第三十一話 ー強さの代償②ー
「スティア、もういい! やめるんだッ」
「……!」
『これ以上は魔法が暴発してまう! もしそうなったら街が保たんでッ!」
明らかなオーバーキルだった。既に蠍は灰と化し、既に光の剣は雪面に穴を穿つばかり。スティリアは……虚ろな目をしたまま魔法を継続していた。
「いや……たす、け、て…………」
「──! スティア!」
目から一筋の雫を垂らして、微かな声でスティリアがそう呟いた。ルエインがその細腕を掴んで体を揺さぶるも、後に返事は続かない。厚手の外套がハラリと落ちるだけで、魔法も止まる事がなかった。そんな時──
『ルエインさん! 聞こえるっスか⁉︎』
「その声は──マルクか……⁉︎」
暗い表情で歩み寄ってきたレイチェルの胸元から、業突く張りの商人の声が響く。しかし、その声はいつものようなお気楽さは無く、声色にどこか緊迫感があった。
『レイチェルに頼まれてギルドマスターが伏せてた文献のめぼしい所を漁ったんスけど──黒石の天宝族は魔力暴走を果たすと魔人族になってしまうっス!」
「なん……じゃとぉ⁉︎」
ヴァレリの声が響く中、マルクは切迫感ある語り口調のまま、続ける。
「閃光の戦乙女とまで呼ばれたロタという戦神族が一線を退いた理由もそこにあったっスよ! 槍を置いた事も友人である天宝族を、彼女が手に掛けた事が原因みたいっス‼︎』
「ロタが……そうか──、 ならば本来その為の……」
ルエインはスティリアの華奢な体を抱き寄せ、子をあやすかの如く頭を優しく撫でた。
「神装真器……!」
ルエインの体から溢れた白い光が、スティリアの体の表面に触れては、その中へと吸い込まれていく。その単語を聞いたテレシアは、血相を変えた。
「──無茶や! アンタも神力ほとんど残してへんやろッ!』
「それでも……やらねば、ならないッ」
ルエインは歯を食いしばり、光の粒子を放出して細身の少女へ纏わせていく。
「いやぁああああッ‼︎」
「クッ……」
少女の体から黒い電流がバチバチと走り、ルエインの体を焦がしていく。そして──光の剣は青年へとその矛先を向けた。
『やらせるかいな! ヴァレリッ!』
「む……! そうじゃな」
二人の様子をぼうっと見ていたヴァレリは、障壁の壁を更に分厚くしていく。パキパキと上へ上へと覆い尽くすようにその不透明度を上げたと同時に、光の剣は動き出した。
「なんという衝撃じゃ……覆っても覆ってもキリがない。先にわっちの魔力が枯渇してしまうわい」
『なんとかならんのかいな⁉︎』
「このまま行けば……」
光の剣はまだまだ余力を残していた。生まれては鋭く牙を剥く。テレシアは「埒があかん!」と声を荒げると、ルエインとテレシアへと駆け寄る。
『しゃんとせんか! 今やアンタだけが頼りや!』
「分かって、いる……」
ルエインの脚部から、パキッと小気味良い音が響く。それと同時にルエインは膝をついた。
『反動か……ウチの神力も持ってけや! 獣爪術──聖天大星ッ!」
テレシアは跳躍して二人の頭上へ行くと、その小柄な身から閃光を放ち、淡い霧のような粒子をスティリアへと送り込んだ。
「早く、戻ってこい……スティア!」
「わたしの、中から……出て、行ってッ‼︎」
強い口調で静かにそう言った少女のその目には、褪せてはいるものの輝きが取り戻された。
フッと全ての剣が消えたかと思うと、周囲は木材が燃えている残火のみが、薄明かりで照らしている状況となる。
『止まった……んか?』
「……そのようじゃ」
一人の青年と、一人の少女は……お互いに手を握ったまま白い雪上に倒れた。
「ただ……いま…………」
「…………ああ……」
二人は薄目のまま小さな挨拶を交わすと同時に、そのまま浅く荒い呼吸を繰り返して瞼を閉じてしまう。
『マスター……良かった』
『……レイチェルが安心してるなら問題なさそうやな』
テレシアはホッと一息つくと同時に、ポテッと地面に倒れこむ。
「なんじゃ、オヌシもか……」
『うっさい……空腹や、キツい』
片手を重ねたまま、雪上に倒れ込んでいる二人を見ていたヴァレリは、テレシアに気付くと同時に呆れたようにそう言った。テレシアは箇条書きの文を読み上げるかの如く、短い単語を重ねて返事をする。
「兎にも角にも……一件落着か。ヴァニラとトゥーラは──うむ、戻って来おったか」
雪上をバリバリと踏みしめながら、二人の男女が到着した。
「お姉様、これは……⁉︎」
「うへぇ……これ地下の人ら大丈夫かな」
到着早々に、ヴァニラとトゥーラはそれぞれ思いのままに語り出す。
「うむ……とりあえず女帝への報告義務もあるじゃろうが──」
「心配には及ばない、妾は全てを見ていた」
「──!」
拳大程度の大きさの蝙蝠が音もなく……漆黒の影で形取ったような姿で。たった一つの金色の瞳で、面々を見ながら語りかけてきていた。それは、どこか高圧的な声色だったが、妖艶さも兼ね備えていた。
ヴァレリとヴァニラはすかさず跪き、トゥーラもやや遅れて続く。レイチェルは警戒を解かぬままに、ルエインやスティリアの前で両手を広げて、立ち塞がる。
黒い蝙蝠は、猫目のような縦割れした虹彩を細め、裂けてできたような口元を歪ませて、ニヤリと笑った。
「クックック……そう警戒せずとも良い。仮にも我が帝国に仇為す不届き者めを、妾の配下に代わり屠った者共。悪いようにはせぬ」
『…………』
黒髪の少女が冷や汗を垂らしながらジッと見つめ返していると、見かねたようにヴァレリが口を開いた。
「皇帝陛下に於かれましてはご息災のご様子で何よりで御座います。……畏れ多くも申し上げますが、彼等は異国にその身を置く者に御座いまする。此度の竜王めの討伐に一役買ったとは言え──」
「前口上は良い」
切り捨てるように。鋭く尖った高圧的な声で、蝙蝠は言葉を紡いだ。
「妾は豪傑なる者を好む。無碍な扱いをせぬ事──皇帝の中の下に約束しよう」
「はっ……格別な御配慮、痛み入りまする。彼等に就きましては我が国で治療を施して後、フルース=レグヴェル共和国へ帰国する処置を取る許しを請いたく提言させて頂きたいのですが──」
ヴァレリが言い切るよりも早く。目を細め、フンッと不機嫌そうに鼻を鳴らした蝙蝠は、くるりと身を翻した。
「其方は妾に対しての言い回しが諄い。常の口振りの方がよっぽど好感が持てると言うもの。じゃが──妾への忠誠の表れであると目を瞑ろう。
影の中へと紛れると、そのまま闇に溶け込み消え去った。
「ふう……時折、あのようにして覗き見られるから気が抜けぬわい」
「今のが、皇帝陛下なのですか?」
トゥーラが兢々とした具合に腰低くヴァレリに尋ねると、ヴァニラが「馬鹿ッ!」とその頭を叩く。
「たった今、お姿を表したのは皇帝陛下の体の一部であって、陛下の御身そのものではないのです! 貴方のような新参の二等兵がお目に掛かれる事がないとは言え、詮索するのは無礼ですよ!」
「言ってしもうとるがのう」
ヴァニラが涙目になって頭を押さえているトゥーラへがなり立てていると、ヴァレリがボソリと口を挟んだ。ヴァニラはキッとあくびを一つ掻いているヴァレリを睨みつけた。
「お姉様も──」
「よいよい、後で聞く。それよりも機兵族の少女の手伝いが先じゃて」
ヒステリックに喚き散らそうとしたヴァニラに、ヒラヒラと手振りをしたヴァレリはその足で凍りついた大地を踏みしめながら……ルエインとスティリアの二人を抱えようと小さな体で奮闘しているレイチェルの元へと歩み寄る。
「手を貸そう、レイチェルよ」
『……お礼を述べます、ヴァレリ』
うーむと後頭部を掻きながら──ヴァレリはスティリアの肩を持つ。
「ほれ、トゥーラよ。オヌシもハロルドを早よ運べい」
「い、イエス・サー!」
一同は雲が晴れた夕焼けの下、帝都の奥を目指した。
***
薄暗い部屋。金装飾が煌びやかで絢爛な室内は、怪しく光るばかりだった。そんな中、赤と黒のドレスを身に纏った巨大な美女の、くり抜かれた瞼の奥へと向かって、先ほどヴァレリと会話をしていた蝙蝠が舞い戻ると、そのままするりとその空洞へ入り込んだ。
グルグルと金色の目が回転し、女性が数回瞬きをすると、焦点が合うようになったのか。その美女は満足げに巨大な口元を歪ませる。
「よーう。一大事っつーからたった今、帰ったぜスカーレットォ。オレ様の仕事っつーのはなんだ? 戦争か?」
バンっと扉を蹴破り、何の遠慮もなくズカズカと歩み寄るどこかダンディズムな男。厚手の布を体に巻いて衣類としている。古代の学者のようにしっかりとした見た目とは裏腹に、プカーッと煙草をふかしながら、桃色の跳ねた髪をガシガシと掻き乱すその姿にはモラルやマナーというの類いの気遣いなど一切なかった。
スカーレットと呼ばれた巨人の女は、懐かしそうに目を細めた。
「フフフ……やはり妾は其方ぐらい砕けている奴の方が好感を持てるぞ、ヴルムよ」
歪んだ笑みで妖しく微笑む巨大な美女の言葉を、ヴルムと呼ばれた男は鼻で笑い飛ばす。
「よせよ気色悪ぃ。オレ様はただの傭兵だし、恋慕の類は命を落とす引き金の一つだ。そんなもんと触れ合う機会なんざ御免被りたいもんだね」
「何を勘違いしているのか皆目見当が付かぬが……まあ、よい。捨て置こう」
やれやれと肘掛けを開き、巨大なキセルを取り出し、ヴルムへとその先を差し出す。すると彼はフッと息を吐くと同時に、火炎を吐き出して見せる。火の灯されたキセルを片手で吸い上げる皇帝は、ヴルムとは比較にならない程の紫煙を燻らせ、室内に撒き散らしていく。ヴルムはクンクンと鼻を働かせ、その煙の臭いを嗅ぎとった。
「やっぱいいモン吸ってんなぁ、おい。……んで、結局要件はなんなんだよ。里帰りして西の大陸まで行ってたオレ様呼び出すなんてよっぽどじゃねえか」
「フゥー…………」
急かすようにヴルムが尋ねると、スカーレットは長く息を吐き出し、口から溢れた煙で広間を満たす。チラリと眼下にいるアリのように小さな人物をその目に映したスカーレットは、ゆっくりと目を閉じた。
「一つは済んだ事。お前と同じ竜が大暴れしとった事だが今となってはそれは良い」
「んだよ、つまんねぇな。無駄足じゃねえか」
悪態をつくその姿は、見た目こそ背格好の良い中年そのものだが、当然竜などではない。しかし、ヴルムは煙草をチリチリと吸い上げフィルター近くまで火種がくると、煙と同時に炎を吐き出して、手に持っていた吸い殻となる予定だった全てを燃やし尽くした。
スカーレットは再びキセルへ口をつけると、少しばかり頰を膨らませ、煙を吐きながら口を開いた。
「焦るでない、ヴルムよ。面白いモノが手に入った。お前も戻ってきた事だ。もうすぐだ……次期に、お前が期待している戦争が始められる」
「へえ……そいつぁ、面白そうだ」
ヴルムは新しい煙草を取り出して咥えると、右手で握りしめる。指の隙間が燻ったかと思うと、手を離せばまるで魔法の如く煙が立ち上り、赤々と光る火種が出来上がっている。
「クックック……」
暗闇の中で一際明るい火の光が、二人の男女の嬉しそうな笑みを照らしていた。




