呪文の正体と魔女 第5話
大型のブイトールがゆっくり上昇してゆく。
機体の片側にはオレンジ色の用具入れが取り付けられていて、おじさんと甥っ子と、メイドロボットにあたしを入れてちょうど十人は窓を背に、向き合うような恰好で腰かけハイヤーエリアの天辺を目指した。
「ほら、ボクの言ったとおりだろ」
とにかく換気口へ辿り着ける目途がついたのだから、ヒジであたしを突っつくハップは得意げ。それを言うならあたしが来てなきゃこうはなっていないハズだけど、そんなあたしはハップに連れてこられたようなものだからおあいこ。そうかもね、って聞き流して窓の外へ視線を投げる。
上昇を続けるブイトールはまるで糸に吊るされているみたい。どんどん近づく夜のドームは最初こそ宇宙との境が曖昧だったけれど、次第にあたしたちが生きて行ける場所とを区切る分厚い壁へ姿を変えてゆく。その表面に球形を支えて蜂の巣模様と組み上げられた支柱は浮かび上がっていた。支柱には昼間なら近づけそうもない数のライトが果物かとたわわにぶら下がっていて、合間に荒い目の金網はのぞく。換気口の吸い込み口は、そうしてようやくあたしの目にとまっていた。
金網より気圧差で吸い込まれた物は全て、今、向かうフィルターエリアへ送り込まれると、空気とゴミや目に見えないような粉じんに選別されるっていうのは管理員さんからの説明。あたしたちが探しているドローンなら、本当は違うのだけど、一番下層に位置する粗ゴミのフィールドを探すといいよ、とアドバイスも受ける。
向かうため、いよいよブイトールを降りる準備が始められた。なにしろフィルターエリアは泡のドームの外側に露出してる。向かうには分厚いドームを潜り抜けて外へ出て、沿って取り付けられた階段室を登ってゆかなきゃならない。その階段室とブイトールの気圧が合うまでの時間を、少しの緊張と共にあたしたちは待った。
やがてブイトールのハッチ脇で安全を示すランプが灯る。手動式のロックを回転させて管理人さんがハッチを開けばすぐ目の前にもう一枚、階段室側のハッチは現れていた。それもまた掴んだレバーを倒して管理人さんが捻る。とたんガクリ、と向こう側へ落ち込んだハッチはとにかく重そう。のちにゆっくり押し開けられていったその厚みは、泡のドームの栓そのものとやっぱりとんでもなく分厚い。向こう側でチカチカと明かりが灯って、緩やかと伸びる階段を照らしてゆく。外が見えない造りは洞窟のようにだった。狭く感じるその中を、あたしたちは一列に並び上っていった。
「フィルターエリアはどこも風がきついから気をつけて。わたしたちはまだ上のフィールドで仕事をしているから、終わったら迎えにゆくよ。それまでは勝手に他の場所へ行かないように」
釘を刺されたその時だった。
階段室を覆う壁が、泡のドームと同じ素材に切り替えられた場所に出る。外へ放り出されたみたい。突然四方は開けると、真っ黒で真っ暗な宇宙に放り出されてた。とたん心もとなさに襲われるのは、あたしたちの間にあるのはたった一枚のこの壁だけだからで、ここは人が住む場所じゃなかったんだって今さらひどく思い知らされる。出来るようにしたのは魔法と科学で、維持するために必要不可欠と魔法は特別大事にされてきたけれど、「特別」なのに無尽蔵とあふれていなければならないなんて、いったいどういう矛盾なんだろう、ってあたしはふと思う。
もてはやされて自慢げだったダブルイのスナップ写真が蘇っていた。
いいえ、とあたしは打ち消す。
あたしだって魔技校へ行くことを決めた時も、卒業しておばあちゃんに褒めてもらうことを夢見ていた時も、同じ顔をしていたにきまってた。魔法が使えない今だから「特別」だなんて自慢だった物事の平凡さを、冷静に見つめられる気がしてならない。
おごらない、ひねくれない、惑わされない。
だから何度も言い聞かされてきたのよね。
「特別」と求められて酔いしれることの甘美さは、続く搾取のためのお代なのかしら。
再び視界が遮られる。上り続ける階段室はさっきより狭くなったような気がしてた。果てに現れたドアはスライド式で、管理人さんが力任せに開いている。
「ドローンが選別されているとしたらここしかないね」
空気が一気に吸い込まれてた。否応なしにあたしたちを中へと歩かせる。
「うそ……」
ままに足を踏み入れたそこは、まさにフィールド。口笛のような音を立てて風が舞うサッカー場のように広い場所だった。埋めて一面には足の踏み場もないほどのゴミが敷き詰められていて、吹き続ける風にあおられカモメみたいにゴミ袋や紙くずが無数と宙を舞っている。
「気圧の差があるからゴミは階段室まで入って来ることはないと思うけれど、ドアはちゃんと閉めておくんだよ」
「想像、以上だな……」
じゃあ、と手を振った管理人さんたちが続く階段をまだ上へと上がってゆく。お礼も忘れてアッシュが唖然とこぼしていた。
「紙屑とか、これ、そんなのばっかじゃんっ」
言うハップへは今回だけは同意するしかなさそう。
「そりゃ、ま、吸い上げられて来るくらいのモノだからな」
ロマンティックなアルテミスシティの雪を見る前に、ゴミの雪原を目にするなんて。あたしはとにかく肩をいからせ腕まくりする。
「さあ、探すわよ」
ゴミの中へと歩いて行った。
とはいえ手あたり次第だなんて要領が悪すぎて、ロボへ作業に集中できるよう見張りを言いつけ、残る三人でフィールドを三等分に分けてそれぞれのエリアを探すことにする。
頭上の換気口からは今も分別されたゴミが、ハイヤーエリアの重力に引かれて紙飛行機みたいにゆっくり降ってた。かと思えばあたしたちが引っ掻き回したゴミが舞い上がっていったいぜんたいどこまで探したのかしら、もうワケが分からなくなる。この中でノートの切れ端なんて見つかるのか。だいたい最初から見当はずれの場所を探していたらどうなってしまうんだろう。吹く風に体もだんだん冷たくなってきて、気持も同じに縮んでゆく。
「マイクロマシン・ジェネレーターの研究メモだっていうけどさっ」
同じようにゴミをかきまわすハップが遠くから、大声で話しかけていた。
「ボクそれ、見てないんだよね。分かるのかな」
「それを言うならこちとら見たが、何が書かれているのかサッパリ分からなかったってのに探してるってことだよ」
違う方向でアッシュも言い返してる。
「ふう……」
探し終えた場所から身を起こし、あたしは精一杯に背伸びした。次はどちらへ進もうか。視線を這わせ、だけどやっぱりあるのはレシートや何かの包み紙に、布の切れ端やチラシにマスク? 靴下が片方なんて光景にうんざりする。見張り中のロボは手持無沙汰な様子で、足先でゴミなんかをかき分けていた。
そのレンズ目が何を見つけたのか分からない。けれどそのときロボは動きを止める。ゴミの中をじいっ、と見つめたその後で、ふらふら歩きだしていた。足取りがおぼつかないのは積もるゴミのせいかも知れないけれど、あたしはどこか様子の変なロボから目が離せなくなる。
光は、そんなロボが向かう方向でやおら灯ってた。積もるゴミの中、ポウと淡く灯って透ける。歩くロボは最初からその光を拾いに行くつもりだったようで、まっすぐそちらへ進んでた。ほどに光の強さが増してゆく。気づいてアッシュにハップも手を止めていた。それぞれの場所で振り返るとじっと見てる。
「なんだ」
それはアッシュが口走った時のこと。
カッ、とロボの胸から光は放たれる。
明るさはまともに見ていられないほどで、遮りあたしは手をかざしてた。けれど驚かないのはこの眩しさに覚えがあるから。まさか、思うほかなくて、間違っていないとロボの中から声もまた聞こえてくる。
「……おばあちゃんっ」
あたしは光の方へと身を乗り出してた。
前で、ゴミをかき分け光が浮かび上がってくる。
向かってロボが手を差し出していた。
触れて掴んだその時、互いの光はこれでもかっていうくらい大きくなる。広いはずのフィールドは端から端まで照らし出されて、誰もの影を吹き飛ばしてた。ただ中で二つの光はひとつに溶け合ってゆく。それきり力を失うと見る間に弱く小さくしぼんでいった。あたしたちの足元に影は戻って、差し出すロボの手の中にひとつだけ、光は残る。
「オーキュ様」
ガラクタを寄せ集めた顔があたしへと振り返る。
「お探し物は、これでは」
手の中の光をロボは差し出していた。
見つめてあたしはしばらく立ち尽くし、我に返って駆け寄ったロボの手の中をのぞき込む。そこには、さっぱり訳の分からない計算式とひとつサインを書きこんだ紙切れがあった。
「これって……」
「何がどうなってる」
アッシュにハップも気が気じゃないみたい。
だけどノートが見つかった、事実はもうそれだけじゃなくなっていた。
「このサイン」
あたしは目を見開く。
「おばあちゃんの……だ」
だってマギ校の卒業式の日、届いた手紙と同じクセを持つ字を見間違えるはずがない。「カイロ・ハンドレッド」の名前は確かとそこにつづられていた。
「……ってことは」
おっつけのぞき込んだアッシュが冗談だろ、って顔をする。
「共同研究者の魔法使っていうのは、魔女のおばあちゃんっ?」
ハップが続きを吐き出した。
だとしてもあたしは何も返せず、ただロボからノートの切れ端を受け取る。まいった、といわんばかり手のひらで額どころか顔中を叩きつけるアッシュの前でノートの切れ端を見つめた。
「どうりで。わたくしの中にあるカイロ様の魔法とサインが呼び合ったのでございますね。こうも静かな所へこなければ聞こえてくることもなかったでしょう」
今だやんわり光る胸へ、ロボがそうっと手をあてがう。
きっとその通りで、だとすれば探す魔法使いはもうこの世にいなかった。なら仕立てた呪文を知ることも、受け継ぐことももうできない。
なんだ。
あたしの胸から息は抜けてゆく。
それがいいよ。
今まで通り。
ダブルイだってどうしようもない。
「じゃあ、改めてお嬢さん」
叩いた顔を拭い終えたアッシュが疲れ切った声を出している。
「そのばあ様から何か預かった覚えは? 隠していそうな場所の心当たりくらいは聞かせてもらいたいね」
そんなもの、あるはずないじゃない。
ひと目も会うことがなかった別れ際を思い出す。たとえあるとしても卒業式に、お祝いの手紙をもらったくらい。
瞬間、ドキリと心臓は跳ね上がってた。
ちょっと待ってよ。
言葉はもれて止めようなく、それは頭の中を回りに回る。それほど気づいた事実は恐ろしくて、恐ろしいから放っておけやしない一大事だとあたしはロボへ目を向けていた。
「ロボ」
「はい、なんでございましょう、オーキュ様」
なんて返すロボに悪びれたところはない。
「あなたはおばあちゃんの魔法で動いてるって言ったわよね。それは一体、いつ消えるの?」




