表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/99

第三十三話 ー裏切り②ー

 一方で、ヴァレリに連れられた一同は、螺旋階段を降りていた。カツ、カツと一定のリズムが不揃いな足並みで多重に重なって響く中、スティリアが口を開く。


「下に行くほど暖かいのね。これがこの国の貴族特権かしら?」

「……」


 問いかけども、ヴァレリは答えない。スティリアは下唇を噛んで黙り込み、皆々と同じようにして目が回るような階段を降りていく。そんな中──


「逃げようと考えているなら無駄じゃ。魔法も使えぬじゃろう? その手枷はその血の持つ力を狂わせる力を有しておる。我が帝国のみが持つける最高の魔道具マジックアイテムじゃからな」

「……どうして、こんな事するの?」


 語り出したヴァレリに、スティリアが問いかける。しかし、ヴァレリは再び黙り込んだ。


「答えて、ヴァレリ」

「…………分からぬ」


 ヴァレリは強い口調でそう告げる。


「……目的はなんだ?」

「……分からぬ。わっちにも皆目検討が付かぬのじゃ」


 ルエインの言葉に振り返り、そう語るヴァレリ。その表情は少しの曇りもなく、発言に裏がない事を証明していた。


「皇帝とはどういう存在だ」

「……遥か昔にこの帝国を建国してべておられる御方おかたであり、我らが血鬼族カーミラ真祖しんそである。そして、皇帝に逆らえる者もおらぬ」


 つらつらと述べていくカーミラに、ルエインは眉をひそめる。


「そんなヤツが俺たちに何の用だ?」

「すまぬが、わっちも何も知らぬのじゃて。だが──」


 言いかけて、ヴァレリは振り向く。艶麗えんれいな女は、揺るぎない目で一同を見た。


「皇帝陛下とは絶対に目を合わせてはならぬ……」

「それって……誘惑テンプテーションの事?」


 首を左右に振ったヴァレリは、再び足元に視線を落とし、階段を降りる。


「そんな……生易なましいものではない。あれは──もっと恐ろしいものだ」

「ヴァレリ……」


 スティリアが最後に名を呼び、会話は終わった。一同は螺旋階段を降り、赤レンガで作られた長い通路に出る。暗闇の中を蝋燭のみが照らしており、赤い絨毯が続いている。


「これより先は、陛下の許しなく口を開いてはならぬ。不用意な発言は身を滅ぼすと心するのじゃ」

「…………」


 ルエイン達はおろか、トゥーラですらも息を呑む。一行は沈黙のまま進み、靴音だけが発言を許されていた。

 先頭を歩くヴァレリですら冷や汗を流しており、その顔には緊張が走っている。


 ──やがて、大扉が現れた。その赤い扉は絢爛な装飾が施されており、皇帝の持つ権威をありありと一同に知らしめた。

 一同が固唾を飲んだ事を知ってか知らずか。ヴァレリは、大扉隙間に体を霧化させて入り込んだ。


「──!」


 驚く一同。しかし、ガチリと何かが噛み合ったような音が響くと同時に、ヴァレリは戻った。ガリガリと音を鳴らし、大扉は奥手へと開いていく。扉の奥は薄明かりのみで照らされており、一同の顔も、同時に引き締まった。


 大扉がその動きを止めると同時に、ヴァレリは歩き出す。それに追従していくスティリア、レイチェル……帝国の人間であるトゥーラですらも、部屋に足を踏み入れたと同時に顔色が一気に悪くなる。


「まずは我が帝国兵に代わり、竜を討ち果たした事──よくやったとねぎらうべきか……。一先ず、よく来た、ギルドに組する共和国の者達よ。ヴァレリよ、枷を解いてやれ」

「……御意ぎょいに」


 ヴァレリは鍵を取り出し、スティリア、レイチェル、ルエインの順に手枷を外していった。

 ルエインが手を閉じたり広げたりした時。


「もっとちこう寄れ」

「──!」


 堂々と歩くヴァレリに対して、ルエインを除く面々はフラフラとした足取りで前へ前へと歩き出し、跪いた。ヴァレリも同様に跪く。


わらわ支配者の誘惑サブラージが効かぬのか……面白い。お前に発言を許そう」

「……検討はつくがえて尋ねよう。何者だ?」


 堂々と歩み寄ってきたルエインの問いかけに「クックック……」と引き気味に笑う女。バサリと何かを開いた音がしたかと思うと、おびただしい量の蝋燭が石造りの壁に掛けられており、それらが室内を照らし出した。

 暗闇に目を慣らしていたルエインは、目元を腕で覆う。その腕を払えば、最初に目に映るのは巨大な赤い布。黒のフリル、白いブラウス。それらは服だった。巨大な美女がいた。ヴァレリ同様に艶麗であるが、その虫ケラを見るような凄まじい威圧感に、ルエインは圧倒された。

 ……果たして、女は手に持っていた絢爛豪華な巨大な扇を畳むと、血のように紅い口をいびつゆがませた。


わらわはこのフォフキマノフ帝国の始皇帝だ。名は……そうだな。共和国の言葉で言うのであれば、スカーレット・ミラージュと呼ばれておる」

「そうか……。それで、こんな仰々しい迎えまでして……俺たちに何の用がある?」


 ルエインが尋ねれば、皇帝はやはり笑っていた。口元を歪めたそのスカーレットと名乗った巨体の美女は、ルエインへと興味深そうな視線を送っていた。


「……不躾ぶしつけだが嫌いではない。ほうわらわに仕えぬか? 地位や名誉、何でも思うがままに用意してやる」

「断る。俺は──」

「承諾以外の言葉を聞く気などない。承諾せぬと言うのならば……」


 チラリ、と眼下にいる者達を見つめたスカーレット。スティリアやレイチェル、トゥーラ達は立ち上がると同時に、少女二人が首を絞め合い、青年は額に銃口を当てた。


「──!」

「陛下ッ!」

「お前に発言を許した覚えはない、ヴァレリウス」


 ギロリと睨む目が、突如金色から色褪せ、紅い色となる。それを見たルエインは、「まさか……」と声を漏らした。


魔人族ケイオス、か……?」

「……アレらと比べてもらっては困る」

「……陛下?」


 スカーレットがスッと目の色を金色に戻すと同時に、スティリア達はぺたりと座り込む。


「何をした?」

「……この者たちはわらわ傀儡くぐつとなっておる。其方そなたが解放を望むと言うのならば、わらわやぶさかではないが……?」


 含みのある物言いに対してルエインは寸秒の後、


「いいだろう。一つだけ要求を呑む、のならば」


 承諾の意を示した。女帝は笑う。


「永劫でも構わぬが……まあ良い。劣勢に於いても引かぬ、媚びぬ姿勢は嫌いではない。それに──」


 女帝はニヤリと笑って、言葉を続ける。


ほうに任せるべき案件はその一つこそが全てだ」

「……なんだ?」


 ルエインが尋ねると、女帝は片方の手でキセルを取り出し、先端を近くの木箱に突っ込む。枯れ草のような葉を中に入れ込み、蝋燭へ運んで炙り出したスカーレットはキセルをくわえ込み、煙を吐きながら口を開く。


其方そなたがやるべき事はただ一つ。王国への侵略だ」

「……!」


 口角を釣り上げ、愉快そうに目を細めた女帝の言葉は、ルエインやヴァレリを驚かせるには十分な衝撃力があった。

 言葉を失う一同だったが、その時──


『お? これで良いのだな?』

『わっ! 叩かないで下さいっス!』


 ボンボン、と音を立てながら、レイチェルの胸元から音が響く。スカーレットは不快そうに眉をひそめ、ルエイン達はハッとしたように黒髪の少女へと視線を送った。


『聞こえるかね、ルエイン君。わたしだ、レオニールだ』

「大統領、か……」

「ほう……」


 ルエインがそう言うや否や、女帝はその巨腕を動かし、小さな黒髪の少女を掴み上げた。


「誰の許可を得て発言しておる?」

『……フォルキマノフ帝国の皇帝陛下ですかな? 我輩、フルース=レグヴェル共和国の──」

「前置きは良い。喋るのなら要件を言え、其方そちの世話にはなったがその名前など毛程も興味がない」


 冷静にそう告げる女帝の言葉に、レオニールは少し言葉を詰まらせた。しかし、


『……貴国と同盟を結びたい。それが要件ですな』

「ほう……頑なに拒んでおったのは其方そちの国であったと記憶しているが? しかし……わらわ達がそれを呑んで得となる事が無いのでは話にならぬ。同盟の内容を述べる事を許可しよう」


 ルエインが何かを言おうとした時、スカーレットは鋭い視線でその言葉を飲み込ませた。その目は発言する事を許さないと、明らかに目だけで伝えていた。

 スカーレットがキセルを吸う中、電子音混じりのアルトボイスは、慎重に言葉を選ぶように少し唸ると、


『我々は戦力の提供、帝国からは物資を供給する同盟を結びたい』


 内容を告げた。どこか不思議そうにその眉間にしわを寄せた女帝は、紫煙を吐き出しながら口を動かす。


「……代替わり、か? よく聞けば前の者と声が違う気がしないでもない。名を聞こう」

『レオニール・ハルマイン、ですな。先代から皇帝陛下のお噂は予々かねがね……なんでもこの世に二人と並ぶ者のないお美しい方だとか』


 レオニールがそう語るも、女帝の顔色は少しの緩みも見せなかった。


「世辞は良い。そうだな、同盟は結んでやろう。ただし──」


 女帝はその拳で掴んでいたレイチェルから視線を移すと、ルエインへと留める。


「貴様のところに所属している青年を一人、譲り渡して貰おうか」

『──ッ! ギルド員は我が国の宝。皇帝陛下の頼みと言えども……』


 レオニールが言い淀むと、スカーレットは鼻を鳴らす。


「突然の同盟の申し出……断られて困るのは其方そちであろう? 目的がどうであれ、わらわを容易くぎょせるなどとは見縊みくびらぬ事だ、若き指導者よ」

『ぐむ……』


 レオニールは完全に口上の話し合いで負けた。スカーレットはニヤリと笑い、キセルを吸い終えたのか、金属製の巨大な壺に打ち付け、火種を吹き飛ばした。


「呑めぬというなら話は以上だ。この小娘も始末して、その耳障りな声を今すぐ掻き消す事もわらわとしてもやぶさかでは──」

『──待った! いいでしょう。ルエイン君の身柄とその籍……フォルキマノフ帝国へ譲渡致す事、約束しまする。ただし、一時的で無ければ呑めませぬ』

「──なッ⁉︎」


 ルエインとヴァレリは同時に声を上げた。冗談だろうと続くはずの口は、


わらわ見縊みくびっておるのか? それとも何か我が国の国益と成り得るものでも持っておるのか?」


 女帝の怒気を含ませた声で遮られた。機械越しのレオニールは一息ついた声を響かせる。


此度こたびの竜王討伐に貢献したルエイン君達を、国の君主であられる貴女様がお気に召すのは自由であるが……少々強引が過ぎませんかな?』

「……わらわに意見する気か?」


 殺意すら込められた低音。ドスの効いたその声にレオニールは、


『竜王の特性は氷と風……ともすれば、広大な領土を持ちつつも、生命の生きられる土地が僅かであるフォルキマノフ帝国は大打撃を受けた事は自明の理。加えて、貴国の領土は元々凍土に覆われた土地ばかりで、人の住める土地が限られている。ルエイン君を欲するのは──自国の領土を広げるべく、アレキサンドロス王国へ侵攻を開始する戦力を欲しているからと我輩は考えている』

「──!」


 レオニールの言葉に、ルエインが目を見開いて、ある人物を見た。スティリアだ。当然女帝の支配下にある少女は、話を聞いてなどいない。焦点の定まらない目で虚空を見つめるばかりだった。


「…………面白い冗談だ。喋る事を許可しよう」

『では、僭越せんえつながら……』


  レオニールは固唾を呑んで呼吸を整えた。姿が見えずとも、緊張感が伝わってくる。


『失礼ながら今でなくとも遥か先の未来──貴国が我が国に牙を剥く可能性も一国の指導者としては、視野に入れていまする。つまり、我が国に手を出さぬ、一度のみの同盟でなければその要求は呑めないという我輩達の条件。聡明そうめいな皇帝陛下ならば、ご理解頂けるかと思いますが……如何いかに?』


 沈黙が続く。くして、女帝は笑った。


「クックック…………交渉は成立した。つたない外交であったが、若人わこうどの努力に免じて許してやろう。しかし……無闇矢鱈むやみやたらと他国の内情を指摘して切り込むやり方は利口ではない」

『お戯れを……先に試されたのは皇帝陛下ではありませぬか』


 レオニールの言葉に、スカーレットは愉快そうに口角を上げた。


「なるほど……伊達に国を背負っておる訳ではない、という事か。我が国と同様に、砂漠などという痩せた土地を持つ故に今まで興味など無かったが──其方そなたがおるのならば、攻め入ってみるも一興か?」

『……その場合、双方守るべき民が疲弊ひへいするのみです。戦争は戯れで起こすものではありませぬ』


 レオニールのブレない声色で放たれた言葉。スカーレットは鼻を鳴らして笑い飛ばす。


「それこそ戯れだ。世迷言を言うてみたい時期もあろう?」

『貴女様ほど長い月日を生きてはおりませぬので、冗談についていけず申し訳ない……』


 レオニールがそう言うと、女帝は「クフッ」とヴァレリと似たような笑いをする。


「良かろう、気に入った。腰の低さはさておき、大胆さはなかなかわらわの好みである。同盟の件も……わらわの見立てでは目的も我が国と同じなのだろう?」

「──⁉︎ どういう、事だ……?」


 ルエインが尋ねかけると、レオニールは口籠った。しかし深呼吸をした後に、


『戦争をしたい訳ではないが──宣戦布告を掛けられるかの瀬戸際である。疲弊した我が国だけでは心許ないのだ』

「……皇帝よ」


 レオニールの言葉を聞いたルエインは、女帝へと尋ねかける。巨大な美女は、「なんだ?」と先ほどと比べれば柔らかい声で返事をした。


「スティリアと話をしたい。術を解除してほしい」

「では……今、ここでわらわに忠誠を誓え。我が軍門に下る事、王国へ侵略する我が騎士、我が刃、我が駒となる事を。」


 ルエインの要求に、スカーレットはただ頷きはしなかった。女帝がパチリと指を鳴らすと、柱の陰から人が出てきた。


「お偉いさんの話はどうも長くていけねぇ。退屈すぎて寝ちまうところだったぜ」

『ルエイン!』

「テレシア……⁉︎」

「ヴルムよ。例のモノを」


 女帝がそう言うと、ヴルムは小動物をルエインへ向かって投げ捨てた。


『うぁっぷ⁉︎』

「テレシア、無事か?」

『んぁー、お風呂まで入れてもらえたで』


 ルエインがそれを受け止めるや否や、中年男のヴルムは、両の手に火の玉を作り上げた。それらを合わせ、圧縮し──その火の玉はやがて黄金色の宝石となった。


「ほらよォ」

「……なんだ、これは?」


 再び投げ渡されたものに、ルエインは疑問を言葉にする。ヴルムが「あっはァ」と笑うと、皇帝はニヤリと笑った。


「契約の石だ。それを飲んだ者が契約を履行りこうできなかった場合、死に至らしめる業火となる竜人族の儀である」

「まァー、そういうこったァ。守れりゃなーんもねぇよ、そんなの。言葉は既に掘った、竜の血に誓って、内容は今のまんまだぜェ?」


 二人の言葉を聞いて、ルエインは石を見つめる。テレシアは心配そうに腕の中から青年の顔を見上げた。


『アイツ言葉遣い悪いし粗雑な性格やけど、悪人やないのはウチが保証したる。ほんまに、やるんか……?』

「答えは決まっているだろうが……わらわは利用価値のない者を生かさぬ性質たちだ」

「……性質たちの悪い奴だ」


 ゴクリと、言い終えると同時に。ルエインは石を飲んだ。女帝は満足げに笑う。


『ほーか……ほな、ウチも手ぇ貸すわ。アンタだけに悪い思いさせられへん』

「……いつも済まないな」


 ルエインが言うと、テレシアは「言いっこなしやで」と寂しげに微笑を浮かべた。


「その忠誠心に免じて、我が支配を解こう。そして……わらわの満足する結果を生むこと、期待しておるぞ?」

「……ああ」


 ルエインは、小さく頷いた。冷や汗を掻いてはいるが、その表情はどこか暗かった。


 スティリアやレイチェル、トゥーラをふらりと立ちくらみを起こしたが如く膝をつき、我に帰った。


「あれ、ここは……」

『……解、無し。原因不明のエラー』

「オレは、確か皇帝陛下と謁見を……?」


 状況を把握できず、混乱している一同。やや微睡んだ様子の残る藍色の髪の少女を見たルエインの表情は、更に曇っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ