第15節:仲間の資質
「井塚ミツキ。機密情報取扱いに関する社内処分規定により、三ヶ月減給処分と一週間の謹慎処分、及び『青蜂』試験装殻者資格を剥奪します」
所長室でミカミがミツキに告げた処分は、重かった。
ケイカはそれを聞いて、何も言わずに黙ってミツキを見つめる。
「納得出来ません」
部屋の中央で俯くミツキに代わってコウが口を挟むと、ミカミは冷たい視線を彼に投げた。
「北野コウ。事態に対する処分にしては、これでも比較的軽い部類です。本来ならここに、無断出撃と局長命令違反に関する処罰も加わり、懲戒免職でもおかしくないのですよ。所長の落ち度と貴方の意見を鑑みての軽減処分です。少しは井塚ミツキが何をしたのか、ご自身で考えてください」
淡々と告げられた事実に、コウは黙らない。
挑むような目でミカミを見て、反論した。
「ですが、襲来体を放置すれば被害が増えていた可能性もありました。それに、『青蜂』はミツキ専用に調整しています。彼の試験者資格剥奪は、開発の面でも大きなロスになります」
コウの言葉に、今度は隅に控えていたジンが答えた。
「資格剥奪については装技研経営陣と【黒殻】幹部連で議題に掛けるよ。でもな、それでもミツキがやった事は、重い。俺たちは慈善事業をやってる訳でも、仲間内で馴れ合って装殻開発をしている訳でもない。その辺りの事情は、俺らの一存でどうにかなる訳じゃないんだ」
「でも」
「最悪、ミツキでなければ俺に消されてた可能性もある」
ジンが不意に表情を消して言った。
焼けるような殺気に、コウは息を呑む。
《黒の装殻》の本気は、まだコウには荷が重いだろう。
しかしジンの言葉は事実だった。
ミツキが仮に、ケイカらのよく知る人物の息子でなければ……あるいは参号の、彼の人柄に対する保障がなければ、処分されていてもおかしくはないのだ。
「最新鋭装殻の開発と機密保持は企業の生命線であり、同時に【黒殻】にとっても重要な事なんだ。ガキのワガママで覆るほど甘くない。―――いい加減黙れ。この場では、お前は部外者だ」
「……はい」
コウが納得できなさそうな顔ながらもうなずくと、ジンは息を吐いてケイカを見た。
同時に、ミカミがケイカに訊ねる。
「所長の方から、なにか?」
ケイカは、部屋の真ん中で顔を伏せているミツキに目をやった。
彼女にはミツキの気持ちはよく分かるのだ。
ケイカ自身も、襲来体には思うところがある。
下手をすれば、ミツキ以上に。
それでも、規律は規律。
所長であるケイカ自身が、横車を入れる訳にはいかなかった。
だからケイカは、自分が何かを言う代わりにミツキに訪ねた。
自分と同じように黙して語らない彼に。
「ミツキくん。なにか言うことはある?」
「……ありません」
ケイカと目を合わせないミツキは、一言、それだけを小さく答えた。
彼自身も、自分が何をしたのかを十分に理解している。
それだけに、やりきれなかった。
ケイカは言いたいことの全てを押し殺して告げる。
「では、追って正式な通達を出します。今日は二人とも帰宅しなさい」
ケイカの言葉を合図に、 ミツキとコウの二人は部屋を出た。
気心の知れた三人だけになって、ケイカが言う。
「実際のところ、どうなりそうなの? ジン。ミツキくんの処遇は」
「旗色は良くねぇな。表向きにはミツキにこだわる理由が、装技研にはない。ハジメさんに事情を耳打ちはしてるが、会議の内容次第では正式にミツキ外す事になるだろう」
「……ここまで来て」
ケイカは唇を噛んだ。
全て、これからなのだ。
『青蜂』とミツキの件さえ上手くいけば、【黒殻】は装技研に全てをくれてやっても問題がなくなるのに。
「頑張ってはみるよ。俺もな。でもミツキにこだわれなくなる事も、覚悟しとけ。ケイカさんにとっちゃ、待ちに待った相手なのにな……」
重い沈黙を破ったのは、ミカミだった。
「言っても仕方がありません。……何故こう、《黒の装殻》に関わりの深い方々は直情的なのでしょうね。もう少し落ち着いて行動してくれれば、私が苦労する事もなくなるのですが」
ケイカは、ジンと目を見交わした。
ジンは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
自分も、似たような顔をしている事だろう。
「ミカミ。何だか私まで後先考えてないような言い方に聞こえるんだけど」
「ケイカさんはともかく、俺はそれなりに考えてるぞ。一応」
「私からすれば、似たり寄ったりです」
ミカミはぴしゃりと言い、仕事中には珍しく微かな笑みを浮かべた。
「まぁ総帥からしてあの性格ですから、仕方がありませんけどね」
ケイカそうだが、ジンも自分が尊敬している対象を引き合いに出されては、それ以上抗弁する事は出来なかった。
※※※
「何で、何も言わなかったの?」
退出した後、そろそろ慣れてきた二人での帰り道を歩きながら、コウは言った。
「別に言うことなんか、何もないやろ。命令違反もそうやし、『青蜂』を持ち出したらマズかったんもその通りや」
「……組織って、シビアだね」
大勢の人が居れば、ルールが必要になる。
そのルールに違反すれば、規律によって裁かれる。
そこで、個人の事情は斟酌されない。
コウがこの地に来た事情にしても、思えば組織のそうした面に触れたからだ。
組織に属すれば、金銭に見合った働きを、立場に見合った振る舞いを求められる。
それに値しなければ、弾かれるのだ。
ミツキもコウも、それでも恵まれている方だろう。
でも、コウは思ってしまう。
「窮屈だね」
一人で生きていた時は良かった。
何かあっても全て自分の責任で、客からの求め以外は何もなかった。
ハジメとコウの関係にしても、一対一の時は個人的な事情以外のしがらみなど何もなかったのに。
【黒殻】に入ってしまうと、自由に会う事もままならないほどに、彼との距離は遠い。
「そういうモンや。そういうモンやって分かってて、俺は動いたんや。後悔はしてへんで。もしまた同じ状況になっても、俺は動く。それは、俺の譲られへん部分や」
コウは微かに笑った。
「ミツキは、強いね」
「アホ、弱いわ。何の権力もないしな。吹かれりゃトバされる、ほんまもんの雑魚やで」
ミツキも笑っていた。
「資質を疑う……嫌いでは、ないけれど」
不意に、自分たち以外の声が聞こえてコウは面食らった。
「リリス、さん?」
いつの間に後をついてきていたのか、リリスが居た。
黒い日傘を差して、相変わらず暑そうな格好をしている。
「私は、その程度の意識なら今日の処分は妥当だったと思う……好きではないけれど」
「その程度……って」
リリスは、言葉と裏腹にひどく不機嫌そうにコウたちを睨んでいた。
「あなたたちは、何も分かっていない……【黒殻】の事も、ケイカさんたちの事も」
いつもの語尾を失うほど、彼女は怒っていた。
理由が分からず、コウとミツキは顔を見合わせる。
「どういう意味っすか?」
ミツキが問い返すのに、むすっと押し黙ってから、リリスは言った。
「総帥や、ケイカさんが、どれだけあなたたちを待ち望んでいたか、あなたたちは知らない。知ろうともしない。だから、未だに仲間と認められない」
リリスは吐き捨てるように言って、コウたちに背を向けた。
「今のあなたたちには、『青蜂』を纏う資格も、《黒の装殻》を名乗る資格も、ない」




