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触れる唇に体の中に衝撃が走り……瞬間スポットライトが消える。
元々の演出ではあったけれど、触れた唇に演技ではなく呆然と固まる俺を照らすために再度点灯して、その後すぐに来た暗転に我に返りそのまま舞台袖へと向かった。
練習を重ねるたびに憑依するかのようにミレディになっていった榎木、だからきっとあれは最後のなりきり……。
だったら、きっと混乱している、早く引き止めないと自分の感情に怯えて何処かに逃げてしまいそうな気がして。
幸い、舞台は次に続く四話目の準備で慌ただしく、舞台から降りて控え室へと真っ直ぐ向かう俺に声をかける人間も居ないのを良いことに、そのまま足早に廊下をすり抜ける。
そうして控え室のドアを開けると、珍しくへたり込んだような彼女の姿に、まだそこに居てくれた事にほっとしていると、音に気がついて困り切ったような様子で俺を振り向いた。
まだ舞台の興奮が残っているのか僅かに高揚して色付く頬、戸惑うように揺れる瞳と、さっき初めて触れた唇…それは彼女の動揺を表すように僅かに震えているようにも見えて…、自分の行動にどうしたら良いのか判らないような風情の彼女を、感情のままに抱きしめそうになるのをこらえて
「引きずられちゃった?」
そう言ったら、一瞬頷きかけて、けれど勢い良く首を振ると、真っ直ぐに俺を見上げて思い切ったように口を開いた。
「ごめん、私、練習している時から、ミレディと私が混ざって来ていて……、柏木君がミレディに言っている言葉が私の中に積もっていって、いつの間にか、私が柏木くんを好きになっていたんだ……、でも、ミレディじゃなくなったらもうこんなことが無くなるって思ったら、唇を止められなかった……本当に、ごめん」
最初は言われた言葉の夢見るような都合の良さにに、信じられなくて。
けれどやっと、何を言われたかが判って、理解した瞬間ずっと抑えていた想いが溢れ出した。
ユートリアスの役越しに注いで来た、本当は柏木晶の気持ちをして榎木冬華に注ぎたかった感情。
気持ちの奔流に堪えきれず涙まで出てきて、情けないと思うのに涙が止まらないでいると
「ごめん! ごめんなさい……、傷つけるよね? ずっと友達として優しくしてくれたのに、ミレディ終わったから消えるから! 消すから!」
俺の涙を誤解して、驚き慌てる榎木を抱きしめる。
もう、良いんだよね? 伝えて
「消さないで、ずっと好きだった…、榎木は正しいよ、俺はユートリアスのふりをして君に想いを注いできた、混乱しているだけ? ……そうでもいい、チャンスが欲しい」
「柏木…く…ん?」
「君を好きだった、だけど、君は恋は怖いって、俺は君に恋をしないと君が思って安心しているって知って、言えなくなった、気持ちを抑えるのが辛いから、離れようかと思ったけど、榎木の側は居心地が良くて……、離れるにはもう好きになりすぎてた」
驚いたように俺を見る榎木、けれど、その表情に驚きはあっても恐怖がないのに安堵しながら
「俺は怖くない?」
聞くと
「榎木君は怖くないよ、ただ、恋は私をおかしくさせるかもって、……それが怖い」
「俺も、守るから、一緒に気持ちを育ててくれないかな? 俺の気持ちが榎木にとって気持ち悪かったり怖かったりするものじゃないのなら……」
そう言うと、少し考えながら、俺を見上げて
「……、でも、柏木君を傷つけたくない」
なんて言うから
「……もう君は俺を傷つけているよ?」
そう告げてみる
「え?」
「不特定多数と不真面目な恋愛しているから、安心出来るなんて、好きな子に言われたらね? まぁ、自業自得なんだけど、さ」
「え……?」
君がそう言ったらきっと罪悪感を感じるだろうなんて判って居て、それでも告げてしまう俺は酷いのかもしれない……、でもどうしても手に入れたいからなりふりなんて構わない。
「でも、それでも、俺は君から離れられなかった……、だって、その痛みより、君から離れる痛みの方が俺には耐えられなかったから……、だから、君が俺を好きなのに俺を傷つけるかもとかいってその気持ちを消すのなら、俺はその方が傷つくよ? だったら、一緒に育てて欲しい」
真面目な顔で好きだって気持ちを込めて榎木の瞳を覗き込む、君はもうそれに弱いって俺は知ってしまったから、瞳ごしに俺の願いを込める……どうか、俺を拒まないで。
「私でいいの? 又、傷つけるかも……」
「良いよ、側に居てくれるなら、いくらでも?」
くすりと笑ってそう答えると
「なら……、嬉しい」
やがて、小さな声だったけれど確かに聞こえた言葉。
なのに、まだ彼女が腕の中に居る事が信じられなくて、腕を解けずに居ると
「ごめんね、勝手にキス……しちゃって、びっくりしたよね?」
なんて、俺の腕の中で言うから
「ビックリしたけれど嬉しかった、……練習中からずっと触れたいって思ってた」
そう言うと、今度は耳まで赤くなった。
――あのね? そんな表情見せられたら、俺だって我慢の限界だよ?
「でも、驚かされたペナルティは払って」
「え? どうすればいい?」
生真面目に俺を見つめる榎木の瞳をじっと見つめて
「そのまま、俺だけ見てて…」
そう言って、唇を近づけた…。
れん2nd 完結です。
最後までお付き合い頂きまして、本当に有り難うございました。
感想等有りましたらお言葉を頂けると、とても嬉しいです。
さて、この先は少し内容についてのお話など…
れん2ndはれんを書き終わり前に同じ設定で違う二人を書いてみようと書き始めました。
シリーズとして似た雰囲気は残して、でもキャラは違う感じでと考えたので、私の書く物の中ではかなり異色かなと思って居ます。
拘ったというか、やりたかったことは、「その過去故に信頼されない」という設定を少しひねって、「安心されるけれど、動きが取れなくなる」という…シチュエーションでした。
後は瀬名君がストッパーを外すとどうなるか…だったんですが、何だか表情一つ変えずに惚気まくる人になってしまいました。
でも、弱みが無くなった分少し格好良さを出せたらと思ったのですが…どうでしょう?
これで、ストックにあるれんシリーズは全て終了なのですが、いつかこの図書館を舞台にした3rdなんてものも考えてみたいなとは思って居ます。
ただ、その前に途中まで書いて続きを書きたいものがいくつか有るので、新作設定は当分難しそうなのですが…。
さて、次作なんですが、細かいことは活動報告に書こうと思っていますが、また学園物を予定しています。
出来ればファンタジーの方と両立はさせたいのですが、少し骨組みに煮詰まってまして…
引き続き読んで頂けましたらとても嬉しく思います。
これからも、頑張って行きたいと思いますのでよろしくお願い致します。




