バトルストリート
Ascension
上昇。より高い次元ヘの移行。
現在、日本のプロゲーマーは国内外を問わず活動の場を広げている。
しかし、日本人が世界の舞台で成功するのはまれで、海外の強豪プレイヤーにボコボコにされて悔し涙を浮かべる選手も多い。
そんななか、日本人が輝けるゲームがある。
その名は、バトルストリート。
2045年の現代日本で絶大な支持を誇る2Dの対戦型格闘ゲームだ。
そして、俺――藤田奏はこのゲームのプロとして活動している。
しかし、最近になって少し困ったことになった。
まあ、そこまで大きな問題でもないんだが……。
「藤田さん。脳神経外科的には、あなたの脳の損傷はわずかです。日常生活を送る上ではほとんど問題ないでしょう。しかし、申し上げにくいのですが……。プロゲーマーとして、以前のように非常に高いレベルでのパフォーマンスが戻るかどうかは、まだわかりません」
かかりつけの病院の診察室。
目の前の細身の人間医師が、表情にためらいの色を浮かべそう告げる。
想定していた言葉だ。
いまさら絶望的な気分にはならない。
十分なパフォーマンスを発揮できていないことは、自分が一番よくわかっている。
人間医師の言葉に、俺は「そうですか」とだけ返した。
数ヶ月前、俺は不幸な事故に巻き込まれた。
横断歩道を渡ろうとしている子どもの姿が、目に入った。暴走したトラックが、いまにもその子に突っ込もうとしていた。
のちに聞いた話だが、運転手によると、走っていたのは細い道だったこともあって自動運転機能が働かず、その時はたまたま自分で車を運転していたのだという。
やばい! はねられる!!
そう思った瞬間、とっさに体が動いた。
そのまま子どもを突き飛ばし……覚えているのはそこまでだ。
次に気がついたときには、俺は総合病院の一室のベッドに寝かされていた。
事故の際に頭部を損傷し、1週間も目が覚めずにいたらしい。幸い、子どもは無事だった。
大昔に一斉を風靡したという異世界転生ものの小説のように、転生した先のファンタジー風の異世界で、美少女たちに囲まれて幸せな人生をやり直す……。
そんな甘やかな夢物語が始まるわけもなく。
俺に残されたのは、プロゲーマーとして欠陥のある身体だけだった。
病院を出ると、俺はすぐに無人タクシーに乗り込む。
行き先として自宅の住所をつたえると、車はすぐに走り出した。
車内は空調も効いており、飲み物までついてくる。乗客が快適に過ごせるように配慮されているのだ。
病院の近くには青々とした公園が広がっている。
どこかの親子が笑顔を見せ合う姿が窓の向こうに見えた。
車はそのまま都心方面へと走り続ける。風景の中に次第に高層ビルが増えていく。
建物の外壁や窓ガラスが夕日を反射して輝いている。
工事現場では無数のドローンが飛び交い、巨大なクレーンが鉄骨を運んでいるようすが確認できる。
人間はひとりもいない。工事現場で使用されるAIが建設作業を進めているのだ。
中国では3Dプリンターを用いた建設工事が一般的だ。
紫外線で硬化する樹脂を建材として使用すれば、小さな建物なら建設するのに半日もかからないらしい。
しかし、建築の基準が厳しい日本では、この技術は限定的な用途でしか用いられない。そのため、日本の建築用のロボットはガラパゴス化した独自のアルゴリズムで動いているらしい。
大通りでは暇を持てあました市民たちがあつまって、なにやら大声で主張しているのが目に入った。
近頃SNSなどで話題の、『日本をぶっ壊す』などという過激な発言を繰り返している奴らだろう。
都内の一等地にある自宅のタワーマンションの一室に戻ると、俺はリビングのテーブルに病院からもらった薬の袋をぶん投げて自室に直行した。
ゲーミングチェアに座り、ゲーミングPCのスイッチを入れる。
外出する前よりも部屋がきれいになっていることに気がついた。
アシストロームが掃除してくれたのだ。
彼は直径30センチくらいの円盤状の胴体を持つロボットで、数本の細長いアームを伸ばし、家事全般をサポートしてくれる。
俺にとっては家族であると同時に生活必需品だ。
俺は部屋の隅で大人しく充電しているアシストロームの方に視線をなげて「ありがとう」といった。
「充電終わったら、キッチンの掃除もお願いしていい? あと夕食も2人分。いつもの時間に」
「わかりました。夕食の希望はありますか?」
「なんでもいいよ。簡単にできるやつで」
「わかりました。お掃除を終えたあと、19時に冷蔵庫に入っているもので2人分の夕食を提供しますね」
アシストロームの丸い天板が青く光り、(⩌ˬ⩌)と表示された。
マウスカーソルを操作し『バトルストリート20XX』を立ち上げる。
そのまま流れるようにレバーレスコントローラーを操作し、ランクマッチを開始した。
俺のランクはマスター。一番上のランクだ。しかし、同じマスターランクに割り振られた人たちにも差があり、強さの目安はレートとしてランクとは別の数字で示される。
プロの平均のスコアは1900程度と言われているが、俺の現在のレートは1000~1200のあたりを行ったり来たりといったところ。正直、話にならない。
一旦マスターランクになるとどれだけ連敗を重ねてもランクが下がることはない。この救済システムがなければとっくに降格している。中身を伴わない、名前だけのマスター(達人)だ。
対戦相手とのマッチングが決定し、ゲームがスタートする。
俺の選んだキャラはリンドウ。飛び道具、対空技、突進技、3種類の基本的な必殺技を持つオーソドックスなキャラだ。
リンドウは初心者でも扱いやすい反面、20人以上いる他のキャラたちと比較して尖った部分がなく、はっきり言ってしまうと「弱い」という評価になりがちだ。
しかし、俺はこのキャラが好きだった。
はじめて触ったキャラもこいつだったし、空手や柔道を思わせる日本の武道の道着を身につけた主人公らしい見た目も好きだった。
高レート帯でトッププロたちとしのぎを削っていたときは俺も評価の高いキャラを使っていたが、最近は初心を思い出す意味でもリンドウを選択することが多かった。
――しかし、結果は今日も惨敗。
勝てないのはリンドウが弱いせいじゃない。
反応がワンテンポ遅れてしまうのが致命的だ。
ボタンを叩く手が、大事な局面で引きつったように一瞬動かなくなる。
思考と手の動きが連動していない。
自分の身体じゃないみたいだ。
だから、来ると分かっている相手の行動に反応できない。
簡単な動きくらいはできても、猶予フレームの厳しいコンボを完走することができない。
以前は手の一部のようだったコントローラーが、自分から切り離されてしまったみたいだ。
子どもの頃は毎日一緒にいたのに、成長するにつれて疎遠になってしまった昔の友だちみたいに。
それに、以前は食事をするのも忘れていくらでもゲームができたのに、今では1時間もプレイすれば滅茶苦茶になる。
集中力が切れて、ただでさえひどいパフォーマンスがさらにひどくなるのだ。
満足に練習をすることさえできない。
でも、俺にはゲームしかない。
昔からゲームが上手いことしか、取り柄がなかったからだ。
「あーあ、なんか面白くないな」
ボヤキながらSNSやインターネット掲示板をぼんやり眺めて時間をドブに捨てていると、ぱっと視界に俺の名前が飛び込んできた。
自分の名前を見つけると、嫌でも視線がそちらに向かってしまう。
どれどれ。
『藤田も終わりだな。さっき野良でマッチングしたけど、全然たいしたことなかったよ』
『あいつ今実力的にはプラチナくらいじゃね? 反応遅すぎ。俺もやったことあるけど、おじいちゃんかと思ったわw』
『俺は応援続けるぞ』
『実際いまの藤田はプロレベルとはいえない。前は本当に強かった。前は』
『子ども庇って自分が犠牲になるとか俺には無理。あいつ主人公だろ。動画貼っとくわ』
『お前藤田だろ。自演乙』
書き込みとともに貼られたリンクをクリックすると、有名な動画サイトに飛ばされた。
ファンが作成したと思われるその動画は、すでに50万回以上再生されているみたいだった。
俺は気になって動画を再生してみることにした。
『マスターズカップ2044を制したのは、24歳、藤田奏!! プロ・アマ含め、総勢7万人の頂点! バトルストリート20XXの日本最強王者は、いま、この瞬間、藤田奏に決定しましたッ! いやあ、強い! もはや国内に敵はいない! 本当に素晴らしい試合内容でした! 解説のやみさん、藤田がまたやってくれましたね!』
『日本人が世界を制するのも夢ではないですよ! 本当に長いあいだ、日本は辛酸を舐めさせられていましたから……。……なんというか……すみません。もう、本当に言葉が出なくて……』
去年の大会のワンシーン。
感動的なBGMをバックに、実況のエルさんと解説のやみさんが大会の終わりを盛り上げてくれている。
観客で埋め尽くされる会場の中心で、優勝トロフィーを掲げる1年前の俺の姿がアップで映し出された。
この場面は、俺の記憶にもまだ新しい。忘れられない栄光の記憶だ。
場面がうつり変わる。
華やかなシーンから一転、藤田奏の事故のニュース、雑誌の切り抜き、ネットの書き込み、ゴシップ記事も含め、様々な情報が物哀しいBGMとともに紹介される。
動画の中で、俺は英雄だった。
怪我と引き換えに子どもの命を救った英雄。動画の主人公は、間違いなく俺だった。
ちなみに動画には広告が挿入されていたが、もちろん俺には1円も入っていない。少しくらいよこせ。
コメント欄を見ると、プロゲーマー藤田奏を称賛する言葉で溢れかえっている。
温かなファンの言葉。
しかし、そんなのなんの慰めにもならない。
むしろ過剰に崇められることで、まるで俺がもう過去の人間として扱われているのではないかと勘ぐってしまう。事実、そうなのだろう。
今はまだ注目してくれるファンもいるが、時間が経てば俺のことなんてみんな忘れてしまう。おととい食べた晩ごはんの献立みたいに。
でも、俺は忘れない。
入院先の病室にお見舞いに来てくれた少年の瞳。俺が救ったいのちの輝き。
こちらが申し訳なくなるくらいに、涙と鼻水で顔面をぐしゃぐしゃにしながら、地面に頭を擦り付ける少年の両親の姿を、俺は忘れない。
後悔はない。
もう一度同じような状況に遭遇したら、俺はまた同じ行動を取るだろう。
当たり前だ。
何度だって、同じようにするにはずさ。
あの事故のことで、普段は必要なこと以外なにも言わない寡黙な父親に、自慢の息子だと言われたときは驚いた。
そうだ。
俺は立派なことをしたんだ。
みんなも褒めてくれる。
英雄だ。
もしもあのとき助けなかったら。
あの子を見殺しにしていたら。
きっと、俺はのうのうと生き続ける自分を許せなかった。
だから、後悔はない。
ひとかけらも、あるはずないじゃないか。
……本当に?
こんにちは。作者のつきかげです。
これからしばらくの間、近未来のプロゲーマー、藤田奏の物語をどうぞよろしくお願いします!!




