死体袋が見えた。
ここで働いているのは老人が多く、月面の環境は過酷だ。別に珍しい光景ではない。
死体袋を横目に俺が戻った南極基地はインドと日本の合同で建設され、インドはもっぱら火星の開発に専念したいため基地の管理は日本に任されている。
そのくせ基地の責任者だけはインド人だ。そのインド人上司のさらに上司に当たるインド人は基地におらず地球上から指令を出している。
中間管理職は俺のようなキャリアに恵まれなかった元非正規雇用の氷河期世代。雑用ばかり押し付けられているが、これでも一応、現場に作業指示を出している管理職ではある。下っ端の名ばかり管理職だが。
そして現場作業員は外国の囚人と、引きこもりや軽度障碍者など社会からドロップアウトしたさらに悲惨な氷河期世代だ。
もっとも、アメリカやロシア主導の基地の現場作業員はほぼ全員が凶悪犯罪を犯した囚人で、拘束され護送車で運ばれてくるので、それを考えると日本の基地はまだ治安面ではましではある。
「また一人、死んだな。」
「どうせまた献体に回されるんだろ。月面でしかできない実験の。氷河期世代は死んでも働けってことかよ。」
そんな会話が聞こえる。
「献体されるだけましだろ。後でちゃんと地球で埋葬されるから。最近ではロクに葬儀もしなければ埋葬もしないから、そのうち月は死体であふれかえるんじゃない?」
誰かがそうぼやく。
実際、月面に死体が増えすぎて問題になり、国際宇宙連盟から回収するよう勧告が出ているくらいだ。ここに来ても律儀に勧告に従っているのは日本を含む数か国だけで、正直者が割を食っている構造は昔から何も変わらない。
基地に戻したローバーをメンテナンス工場に回した後、俺は休憩室へ移動し、持ってきた薄いパネルにニュースを映し、見るともなしに見ていた。この時代はスマートフォンに代わり、体内埋め込み型マイクロチップをウェアラブル機器や紙のように薄い液晶パネルにリンクさせて使っているのだ。
流れてくるニュースは宇宙滞在者向けのものだ。宇宙天気予報士は放射線量や太陽風の予報を告げ、交通情報は地球や宇宙ステーションからの定期運航便の遅延を知らせる。
ニュースが天気予報から新しくできた居住地の情報に切り替わった時、現場作業員の丸山と立石がやってきて俺の隣に腰かけて勝手にニュースを一緒に見始めた。
図々しい奴らだ。
二人とも俺と同じ氷河期世代、懐かしのにちゃんねるでよくネットミームとして登場していたオタク男性によく似ているので、俺は勝手に「おまいら」コンビと呼んでいる。丸山は太っていて立石は痩せている。
ちなみに二人とも障碍者手帳を持っていて、それぞれ丸山は脳卒中の後遺症で立石は回復中だがうつ病。高齢で行き場を失って月にたどり着いた。末端の作業員なんてこんな奴らばっかりだ。
画面にはさっき通りかかった月面ドームシティの内部の様子が映し出される。ドーム内のスパに浸りながらから地球を眺めている様子、低重力パルクールを楽しむ様子、そしてそんな住民たちを彩る、街中に植えられた花や樹木。
「へえ、あの街の中ってこんなふうになっていたのか。植栽のいちご、あれ勝手にとって食べていいんだ。培養肉工場とフードプリンターでステーキやすしも食べられるじゃん!なにこれ、ズルい!」
勝手に見始めて勝手に文句を言っている。
映し出された住民たちの中でひときわ目立つのは青い目が印象的な、赤い髪と小麦色の肌をした十代前半くらいの少女だ。整った見た目の彼らは明らかに生まれから俺のような一般庶民とは違う。それもそのはず、彼らは遺伝子を操作されたデザイナーベビーなのだ。
少女の両親らしい人も映っているが両方とも東アジア系の男性だ。彼女はどちらかの血を引いているのだろうか。それともどちらの血も引いていないのだろうか。はたまた遺伝子操作で両方の遺伝子を組み込まれているのだろうか。だとしたらいかにもこの時代における「新しい家族のかたち」らしい。
それだけではない。これから月面で生まれてくる子供たちも宇宙での過酷な環境に対応したデザイナーベビーになる予定だ。
「この子、見たことがあります。有名なVRアイドルですよ。名前は月宮ディアナ。」
そうなのか。ジジイだから全然知らなかった。
道理で妙にカメラ慣れした様子で視線を送りながら手を振ったりなんかしているわけだ。
「地球を捨て、宇宙環境に適合して進化していく。そんなことが本当に可能なんだろうか。」
俺たちが運んでいる、南極から採掘された氷によって供給される水と酸素はあとどれくらい持つのだろうか。それまでにさらに先の火星や土星の衛星エウロパへの移住は実現するのだろうか。どうせ俺たちは彼らの生活を支えるだけの底辺労働者で老い先も短いからどうこう言えた立場ではないが。
立石の方はデザイナーベビーについて言いたいことがあるようだ。
「デザイナーベビーってどうなんですか!体外受精で子供を作って、下手したら妊娠出産すら代理母に任せているから自分の子供だという意識が薄いんでしょうね。簡単に子供を捨てる親もいるって聞きますよ!」
何も今になって宇宙時代への先駆けとして今になってデザイナーベビーが作られるようになったわけではない。少子高齢化の波に対抗するため、十数年ほど前から世界中でデザイナーベビーが誕生するようになったのだ。
「最近では人道面で代理母が規制されて、受精卵の段階から育てられる新型の人工子宮も出たらしいな。少しはましな状況になるんじゃない?」
妊娠出産は女性の体に負担が大きく、代理母になるのも貧しい女性や弱い立場の女性が多い。代理母は、本来なら自分自身の子供のために使うはずだったエネルギーと健康と時間を、お金と引き換えに他人へ売り渡すような側面もある。
人工子宮の誕生は代理母の問題を解決するだけではなく、健康上の、あるいは身体的な理由で、これまで子供を持てなかった女性や同性カップルにも希望を与えた。
「変わらないですよ。手軽に子供を作っておいて自分では面倒を見ようともしない。」
彼のいう事ももっともだ。デザイナーベビーの育児放棄は社会問題になっている。日本ではデザイナーベビーを作ることに関しての規制は厳しいが、国策として海外から孤児を受け入れている。そのほとんどは戦災孤児だが、中には育児放棄されたデザイナーベビーもいる。
孤児たちの養育・教育費用に予算が回され、そのせいで氷河期世代の社会保険が削られて、俺は月へ来る羽目になったので、俺も言いたいことがないわけではない。
正直なところ、年々進む一方の少子高齢化を少しでも緩和するためには仕方ない、つい数十年前に各国で問題になった違法な移民よりは、身寄りのない子供の方が将来性もあるしましだ、と言う気持ちと、少子高齢化と人口減少が世界的潮流になった今となっては焼け石に水、それより俺たち困窮老人の境遇を少しでも良くしてくれという気持ちが半々といったところで、立石のように孤児問題自体に関心があるわけではない。
「年寄りは宇宙開発の前線送り、親は子を捨てる、いったい世の中はどうなっちゃうんですかね。」
全く同感だ。
キラキラしたうわべの下はドロドロのディストピア。全くやってられない。
ニュースは気象情報に戻る。
太陽嵐の影響で、宇宙空間での屋外活動が制限されるらしい。これは困った。宇宙ステーション周りや月面には地球と違って宇宙から降り注ぐ大量の放射線を防いでくれる大気がないので外へ出るともろに被ばくしてしまう。
「また配達遅延を取り戻すために徹夜作業が発生するな。」
俺はぼやいた。もっとも月の夜は二週間続くので、あくまで地球時間での徹夜という意味なのだが。
自室、そう呼べるかどうかも怪しい、カプセルホテルのような一室に戻ると、スマートグラスのVR機能を立ち上げ、さっきの月宮ディアナというVRアイドルの動画を検索し、いくつか見てみた。
驚いた。
活発な印象の見た目に反し、歌っているのはドリームポップやシューゲイザーの系譜だろうか。滝のような轟音の向こうでささやくような歌声が聞こえる。
そしてVRならではの演出で、音の壁が四方八方を取り囲んでいる、そんな感覚だ。
つい20年ほど前まではショート動画でバズるかどうかで勝負していたが、同じネット発の売り出し方でもこんなに変化していたのか。
もう長いこと、新しい曲なんて聞いていなかったが、自分は何ともったいないことをしていたのだろう。
心地よい音に身をゆだね、時代の変化は何も悪いことばかりではない、そんなふうに俺は思った。
需要があれば続けます。




