第3節:死者の独白
ーーー俺が、こんなところで……ッ!
消滅の寸前に、男が思ったのはその一念だった。
その男は、かつて孤児として生を受けた。
スラムで育ち、一攫千金を夢見る、どこにでもいるような東洋系の男。
生まれた時には、名前もなかったその男は。
彼は、夢を見た。
まともな生活をする夢を。
彼は、己の腕一つでのし上がろうとした。
表舞台の光に立つために、生きるために武器術を、成り上がる為に格闘技を身に付ける。
そして格闘術で見る間に頭角を現した彼は、一度表舞台に立った。
スポットライト照らす、四角いリング。
そこで相手を必要以上に傷つけないグローブを嵌めて、夢見た場所に届きかけた時。
より巨大な力に、全てを奪われた。
文字通り、その肉体と自由すらも奪われて。
彼に残ったのは、異形のレッテルと力。
そして己が望まぬ実験の日々。
やがてそんな日々は終わりを告げ、その先に彼が見たものは。
望んでなった訳でもない己の存在を、否定する社会の法だった。
彼は絶望した。
ーーーそうまでして、俺を否定するのか。
彼は、自分を否定する社会に夢すらも奪われて。
人を守るグローブではなく、人を殺すためだけの鎧われた拳を振るい。
闇の中で、同じ境遇の一人の男と共に、今度は安寧を夢見た。
他者の事など一切構わずに。
最早大切なものは、己の存在とただ一人の同胞だけだった。
金さえ得られれば、もう後は何もせずに静かに暮らそうと。
しかしその安寧すらも。
達成する直前に、一人の修羅に奪われる。
友は死に。
彼自身もまた、修羅の手によって滅ぼうとしていた。
ーーー何が邪悪だ!
彼は思う。
邪悪なのは、この社会。
腐っているのは、この世界の方だ。
ーーー俺が、こんなところで……!
肉体が崩壊し、本当の深淵へと落ちた彼の魂を。
誰かが、掬い上げた。
『所詮は紛い物……魂までもは砕けぬ、その程度の力よ』
声の主は、彼の魂を何かに込めて解き放つ。
深淵の遥か先にある、青い星へ向けて。
『行け、我が愛し子らよ。自らに絶望を与えた世界にーーー今度は貴様らが、絶望をもたらすのだ』
彼の魂が込められたものは、鉱石に似た体だった。
それを彼は、かつて住んでいた地の一角に落ち、生前よりも力を増した肉体を得た後で知った。
同胞は壊れており、なんの疑いもなく声の主に従った。
だが、彼は違った。
『行かない、というのですか?』
同胞の言葉に、彼はうなずいた。
全てが虚しかった。
しかし、己を他人の良いようにされる事だけは、もう我慢出来なかった。
『俺は誰の支配も命令も受けん』
夢も、法も、修羅も、壊れた同胞も、そして彼を蘇らせた者も。
全てが、どうでも良かった。
彼は、同胞と道を違えて、静かに姿を消した。




