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魔法使いの右腕  作者: N.river
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呪文の正体と魔女 第6話

 ならロボは鉄クズを寄せ集めて作った顔でははは、と笑う。

「それは御心配に及びません。カイロ様よりいただいた魔法が費えることはございません。ロボは一生、オーキュ様のおそばにお仕えいたします」

 なんてこと。

 なおいっそう、あたしは大きく目を見開いていた。

 月だなんて。隠したつもりのおばあちゃんにだって、こうなることは想像もしていなかったに違いない。

「ロボよ」

 あたしはアッシュへうなずき返す。だって死んだ魔法使いの魔法なんて、どんなに偉大な魔法使いでももってせいぜい二、三日だもの。だのにロボは融けるどころか相変わらずで、自身でもずっと動くと自信満々に言ってのけてる。

 一度吹き込めば、ずっと動くと。

 唐突過ぎて最初、アッシュにハップはあたしが何を言っているのか分かっていない様子だった。

「ロボを動かしてる呪文がそうよ。アルテミスシティに隠してたんだわ。それをあたしが譲り受けた……」

「なっ、わたくしが、でございますか」

 跳ね上がったロボは自分を指さす。

 様子をまじまじと見つめてアッシュとハップは動かなくなり、前でロボはおそるおそる指していた手を胸の中の柔らかい光へとあてがっていった。

「わたくしがカイロ様のそのような……」

 きっと役に立つことでしょう。

 添えられた言葉が再び胸に蘇ってくる。

 こんな大きなものを、おばあちゃんはあたしに預けた。

 ばかだな。

 呟きは自分へと。

 自信たっぷりだったり、冷めてみたり。褒めてもらいたかったり、うろたえたり。一人でばたばたするばかりで、そんな事よりも何よりもおばあちゃんはあたしをちゃんと一人前に扱ってくれていた。じゃなきゃこんなものうかつに預けたりしやしない。

 でも望んだとおりにこうして認められたところ、でそれは想像と違ってた。

 あたしにはとても重い。

 人は何かになりたくて努力するし、何かになれるものだと夢見ている。でもなれたとたん背中に羽が生えるわけでも、全ての人が微笑みかけてくれるわけでもなかった。だからこそ証が欲しくて、ひと区切りと安心したくて、あたしはおばあちゃんを探したけれど、本当のところ安心できなくなるのが「何かになる」ってことだった。だって安心するのはその力を頼りにする人たちの方だから。あたしなんかじゃない。

 だのになんて甘えん坊だったんだろう。

 本当に甘えん坊なあたし。

 涙に少し視界は揺れて、あたしはようやく足りなかったものをゴミ溜めの中で握り絞める。そっとぎゅっと握り絞めた。


 再びブイトールへ乗り込んだ時、探しものは見つからなかったと管理人さんへ話してる。

 夜も更けたアルテミスシティの明かりは美しいからこそ脆くも見えて、灯して支える魔法使いたちの切なる祈りが集まっているみたいだった。

 その空に不摂生な魔法使いなんて一人として飛んでいない。みんな明日も誰かを安心させるため、しっかり深い眠りについている。

 ハップは家の人へ、実験が長引いたからラボカフェに泊まると連絡を入れたみたい。オービタルステーションへ向かう最後のシャトルも出て行ってしまったあたしはそんなハップの世話になると、ラボカフェで借りた部屋にお邪魔した。

 残された時間で話し合うのはもちろん明日のこと。ダブルイへは呪文も魔法使いも渡さないし、タイソン女史は絶対助ける、なんて意見の一致は実に見事。

 そんなダブルイは明日の同刻までに女史と交換だ、なんて言っていたけれど「どこで」を口にするまでもなくロボに飛び掛かられてホテルを去ってる。なら指定されるのを待つよりも、こちらから先に決めてしまう方が手も打てるというものさ、って提案は手慣れたアッシュからだった。連絡には仮面の依頼を受けたSNSがあるのだからあたしもその方がいいわ、と返す。

「でも打つ手、って?」

 さっぱり浮かばない。そこまで言っておいて答えず頭を掻くアッシュも尻すぼみで、見てられないって具合に切り出したのこそハップだった。

「こう箱を用意して」

 それはついさっき取り寄せて食べ終えたラボカフェのフードメニュー、ポテトフライが入っていた箱。油で光るそれをあたしたちの前に置く。

「この中に入れて、こうして、こう、だね」

 ダブルイを閉じ込めると上からフタをした。

「どうせアイツ、セコイから、大事な物を受け取るってなると自分で来るよ。しかも万全の態勢を整えてドラゴンも引き連れてね」

「だとすればまたビリオンマルキュール級を相手にするのね、あたしたち。とても厄介」

「うん、そのことなんだけどさ」

 切り出すハップはすでに何か知っているみたい。ポテトフライの箱を払いのけると代りにそこへノートパソコンを置いた。

「受賞したタイソン女史の研究論文、読んだんだけどさ」

 弾くカーソルで画面を呼び出し、チラリあたしを伺う。そこには「マホウツカイノキミタチニハ、ワカラナイダロウカラ」って色がありありと浮かんでいて憎たらしいことこのうえない。

「それって専門の呪文がないのに動くマイクロマシン・ジェネレーターなんだろ。再現したのはきっとこいつだよ。この論文通りなら普通の呪文でも使えるし、ジェネレーターに継ぎ足す部分が欠けてるからそれきりだけど、魔法の力が続く限りは動く仕組みになってる。ほら、ここ見なよ」

 一気にサイエンス協会のホームページをスクロールさせ、今年のサイエンス杯の何十とある協賛一覧の中に紛れて表示されたアフトワブ社の名前も見せた。

「シーは発表前にこの論文をのぞくことも、再現するための道具だって都合できそうだね」

「ほんと……」

 それ以上、あたしは言葉を継げなくなる。

「そういえばジュナーも自分の研究をそんな具合に説明してたな。だから魔法を消費するたびドラゴンは小さくなっていったってわけだ」

 うなずくアッシュがポテトフライの空き箱を拾い上げた。

「だとすれば勝機はあるが問題は箱の方だ。どうやって用意する?」

 それこそ魔法が使えたなら転写の魔法であるはずもない場所に何かそれっぽい空間を組み上げられる。あとは中へダブルイを迷い込ませてしまえば完璧。というか、あたしにそこまでの技量なんてあったっけ。きっと手前で気づかれてしまうわ、なんてがっかりする。

 ああ、あんな風にできたなら。

 寄せては返す芸術的な波。

 ひずみのない果てまで続く真っ白な砂浜。

 月へ来て間もなく目にした光景を思い出す。

 ん?

 うっとりしていたあたしは我を取り戻した。

「出来る魔法使いを知ってるわ」

「頼めるのか?」

 先輩なら、海苔の佃煮を届けたあの先輩なら、完璧だったビーチのように誘い込む空間を組めるはず。

「たぶん……。やってみる」

 たしはアッシュへうなずき返す。

「じゃあ現場にはポリスも来てもらうか。そっちは任せな」

 言ってのけるアッシュへ「待って」と声を上げていた。

「ダブルイをポリスへ突き出すの?」

「そりゃあそうだよ、ホテルで騒ぎを引き起こした張本人じゃないか」

 ハップも当然、って口ぶり。

「でもまだ子供よ。それに呪文のことも知られてしまう」

「なら言うが、マイクロマシン・ジェネレーターのことを黙っていろといった所であの悪ガキ、黙っていられるかな」

「それは……」

「幸今回のことで命を取られた誰かがいるってわけでもない。子供だからってことで、ポリスの厄介になっても取返しがつくってこともある」

 確かにアッシュの言うことには一理あった。

「何より肝心の呪文はお嬢さんが握っている。世の中に知られたところでそのお嬢さんがある、というならあるんだろうし、ない、というならないってだけだ。誰が何をどう騒ぎ立てたところでかなわない」

 そうしてアッシュはアゴを振った。

「アイツをどうしたい?」

 示しているのがロボだってことは、すぐにもあたしにだってピンときてる。だからこそすぐ答えられずに、あたしは口ごもった。

 そう、ならもうひとつ、じゃあロボはどうなってしまうのかってことがある。預かったのはこのあたしで、ロボのままで隠し続けることも、危ういからと魔法を呪文へいて消してしまうことも、融いてマイクロマシン・ジェネレーターへ移し替えてビリオンマルキュール級、こっそりあたしが使うことだってなにもかもはあたし次第だった。

「……まだ、わからないわ」

「れ、そういえばガラクタは?」

 いなくなっていることに気づいたハップが辺りを見回す。

「少し考えさせて」

 あたしは二人へ背を向けると、どうしても一人になりたくて部屋を出た。

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