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『頭脳特化の弱小国家に転生した第三王子、ガリ勉が嫌で「筋トレ」と「十分な睡眠」を推奨したら、1年後には国民全員が文武両道の最強戦士になっていた件〜  作者: はりねずみの肉球
第5章:脳筋と魔法至上の限界、そしてタンパク質の勝利

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シーン2:魔法連邦のプライドと、筋肉農民の圧倒的物理

「我らセルディアのエリートを、ただの土いじりの下民どもがッ……! その不敬、万死に値するゥゥッ!」


アズライト渓谷の澱んだ熱気の中、鼓膜をつんざくような金切り声が響き渡る。

声の主は、豪奢なローブを身に纏ったセルディア魔導連邦の魔導士部隊長だ。

だが、そのローブは泥と汗で汚れ切り、かつての威厳は見る影もない。極度の脱水症状により目は窪み、頬はげっそりとこけ、枯れ枝のような腕で杖を握りしめている。

彼を筆頭とする数百名の魔導士たちが、最後のプライドだけを支えにして立ち上がり、ルミナスの農民たちへ向かって杖を突きつけている。


「スッ……、ハッ……。愚かな。今の彼らの血液は、砂混じりの泥水のようにドロドロだ。その状態で高位の魔法演算を強行すれば、脳の血管がどうなるか……」


俺は両手に十五キロの鉄アレイを持ったまま、深く腰を沈めるウォーキング・ランジの姿勢で静かに息を吐く。

太ももの大腿四頭筋が悲鳴を上げ、筋繊維が引き裂かれては再生を繰り返そうとする熱を帯びる。


「きゅぃぃっ!」


頭の上のハリーも、俺の言葉に同意するように短い前足でバッテンを作り、魔導士たちの無謀な行いを非難している。


「詠唱開始! 我らが至高の魔力をもって、あのふざけた野菜もろとも、下民どもを消し炭に変えてくれるわッ!」


魔導士部隊長の号令と共に、数百の枯れた喉から呪文の詠唱が始まる。

大気を構成する魔力素マナが強制的に集められ、渓谷の温度がさらに数度跳ね上がる。

だが、俺の目にははっきりと見えていた。彼らの構築する魔法陣は、所々が欠損し、円は歪み、古代ルーン文字のスペルすら間違っている。

脳への血流不足による、致命的な演算エラーだ。


「ガハッ……! ぐ、ごふッ!」


詠唱の途中で、数人の魔導士が鼻や耳から血を噴き出してその場に倒れ込む。

無理な演算に耐えきれず、脳の毛細血管が破裂したのだ。

それでも、部隊長たちは狂気じみた目で詠唱を止めない。自分たちが『下民』と見下す農民に救済されるなど、魔法至上主義の彼らにとっては死よりも重い屈辱なのだ。


「完成せよッ! 『極炎焦熱波インフェルノ・ウェイブ』ォォォッ!!」


数百名の残存魔力と、彼らの命そのものを燃やし尽くすようにして放たれた、巨大な炎の津波。

渓谷の岩肌を赤黒く照らし出し、大気を焼き焦がす轟音と共に、ゴンザレスたち農民と、山積みの『マッスル・マンドレイク』へと迫り来る。

その熱波は凄まじく、普通の人間なら直面しただけで呼吸器が焼け焦げてしまうだろう。


だが。


「……おっと。危ねぇ危ねぇ。せっかくの新鮮なマンドレイクが、焦げちまうところだ」


炎の津波を前にして、農民代表のゴンザレスは全く動じていなかった。

彼は、丸太のような太い腕で頭を掻き、面倒くさそうに首の関節をポキポキと鳴らす。

その後ろにいる農民たちも、誰も逃げようとしない。ただ、「おいおい、野菜が乾燥しちまうぞ」と呆れたように笑っているだけだ。


「さてと。害虫駆除(草刈り)の時間といくか」


ゴンザレスが、腰に差していた自前の『くわ』をゆっくりと引き抜く。

それは魔法の武器でも何でもない。長年使い込まれ、土と汗が染み込んだ、何の変哲もない鉄と木の農具だ。

ゴンザレスは両足を肩幅より広く開き、大地に根を張るようにしっかりと踏みしめる。

そして、その巨大な鍬を、野球のバットのように両手で水平に構えた。


「な、なんだあの構えは……! 魔法の炎を、農具で防ぐ気か!? 気でも狂ったか!」


炎を放った魔導士部隊長が、狂気を含んだ笑い声を上げる。


「見ろ、ハリー。あれが我がルミナスが誇る、純度百パーセントの『物理法則』だ」


俺はランジの姿勢のまま、ゴンザレスの全身の筋肉の動きを極めて冷静に分析する。

ゴンザレスの大臀筋おしりとハムストリングス(うらもも)が極限まで収縮し、強烈なタメを作る。

その力が骨盤を回転させ、強靭な腹斜筋を通じて上半身へと伝達される。

さらに、異常に発達した大胸筋と広背筋が連動し、両腕の筋肉を爆発的な速度で牽引する。

完璧なキネティック・チェーン(運動連鎖)。

一ミリの無駄もない、究極の身体操作だ。


「フンッ!!」


ゴンザレスの短い呼気と共に、巨大な鍬が空間を薙ぎ払う。


ズガァァァァァァァァンッッ!!


鍬と大気が激突した瞬間、爆発のような破裂音が渓谷に轟いた。

ゴンザレスの尋常ではない筋力とスイングスピードが生み出した、強烈な『風圧のかまいたち』。

物理的な真空の刃が、迫り来る炎の津波に正面から激突する。


「な……ッ!?」


魔導士部隊長の目が、限界まで見開かれる。

炎という現象は、燃焼するための『酸素』を必要とする。

ゴンザレスの圧倒的なスイングが生み出した一瞬の真空状態と、それを埋めるための暴風が、インフェルノ・ウェイブから酸素を完全に奪い去り、文字通り『吹き消して』しまったのだ。


ジュワァァァッ……という情けない音と共に、数百人の命を削って放たれた魔法の炎が、ただの熱風と煙に変わって四散していく。

あとには、何事もなかったかのように鍬を肩に担ぎ直すゴンザレスと、全く焦げていないツヤツヤのマッスル・マンドレイクの山だけが残された。


「……う、嘘だ……。我々の、我々の至高の魔法が……」


魔導士部隊長が、ガクガクと震える手で自身の杖を見つめる。


「ただの、ただの鍬の素振りで……消え去っただと……!? 魔法防壁でもなく、相殺の術式でもなく……ただの、腕力で……ッ!?」


彼らの世界観を構成していた『魔法こそが絶対の力である』という前提が、筋肉と農具によって根底から粉砕された瞬間だった。

魔導士たちは次々と膝から崩れ落ち、虚空を見つめてボロボロと涙を流し始める。

プライドの完全な死。


「ハッハッハ! なんだい、今のそよ風は! 冬の凍りついた土を耕す方が、よっぽど手首に負担が来るってもんだぜ!」


ゴンザレスは豪快に笑い飛ばし、持っていた鍬を再び腰に差す。


「それにアンタら、見るからにタンパク質が足りてねぇな。そんなヒョロヒョロの腕で杖を振ってたんじゃあ、良い魔法(作物)は育たねぇぞ!」


ゴンザレスのその言葉は、魔導士たちにとってどんな攻撃魔法よりも鋭く彼らの心を抉った。

『下民』と見下していた相手に、純粋な肉体の力で圧倒され、あろうことか『栄養指導』まで受けているのだ。

魔導士部隊長は「あ、あばば……」と意味不明な言葉を漏らしながら、ついに白目を剥いてその場に卒倒した。


「スッ……、ハッ……。お見事だ、ゴンザレス。完璧な広背筋の使い方だった」


俺はウォーキング・ランジを続けながら、ようやく農民たちの前線へと追いつく。

十五キロの鉄アレイをゆっくりと地面に置き、肩で軽く息を整える。


「おお! アルス殿下! 見てくだせぇ、この大胸筋キャベツの輝きを! 殿下の教え通り、土壌に魔力とアミノ酸を混ぜ込んだら、こんなに立派に育ちましたぜ!」

「ああ、見事なパンプアップだ。これなら、あの腹を空かせた哀れな侵略者たちも、少しは健康を取り戻せるだろう」


俺は渓谷の岩陰で息も絶え絶えになっている四十万の帝国軍を見渡す。

前衛の第三軍団が壊滅し、頼みの綱であったセルディア魔導連邦のエリートたちも、たった一振りの鍬によって完全に戦意を喪失した。

もう、この渓谷において俺たちに刃を向ける気力を持つ者は、一人として残っていない。


「殿下! それでは、ただちに『アレ』の設営にかかりますね! お客様の胃袋が、悲鳴を上げて待っていますから!」


荷車の上からミレイナが飛び降り、元気よく腕まくりをする。


「頼む、ミレイナ。彼らの凝り固まった古い常識を、我が国が誇る最高の『栄養』で溶かしてやれ」

「了解です! 農業改革局、調理フォーメーション開始!!」


ミレイナの号令と共に、ゴンザレスたち農民兵が凄まじい手際で動き始める。

巨大な薪が組まれ、その上に直径数メートルはある特大の鉄鍋が次々と設置されていく。

彼らの動きには一切の無駄がなく、それぞれが己の筋肉を連動させ、信じられない速度で野外調理場(巨大キッチン)を組み上げていく。


戦争という名の非生産的な破壊活動は、すでに終わった。

ここから始まるのは、四十万の飢えた兵士たちに対する、ルミナス王国による一方的な『健康指導』という名の救済だ。


「さあ、ハリー。特等席で彼らの胃袋が陥落する瞬間を見学しようじゃないか」


俺はハリーを肩に乗せたまま、グツグツと煮立ち始めた鉄鍋から漂う、抗いがたい暴力的な匂いが、渓谷の澱んだ空気を塗り替えていくのを静かに見守っていた。

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