第三十九話 ー開戦の狼煙②ー
場所は再び下水道。ジメジメとした水路と狭い通路を、一同は歩いていく。二度目で慣れたのか、誰一人として嫌な顔はしていない。
「そういえば……オヌシらはあの巨大機……機動兵じゃったか? 其方らの見立てでどうなのだ? 倒せそうか?」
ヴァレリがそう尋ねる。ルエインはヴルムを見たが、ヴルムは後頭部をガリガリと掻くばかりだった。
「オレ様は見ちゃいねェ。壊せっつうなら仰せのままにするぜェ?」
「うむ、そうじゃったな……。して、ルエインよ。オヌシの見立てではどうだ?」
ヴァレリが尋ねかけると、ルエインは考え込む。
「俺は……倒せるだろうとは思う。しかし、搭載されている戦力全てを無効化し、完全に沈黙させるとなると神力を大きく消費するだろう」
「ふむ……なるほどのう」
足を止める事なく、語るヴァレリ。数秒黙り込んだかと思うと、「では」と言葉を繋ぐ。
「大型機の機動兵の対処はルエインに行動力を削いでもらい、撃破をヴルムに頼むとしよう。その後の増援は適当に遇らっていく方針としよう」
「こんだけの規模の小隊だと自由に暴れられねえのが難点だぜェ」
ヴルムがぼやくと、ヴァレリは「文句を言うでない」と小さく言いつけた。
「そもそもオヌシ、言いつけられた役割をちゃんと理解しておるのか? 陽動じゃぞ?」
「あー、言ってなかったかァ? オレ様は変化したら、しばらくは問題ねェが自我が完全に消え去るぜェ」
「……は?」
ヴルムの言葉に、ヴァレリは立ち止まって間抜けな顔で振り返る。目一杯顎を開いていた美女は、ハッとしたように首を振るう。
「いやいや、待て待て。なんじゃと? 聞き間違いじゃな? なんと申した?」
「だァーかァーらァー。オレ様は変化してしばらく経ったら自我が消え去るっつってんだよォ」
「……作戦を練り直すには時間がない。ここで引いても已む無し、か……。ルエインよ、其方に任せるぞ?」
「……ああ」
心配し過ぎだぜェー。とヴルムは他人事のように鼻で笑う。
「誰の所為じゃと……」
『まあまあ、ええやん。役割は熟せるやろ。ルエインは巻き込まれへんように遠方で動けばええし、それこそ陽動になるやろ。それに変化を解けば自我も戻るんやろ?』
「ああ、その認識で間違ってねえぜェ」
「うーむ……」
納得できなさそうに、血鬼族の女は唸る。険しい顔色も相まって、病的に青白い肌はランタンの薄明かりでより一層弱々しく見える。
「問題ないさ、ヴァレリ。この作戦が今回の戦の要であったとしても、気負い過ぎては事を為損じる。俺達は現状の最適任者として選ばれた。ならば……俺達は今の俺達にできる事をしていくより他はない。そうだろう?」
「……うむ、そうじゃの」
ルエインの言葉にヴァレリは納得したようで、安堵の表情を浮かべて前へと向き直った。
「だいたい隊長だっつーんなら何度となく隊を動かしてるだろうが。生娘みてえにピーピー喚きやがって」
「歴とした乙女であるが? それに、わっちが率いておった隊の者達といえば、それはそれは聞き分けの良い部下達ばかりじゃったからな。お前さんのような跳ねっ返りはおらなんだ」
背を向けながらも不機嫌そうな声色で話すヴァレリの表情は、言うまでもなく膨れている。ヴルムは鼻で笑った。
「じゃあこれも経験だなァ? ハッハァ、感謝してくれや」
「そうさな。此度の作戦が上々の結果に終えたならば感謝してやらんでもない。帝国は結果が全ての実力主義である。オヌシも知っておろう?」
無論知っているさァ。とヴルムは軽く言いのける。
「だからこそオレ様はここまで生き永らえている。オレ様こそが帝国の力の証よォ」
「わっちのおらぬ間にのし上がっていただけじゃろうて。その軽口が事実か否かは次期に分かる」
楽しみにしてな。とヴルムは不敵に笑った。ルエインは何も口を挟まなかったが、物申したげな表情は隠せていなかった。
『……ルエイン?』
「なんだ? レイチェル」
ルエインが尋ね返すと、機兵族の少女は首を傾げる。
『不安、ですか?』
「……! 無い、と言えば嘘になるな。不安はある。ただ──」
ポンっとレイチェルの頭に、青年の手が置かれた。レイチェルは目を大きく見開く。
「俺は、お前達を信じている。この旅、一人で成し得なかった事は多かった。だからこそ、誰かがいるというだけで、俺は前へと踏み出せるのだろう。それに──」
ルエインは自身の胸元を一瞥すると、レイチェルへ笑いかける。
「約束をした。俺もだが──恐らくスティアにとって、誰かが欠けた未来などあり得ないのだろう。必ず……スティアの元へと帰るぞ、レイチェル」
『……イエス』
ルエインの言葉に、無垢な少女は頷く。
「オヌシらは本当に足が遅いのう」
『これが若者と年寄りの距離やな』
「んなっ……⁉︎」
テレシアが小さくそく呟くと、ヴァレリは恐ろしい形相でズカズカと歩み寄り、ルエインの肩に乗るテレシアの頭を掴み上げた。
『イダダダダダダッ‼︎』
「今、なんと言った?」
目力だけで人を呪い殺せそうな程に凄まじいヴァレリの眼光に射抜かれたテレシアは、「ヒッ……」と声を荒げると、
『やっぱ軍人って逞しいなって言うてん! 早よ降ろしてや⁉︎』
「ふむ……なるほどのう?」
笑みを崩さぬまま、ヴァレリは手を離した。
「二度目は無いぞ」
『ふえぇ……』
テレシアは泣きそうになりながら長い耳を垂れさせた。
「余計な事を言うからだ」
『だって……みんな緊張しとんやもん。ウチが解したろと思てん……」
しおらしくそう言う小動物に、ルエインが「本心は?」と尋ねると、
「思った言葉が口を衝いて出てもただけや」
「なるほどな?」
ルエインが言うと、テレシアは「しもた……!」と動揺を露わにした。
「こんなん誘導尋問やぁ……」
「別に何も言いやしない。気にするな」
ルエインがそう言うと、耳をぴょこりと跳ねさせたテレシアはケロッと笑顔を浮かべると「それほんま⁉︎」と言いながら、ケタケタと笑う。
「食えない奴だ」
『食べてもろたら困るなあ。あっ、女の子食べたいとかそういう──』
「もういい」
もう沢山だ、と言わんばかりにルエインはテレシアの言葉を遮る。しばらく歩くと、レイチェルが視線を上げる。
『間も無く、目的地に到達します 』
『なんや、もうそんな所かいな』
「進めば縮まる、当然の事じゃて」
ヴァレリが事もなしにそう言うとヴルムは鼻を鳴らす。
「いよいよ以って、おっ始まる訳だァ。準備はできたかァ?」
ヴルムはその足を止めて、親指で上を指差す。自然と一同の視線はその先へ向かう。木の蓋で閉じられた天井にある穴。そこへ至る金属製の梯子は、ヴルムが焦がしたせいか艶などがない。
一同の視線は再びヴルムへと戻る。
「それは心の、かの?」
『腹ならもう括っとるで』
「当然だ」
『問題ありません』
「よォし……そんじゃ──」
ヴルムは真っ先に梯子の前へと歩み寄る。
「戦争をおっ始めようじゃあねェか」
ニヤリ、と笑うとヴルムは梯子を飛ばし飛ばしに登り、木の蓋を退けた。ヴルムを除く一同もら顔を見合わせてから静かに頷くと、それに続いていく。
「……相も変わらず、壮観よのう」
鉄が擦れて軋む音以外、大地を割る事もなく静かに徘徊している巨大機、機動兵。
蜘蛛のような形をしたものや、霊長類のような形をした猿人型の四足歩行するモノ。蜥蜴ように地上を這うモノ、空には戦艦の他に鳥の姿をしたモノまでいる。黒色装甲の機械生物が蠢く中、夜という事もあってか要塞からは地上や、空へ向けて円錐状に光……サーチライトが放たれていた。
「まあ、一体ずつ確実に片しゃあ問題あるめェ。あの図体のデケェ蜘蛛がめんどくさそうだなァ?」
「……先陣は俺が切ろう。要望通り、真っ先に奴の四肢を落とす」
ルエインがやや不服そうな顔をしながらもそう言うと、ヴルムはどこか満足気に笑った。
「分かってんじゃあねェか」
『まあ、そら……なあ?』
ほぼ誘導尋問やで。とテレシアが苦笑を浮かべた時──
『よし、皆の者聞こえるか? 全軍の体勢とその進捗を聞きたい』
「レオニール、か……」
レイチェルの胸元から声が響く。姿はないがレオニールの声だった。ルエインが声の主の名を呼ぶと、歪んだ電子音が響く。
『問題なく聞こえておる。妾の兵達も皆、開戦を心待ちにしておるようだ』
クックック、と笑っているのはスカーレット。女帝が楽しげにそう言うと、テレシアが小さくボソリと、
『アンタだけやろ……』
「これッ……!」
呟き、ヴァレリに叱られる。
『良い、気にしておらん。それより──其の方ら、そのように軽口を叩けるという事は……万全を期しておるようじゃな』
「ああ、問題ない」
「いつでも参れまする、陛下」
ルエインとヴァレリがそう返事をすると、ヴルムは鼻で笑い飛ばした。
「さっさと始めようぜェ。話ばっか長くなるのは年寄りの悪い癖だよなァ? 派手な火花をブチ撒けてやるから、お偉方はササっと号令を出しときゃあいいんだよ」
『身も蓋もないな……アルバトログ砦も問題なく軍備を整えてある。いつでも良いぞ』
レベディオスの声に、レオニールがややげんなりした声を上げる。
『うーむ……父上よ。転んでもただで起きぬとは思っていたが追放されてからは帝国にいたのだな……』
『私は息子の事は知っていたぞ。大層活躍して──』
「ごちゃごちゃうるせえッ! やるのか、やらねェのかはっきりしろォ」
ヴルムの威圧感に、レオニールとレベディオスはすぐに私語を慎んだ。
『うむ』
『では……』
『奇襲を決行する。其方らの戦果、期待して待っておるぞ』
女帝の声を最後に、ブツッと音が途切れる。一同は顔を見合わせた。
「相棒ォ、派手に暴れてきなァ」
「その呼び名はよせ。……神装真器」
ルエインが白装束に姿を変えると、ヴルムは首を鳴らす。
「行けるか?」
「誰にモノ言ってんだァ? 見えなくてもお前の足音を追っていけらァ」
ヴルムが言い終えるや否や、ルエインは「では」と空を見上げる。
「あの雲が月を覆った時、ここを出る。そちらも頼んだぞ」
「うむ」
『任せとき!』
『イエス。お気をつけて』
ルエインの言葉にヴァレリ、テレシア、レイチェルはそれぞれ相槌を打った。
「時間みたいだぜェ?」
「……そうだな」
雲が月を覆えば、世界は闇に包まれる。光の柱だけが自由に動いていた。一同の呼吸が浅くなり、一気に緊張が高まる。
「行くぞ」
「……応」
ヴルムの声色が一気に変わる。ピリリとしたその声に、ルエインの表情は更に固くなった。そのままに、朧げなランタンの光源から離れたルエインとヴルムは、闇夜に紛れて姿を消した。
「頼んだぞ……二人共」
ヴァレリは祈るように胸元に片手を置くと、体の力を抜くようにして深く息を吐く。そして目を開くと同時に、その手に槍を顕現させる。
「では──テレシアよ、支度を」
『あいな』
ヴァレリの一声で、テレシアはその身を巨獣化させた。それを確認したヴァレリは、テレシアの背に乗ると、レイチェルへと手を伸ばした。
「行くぞ、レイチェル」
『イエス、ヴァレリ』
ヴァレリの手に捕まり、その背に乗ったレイチェル。一同の視線は、青年と男が消え去った暗闇へと向かう。
「──近ェな、仕掛けるかい?」
「無論だ」
ヴルムが語りかけると同時に、ルエインは剣を振りかざす。その時──
『キュィィイイイイッ‼︎』
「──! チッ……」
空を駆っていた鳥型の機動兵が、超高周波で警戒の声を上げれば、サーチライトは一斉に二人の姿を闇夜に曝し上げた。
「拾式・神葬虎月」
ルエインは構わずに、剣を振るった。巨大な三日月状の刃が無数に蜘蛛の形を成した機動兵の四肢を襲う。
『ヴヴヴ……』
しかし、その蜘蛛も頭部のエッジをカチカチと鳴らすと、その間で雷球をバチバチと迸らせたかと思うと、それを波状に解き放って応戦した。
弧状の刃と雷とが接触すると、凄まじい電流が大気へ飛び散った。
「だが──遅い」
一つの刃がくるくると回り、蜘蛛の片側の脚を根刮ぎ刈り取っていく。ルエインが目前に来た雷をその刀で払い除けた直後、
「そいつをやりてェところだが──まずは後ろからだなァ?」
ヴルムは、言い終えるや否やその身を炎で包み込んだ。
「何を──」
「ウルァアアアアッ‼︎」
「クッ……」
ルエインはその周囲が歪むほど熱気に当てられ、その身を引いて距離を取った。ルエインのいた背後……ヴルムの目前には、両の腕を振り上げて、ハンマーのように拳を振り下ろさんとする猿人型の機動兵がいた。
『洒落臭ェッ‼︎』
炎を吹き飛ばす程の圧で放たれた拳は、正確にその機動兵の顎部を捉えていた。
「あれは……」
炎の繭から解き放たれたヴルムの体は逆立つ赤色の鱗に覆われていた。それだけではない。その身は人の原型を留めつつも、人からかけ離れた風体をしていた。
二対の凡そ空を駆る為とは思えないような細長い竜翼。何より特筆すべきはその体の大きさだった。
ルエインがその猿人型の機動兵の手程の大きさであったが、ヴルムはそれと同程度の体躯にまで巨大化していたのだ。
空間が歪む程の高熱を有した拳で触れた部分はひしゃげ、溶解していく。バチバチと内部から漏電していた機動兵はそのまま仰け反り、拳を振り下ろす事もなく立ち尽くしていた。
『ついでだァ、もう一本……もらっとけェッ!』
その頭部を掴み上げたヴルムは、地面に激しく打ち付けた。土煙と同時に豪炎と大熱波が周囲に広がり、終には大爆発を起こした。
「クッ……無茶苦茶な奴だ……」
闇夜に潜んでいた景色は、一気に黄金色の炎で彩られていく。斯くして、開戦の狼煙は上がった。




