第9節:入れ替わる攻防
「……強い」
コウが思わずつぶやいたのを聞いたが、ミツキは答えられなかった。
攻撃を払うだけで、手一杯だったのだ。
ラムダの操るブレードスラスターは、思考によるマニュアル制御としか思えない軌道で、コウとミツキを攻め立てていた。
お互いをカバーしながら防戦一方の二人に、ラムダが楽しげに笑う。
「あははっ! どうしたの? 早く行かないと大事なコが手の届かないところに行っちゃうよ? ほら!」
ラムダが飛行場の方を指差すと、轟音を立てるヘリが丁度飛び立ったところだった。
「こ……の……!」
「ユナ……!」
コウとミツキがそれぞれにヘリを見て、止まない攻撃に意識を逸らされる。
「……ミツキ!」
コウの呼び掛けに、ミツキが即座に反応した。
「出力変更! 大雀蜂形態!」
『変更』
『青蜂』の視覚スリットが、青く輝いた。
《ハニー・コム》の形状が変化し、多節連結されていた薄羽が背中に追加スラスターとして接続される。
両肩の反応装甲部分が、前腕部までスライドして手甲となり。
ガシャン、と音を立てて上部が二つに割れると、一対の瞬発機動補助機構が現れた。
ミツキは。
『青蜂』を高速機動モードに変更し、ぐ、と足をたわめる。
「させないよ?」
何をしようとしているのかを読んだラムダが、ミツキの背後からブレードスラスターを突撃させようとしているのが分かった。
しかし、ミツキは回避しなかった。
コウは、止める。
そう信じたミツキは迷いなく地面を蹴り、一瞬だけコウに視線を向けた。
「残念だが、こっちも読んでいる!」
コウが、ミツキとブレードの間に割り込んだ。
そして自身の全身を撃ち抜く軌道のブレードを、ゲル化する事ですり抜けさせ―――。
「凝縮!」
液化状態のまま、全身を引き絞って刃に圧をかけ、ブレードを止めた。
「流石や!」
「うそ!?」
驚きに動きを止めたラムダに向けて。
「うぉおおおおおおッ!」
ミツキは、全てのスラスターを使って全力で突撃した。
「ッナメないでよね!」
ラムダが操る、コウに抑えられたのとは別のブレードが、斜め上二方向から襲って来るのを見たミツキは。
「無駄や!」
ブレードを、両腕で受けた。
接触した瞬間に反応装殻の指向性爆圧が炸裂して、ブレードを吹き飛ばす。
ラムダに向かって突っ込むミツキを見て、咄嗟に防御姿勢を取るラムダ。
の、脇をすり抜けて。
ミツキはーーー飛んだ。
「そんな、飛行ですって!? くっ……!」
スラスター全開でヘリに向かって飛んでいくミツキを、ラムダが追ってくる。
ギガントモードは本来は超高速機動形態だが、徹底的な軽量化が図られた『青蜂』に短時間の飛翔能力を与えた。
ロケットのような、強引な推進。
しかしその推力は莫大で、短時間の飛行速度はラムダを超える。
「逃がすかぁあああああ!」
吼えながら、ミツキが武装を展開した。
ギガントモード唯一の兵装……ノーマルモードと同形状のスティング。
「出力解放!」
『命令実行』
エネルギーがスティングに供給され、青く輝く。
そのまま、ヘリの横っ腹に突き立てようと追いすがったミツキは……。
ヘリから、何かが吐き出されるのを見た。
花弁を下に向けたような形状の四基の大型機動補助機構。
斜め後ろ方向に向いて固定された筒状の大型出力増強心核と、両翼と接地面に当たる姿勢制御用補助機構。
対装殻ではなく、拠点強襲、大量殺戮を目的とした様々な兵装を搭載したそれは。
「ガンベイル、やと……!?」
射出後、即座に自分に向けてガンベイルから放たれた機関銃の掃射に、ミツキは咄嗟に急減速して機動変更を行った。
代わりに、『青蜂』が推力を失って自由落下を余儀なくされる。
「くっそ、目の前まで来とんのに……!」
ギリ、と歯を噛み締めるミツキに、背後から追いついたラムダが怒りの声を上げた。
「私を出し抜こうなんて!」
「やかましいわボケ!」
言いながらも、ミツキは即座に装殻状態を切り替えた。
出力解放の為に溜めたエネルギーを流用する。
「出力変更、蜜蜂球形態!」
『変更』
バシャン、と音を立てて砕け散るように宙に散った両腕の反応装殻が散り、単方向エネルギー送信機と化した薄羽が二対、両肩でフィンのように立つ。
そして中空に固定された反応装殻のパーツ同士が青いラインで繋がり、巨大な蜂の巣のようなインビジブルシールドを形成した。
「出力解放!」
『命令実行.出力低下警報』
シールドに向けて、ガンベイルとラムダの両方がミサイル弾とブレードスラスターを飛ばし。
「〈青の分封〉!」
独立機動領域が、ミツキの宣言に反応して青く輝いた。
ミサイルの着弾とブレードの接触が、衝撃でシールドを揺らす。
そのまま、ミツキは落下の勢いのままに地面に墜落した。
※※※
ラムダのブレードスラスターを受けた直後。
コウの耳が、不審な音を捉えた。
目を向けると、螺旋回転で飛び来るグレイブが目に映る。
機動は、コウの頭を狙うもの。
「ーーーッ!」
コウは動けなかった。
ブレードスラスターは、未だ推力を失っていない。
ゲル化を解けば、それはコウの体を引き裂き。
グレイヴを避ければ、ブレードがミツキを背後から襲う。
しかし、迷い続けたら直撃する。
ゲルスタイルは、先ほど手に入れたばかりの力だ。
慣れていない頭部のゲル化を敢行して、元に戻れる保証はない。
コウは、死を間近に意識した。
そのまま、一か八かで頭部ゲル化による回避を……コウが試みる前に。
何かが、迫り来るグレイヴを弾き飛ばした。
「させません」
言いながら現れたのは―――ひっつめ髪に銀縁眼鏡を掛けたスーツの女性。
「……ミカミ、さん?」
勢いを失ったブレードスラスターを排除し、コウはゲル化を解いて彼女を見た。
ミカミの手には、弾き飛ばしたのと同じ形のグレイヴが握られている。
険しい面持ちで、ミカミがグレイヴの飛んできた方向を見るのに釣られて、そちらに目を向けると。
「やれやれ。まさか邪魔が入るとはな」
現れたのは、声から判断するにパイルだろう装殻者。
「ユナを、何処へ連れて行った!」
「答えると思うか?」
噛み付くように威嚇するコウに、軽く肩を竦めるパイル。
「答えて欲しいんですけどね、〈パイル・イプシロン〉……いいえ。海野ケイタ」
「お名前をご存知とは光栄だね」
あくまでも軽いパイルに、ミカミは険しい顔をしたまま答えた。
「知っているのは、名前だけではありません。……貴方自身の事も、私は良く知っている」
「そりゃますます光栄だね。美人さん、お名前は?」
「名前ですか?」
ミカミは、まるで自嘲するように笑い、銀縁眼鏡を取った。
「照宮ミカミ……今は、ですが」
そして、ひっつめ髪を一気に解き、髪が幾本か引き千切れるのも構わずに両手でピンを引き抜く。
大きく広がった髪を波打たせて、ミカミが鬼気迫る笑みで言った。
「昔は、天宮ヒルメって名前だったんですけどね〜……ねぇ、ケイタ?」
「お、前は……!?」
素顔を晒したミカミに、パイルが驚愕する。
「ちょっと変装したくらいでヒルメを見分けられないなんて、所詮その程度の男なんですよね〜、ケイタは。……その方が、遠慮しなくて済んで良いですけどぉ!」
ミカミがグレイヴを回転させて風切り音を立て、ヒュン、と振り下ろして薙刀のように構えた。
「Set up!」
『π(パイル)』
装殻具を身に付けていないミカミから。
補助音声の無機質な声が聞こえた。
彼女の全身を、装殻が覆う。
それはコウよりも、さらにパイルに良く似た装殻だった。
パイルの外殻が白であるのに対して、ミカミの装殻は淡い青。
色目と、体型が女性的である事以外は瓜二つと言っても過言ではなかった。
「何でお前がここに……!?」
「何故? 貴方が、それを訊くんですかぁ? 理由なんて、貴方もよく知ってるでしょ〜?」
ミカミはグレイヴを構えたまま、殺気を放った。
「フリードコントローラーを、貰いますよぉ。……殺してでも、ね!」




