第10節:罪には罰を
誰にも、在所を知らせていない隠れ家へと帰ったマサトは。
ふらふらとベッドへ倒れ込むと、両手で顔を覆いながら呻いた。
「……俺が」
記憶を取り戻し、ニヒルとして過ごした日々を思い出したマサトは。
己を、呪っていた。
「何で忘れたんだ……」
ミチナリを、ケイタを、ルナを、リリスを。
己の使徒とし、向こうでもこちらでも過酷な日々を過ごさせた。
「俺の……」
アイリの顔を傷付けないように、指先に力を込めながら。
「俺のせいで……」
補助頭脳も、言うなれば霊子の本質を解するもの。
機械よりも思考する魂に近しいものだ。
それが、魂の在り様を歪めるEX.gに呼応し。
アイリとマサトが分離した。
元々分かちがたく同一である筈のコアと魂が、コア機能だけが剥離させられてユナに宿っていて。
満足に霊子干渉を行う力を失っていた事も、大きな要因だ。
結果、魂を歪められる衝撃で記憶を失ったニヒルの意識は。
生体移植型補助頭脳、相李マサトになった。
「アイリ……!」
歪み、思考する事を補助頭脳に委ねてはいても。
マサトはニヒルであり、アイリの魂にその存在が刻まれている事に代わりはない。
マサトが表に出れば、アイリの魂はマサトに侵食される。
彼が表に出て装殻する度にアイリが苦しんでいたのは、肉体的な損傷だけが理由ではなかった。
自分自身が消えていく事に、悲鳴を上げていたのだ。
一体、どれほどの苦痛だっただろう。
「アイリ……俺は、お前にどうやって謝れば良い……!」
守りたいと思っていた。
幸せになって欲しいと。
死なせたくないと、大切にしていたつもりで。
「俺の存在が、お前を苦しめていた……」
気づいてしまえば、思い出してしまえば。
こんなにもはっきりと分かる。
魂の中で。
マサトの意識がアイリを追いやり、小さく閉じ込めているのが、見える。
今にも消えそうに、儚く。
それでも未だ消え去る事なく、アイリはそこにいた。
「アイリ。俺は―――!」
マサトは、魂の中で自身の領域を狭め始めた。
小さく、固く、押し潰すように。
このまま消えてしまいたい、と。
自らを滅ぼすように、アイリにその魂を還していく。
そして、アイリが目覚めた。
「ここは……?」
薄くぼやけていた意識が急に鮮明になった事で、逆に自失していたアイリは、ドアに目を向けた。
今までは施錠を示していた赤いライトが、今日は解錠を示す緑色に染まっているのをぼんやりと眺めて。
アイリはハッと気付いて、息を詰めながらドアノブを回す。
あれほど固く閉ざされていたドアは、あっさりと開いた。
「……マサト?」
小さく呟くが、相変わらず返事がない。
しかし、いつもと何かが違う気がした。
最近常に感じていた、息が詰まるような得体の知れない圧迫感が、今は全くない。
「何があったの……?」
これはチャンスなのだろうか。
それとも、マサトが鍵を閉め忘れたままアイリに体を返すような、何かが起こったのか。
体の不調もないという事は、無茶な戦闘もしていないだろう。
マサトが強制休息に入るような事態にはなっていなかったようだ。
―――ならこれはは、マサト自身の意思?
奴等の作戦は成功したのだろうか。
コアを宿していたという少女は、どうなったのだろう。
何も分からないまま、しばらく迷っていたアイリは。
最終的には、外に出ることに決めた。
元々、大人しくしているのは性に合わないのだ。
理由は分からないなら知るために動くべきだと、アイリは思った。
「僕は司法局捜査特務課、正戸アイリ……」
無断欠勤だ。
今はもう、元捜査員になっているかも知れないが。
花立やおやっさんに叩き込まれた捜査員の心得まで、自分から捨て去った訳ではない。
分からないことがあるなら。
自分から知りに行くのだ。
それが、どれほど残酷な真実でも。




