第十二話 真紅(しんく)の龍
山道を急ぐ。後ろを歩く佐保の息遣いが荒くなっているのを感じながら、立ち止まって休む事など出来ない状況になっていた。聞こえるのだ。まだ小さいが、何かを叫ぶ声が薫には聞こえているのだ。
「佐保、もう少しこのまま急げるか?」
「……?何を慌てているのですか…?」
布で頭を隠している分音が聞こえにくい佐保には、まだその声は届いていないようだった。しかし薫の表情を見た佐保は不安に駆られる。もしや、と立ち止まる。
「振り向くな!!進め!!」
突然の怒鳴り声に佐保は固まる。薫はそんな佐保の手を乱暴に掴むと早足で木々の間を縫う。焦るなと自身に言い聞かせながら、それでも近付いてくる声に焦りは募る一方だった。
「か、薫様っい、痛いっ…!」
その声にハッとし足を緩める薫。振り向くと足を怪我している佐保が、苦しそうに肩で息をしている。
「…!すまない、怪我を負わせてしまった…!」
「い、いえ…!いいん、です…!すみ、ません、私が…!足手まといで…!」
「そんな事…!それより、まだ進めるか?この先にある崖を登り、川を渡りたい。」
「は、はい…!」
汗を拭い、不安げに返事をする佐保。
「貴様ら、止まれ!!」
突如聞こえた怒声に、2人は息が止まる。佐保は振り向いた。その拍子に頭を覆っていた布が音もなく落ちていく。
「っ…!佐保!止まってはいけない!進め!絶対に守るから!!進め!」
佐保を庇うように立ちそう叫ぶ。そして佐保の背中を無理やり押しながら足場の悪い山道を急ぐ。目の前の崖に戸惑う佐保に肩を貸す。
「か、薫様!貴方は大丈夫なのですか!」
心配そうな佐保の声。薫は真っ直ぐに佐保を見る。
「俺は大丈夫だ。だから止まるな!ここを抜けたら少し開けた所に出る!そこまで止まるな、俺もすぐに行く!」
そう言った薫の言葉に力強く頷くと佐保は駆けて行った。佐保の姿が見えなくなった頃、薫の元に追いついた五人の武士達へ刃を向ける。
「さて…まずは五人、か。とっとと済ますぞ!」
漆黒の刃がギラリと光る。崖を背に薫は武士達からの攻撃を躱す。鎧を着ている彼らへ刃が届くのは限られた数カ所。五人を相手にしている以上、一人一人に集中している余裕はなかった。駆けてくる一人の武士。
「見えた…!まず、一人!!」
上がった腕、脇へ目掛けて一突き。すぐさまもう一本の刀を抜き、喉へ突き刺した。血が飛び散る中、刺した武士を他の武士達へ向かって蹴り飛ばす。それと同時に抜き去った刀で別の武士に突き刺した。その様子に怯える彼らの前で、刀に付いた血を払う。
「こ、この動き…!まさか貴様、黒色の蝶…!?」
「なっなんだと…!?だが奴は死んだんじゃ…!」
その言葉に一瞬動きを止める薫。
「あんたら、知ってるんだな、あの人の事。残念ながら俺は黒色の蝶ではない。だが…!その名を汚す事は出来ないんだ!」
目を見開き座り込む武士達へ刀を振り下ろす。その流れる様な動作に武士達は見惚れた。
「真紅の…龍…。」
鈍い音を立て、首が転がる。
「お前達に…主人に反抗する勇気があればな。」
返り血を拭い、崖を見上げる。追っ手がこの五人だけだという事は無いだろう。薫は崖を登りにくいよう足場を悪くしながら佐保の元へと急いだ。
「薫様…!!」
「佐保…!怪我はないか…!?大丈夫か!?」
いつも自分より佐保の心配をする薫に、涙が出そうになるのを堪えながら佐保は大きく頷く。
「傍に、傍に居ろと言ったのは薫様です…!一人では動くなと言ったのは薫様です!傍に居させてください…!もう、一人は嫌です…!!」
涙を流す佐保。そんな佐保に首を振る薫。
「…危険な目に合わせたくないんだ、分かってくれ…。」
「嫌です!傍に居ます!!」
そう言った佐保の意志は揺らぎようがなかった。小さなため息をつき、薫は佐保の前に出る。そしてこっちだと言い、先へと足を踏み出した。
「もう逃げられんぞ!!」
「抵抗するなら殺す!!貴様ら二人とも、まとめて!!」
背後から聞こえた声に、二人の背筋は凍った。もう逃げられないと悟った。
「…佐保、俺の後ろに居ろ。絶対に、何があってもだ。お前は…俺が守る!」
そう声を掛けると薫は静かに刀を抜いた。
「貴様らの相手は…!この私だ!!!」
追っ手は十人と言ったところか。大丈夫、先程と何も変わらない、そう自身に言い聞かせ大きく息を吐く。そして…踏み込んだ。
負けるわけにはいかなかった。守るものの為、ここで引くわけにはいかなかった。どんな傷も痛みは感じない。自分がどうなろうが知った事か、彼女が…佐保が守れるならばそれで良かった。迫り来る追っ手を次々と薙ぎ倒す。そしてすぐに佐保を庇うように前に立つ。何度も、何度も繰り返す。体は限界に達している。それでも薫は止まる事なく刀を振るい続ける。返り血を浴びて服も髪も赤く、紅く染まる。その姿はまるで…全てを喰らい尽くす真紅の龍のようだった。




