第10節:羊の皮を被った悪魔
コウらがワゴンで指定された地域へ向かうと、そこには既に3人の人影が待ち受けていた。
彼らが指定したのは、徳島と高知の県境にあるすり鉢状の広野。
背の低い雑草が茂っているが、その周囲と違って木立などはなく、彼らは広野の中でも特に背の高い崖を背にして立っていた。
「なんやここ。吹っ飛ばされたみたいなクレーターやねんけど」
「実際に吹き飛ばしたんですよぉ〜。花立さんが」
中座席でコウの隣に座るミツキのつぶやきに、答えたのは助手席のミカミだった。
「ああ、奴らが攻めて来た時の……」
「忘れてたんですか……?」
思い出したように言う運転席の花立に、コウは頬を引き攣らせる。
「あの時は、相手にほとんど装殻者なんかいなかったからな……無人兵器を殲滅するのによくやった」
「お陰で、旧高知のエリアラインはクレーターだらけだけどな。そんな花立さんの日頃の行いが、《黒の装殻》化け物伝説を作り出したと言っても過言じゃねーよ」
後部座席のジンの言葉に、規格外の広範囲攻撃が作った爪痕を再び見やり、コウは押し黙る。
ミツキがこそこそとコウに囁いた。
「実際、体験したらヤバいで。これもそうやけど、花立さん、その後生身で戦うからな」
「……どういう事?」
「あれ使うと、しばらくエネルギー不足で花立さんの装殻が解除されんねんけどな。あの人、襲来体の幹部相手に機関銃と日本刀だけでタイマンして勝ったから。マジモンの化けモンやで?」
「聞こえてるぞ、ミツキ。帰ったら訓練に付き合って貰おう」
「! すんません! 勘弁してもらっていいっすか!」
花立の静かな声に、コウは以前、心の中で大した事がないなどと思った事を撤回した。
そして口に出さなくて良かった、と思った。
ワゴンを止めた花立が車を降り、全員がそれに続く。
「大勢でお出ましだな」
ユナを抱えたパイルが言うと、花立が皮肉な口調を返す。
「罠だと分かっている所に、一人でノコノコ出向くのも、大勢で出向くのも一緒だろう? ……ユナを返して貰おうか」
花立の言葉に肩を竦めて、パイルは傍に立っているラムダとマサトに頷きかけ、歩き出した。
こちらも、花立が前に出る。
何かあればすぐに装殻を展開出来るよう、腕に意識を集中して、コウは彼らを見つめた。
ユナは眠っているようだ。
目に見える外傷はないが、手術が施されたという事は何がしか処置をされているだろう。
ゆらり、と心に怒りが湧く。
二人の受け渡しは、何事もなく終わった。
お互いに背を向けないままジリジリと後ろに下がり、元の位置に戻る。
「ミツキ」
花立が声を掛けると、手筈通りにミツキがユナを受け取った。
コウは、敵から視線を外さないままで言う。
「ユナは?」
「読み取ったバイタルに乱れや食い違いはない。間違いなく本人だ」
「そうですか……」
コウは少し安心した。
「帰るぞ」
花立が言うのに、コウと、そしてミカミが反応する。
「花立さん? この状態で見逃すんですか?」
「それは、聞けませんねぇ……」
花立は二人の言葉に表情を変えなかった。
「相手は、約束を守った。俺たちがそれを反故にするのか?」
「でも、奴らは……!」
「ここでパイルを見逃すのは〜……」
「ユナを危険に晒す気かと言っているんだ。お前たちが何をしようと勝手だが、平和に終わるならそれが一番だ。……目的を履き違えるな」
コウが唇を噛み、ミカミが苛烈な視線をパイルに向ける。
そのパイルが、彼女に対して何かを言おうと口を開きかけたところで。
『争う理由が欲しいなら、差し上げますよ』
全周波通信が入り、突如、崖の上に大勢の人影が立ち上がるのが見えた。
「なっ……どういう事!?」
驚きの声を上げたのは……ラムダだった。
崖の上に立ち並ぶのは、米軍の装殻であるベアードたちと、エータ、そしてもう一人。
その顔を見て。
コウは、頭を殴られたような衝撃を覚えた。
「あんた、一体どういうつもり!? エータも!」
ラムダが怒声を浴びせるのに、オブザーバーの男が首をかしげた。
「おや。何かおかしい事でも? 向こうが争いを望んでいるようなので、応じただけなのですが」
だが、そんな二人のやり取りをよそに、コウは呆然と声を紡ぐ。
「お、前は……!?」
黒いスーツを来て、柔和な笑みを浮かべる、癖のある髪の男。
ざわり、とコウの全身がざわめく。
「知り合いか?」
花立が聞くのに、コウはゴクリと唾を飲んで答えた。
「あいつは……【サイクロン】の、幹部だった男です……。あの飛行場で……」
コウは、言葉を詰まらせてから、言い切った。
「あの飛行場で、俺が殺した筈の、〝シープ〟ーーーアンティノラ、No.8……ッ!」
「何!?」
花立も、司法局職員の立場からあの事件に関わっていた。
コウたちの驚きが、おかしくて仕方がないと言うように、シープが笑い声を立てる。
「いや、あの時は痛かったですよ、北野コウくん。そう、〝死ぬほど〟痛かった」
「なぜ生きている! お前は、お前は俺が……ッ!」
「殺した筈だ、と? そう、確かに殺されました。ですが蘇ったのですよ、地獄からねぇ!」
シープは柔和な笑みを狂気に歪んだものに変えて、腕を振り上げて命じた。
「けひゃひゃ! 行けぇ!」
その命令に応じて。
ベアードたちが、一斉に崖の上から跳んだ。




