第14節:疑念
コウが正面に進みでると、猪型襲来体が口を開いた。
「グブブ……装技研の者か。変容した直後に敵対する事になるとはな」
「喋った……? 人になったのか?」
驚くコウに、ミツキが言う。
「騙されたらあかんで! そいつは人格を模倣してるだけや! 本質は、周りにおる奴らと変わらんで!」
「ほう、我らを知る者がいるか。……どちらにせよ、やる事は変わらんがな!」
ボアが敵意を放つのに合わせて、コウも動き出した。
敵を翻弄するように飛び回るミツキに対して、コウの動きは直線的だ。
猪型襲来体が両腕を貫くように構えて突っ込んでくるのに対して、それを真正面から迎え撃つべく膝をたわめ、ドン、と重い音を立てるスラスターによって急加速。
握った爆轟銃剣を縦に打ち下ろすと、鈍い音を立てて刃の下にある打面がボアの額を正確に捉えた。
「ゴォ……ッ!」
自分の突撃の勢いもあり、強い衝撃を受けたボアがふらつく。
怯んだボアの顎を蹴り上げたコウは、無防備な胸元に今度は刀身を突き立てた。
刃が半分埋まる程度に突き立った爆轟銃剣を両手で握り、宣言する。
「出力解放!」
『要請実行』
補助頭脳が滑らかに応えた。
コアから出力されるエネルギーストリームが増大し、爆轟銃剣に流れ込む。
「〈黒の轟閃〉!」
銃剣のアンプシリンダーが起動。
キュィイ、と甲高い音を立てて、エネルギーが流入し。
破壊の振動に変換されたエネルギーが、一気に炸裂して発射口から噴き出した。
暴虐な破壊音が。
凶悪な爆裂震が。
至近距離にあったボアの体に、牙を剥いた。
硬い外殻ごと。
胸板が塵と化し、両腕が千切れ、頭部を無残に破壊されて、吹き飛んでいく。
轟音が鳴り響き、ミツキだけでなく襲来体までもが、一瞬動きを止めてコウの方を見た。
そこに立つのは。
破壊の嵐を物ともせずに不動のまま、爆轟銃剣を構えたコウ。
余波で吹き荒れた風が止んだ後に、残っているのは、ボアの下半身のみだった。
シュゥ、と軽く冷却剤の気化白煙が銃剣のシリンダーから流れ。
その薄い白煙を吹き散らすように、コウが銃剣を払った。
『敵性体消滅』
補助頭脳が事実を淡々と告げて。
残ったボアの下半身が、砂と化して崩れ落ちる。
「すげぇ……」
あまりにも早い決着に、ミツキが呆然とつぶやくと。
『戦闘は終わっていませんよ。貴重な試験機を持ち出しておいて、その程度の意識では話になりませんね』
不意に通信が入り、コウとミツキの耳朶を叩いた。
※※※
『ミカミさん?』
姿が見えない事に戸惑っているのだろう。
コウの問い掛けに答えず、ミカミは戦場の脇に立つビルの上から彼らを見下ろした。
南国の海のごとき紺碧色の装殻を纏う彼女は、脚部と腕部以外はカオリが肆号装殻を纏った時と似た姿をしていた。
完全に同一ではなく、凶暴で硬質な印象だった炎撃形態よりも、全体的に静かさと柔らかさを強調する曲線を描いている。
そして両手に、極細のスリットノズルを備えたタンク型の兵装を構える、その装殻者は。
水撃形態、と呼ばれるミカミの肆号装殻体だった。
「一気に仕留めます。出力解放」
ぴしりと芯の通った声が響き、両腕のタンクが回転式機関銃のような形に展開した。
『行けるよ!』
強化されたミカミの視覚が、ケイカの補助を受けてさらに明瞭になる。
照準を即座に合わせて、ミカミは引金を絞った。
「〈紫の雨刃〉!」
ガトリングスリットから凝縮された粘水がドリルのような形で放出され、空中に十数条の軌跡を描いた。
それらは鎌首をもたげるように一斉に眼下を目指して急落し、ミカミの十指が動くのに合わせて自在に軌道を変え。
「自在穿孔!」
ミカミの宣言と共に、残った襲来体がなす術もなく体を穿たれて砂に還った。
彼女が指を開くと、コアエネルギーによって成形されていた水流が宙で弾けて、極小の水粒子と化す。
粒子が陽光を受けて、場に無数の輝きが生まれた。
それを眺めながら、ミツキが疑問の声を漏らす。
『襲来体は本来、昼間は活動出来ひんはずや……一体、何で……?』
通信越しに聞こえたミツキの独り言への答えを、ケイカもミカミも持っていなかった。




