おばあちゃんと魔女 第1話
「水力、風力、太陽光に続き、持続可能な社会に欠かせないサスティナブルな第四の資源。魔法使いが操る魔法の力。今朝は八名のパネリストの皆様と共に、様々な角度からめぐる問題について議論してまいりたいと思います」
紺のスーツは沈着冷静の典型だけど、すっかり前のめりな司会者は両側にずらり、難し気な顔を従えてる。朝の八時からこんな番組を放送するなんて時代だなと思うけれど、こうやってガス抜きしなきゃ労働組合が暴れたりするらしいから、きっとこちらのほうが健全なんだろう。
壁に埋め込まれたテレビの前、議論の当事者でもある魔法使いのあたしことオーキュ・ハンドレッドは、そうしてココアをよくかき混ぜた。両手で包み込んでふーふー、息を吹きかける。
「なお本日、魔法協会、ボルシェブニク会長はお仕事の都合によりリモートでのご参加となっております。会長、お忙しいところを本日はよろしくお願いいたします」
聞えて視線を上げていた。
わ、本当だ。
友人が言ったとおり。切り替えられた画面には我が母校、ボルシェブニキー魔技専門学校、校長の顔が映し出されてる。
「はいはい、よろしくよろしく。どうも木星で急な人命救助が生じましてね。リモートで失礼しておりますよ」
とはいっても式典で遠目にお目にかかっただけのお顔だから、アップで目にした今日、初めてはっきり知ったようなあんばい。
「それは校長、連日報道されております坑道崩落の、ですか」
「その通り。どうやら重機での救出ですと、さらなる崩落の恐れがあるようでしてね。ほかにも八名ほどビリオンマルキュール級の魔法使いが集められておるとのことです。まあこのさいですから掘削そのものを、今後は魔法で行うよう提言するつもりでおります」
木星だなんてさすが校長。立て続け「ふぉ、ふぉ、ふぉ」と笑う顔の上で、この時ばかりとかぶった校章入りのとんがり帽も誇らしげに揺れている。そんな具合に母校の宣伝を忘れない校長の抜かりのなさもなかなかだと思うけど、招集された魔法使いの顔ぶれを想像すれば壮観で、あたしは目を回してた。だってビリオンマルキュール級なんて、いったいあたし何人分の魔力の持ち主たちだろう。持てる魔力の量は血の濃さで決まるとしても、そうも高密度の魔力を使ったところでかかる圧力に沸騰しない血には畏れしかない。
「お言葉ですが会長」
震えていると呼びかける声は不躾に放たれる。
「安全と持続可能を盾にしたそのような越権行為が、魔法を持たぬ人々から不当に雇用を奪っているのではないでしょうか」
切り替えられたカメラが「弁護士」のプレートを立てた女性を映し出していた。並ぶパネリストの一番端から校長へ、投げられた視線は鋭い。
「ここは必要最低限とせめてディスポロイドに作業をさせてはいかがでしょうか。製造工場は潤いますし、使い捨てとはいえ一部は再利用されます。なにより昨今、魔法の乱用により過酷な労働環境に置かれた魔法使いの労働、ひいては人権問題もまた……」
淀みない主張は明らかなフライングよね。もう論議は始まっていて、気づいた司会者が慌てふためき「おおっと」なんて話を遮ってる。
「その件につきましてはのちほどしっかりお伺いさせていただくとして、改めまして、ただいまより討論を始めさせていただきます。皆様、どうぞよろしくお願いいたします」
物心ついた頃からおばあちゃんは「魔法使いの血を引く者は、おごらない、ひねくれない、惑わされてはならない」と教えてくれている。
その血はおばあちゃんを経て私の中にも流れると、知ったパパとママは飛び上がって喜んだそう。だっておばあちゃんの息子だっていうのにパパはからきし血を継いでいなかったし、ママも魔法が使えるほど濃い血の持ち主ではなかった。だから二人にとってあたしは引く手あまたの未来が待つ希望の星で、冷静にはおれなかったみたい。
でもおかげでより気合が入ったのがおばあちゃんの方。あたしが物心つく前からその三つを繰り返し聞かせて、物心ついた頃には魔法がどれだけ人の役に立っているのかを見せるため、勤め先に連れて行ってくれていた。自分の能力に興味を持つのは早ければ早い方がいいってことで、魔法を使って遊んでくれたこともあったし、ママがまだ早いと言ってもちょっとした呪文を練習させてくれたことだってあった。
そんなおばあちゃんはあたしにっとって憧れの偉大な魔法使いで間違いない。腕前を頼ってやってくるお客さんへ魔法で応えるおばあちゃんは本当に格好よかったし、いつかあたしもああなるんだ、って気持ちはその時芽生えてる。十三のとき「ボルシェブニキー魔技専門学校」への進学を決めたのもだからごく自然な成り行きで、血を整える衣食住から三年をかけてみっちり学ぶ全寮制のボルシェブニキーがどれほど厳しいところだろうと欠片も迷いはしなかった。
後押しして入学式の日、生まれもっての血を磨こうと集まった誇りと使命感に満ちた顔ぶれもあたしの気持ちを高ぶらせてる。立派な魔法使いになっておばあちゃんに認めてもらうんだって具合に。
毎年、文化祭で演じられる「大魔法使いアーサー」には「血が決めた宿命を技で切り開いてゆくのだ」ってセリフが見どころ。魔技校に入っていなければなんて芝居がかったセリフだろうと思っていただろうけど、魔技校で過ごした三年間は本当にセリフ通りの毎日だった。
テレビではボルシェブニク校長をまじえた議論が白熱してる。
あたしはいいあんばい冷めてきたココアを口に含むと喉へ落とした。
けれどそれは三年生も残り数カ月になった時、起っている。おばあちゃんが病気になった、という知らせは何の前触れもなくあたしの元へ届いてた。
血の濃い魔法使いほど長らく魔法を使うことで敗血症のリスクが上がる、っていうのはマギ校でも最初に学んだ知識のひとつで、困った人を放っておけなかったおばあちゃんはまったくそのとおりと酷使した魔法のせいでその一人になってしまった。濁った血はあっという間におばあちゃんから魔法を奪って、使ってあたしへ会いに来ることをできなくさせてる。そしてあたしこそ勝手と寮を抜け出したりできないなら、あたしたちはそれきりお別れになった。
卒業式では緋色のマントでおばあちゃんと写真を撮るんだって思っていたけれど、迎えたその日は想像とまるで違って不思議な気分しかしていない。とっとと働き口を決めたみんなのキラキラした笑顔と涙はどこか遠い場所で起きてる出来事のようで、何も決める気分になれなかったあたしだけが光の外に取り残されてた。
写真はパパとママが一緒に撮ってくれている。
でもごめんね。
そういうんじゃないんだ。
終えて最後の荷物を取りに寮の部屋へ戻った時を、今でもはっきり覚えてる。あたしは革張りの筒に入った卒業証書を手に、マントと三角帽を身につけていて、パパとママは表に停めた車の中で待っていた。
最後に歩く廊下に万感の思いなんてまるでない。ただ馴染んだ部屋のノブを引き開ける。
と、隙間からひらりそれは落ちてきた。
目をやって拾い上げ、あたしはひどく驚かされる。
だっておばあちゃんからの手紙だったのだもの。あて名の優しい文字に間違いはなくて、それって今日、届くよう手配してたってことだとしか思えなくなる。だとすれば冴えないあたしを見透かしたおばあちゃんらしいサプライズで、ぎゅうと胸が締め付けられてた。堪えてあたしは手紙の封を切る。並ぶ文字へと目を走らせていった。