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黄昏の箱庭  作者: 天音凛
第三章・煌~対なる扉、想いの狭間で君を待つ~
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転-1.戸惑い

 ずっと仮面を着けて素顔の分からなかった槐君。

 奈落の民だと思っていたけど、朧さん達のような紅い瞳ではなく、澄んだ若竹色の瞳だ。


「――よくも僕の仮面を……」


 眉をつり上げ煌を真っ直ぐ睨み付ける槐だったが、地面に落ちていた仮面をサッと拾うと、素早く木の上に飛び移る。

 いつもなら煌が真っ先に反応するはずなのだが、ビックリした表情のまま固まってしまっていた。


「槐君!」

「…………」


 ヒナタの呼び掛けにチラッと視線を向け、少し去りがたいような表情をうかべたが、そのままあっという間に槐は森の奥へと姿を消す。


「……マジかよ」

「……」


 すっかり拳の火が消えて唖然としていた煌は、ポツリと呟き、槐が去った方角をいつまでも見つめていた……。



 ***



 ――――朧の屋敷では、仮面が割れて少し経った頃、何かに反応した朧がいた。


「……」


 スッと立ち上がり、目を細めながら静かに畳の上を歩き出す。

 薄暗い部屋をゆっくり移動し障子に近付くと、触れてもいないのに勝手にスルスルと開いていく。

 そのまま縁側まで進むと、何かを探しているように辺りを見回した。

 庭には、屋敷の門に続く一本の道に沿うように、一面彼岸花が咲き誇り、そよ風に吹かれて揺れている。


「……何故……」


 しかし朧は花以外何もない庭に向かってポツリと呟くと、右手を前に出して小さな声で何かを唱える。

 すると空間がフワリと揺らぎ、庭の中に森が現れると、木々のざわめきが聞こえる中、朧はじっと空間を見つめた。


「――――入れ」

「っ!」


 揺らぐ空間から僅かに声が聞こえる。


「――――何故結界の中に入って来れなかった?」


 姿が見えぬ相手に続け様に問いかけると、木の影からゆっくりと槐が姿を現した。

 額からは血が流れ、手には二つに割れた仮面。

 申し訳なさそうな表情をしながら庭に入ると、すぐさま片膝をついて頭を垂れる。


「……申し訳ありません朧様っ!」

「……仮面が、割れてしまったのか――――」


 朧は悲しげな表情で割れた仮面を見下ろすと、スッと手を差し出した。


「仮面を……」

「は、はいっ!」


 差し出された手に慌てて仮面を渡すと、朧はじっと見つめて軽く首を振り、“駄目か……”と呟く。

 そのまま頭を垂れている槐に視線を戻し、また悲しげな表情をうかべる。


「……朧様っ、あの……」

「――槐」

「は、はい!」

「…………お前はここには居られない。すぐにヒナタの傍に行くんだ」

「!?」


 朧の言葉にバッと顔を上げた。

 その表情は悲しみに満ち、今にも泣き出しそうである。


「朧様からお借りしていた仮面を、壊してしまった事にお怒りなのは分かります! ですが、僕は朧様の傍を離れたくありません!」


 槐は朧にすがりつかんばかりに近付くと、深く深く頭を下げるが、朧は首を横に振る。


「お願いです、朧様っ……」

「駄目だ」

「何故ですかっ……僕が人間だと守護者に気付かれたから――――僕が“人間”だから……」

「――――――そうだ、お前が人間だからだ」

「!」


 槐が絶句して顔を上げると、朧の表情はすでにいつもの無表情になっていた。


「……行け。ここには、戻って来るな」

「――っ朧、様っ……」


 きつく閉じた瞳からはついに涙があふれ、地面に一つ、二つと、染みが出来る。


「……っ!」


 頬にも涙が伝うが、歯を食い縛って強く両手を握る。

 そして、振り切るように朧に背中を向けると、森へと続く空間に身を投じ、後ろを振り向く事無く走り去って行った。


「…………。…………?」


 朧は走り去って行った槐の背中を見つめていたが、ふと何かに気付き、自分の手に視線を向ける。


「……槐」


 ――――朧の右手は僅かに上がり、空間へと伸ばされていた。




 ***




「――――つまり、アイツ以外にもこの世界に来て、堕ちていなかった人間がいたという事か」

「……おう」

「……」

「……」


 館の一室に守護者の四人が集っていた。

 昴はカップを持ち上げ、コーヒーを一口飲むと、ボーッと窓の方を見ている煌に目を向ける。


「……確か、新参の奈落だったな」

「……おう」

「……ちゃんと聞いてないな」

「……おう」


 昴の眉間にシワがよると、その様子を見ていた朔が口を開いた。


「先程、ヒナタさんが怪我をしていましたので治しましたが、あの怪我は貴方が原因ですね?」

「……おう」


 氷のような雰囲気に気付かず、上の空のまま同じ返事をした瞬間、蛍の手に鎌が現れて、刃が煌の目の前でギラついた。


「――――――って、な、何だ!? 何で鎌を向けてくんだよ!?」

「ヒナタの怪我、煌なんでしょ? じゃ、切られて」

「な、違っ、いや、――――――俺か?」

「少々火傷していましたので、貴方でしょうねぇ」


 冷や汗をかきながら頭を捻っていたが、朔の言葉に観念したように肩を落とす。


「うっ……悪い……力を加減しなかった」

「だいたいの状況は、さっきの話で察しがつく。だが、力の使い方を間違えれば守る者さえ傷付けてしまう。よく覚えておけ」


 昴の重みある言葉に、気まずそうにしていた煌がゆっくり頷く。


「あぁ……後で謝っとく……」

「その方が良いですね。昴様、今日はもう休みましょう。煌がこの状態ですので、詳しい話は後日でよろしいでしょうか?」

「あぁ、それで構わない」


 話が終わって皆が立ち上がると、煌が何かを思い出してハッとした表情をする。

 そして明らかに別の理由で顔を青くして、冷や汗をかき始めた。

 “この状態で言うのか? いや、言わなかったら、それはそれで殺される”と、ブツブツ言い三人を見る。


「どうした?」


 昴が煌の異常な様子に気付き足を止めると、蛍と朔も何事かと振り向いた。

 煌は降参するかのように、両手を肩の位置まで上げてか細い声を出す。


「結界が張り終わるまでアイツは、俺の……部屋で……寝ます……」


 シーンと静まり返る部屋の中、煌はプルプルと震えて、思考回路が停止した三人を見つめる。


『………………はぁっ!?』


 ぴったりと息が合った三人の声に、煌の緊張感はピークに達して爆発した。


「俺のせいじゃないからな!? 睡蓮が蛍は最初から危ねぇからダメって言ったし!」

「何それ、煌、やっぱ死んで」


 煌の言葉に蛍が顔をひきつらせながら、もう一度鎌を構えて振り回し始める。


「蛍、やりすぎで――――」

「うわぁっ!? 落ち着け蛍! 大丈夫だ! さ、朔が今一番危ないらしいから!」

「何ですって? ……実に正しい。ですが、ムカつくので……蛍、やっちゃって下さい」


 最初は止めようとした朔だったが、煌の言葉に考えを改めて、いい笑顔で許可を出す。


「何でそうなるんだよ! そもそも昴のテリトリー意識が高いせいで、俺しかいなくなったんじゃねぇか!」

「――――蛍、殺れ。許可する」

「ラジャー」

「ギャー!」


 青筋をうかべた昴が命じると、蛍はノリノリで敬礼をし、満面の笑みで鎌を構えて煌に振り下ろした。

 部屋の中は一気に騒がしくなり、廊下まで声が響く。


「……」


 部屋の外には、今まさにノックしようとしたヒナタが固まっていた。


 うん、また後にしようかな。

 今は皆、忙しいみたいだし、ね。

 そうだ……布団は後で朔さんに相談するとして、枕や毛布ぐらいは持って来なきゃ!


 軽く現実逃避をすると、ヒナタはクルリと向きを変え自分の部屋へと向かう。


 一番奥が昴さんの部屋、その隣が私、そのまた隣が部屋を移動して来た朔さんの部屋。

 煌君の部屋はどちらかというと階段に近いかな?

 蛍の部屋は煌君の前だったね。


 それぞれの部屋を通過しながら場所を確認しつつ、自分の部屋の前まで来る。

 しかし、ノブを掴んだヒナタは表情を曇らせた。


 ……駄目だ、気をまぎらわそうとしても考えちゃう。

 槐君大丈夫かな…………。


 溜め息をつきながら“ガチャ”と扉を開けると、風になびくカーテンが目に入る。


 あれ? 帰って来た時は窓は閉まってたのに何で?


 首を傾げながら窓に近付くと、ある事に気が付き足を止めた。

 ――――――窓の縁を伝う赤いモノ。

 それは点々と床にも染みており、部屋の隅へと続く。

 明らかに何かが侵入した気配に、ヒナタが恐る恐るゆっくりと染みを辿って行くと、タンスと壁の間にうずくまって震える人物を見つけた。


「……よかった」

「っ!」


 ヒナタの声に侵入者はビクリと肩を震わせる。

 床には血溜まりができ、服は木の葉と土汚れでひどい格好であったが、ヒナタは構わず震えている体を抱きしめた。


「心配したよ――――――槐君」

「…………うっ、うあぁっ……」

「大丈夫、大丈夫だよ。私、ここに居るよ」


 そう言って、泣いているであろう槐の背中を、ヒナタはいつまでも優しく撫で続けた……。



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