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黒の零号〜最強の装殻者〜  作者: 凡仙狼のpeco
第7話:人格消滅!? 二人の零号の行方

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第25節:悪魔の契約

 交渉の場に赴いた花立は、そこに居る人物を見て、思わず両腕を十字に構えた。


 ジンが立てた交渉の場は、旧香川の県境にある人のいなくなった街の公民館だった。

 だだっ広い二階の多目的室の中央付近に、ぽつんと数脚のパイプ椅子と折り畳み式の長テーブルが置かれている。


「逸るな。別に争うつもりはない」

「Mr.サイクロン、お前も復活していたとはな。……襲来体の言葉を信用出来ると思うか? 【アパッチ】の人間はどうした?」


 睨み付ける花立に、Mr.サイクロンは平然とした表情のまま、顎に指を当てた。


「ああ、シープに会ったから、か。なるほどな。……いや、安心しろ。俺が【アパッチ】の代表代理だ。お前らが場所を間違えた訳ではない」


 Mr.サイクロンの言葉に、花立の首筋がちりちりと危機感を訴えた。

 危機感を感じたのは、しかしMr.サイクロンに対してではなく。


「カオリとキタツさんはどうした……!」


 後ろで、本能に訴える苛烈な殺気を噴出させたジンに対して、だ。

 タカヤが、怯えたように喉を鳴らす。


 しかしその殺気を真正面から受けたMr.サイクロンは、特に感情も浮かばない目でジンを見た。


「別にどうもしていない。勘違いしているようだが、俺は【アパッチ】を襲来体の巣にした訳でも、マザーとかいうゴミに従っている訳でもない」


 Mr.サイクロンの言葉に、花立は不審を覚える。


「どういう事だ?」

「襲来体に復活させられたのは事実だ。だが俺は他人に利用される気は毛頭ない。別に従ってやる義理もなかったから離反し、今は【アパッチ】に居る。この場にいるのは、カオリとシンゴの承認を得たからだ」

「誰が信じるかよ、そんな話を……!」

「いや、待て」


 ジンに比べれば、花立はまだ冷静だった。


「シープも、マザーコピーとは思えない精神性を持っていた。……貴様らは、襲来体でありながら元の人間性を保持しているように見える」

「察しが良いな、花立トウガ。そう、俺は奴等とは別だ。黒の一号に殺された後、気がついたら何者かに魂を掬い上げられ、そのまま石ころに込められて地球へ落とされた」


 とんとん、と、Mr.サイクロンはこめかみを指で叩く。


「脳みそまで奴等に染まっていれば、口にしない言葉をあえて口にしてみせる……奴等には、そんな知恵はないだろう? 人間をナメているから、遊び以外で嘘を吐く理由がない」


 花立は、Mr.サイクロンの言葉にうなずいた。


 襲来体は、根源的には同一の存在なのだ。

 特に知性に似たモノを有する母体複製体(コア・コピー)は、リンクが外れても自分達を別個とは考えず、全てのマザーやコア・コピーを『私』と表現する。


 自分自身の大元を指して、嘘とはいえゴミなどと……自らを上位存在と思っている襲来体は、口にはしない。


 この場で悪意を表現するならば、奴等は必ず、カオリらを襲来体化したと告げるか、あるいは、カオリそのものの姿でこの場に現れる筈だ。


「こいつの言うことを信じるのか、花立さん」

「逆に感情論以外で俺を疑う理由があるなら言ってみろ」


 Mr.サイクロンは、花立が口を開く前にジンに高圧的に問いかける。


「お前がカオリと接触した日、俺もあの場にいた。俺が襲来体に与しているなら、お前は既に死んでいる。襲来体の巣のド真ん中で、カオリと俺を同時に相手に出来る実力は、お前にはない」

「ハジメさんを怖がってハメる事しか出来なかったような奴が、何を言ってやがる!」

「この場で試してみるか? 俺と敵対すれば、黒の一号の目的もお前の目論見も達成出来んぞ?」


 落ち着いた様子のMr.サイクロンの言葉に、偽りはないだろう。

 花立から見たシープも、ジンと同等程度の実力はありそうだった。


 Mr.サイクロンも強化されているとみて間違いない。

 元は、黒の一号と同型……彼を殺すために開発されたのなら、素体となった人物も並の実力者ではないだろう。


 実力に見合う装殻を得たのなら、二人で戦って負けはせずとも、苦戦し、逃亡される可能性は十分にある。


「……交渉を始めよう」

「花立さん」

「ジン。今回はお前の言葉よりもMr.サイクロンに利がある。感情抜きにモノを考えられないなら黙っていろ」


 花立は歩き出し、最初に席についた。


「今はシェイドと名乗っている。それは既に死んだ男の名だ」


 Mr.サイクロンも、言いながら対面に座った。

 見れば見るほど感情の読めない男だ。


 交渉の相手としては厄介だと、花立は分析した。


「では、シェイド。ここに解除薬の試用データの詳細とベイルド解除薬がある」


 花立は、手に持っていた紙袋を差し出した。


「見返りは、既にジンから聞いているだろう? 対襲来体戦線への【アパッチ】の全面協力だ」

「その事だが」


 シェイドは置かれた紙袋に手をつけず、まっすぐ花立を見た。


「我々には【黒殻】ほどの保有戦力も物資もない。食うに困るほど脆弱ではないが、そちらへ何かを提供できるとは思えないな」

「【アパッチ】の大多数が不良装殻者であり、女性と子どもの比率が高い事はこちらも把握している。我々が欲しいのは、ある装置の設置に従事する労働力と、背中を襲わないという確約だ。また愛媛は既に襲来体の支配下にあり、徳島もトップの協力は取り付けたが末端は不透明。仮に徳島に強力な相手の戦力が潜入していた場合、挟み撃ちに出来るよう旧香川の地域の一部を貸して欲しい」

「それだけか? こちらとしては見返りが大きいように思うな。さらにリスクもある。旧香川に襲来体に対抗できるだけの戦力を招き入れた場合、その場で【黒殻】に牙を剥かれれば【アパッチ】が制圧される可能性だ」

「しない、というのは口約束だけでは信用が足りない事は理解している。こちらには解除薬に加え、そちらが作業に従事する間の食料や物資を提供する用意もある。不足であれば余裕もない訳ではない」

「破格だな。しかし、まだ問題がある」


 シェイドは、ようやく紙袋に目を向けた。


「これの効能と、中身の真偽だ。これが効くという保証も、毒でないという保証もない」


 花立は、後ろを振り向いた。

 ジンの横に立ち尽くして様子を伺っていたタカヤが、ジンの横顔を迷うように見上げてから、近づいてくる。


「シェイド、さん。見てわかる通り、俺もベイルダーだ」


 タカヤは自分の装殻化した右腕を示し、紙袋に手を伸ばした。

 中から無針注射薬と液体カプセルを取り出し、中に落とし込む。


 それを、躊躇いなく自分の首筋に突き立てた。


 プシュ、と音がして、薬剤が注入される。

 しばらく変化がなかった。


 だが、徐々にタカヤの腕が指先から人体のそれに戻っていき、流動形状記憶媒体(ベイルドマテリアル)が収縮するように腕の装殻具に収まっていく。

 その自分の指先を感動したように見つめ、何度か手の表と裏を見て、それが人の手である事を噛みしめるように確認すると。


 タカヤは、泣くのを堪えてから目を潤ませて、唇を噛み締めた。


「……治った」


 ぐ、と拳を握り、タカヤはシェイドへと向きなおる。


「これが、中身が本物だっていう証拠だ。袋の中に、俺の仲間たちが身を張って効果を実証したデータも入ってる。この解除薬は、不良装殻者を……これ以上苦しめない為に、必要なものなんだ」


 タカヤの震える声に、しかしシェイドの表情は変わらない。


「中身の他の全部の薬が同じものだという証拠にはならんな。解殻の掛け声なしに装殻を解除する方法がない訳でもない」

「……ふざけるなよ、テメェ!」


 ジンが怒鳴り、早足に駆け寄って来ると、テーブルに拳を叩きつけた。

 そのまま剥き出しの歯を食いしばってから、シェイドに吼えるように言葉を叩き付ける。


「……この解除薬はなぁ!! カオリが、カオリがハジメさんに直接要請して開発が始まったんだ! 俺が、それを後押しした! これは、カオリの、願いの結晶だ! キタツさんを、そして不良装殻者を救いたいっていうカオリの想いを……仮にも仲間になったお前が、疑う事は許さねぇ……!」

「お前の言葉を信用しろと言うのか? カオリの裏切りを容認し、解除薬を餌に脅したのはお前だろう?」

「そうだよ。俺は【黒殻】の《黒の装殻》、黒の伍号だ。ハジメさんの目的を邪魔する事は出来ねぇ。俺は、俺を信用しろと言ってるんじゃねぇ。カオリを信用しろと言ってるんだ!」


 シェイドは、ふと考え込んだ。

 花立はタイミングを見計らって言う。


「カオリの持ち出したD.Exと、解除薬の成分はほぼ同一だ。それが効能があったなら、分析して比較すれば、ジンの言葉とタカヤの行動に偽りがない事は分かる」

「……キタツ、か」


 シェイドは、不意に薄く笑んだ。

 その意味は花立には分からないが、シェイドは紙袋を手に取る。


「良いだろう。そちらの要請には協力を約束する。が、物資の提供量は増やしてもらおう。言いなりというのも興が冷める。思った以上に内容が穏当過ぎた事もあるしな。……協力はするが、お前らと馴れ合うつもりはない事を理解してもらおう」


 シェイドは立ち上がって多目的室の奥へ向かうと、用具倉庫と思しき場所から誰かを引きずり出した。


「「アイリ……!?」」

「ジン……室長……」


 姿を見せた正戸アイリは、泣きそうな顔で花立らを見た。


「たまたま、香川内にいて襲来体に襲われているところを〝保護〟した。身柄と引き換えに解除薬の無償提供を迫っても良かったが……中々面白い茶番だったからな。こいつの身柄は、妥当なところで手を打とう」


 花立は、怒りで目を細めた。


「最初からそういうつもりだった、という訳ではなさそうだな」

「勘違いするな。言っただろう? 俺は馴れ合うつもりはない。黒の一号が、どこまで甘く居られるかを見極めようとしているだけだ。……奴が俺を満足させなければ、俺はいつでも奴の敵となる」


 出入り口に向かって歩きながら、シェイドはアイリを花立に向かって突き飛ばした。

 その体を受け止めて、花立はシェイドの言葉の続きを聞く。


「俺は既に死んだ身だ。世界が滅ぼうが関係がない。黒の一号に伝えろ。目的を邪魔されたくなければ、騙る正義を全うしてみせろ、とな」


 そして、シェイドは姿を消した。

 

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