転-8.蕾
ヒナタ達が待つ客間に、睡蓮が朔を伴って入ってきた。
「皆、集まっておるな? 早速で悪いが、昴・蛍・煌の三人には呪詛の解除の為、奈落の民・椿を捜してもらいたい」
睡蓮の言葉に、名を呼ばれた三人は腑に落ちない表情をする。
「だいたいの状況は把握している。しかし、朔とコイツはどうするつもりだ? 呪詛を使って結界の内部に侵入されたら、今の朔では守りきれず、今度こそ連れていかれるぞ」
昴が厳しい視線で睡蓮の後ろにいる朔を見つめたが、朔はその視線を受け止める事なくずっと下を向いていた。
「……それに関しては、使えぬよう我が封じる。だが急ぐのだ。どうやら荻の時同様、破滅の神の力が影響して、我の力だけでは長く抑えきれぬ」
……何だか難しい話になってきた。
私につけられた呪詛は、結界の外から中に侵入するためにつけられたって事だよね。
ん? 今度こそって事は、一回この呪詛が使われて侵入されたって事?
私の知らない間に何かあったのかもしれない。
朔さんもさっきから青ざめて下を向いてるし……。
睡蓮と話し出した三人の傍を離れ、朔の様子をうかがいながら近付こうとしたヒナタの目の前で、朔が慌てて自分の口に手をあてがう。
「っぐ……かはっ!」
「!? 朔さんっ!」
嫌な音をたてて咳き込んだ朔は、そのまま床に膝をつく。
口にあてがった震える手から、真紅の液体がゆっくり滴り落ちた。
朔の異変に凍りついたように動かない昴達とは逆に、全て悟ったように睡蓮が口を開く。
「力の代償が大きすぎた……玉を見つけた今なら、自分が何と引き換えに力を得ていたのか分かるであろう」
「……」
朔は苦し気に呼吸を繰り返し、何も答えない。
そんな朔に昴が近寄り前まで来ると、朔の顎を掴んで上を向かせる。
口から吐き出した血が流れて顎をつたい、昴の手も紅く染まっていった。
「やめて下さい昴さんっ! 朔さんが苦しそうです!」
「少し黙っていろ」
「……っ!」
止めようとしたヒナタに昴は冷たくいい放つ。
無理矢理上を向かせられた朔は、先程より荒い呼吸をしながらも、昴の手をほどく事なくされるがままであった。
「朔、お前の口から聞く。何を代償にした」
「……」
「答えろ! 朔!!」
ビリビリとした空気をはらみながら昴は叫んだ。
……聞きたくない。
だって、昴さんの怒りが普通じゃない。
朔さんは、昴さんが望まない代償を選んでいたんだ……他ならぬ主である昴さんの為に。
「朔、さん……」
とても小さく呟くようなヒナタの声であったが、スッと朔の視線がヒナタに移る。
ヒナタを視界に映した朔は驚く程穏やかに笑い、そのままの表情で昴に視線を戻し、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「――――――命、でございます。昴様…………」
***
あれから予定通り、三人は椿さんを捜しに15分程度で館を出る準備をした。
昴さんは怒りを朔さんにぶつける事はなく、颯爽と身を翻して部屋を後にしていく。
全てを諦めたような顔で笑う朔さん自身が、泣きそうになっていたからかもしれない。
煌君と蛍は何も言えず、振り返らない昴さんを慌てて追いかけていき、ここにはどうすることも出来ない私と、朔さんだけ……睡蓮さんは私の呪詛を一時的に封じた後、部屋を出ていってしまったから。
「朔さん、とりあえず口許の血を……」
ヒナタが前掛けのポケットからハンカチを取り出すと、ポロリと何かが落ちた。
あっ……朔さんの部屋の前に落ちてた万年筆。
誰のか分からないから返せずじまいですっかり忘れてた。
ヒナタが万年筆を拾い上げてポケットに戻そうとすると、その手を朔が止める。
「これは、昴様の万年筆です。どこで……これを……」
「朔さんが熱をだした日に部屋の前に落ちていました。昴さんのだったんですね……じゃあ、帰ってきたら返して――――」
ヒナタの言葉を遮るように朔は首を横に振る。
「いいえ、貴女が返すのだけはやめた方がいいでしょう。その万年筆は昴様がお父様から頂いたとても大事な物。毎日何度もきちんと持っているのを確認するくらいの品なんです」
「……」
「そんな万年筆を無くした事さえ気付かないなんて……」
朔は納得したような表情をして、心配そうにしているヒナタに微笑む。
「私が熱を出した日……貴女が、私の傍にいたあの光景を昴様が見ていらっしゃった……昴様は私より先に気付いていたんですね」
「朔さん、あの、よく分からないですが……?」
訳が分からず首を傾げるヒナタに、朔は目をふせる。
「……いえ、無意識でしょうか」
“それほどまでに、貴方は――――――”
朔さんの悲しげな呟きが小さく聞こえたと同時に、私の胸はせつなく締め付けられるような感覚が広がっていた……。




