第9節:愚者の祭典
ユナ奪還作戦の前日。
「コウくん?」
「調子はどうですか?」
ミカミが家に帰ると聞いて、迎えに指命されたコウが訪ねると、既に身支度を整えていたミカミが微笑んだ。
帰り支度を手伝っていたリリスが、コウに答える。
「データ上は、ほぼ問題なし。アヤとコウのお蔭……私は、とても良かったと思う」
「そうね。少し体は重い気がしますけどねぇ〜……それは仕方がないですよねぇ。コウくん、ありがとう〜」
「……いえ」
大した事をしたつもりはない。
実際に抑制薬を形にしたのはアヤの手柄であり、コウ自身にはそちらの知識はないからだ。
ただ、自分に何か手助けが出来そうな状況で、ミカミの命が長らえるなら、と。
考えた事を、アヤに伝えたに過ぎない。
「いよいよ、明日ですね」
「そうですねぇ〜」
ユナのいないあの家は、表面上は何事もないように皆が振る舞っていたが、やはりどことなく空気が沈んでいた。
自分の大切な人を守る、というのが、どれ程大切な事か。
それをコウに突きつけるように。
もう、姉が死んだ時のような思いをするのはゴメンだと思っていたのに、ユナはコウの目の前で拐われてしまった。
まだ、力が足りない。
そう思ったコウは、指定された日までの間、ジンと訓練を重ねた。
敵を、自らの大切な人々を脅かす者は許さない。
訓練を重ねる中で、コウは、そう決意を新たにしていた。
「ユナの奪還には、私も参加しますよぉ〜」
「え?」
思考に沈んでいたところに不意にそう言われて、コウは顔を上げた。
「当然でしょう〜? 私だって、ユナは大切ですからぁ〜。まさか、参加するなとは言いませんよねぇ〜?」
いつも通りの口調で、無茶な事を言うミカミに、コウは狼狽える。
「いや、でも、暴走の危険が……!」
「コウくんが逆の立場なら。大人しく待つんですかぁ〜?」
「……」
「それが、答えですよぉ〜」
ミカミは迷いなく言った。
「それに、あの人たちとは因縁がありますからぁ〜。コウくんたちよりも、恨みは深いんですよねぇ〜」
困ったコウがリリスを見ると、リリスは首を横に振った。
「ミカミは頑固。それに、気持ちは私と一緒……私は、好き」
「……花立さんたちは、どうするんです?」
「もう許可はもらってますよぉ〜。そもそも、私は一応職員ですけど、協力してるだけなんですよ〜? 私を無理に引き止める命令は、あの人たちには出来ないんですよぉ〜」
※※※
『分かりました。それは、好都合ですね……」
米国軍のアドバイザーを名乗る男は 夜の街中を走る車の中で、そう言って笑みを深めた。
「ええ、約束通り、少女はお返し致します。助かりましたよ。参式の出現は少々予想外でしたが事は上手く運びました。後はお互い、手筈通りに……」
通信を切ると、男は。煌々と明るく照らされる街並みの中で、一際高くそびえ立つビルに目を向ける。
ユナをあそこまで運んだのは、彼自身だった。
「あの方も酔狂な事だ。あえて敵を増やす確率を上げるとは……」
PL社本社。
そこにいる者たちと、仲間を拐われてさぞかし憤っているだろう者たちに思いを馳せて、くくく、と嗤う。
どちらも愚か。
それが彼の感想だった。
たかが仲間一人に右往左往し、罠にハマる連中も。
それを返すなどとほざき、自らを危険に晒す真似をする連中も。
全く、ゴミ程の価値もない愚か者ばかりだ。
「せいぜい利用させて貰いましょう。お互いに潰し合ってくれるなら、これほど楽な事もないですしね……偉大なるあの方の前では、全員が生きていても大した脅威にはなりませんが、リスクが少ないに越した事はありませんし」
自らが忠誠を誓う存在に思考を及ばせた男は、ふともう一人の愚か者を思い出して、眉根を寄せる。
主に逆らい、姿を消した彼の知る中で最も愚かしき存在だ。
「アレはどこで何をしているんでしょうねぇ……力と命を授けていただきながら、全く理解出来ません」
だが放置していても、どうせ奴は邪魔をしないだろう。
ちっぽけなプライドにこだわるあの男が、黒の一号に利する行いをする筈もない。
彼は、それ以上不愉快になる前に、考えるのをやめた。




