第1節:捻れた好意
「あーあ」
ガードレールにもたれてハンバーガーをかじりながら、ミツキはため息を吐いた。
コウに偉そうな事を言ったが、リリスに叩き潰されてからこっち、どうにもテンションが上がらない。
強がってはいても、資格剥奪は堪えていた。
後悔はしていないが、ヘコむものはヘコむ。
「ケイカさんの想い……なぁ」
リリスの怒った理由がケイカであると言うのなら、尚更だった。
『青蜂』に、ケイカが並々ならぬ情熱を注いでいた事は知っている。
しかし、何故そこまでの情熱を注いでいるのか。
リリスが何を指して意識が足りないというのか。
考えても、ミツキにはまるで理解出来なかった。
しかも今回に限ってリリスと休みが被ってしまい、家に居るのも気まずくて出てきたものの……何をやっても面白くない。
「大体、なんも知らんのに分かるわけないやん、そんな事」
また、ため息が出る。
ふと目の前を金髪の少女が横切り、ミツキは何気なく目で追って声を掛けた。
「ああ、そっちはあかんで」
「え?」
振り向いた少女は、眼鏡をかけていた。
ロリータ衣装に身を包んだ白人だ。
妙に既視感を覚えたが、考えるのも億劫でミツキはその感覚を無視した。
その少女にロリータファッションはとても似合っているし、かなり可愛らしい顔立ちだが、ファンシーなのはミツキの好みではなかった。
なので、彼女が自分とさして変わらない年齢の少女であっても、ミツキは普通に言葉を交わすことが出来た。
「ちょっと危ない奴らがたむろってる事があんねん。向こうの通りに出たいなら、もう一本先の大きい路地を曲がるほうが安全や」
ミツキの忠告にきょとんとしてから、少女は微笑んだ。
「なんだ。ナンパかと思ったのに違うんだ」
「……今、そーゆー気分ちゃうねん」
もし仮に『そういう』気分だったとしても、ミツキは好みの女の子に声は掛けれないタイプだが、それは言わない。
わざわざ自分のヘタレっぷりを見ず知らずの少女に晒す理由もないのだ。
「ふーん。なら私がナンパしよー」
少女は面白がるようにそう言い、ミツキに近づいてきた。
「ね、暇ならお喋りしようよ。私、待ち合わせまでの時間潰しにうろうろしてたんだよねー」
「あのなぁ……」
どうも、ミツキは妙なのに声を掛けてしまったらしい。
気が乗らないのに、少女はミツキの明らかな拒絶の表情に関係なく、ガードレールに腰かけてしまった。
「名前は?」
ニコニコと尋ねられて、無視することが出来ない程度には、ミツキはお人よしだった。
というか、お節介でなければ普通はあんな風に声を掛けたりはしない。
「ミツキ。……日本語の上手な白人さんはなんて名前なん?」
「ルナだよ」
聞いていいものか少し迷ったのに、少女はあっさり答えた。
拍子抜けすると同時に、肩の力も抜ける。
今時物騒やん、と思いながらも、それを口に出すとミツキが邪な事を考えているように取られるかもしれない。
それは心外だしな、と考える間に、ルナは次々と質問してきた。
彼女は話し上手に聞き上手で、ミツキはいつの間にか浮かない顔をしている理由を喋らされてしまった。
まるで誘導されたような、見事な手際だった。
「へー。仕事で失敗したんだ」
「おう。そんでどーも、それが思った以上の迷惑やったみたいでな。 何があかんかったんかと思ってな」
「直接聞いてみないの?」
「そんな雰囲気でもないねん。どう聞いたらいいかも分からんし」
「普通に訊けばいいじゃない。私は、やっぱり話し合いが足りない気がするなぁ……」
「それでなんか変わるんか?」
「分かんないけどさ」
ルナはおどけて肩をすくめた。
そんな仕草が様になるのは、やはり白人だからだろう。
「実際、相手の事情も知らないのに一人で考えたってどうしようもないよ。日本人はディスカッションする機会をあんまり作らないよね。問題が起こったら、次にどうするべきかをきちんと話し合うのは大事な事だよ?」
「分かってはいるけど、中々なぁ。ルナは賢いねんな」
「これでも、仕事は出来るって褒められるんだよ!」
えへん、と無い胸を張るルナは、決して仕事が出来るようには見えないが、アドバイスは確かに的確だった。
「……また、今日か明日にでも話してみるわ」
「そうすると良いよ!」
そろそろ時間だ、というルナに、ミツキはうなずいた。
「ほなら」
「うん。また会えると良いね!」
手をぶんぶん振りながら去るルナに、ミツキは手を振り返した。
悩みを人に話して、ミツキの心は少し軽くなっていた。
※※※
「お待たせー」
ルナが待ち人を見つけると、彼は面食らった顔で言った。
「どうした? えらく機嫌がいいな」
「ちょっと面白いコと会ってさ~」
彼女の待ち人は、カジュアルな格好をした優男だった。
二人ともに顔立ちが整っているので並んで立っているだけで絵になる。
ルナが優男に腕を絡めて歩きながらミツキの話をすると、優男は顔をしかめた。
「ルナ。お前、本当に性格悪いよな」
「敵に塩を送ったんだよ? むしろ性格の良さを誉めてほしいくらいだよ、ケイタ」
「これから極悪非道な事をやる相手に何が塩だ。傷口に塗り込むのか」
「それはそれ、これはこれだよ」
二人は……パイルとラムダは、まるで恋人同士の掛け合いのようなスキンシップを取る体でカモフラージュしながら、お互いの情報を交換し合う。
「奴等は街中に出る時には、然程警戒していない。狙うならやっぱ出掛けた時だ」
「家の方は田舎に見えて実は要塞だったよ。周りの住人はほぼ【黒殻】関係者で固められてるし、周囲は警戒網の嵐。大事にされてるね。あの中の誰が大事にされてるのかは分からないけど」
「そりゃあそこに住んでる全員だろ。本条ハジメは、身内に甘い」
黒の一号の実名を口にして、パイルは皮肉げに笑った。
ラムダは真剣な顔になって言葉を返す。
「だからこそ分かりやすいけどね。……目標は、特定したよ」
「器は手に入れて、理解を得た。後はコアを手にするだけだ。両方を得れば俺たちの第一目標は達成される」
「あそこに住んでいる全員の顔は把握した?」
「当然。いつ狙う?」
「少ない時は良くないね。装技研で準備が整った状態の連中に追い付かれると少し厄介だし。……出来れば、リリスはいない方が良い。私が自分を抑えきれないし」
絡めた腕に籠る力の強さに、パイルはため息を吐いた。
「戦闘面でも厄介だよな、実際。……人が多い時を狙ったら、逆に大勢を相手にする事になる可能性もあるが」
パイルの言葉に、ラムダは冷たい笑みを浮かべる。
「準備が出来てなければ連携は取りづらいでしょ。……最悪、目標が確保出来ればそれで良いよ。私たちの誰かが死んでもね」
「そんな事にはならない事をせいぜい祈っとこう」
「誰に?」
「そうだな……我らが救世主殿に、ってのはどうだ?」
「くっさ」
「お前が聞いたんだろ……」
あくまでも歩調は変えず、街の人混みに紛れながら。
二人の危険人物が、ケイカたちに本格的に牙を剥くために、足を進めていった。




