第十一話 一歩
「知らないか?」
声の主の鋭い視線を感じ、薫はゴクリと唾を飲み込む。
「…い、いやぁ……私達に聞かれましても…。そんなに目立ちそうな人達なら、会ったら忘れませんよ…。」
「……そうか、では。」
そう言って声の主が背を向けると、薫は佐保を引っ張って早足で逃げる。
「あぁ、そう言えばな、その女の名は…佐保というのだ。」
二人の足がビタッと止まる。鼓動が早まるのを感じる。
「布を取れ、やましい思いが無ければ直ぐに出来よう。」
二人はゆっくりと声の主に向く。
「薫様…やはり………。」
側で消え入りそうに言う佐保。声の主は小さく笑っている。
「…そのようだな…。」
その薫の返事に、佐保は大きく深呼吸をすると静かに布を取る。
「…っ!やはり…!!貴様ら!!」
声の主が目を見開く。佐保の手は小さく震えていた。
「だとしたら何だ…!お前はそれを知りながら、何も出来ずに殺される!!」
暗闇の中に光る刃。鋭い音と共に流れる様に刀を振るう薫。しかし大きな音を立てて鎧に弾かれる。声の主もすかさず刀を抜き、薫に襲いかかる。
「貴様らはここで俺に殺される…!どうした!その程度か!」
「なめるな…!」
刀を弾かれる薫。追い討ちをかける様に声の主は攻め込む。薫は腰にかけてあるもう一本…春薫に貰った刀を抜いた。漆黒の刃がギラリと光る。
「思い上がるなよ…!黒色の蝶の名を汚させるわけにはいかないんだ!」
薫は声の主が振るった一太刀を刀で受け流すとそのまま間合いを詰め、喉元に刃を立てる。
「…お前が主人に反抗出来るだけの勇気を持っていたらな。」
鈍い音と共に、声の主の手からは刀が落ちる。ダラリと降ろされた両手には血が流れ落ちる。
「……我が屋敷……の…力…甘く…見る、な…よ…………。」
ガシャンと音を立て、その場に倒れ込む声の主。薫は静かに刀の血を拭うと佐保を向く。
「…嫌なものを見せたな、すまなかったね。」
佐保は小さく首を振ると真っ直ぐに薫を見つめた。
「…行きましょう…!!私達の、明日の為に…!」
そんな佐保に薫は小さく微笑むと、佐保の手を取り早足でその場を後にした。
都の端の門、その下まで辿り着いた時、既に辺りは薄明るくなっていた。佐保の足を気遣いながらも、ようやく都を背に砂利道を歩き出した。
「足元に気を使え、きつくなったらすぐに言ってくれ。あまり無理はしないでくれ、分かったな?」
「有難うございます…でもまだ大丈夫ですっ!」
そう言う佐保の笑顔に薫は小さく微笑んだ。
「新たな一歩、ですね。私にとっては大きな、大きな一歩です!」
「そうだな…。この世界はまだまだ広い、共に見て回ろう。」
その言葉に佐保は笑顔を返した。




