第5節:かつての英雄
「チャンスが出来次第、決行する」
パイルは仮倉庫の中、数を揃えた兵士たちを前にして言った。
そこに並んでいるのは、偽装装殻の操縦者であるPL社の私兵と、虚ろな目をした何人もの男女だ。
「何か意見はあるか?」
しかし、パイルが話し掛けているのは兵士たちではなかった。
彼の背後に立つ二人の人物。
一人は、米国軍のオブザーバーを名乗る男。
もう一人は、新たにパイルたちの仲間となった人物だ。
「私に発言権はありません。どうぞ、お好きなように」
黒スーツをきっちり身に付けた得体の知れない男は微笑みをたたえながら言い、パイルの視線を受けたもう一人が発言する。
「その為に仲間になったんだ。異論はない」
ごく手短な二人の発言に、パイルはうなずいた。
「決行時期は未定だが、決行と同時にこの倉庫は引き払う。準備をしてくれ」
二人はうなずき、パイルは兵士たちに向き直った。
「聞いたな? エージェントは各自脱出しろ。俺とコマだけは残る。開始に遅れるな」
『サー!』
私兵たちは声と足並みを揃えると、目立たないよう順次にその場を後にした。
「これは、信頼出来るのか?」
残った者らに目を向ける仲間に、パイルは肩をすくめる。
「まさか。こいつらはただの足止めだよ。偽装装殻は貴重だしな。使い捨てにし過ぎるとエータやラムダがうるさいんだよ」
「……あまり、好みじゃないね」
仲間がコマ呼ばわりされた男女を、露骨に嫌そうに見る。
「自業自得だろ。力を求めたのはこいつら自身だしな。ここまでスムーズに使えるようになったのはそこの米軍様のお陰だが……あんた、フラスコルシティで騒ぎを起こした連中と繋がりでもあったのか?」
パイルが問いかけると、オブザーバーは曖昧に首を傾げた。
「あった、と言えばありましたね。詳しくは話せませんが」
「まぁ、そんなトコだろうとは思ったよ」
虚ろな目をした男女は、死人殻と呼ばれている。
Ex.gよる寄生殻化の一歩手前、自我を失う段階で止め置いた存在だ。
単純な命令には従うが、既に人に戻れない存在だとパイルは聞いている。
「改良したEx.gを注入すれば、即座に寄生殻化します。ご使用の際には、遠くへ離れる事をお勧めしますよ。無差別に破壊を撒く存在ですから」
まるで人を物のように語るオブザーバーに、仲間はさらに不快感を示す表情を浮かべた後、足を踏み出した。
「おや、どちらへ?」
「……作戦開始までは自由行動だろう? 好きに動かさせて貰う」
「勝手な真似は謹んでくれるとありがたいんだが」
難色を示すパイルに、仲間は歩を緩めないまま言った。
「別に騒ぎは起こさない。ただ、ついて来ないでくれ。もし追跡を感知したら、始末する」
仲間の言葉に、やれやれと頭を掻くパイル。
彼は出ていった。
「よろしいのですか?」
「嫌だってもんを無理に拘束する気はねぇよ。俺らは利害が一致してる。本人の言う通り、大人しくしてるだろうさ」
パイルは、むしろオブザーバーの男の方に鋭い目を向けていた。
「本社のコネで来たみたいだが、俺にゃあんたの方が信用出来ねぇ。作戦開始までは、悪いが単独行動はなしにしてくれ」
「ま、仕方ありませんね」
パイルの発言を特に気にした様子もなく、オブザーバーは了承した。
※※※
ヤヨイたちが現れて3日後。
花立も含めると人数が二人も増えた為に、コウたちは買い出しに出ていた。
ユナは両手をケイカ、ヤヨイと繋いでご機嫌に歩いている。
コウとミツキは、荷物持ちを命じられて付いてきていた。
『青蜂』の開発が一段落した為に、コウにはそれなりに余裕出来ている。
基礎修練もカオリの合格が出た。
今は体づくりのトレーニングのみを行っており、彼はケイカの護衛兼開発担当として新たにミカミにシフトを組まれている。
ミツキも『青蜂』無断持ち出しの件を受けて、一計を案じたヤヨイの提案で、並列型『青蜂』をさらに一機組み上げて、それを常に持ち歩くようになっていた。
基礎フレームは、ミツキが個人的に持っていたキラービィ3030だ。
コウの魔改造で『青蜂』との共通性が高く、規格が同一である為に流用は簡単だった。
もちろん本来のものより性能は劣るが、心核は最新のものに変わっている上に《コム》も完全な状態で使用できる。
しかしこの短期間でそんな無茶が出来たのは、ヤヨイの協力があったからだった。
「何でヤヨイさん、今までケイカさんの開発に関わらなかったんですか?」
ケイカ以上の頭脳を持つヤヨイに、この3日、コウは何度舌を巻かされたか知れない。
「そりゃ、周りの為にならないからさ。私が手を出して問題を解決すると、次が育たないだろう? 幾ら技術があっても、自分の頭で考えない奴は無能なんだよ」
ヤヨイは、天才にありがちな傲慢さや他者に対する不理解を、一切持ち合わせていなかった。
手を出したのはあくまでミツキの擬似『青蜂』の件だけで、他は幾ら聞いても答えを示してはくれない。
「自分で考える……そうですよね」
「そうさ。苦労もせずに人から与えられるものってのは、身にならないんだよ。あんただって、街の整備士やって苦労したからそれだけの知識を持ってるんだろう? その経験は大事にしなよ」
ヤヨイには、全て見透かされているようで、コウは落ち着かない。
彼女がコウに伝えることは、いちいち全てが的確過ぎた。
ーーーあんたは、どうしたいんだ? どう在りたいのか、きちんと考えているか?
そう、常に問われている気がするのだ。
あながち、コウがはそう感じるのは間違いではないのだろう。
ミツキにぽつりと似たような事をこぼしたら、彼はこう言った。
『おかんは、いつもわざと失敗させるんや。考えて、やってみて、出来んかった経験をしたら、初めて答えを教えてくれる。だから、コウも考えたらええ。おかんは何も言わんけど、変わりにホンマに間違ったらあかん時は、すぐに教えてくれるしな。なんも言われへんのなら、それはもし正しくはなくても危なくないっちゅーこっちゃ』
コウはそれに、深く納得した。
考えることの大事さだけは、コウは身にしみて知っているからだ。
「あー、お屋台ー!」
唐突にユナが声を上げて、ケイカたちの手を離して駆け出した。
見ると、視線の先にはフランクフルトの屋台が出ている。
「ユナ、はぐれると危ない……」
と、言いかけたケイカが、息を呑んだ。
物陰から飛び出した男がユナの体をさらい上げ、そのまま走り出したからだ。
あっという間の出来事に、コウたちは反応が遅れた。
「っ待て!」
「ユナぁ!」
コウとケイカが駆け出すのに一歩遅れて、ヤヨイとミツキも走り出す。
ちらりと見えた男の顔には、見覚えがあった。
「パイル……ッ!」
「あんたか、少尉ッ!」
「そうだよ、ミツキ! 無用心だったなぁ!」
ユナを攫った男、パイルは走りながら怒鳴り、指を鳴らした。
すると、左右の建物の陰から虚ろな目をした数人の男女が現れる。
「注入!」
パイルが走り抜けながら指示を出すのと同時に、虚ろな男女は一斉に自分の首筋に無針注射器を当てた。
男女が苦しみながら叫び始め、変異していく。
のっぺりとした、クラゲのような頭を持つ装殻者たち。
彼らはさらに巨大化して、半分溶けたような色合いになると、手足が解けるように触手と化してそれらがうねり始める。
海月寄生殻。
その存在に足を止めて、コウとミツキは声を上げた。
「纏身!」
「Veild up!」
ケイカが足を止め、二人が装殻を纏って突っ込む。
が、細い糸のような無数の触手は、柔らかく彼らの体を受け止めて先に進ませなかった。
「退けぇッ! 出力変更! 爆撃形態!」
コウは装殻形状を変更し、現れた銃剣を抜き放って触手を薙ぎ切った。
幾つもの触手が切断されるが全てを払うには至らず、しかも、触手が切断された先からにゅるりと伸びて再生する。
ミツキに関してはそもそも触手に対する有効手段がなく、後ろに退いていた。
「ぐっ……」
コウが呻く、その後ろで。
追いついたヤヨイが、静かに言った。
「ケイカ、やるよ」
「でも、ヤヨイさんは足が……」
「心配いらないよ」
ヤヨイは、ぽんぽんと自分の義足を叩いた。
「これは、あんたの細胞を増殖した装殻なのさ」
「え……?」
ケイカが驚くのに、ヤヨイは真剣な顔のままで言う。
「時間がないんだ、早くしなッ!」
「は、はい!」
ケイカは。
その、本来の力を解放するために、両手を手首の位置で頭上に交差させると、足を軽く開いてから、そのまま両手を振り下ろした。
彼女の両手が描くのは、歪な形の逆十字。
「共鳴憑依ッ!」
ケイカの宣言に応えて。
「要請承認!」
ヤヨイが、握った左拳を体の横に振り上げた。
その腕の先に、絡みつくように。
ケイカが漆黒の流動形状記憶媒体へと変質させた体を巻きつけていく。
瞬時にその場に現れたのは、漆黒の蜂型装殻者だった。
『青蜂』よりもさらに鋭いフェイスに、凶悪な警戒色に似た赤光を放つ視線スリット。
両手には鋭いかぎ爪があり、肘に向けて綺麗に揃って伸びるのは、ヒレのような、硬く鋭い鎌に似た短刃。
背中の左右には、薄羽に似た圧縮空気式機動補助機構。
それは、かつて《黒の装殻》であった者。
あまりにも特異な出自を持つ、二心同体の装殻者。
〝偽る魔性〟ーーー肆号地撃形態。




