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黄昏の箱庭  作者: 天音凛
第二章・朔~秘めたる大華、君に捧ぐ~
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承‐5.赤い誘惑

 一瞬何か別のモノが見えた気がしたんだけど、気のせいかな?

 堕ち人とかの影響で敏感になっているのかもしれない。


 ヒナタは少しだけ手に力を入れて朔の服を掴んだ。

 そんな様子のヒナタに、朔の小さな“クスリ”とした笑いが聞こえる。


「……振り落としたりしませんよ? 昴様の許可なく、貴女を傷付けたり出来ませんからね」


 それは、許可があったらやるって事だよね!?


 ビクビクしながら担がれていると、森が拓けている場所に景色が変わった――しかし……


「これは……」

「?」


 朔が見ている方角とは真逆の景色しかヒナタには見えなかったが、あちらこちらが荒れているのは分かった。

 引っ掻いたような線が地面や木に刻まれており、木にいたっては薙ぎ倒されたりしたのもある。


「もしかして……熊?」

「――ヒナタさんの頭は平和ですね。まったく……熊より怖いモノがあるでしょう」

「……そう、でした」


 呆れたような声と共に、朔はヒナタを地面に降ろした。

 ヒナタが苦笑いしながらゆっくりと朔が見ていた方向を向く――――辺り一面に干されていた昆布が散乱し、そこらじゅうが引っ掻いた線で埋め尽くされていた。


「朔さん、もしかして……また堕ち人ですか?」

「……いえ、異世界の人間が落ちて来たらすぐに分かります。貴女の後は誰もいませんし、普通の人間が長い時間堕ちないでいるのは不可能です」


 じゃあ、いったい誰が――?


 ヒナタが散乱している昆布に近付いた時である――“ザワリ”と空気が震え、次々と昆布が腐敗を始めた。


「えっ……」

「ヒナタさんっ! 私の傍に来なさい!」


 ヒナタが慌てて朔の傍に駆け寄ると、朔はすぐさま自分の背中に促す。

 その合間に、辺り一帯黒い霧が発生し、その中からヒラヒラと椿の花弁が飛んできた。


「……花弁?」


 ヒナタが誘われるように、花弁に触れようとすると、朔は慌ててヒナタの手を掴んだ。

 しかし、ほんの僅かに遅かったようで、花弁に

 触れた部分はうっすらと切れる。


「――っ、痛!」

「危機感が無い人ですね……後で治療して差し上げますから、動かないで下さい」

「は、はい」


 ヒナタの指から紅い血が滲むのを見て、朔の顔が険しく歪む。

 未だに椿の花弁が舞う中、突然女のゆったりした笑い声が辺りに響く。


「うふふ、怪我をさせちゃったかしら? でも……キレイね、ヒナちゃん。紅くて、私とお揃いだわ」

「!」


 この声は……。


 朔が警戒するように少し腰を屈めて辺りを見回す。すると、黒い霧が一斉に晴れ、そこに真っ赤なアメリカンスリーブのドレスを纏った女が現れた。

 ゆっくりとした動作で、ウェーブがかかった栗色の長い髪をかきあげ、こちらに微笑みかけてくる。

 その紅い瞳に映るのはただ一人、朔の背後にいたヒナタだった。


「あら、見えないわ。執事さん、退いてくださらないかしら?」

「生憎ですが、貴女に用はありませんのでこのまま消えて下さい」


 さ、朔さん……言葉は丁寧なはずなのに、最後でかなりキツいよ。

 さすがに椿さんも傷付くんじゃないかな。

 口に指を添えて、悲しげな表情してるし……。


 ヒナタは朔の表情を見るために背中から顔を出す。

 ――あ、何だか呆れた顔された。


「まぁ、“消えろ”だなんて失礼ね。私はただ、ヒナちゃんとお話したいだけなのに……やっと現れた私以外の女の子よ? ずっと、寂しかったの。ねぇ、ヒナちゃん……お話しましょう?」


 椿が笑みを浮かべ、ゆっくりと手を差しのべながら近付こうとすると、朔は威嚇するように懐からナイフを取り出す。


「奈落の民に、寂しいなどという感情があるとは思えませんね。ここから立ち去らないなら、私がお相手致しますよ」

「ふふ……積極的なのね。でもごめんなさい、ダンスの誘いはまた今度にしてくださる? 今日は踊り疲れたから帰るわ……また会いましょう」


 そう言うと椿は赤い唇を妖しく歪め、右手を上げて黒い霧を出現させると、溶け込むように姿を消す。

 霧が晴れた先には椿が一輪落ちているだけであった。


「この場所の荒れは、奈落の民が関係していたようですね……普段は封印に関係ない場所には来ないんですが」


 朔はため息をつきながら、ナイフを懐にしまい込んでヒナタの方を振り向いた。


 うぅっ……朔さんの表情が険しい。

 昴さんの為に用意していた昆布を、全部駄目にされたんだもんね……しかも、椿さんがここに来たのは私が関係してるって思ってるよ。

 ――否定は出来ない。


 ヒナタがうつ向き気味でいると、目の前に手袋を着けた朔の左手が差し出される。

 ゆっくりと顔を上げて朔を見ると、少しだけ眉を下げて複雑そうな表情をしていた。


「朔さん?」

「手を出して下さい……先程切った部分を治療しますから」

「あっ……はい、お願いします」


 ヒナタが差し出された左手に自分の右手をのせると、淡い緑色の光が手を包み込む。


「……っ」

「?」


 光を見つめていたヒナタは、苦し気にしている朔に気付く。

 しかし朔はヒナタと目が合うと、すぐに元の涼しげな表情に戻り手を放す。

 手を見ればすっかり傷は癒え、しっかり治癒されていた。


「朔さん、どこか体調が――」


 ヒナタが言い終わらないうちに、朔は言葉を遮断するかの如く一気に担ぎ上げる。


「問題ありません。帰りましょう」

「わっ!? 急に担がないで下さいっ」

「……」


 朔さん……やっぱり顔色悪いよ。

 そういえば、蛍を治した時も同じような感じだった……やっぱり、治癒ってかなりの力を使うんだ。


 帰り道、朔は言葉を発することなく森を駆け、担がれたヒナタは行きより揺れる視界に不安を抱いていた……。



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