第5節:転換点
「黒の一号―――なるほど、よく似ている」
エータは、黒の一号とフラつきながらも起き上がったシープを見比べてそう言った。
「黒の一号……今、この場ではありがたいが……」
横のパイルが複雑そうに吐き捨てるのに、参式は鼻を鳴らす。
「遺恨をすぐに捨てろとは言えんが。お互いに奴等に踊らされていたんだ。襲うなよ」
「そのくらいは弁えてるよ。俺は自殺志願者じゃねぇからな。ったく、お前も、敵を吹っ飛ばすついでにマグネボールまで潰しやがってよ」
「そこまで選別してやる義理はない」
参式は恨みがましいパイルの愚痴に答えて、改めて戦場を見渡した。
シープは、本来ならばアンティノラⅧと呼ばれていた、黒の一号の量産型だ。
あそこまで強大な力を得た理由や、殺されたはずなのに生きている理由は不明だが、襲来体と関わりがある以上、奴等の技術によって蘇ったのだろう。
外見だけを真似た母体複製体とは思えない異質な精神性だが、そんな彼は黒の一号の出現に狼狽えまくっていた。
「ててて、撤退だ! 撤退ですよぉ! 母なる者の姉妹よぉ!」
シープが言うのに、エータが呆れたように息を吐く。
「先程からやかましい男だ。私は、奴に少し興味がある。下がりたければ下がれ」
「くひぃ! ま、まぁ良いでしょう! ふひ!黒の一号ォ! 母なる方が現れればァ! その時こそ、真なる襲来体、《星喰使》による人類殲滅の始まりです! へひゃぁ!」
シープが大きく翼を広げて後退しようとするが、それに肆号が反応した。
「逃がすと……」
「おっと、君たちにはこの場に居て貰う。まだ十分に観察していないからな」
エータが指を鳴らすと、参式たちの居る地面の周囲が蠢いた。
ボゴン、ボゴン、と湧き出すように、無数に現れる赤い襲来体たち。
コウの沈静化により再度降り注ぐ日射しにも、溶け崩れる様子のない赤い襲来体の内から。
何体かが脱皮したかと思うと、翼を持つ細身のモノが生まれ、ブブブブブ、と不愉快な音を立てて宙へと舞い上がる。
「改めて、私も名乗ろう。〈グリズリア・エータ〉は今使っているこの人間の名だからな」
胸元に手を当てたエータは、体格に似合わない所作で優雅に一礼した。
「私は異界の襲来体――――黒の0号と相討ちになり、未来へと意識を飛ばしたこちらの襲来体母体の手によって招かれた存在」
「やっぱり、てめぇが俺らの世界の襲来体母体か!」
「そうとも、パイル・イプシロン。貴様に止めを刺せなかったのはとても残念だった。ニヒルとエータの邪魔で、危うく滅ぶところだったが……今、こうして二人を手に入れ、ようやく貴様らに報復する事が出来る」
マサトがエータの側に降りた。
その目には、意思の色が感じられない。
「手を出せんだろう? エータに憑き、力を取り戻した私の本体はこの島の遥か遠くにある。こやつらを殺されても痛手はない。貴様ら自身の戦力を削ぐだけだ」
ギリ、とパイルが歯を噛み締める音が聞こえた。
「参式の切り札はもう撃てまい。肆号、パイルも疲弊している。………さぁ、どうする、黒の一号。私を含む全員を、一人で殺し尽くしてみるか?」
マザーが笑いを含んだ声で問いかける。
場に居る全員の視線を受けて。
「――――何を勘違いしているのかは知らないが」
黒の一号は、僅かに首を傾げた。
「我が目的は常に、貴様らを滅する事のみ。その為の手立ては、既に打ち尽くしてある」
「何……?」
マザーが訝しげな声を上げるのと同時に。
「―――《黄の雷撃》!」
張りのある声と共に雷撃が吹き荒れて、赤い襲来体の包囲の一角が吹き飛んだ。
包囲網に一筋の道が出来る。
その向こうから、電雷を手足に弾けさせながら。
堂々と歩いてきたのは、分厚く胸元と肩を鎧う外殻を持つ、一本角の装殻者。
「……おかしな話だ。ニヒルに負けて半死だった筈だがな」
「へっ―――アテが外れて残念だったな」
一本角の装殻者―――黒の伍号・大甲は、エータに対し右手の親指を下に向けて顎を上げた。
相変わらず、そういう小憎らしい仕草が様になる男だ、と、参式は思う。
「どういう事だ? 奴のコア反応が増大している……?」
「伍号は、元々コアに、黒の一号によるリミッターを掛けられている。奴の許可か、自身を含む他の《黒の装殻》三名の承認がなければ解除できないリミッターだ」
その解放許可を、参式は出していない。
この場にいる黒の一号以外の《黒の装殻》は、参式と肆号。
つまりは、黒の一号による許可が出たのだろう。
参式は、彼が復帰した事には驚いていない。
それは参式自身の指示……ミツキとケイカに対し、空間遮断中に伍号を動ける程度に回復させるよう、エネルギーの受け渡しと肆号の修復機能を適用させたからだ。
「本条がリミッターの解除を許可した、という事は、この場が転換点だという事だ」
「転換点だと?」
「そう」
参式も、大きく両腕で逆十字を切り、腰の左右にある増幅核を起動した。
「―――真に世界を救うために、我等《黒の装殻》が動き始める時が来たのだ」




