エピローグ
ーー鼻血が止まらない。
明日は私と王子の結婚式だ。
人から見ればとんとん拍子で進んだ私と王子の婚姻が、私には酷く長かった。
思いがつのってつのって苦しくて、一人でベッドで眠るのがただ寂しかった。
明日からは、起きる時も寝る時も一緒だ。
着替える時もお風呂に入る時もずーーーと一緒だ。
と思っていたら、鼻血が止まらなくなった。
側にいたメイドが慌てて介抱してくれるが、泣きながら大丈夫だと言った。
嬉しいだけなのに鼻血が出てくるなんておかしい!、またお父様に薬を盛られたのかもしれないと思うが、分かってくれたお父様は嬉々として私の指示に従ってくれているのできっと違う、これは私が興奮しちゃっただけだ。
明日からは何も我慢しなくて良いと思うとどうして良いかわからない、私を止めるものが無くなってしまう、やったー。
これではダメだと思い、私は呼び鈴を鳴らして執事を呼び出し、ある方へ今から伺っても良いかしたためた手紙を渡すように命じた。
夜に伺うなんて常識がなってないと思われるかもしれないが、どうしようもなかった。
私のストッパーとなってくれるだろう彼女と会わなければ、私は自分の鼻血で溺れてしまうだろう。
ーー速達の魔法で返事はすぐに帰ってくる。
高貴なコロンの香りのついた手紙には、了承を告げる返事がかかれていた。
勝手口を開けるから、転移魔法で来るんですよ、という気遣いを添えて。
基本的には貴族同士の移動には、転移魔法は使われない。
屋敷や城には転移が出来ないように魔法陣が刻まれているからだ。
けれど緊急事態が起きた時には、転移魔法で逃げ出したり逃げ込んだりすることもある。
それが勝手口と呼ばれる、パスを知っているものがいれば飛べる、転移魔法専用の出入口だ。
私は彼女から予めそれを教えてもらっていたため、家の魔道師に命じて言われた勝手口に飛ばしてもらった。
王家の勝手口、王家に連なるものしか使用してはいけない勝手口を、王子と結婚するなら使っても構わないと言い、結婚前から国王陛下に許しをもらってくれたのが王妃。
ーー王子のお母様だ。
「深夜の訪問、ご無礼をお許し下さい王妃様」
頭を深く下げ、膝をつき詫びる私の手を取り、王妃は微笑む。
「あなたは明日からは私の娘になるのよ、娘が母に会うのに無礼も何もありますか?、頭を上げなさい」
明るい黄金色の髪を結い上げた王妃様は、王太子や王子の年齢の子供がいるとは思えないほど若々しくて美しい。
生まれた時から母のいない私は、王妃の言葉に嬉しくなり、頭を上げて立ち上がり返事をする。
「はい、王妃様のような方が母親なんて、恐れ多いですが嬉しいです」
「良い子ね、私のような悪い母親には勿体ないくらい」
そこにかけてと、示されたのは白い皮の張られたソファで、その前には入れたばかりの紅茶が二つあった。
「私の執事が入れた紅茶は美味しいのよ」
相対する黒の皮のソファに座り、王妃様は私が紅茶を飲んで落ち着くのを待ってくれる。
「今日はどうしたの?、結婚が嫌になった?」
冗談めかして王妃様が聞いてくる。
「楽しみすぎて、鼻血が出て困ってしまって」
私が正直に言うと、王妃は咳き込んでーー紅茶をもう一口飲み落ち着いた。
「王妃様、以前に私に忠告してくださったことを覚えていますか?」
「ええ覚えているわ」
王妃様は、優雅に飲んでいた紅茶のカップを置いた。
「もう一度それを聞かせていただきたくて、ここへ来ました」
「そう、変わっているのねあなた」
王妃は困ったように笑って、それでも私の要望通りに言ってくれた。
「あなたがあの子を不幸にしたら、私があなたを殺すわ、本当よ?だからーーあの子を泣かせるような事はしないでね」
「けして悲しみで泣かせるような真似はしません、よろこびで泣かせてみせます」
「???ええ、お願いね」
困惑したように王妃様は首をかしげ、それから自嘲するように笑った。
「もっともあの子を一番泣かせて不幸にした私なんかに、言われたくはないでしょうけど」
「いいえいいえ王妃様」
私は恐れ多くも王妃様の手を取り、否定した。
「王妃様が王子から嫌われてでも会得した王子の自由のおかげで、王子は明日誰よりも幸せになります」
「ふふっ誰よりもあの子を幸せにしてね、私が不幸にした分まであの子を死ぬまで笑わせて」
王子は王妃である母親から愛されなかったことを酷く気にしている。
今の王子も漫画の王子も変わらずだ。
それが、王妃の母国である隣国から手を出させないようにするための演技だと知らずに、ずっと嫌われたままだと思い込んでいる。
「元々は第二子である王子は人質として隣国に婿に行く予定だった、こちらの国に王妃としてきた王妃様のように。けれど王子は皆に嫌われる化物として生まれ人質の価値はない、化物王子を抱えるだけそちらの国が損をするだけだと王妃様はその欲求をツッパねた」
「嫌われているというのが嘘ではないように、私から距離を開けて嫌っているのを周囲に見せつけた。一部の貴族がそれに追随するのはわかってましたから。
嫌だったの、あの冷たい国に王子が行くことがーーそれでもこれは私のエゴでしかなくて、王子を酷く傷つけてしまった」
王妃様の手が震えている、当時の後悔を思い出すように。
「人間不信になっていく王子に、私は私のしたことが全部間違いではなかったのかと思った。あなたが現れるまではーー」
王妃様は私を見た、日溜まりのようなオレンジ色の目が暖かい色に染まる。
「あの子は良く笑うようになった、人から愛されるようになった。そして明日あなたと結婚する、母親として最低だった私の選択をーーそれでも間違っていなかったと思わせてくれて、ありがとう」
「王妃様の苦悩は、王子が愛しい私だからこそ分かります。だから王子は幸せにします、無体を働かないとここで誓います」
「??無体?」
「ですから私からもお願いがあります、王妃様ーー」
結婚式は神様から祝福されているような晴天だった。
皆が、私達の結婚を祝ってくれた。
白いタキシードの王子は、私をエスコートする時にはガチガチに緊張して可愛かった。
君が綺麗すぎるからだと文句を言われた、じゃあそれは王子の責任です、愛しい貴方のことを思うほど私は美しくなるのでと笑った。
人々が詰めかける教会の前で、私達は愛を誓う、この愛が永遠であることを。
それから誓いのキスをしてーー長いとざわめかれたーー、王子の隣から抜け出した私は、一人の女性を王子の前へ連れてくる。
美しい顔を歪めて泣いているその人、王子が幸せになって一番喜んでいる女性。
王子の顔が強ばっていたのでその頬にキスをして、彼女の前にうながした。
大丈夫です、あなたは誰よりも素敵だから、いつものように囁くと金縛りが溶けたように王子は彼女の前に立った。
「結婚おめでとう」
「ありがとう、ございます」
王子の中に様々な感情が巡っているのがわかった、知っていますあなたがどれほどこの人に愛されたかったか、貴方のことをずっと見ているから、だから一番大きい感情も知っている。
「あなたが幸せになってくれて、本当に良かった」
涙を溢して、まっすぐと王子を見るオレンジの目に何を見たのか、王子もポロポロと涙を溢して王妃様を抱き締めた。
「僕にはわからない、ずっとあなたは僕を嫌っているのだと思っていた。自分の息子はアレクだけだと仰った時にはこの世界から消えてしまいたいと思った。けど今確かに僕は、貴方の中の僕への愛を感じているーー僕は彼女から愛の受け取りかたを教えてもらった」
王子が私の手を引いて、王妃様と一緒に抱き締めてくれた。
「母上、私も貴方を愛しています。彼女との子供が生まれたらーー私のように醜い姿でも、抱いてくれますか?」
「私のように酷い母を、貴方は許してくれるのですか?」
「私は、母上あなたを、憎んでいる以上に愛しています。彼女が私に愛ばかり教えてくるから、私はもうこの気持ちを大切にしないことが出来ない」
「ええ王子、王妃様を大切にしてください、彼女は私があなたに無体を働かないための良心のストッパーなのです」
「大事にします、母上!!」
「いっそう力強く!?」
それから王太子が国王様が、ゆっくりと歩み寄ってきて私達を抱き締めた。
歓声とざわめきのせいで周囲には私達の会話は聞こえてなかっただろうにーー王家の者達の美しい包容は、皆へ大きな感動を与えたようで、爆発するような拍手が教会を包み込んだ。
ーーさすがにこれに交ざれなかったお父様はポツンと寂しそうだったけど、後で私が抱き締めてあげるから我慢して下さい!。
あなたが私を溢れるほど愛してくれたから、王子を圧倒するほど愛せる今があるので、これでも私はお父様に感謝しているのです。
それからのことは特筆するべきことはない、可愛い子供達と可愛い王子に囲まれて私達は幸せになりました。
裏工作しすぎて、隣国の影の支配者のようになったり、王妃様が今まで我慢していた分まで王子が大好きになって私と王子可愛いトークで盛り上がったり、その他楽しいことも驚くこともいっぱいありましたがーー。
王子が私の旦那様になった以上の特筆すべきことはないですよね!。
あれから結局私は王子にそれなりの数の無体を働いてしまい、それにふさわしい数の子供が生ました。
その中には獣の子もいてーー少しだけ王子は複雑そうな顔をしましたが、それでも子供達皆を分け隔てなく愛してくれてーー可愛い子供達に囲まれた王子は生涯幸せそうだったので、私の無体は許されただと思います。
私は、あなたに恋をしてから死ぬまでずーと幸せでした、生まれ変わってもまた愛し合いましょうね王子!!。
これ以上はノクターンに行ってしまうので自重します、王子に無体を働いてしまう!。
ここまで楽しく書けたのも見て下さって反応して下さった皆さんのおかげです、たくさんのブックマークと評価をありがとうございました!。