第九十話「第五部が終わる。でも、続きがある」
九十話目です。節目の話です。
第五部が終わります。でも、この物語はまだ続きます。
終わることと、続くことが、同時にある話です。
では、どうぞ。
集落が三十になってから、一週間が経った。
その一週間は、穏やかだった。
毎朝、ルナと集落を歩いた。
毎昼、木に触れた。
毎夕、池に行った。
毎晩、ガルと話した。
そういう一週間だった。
「この一週間、どこにも行かなかったですね」とルナが言った。
「そうですね」
「珍しいです」
「そうですね。いつもは、すぐ気になることが出てきますが、今週は出てこなかったです」
「出てこなかった、というのは、良いことですか」
「良いことだと思います。問題がなければ、出てこないです」
「問題がなければ、ナギがここにいられます」
「そうですね」
「だから、問題が出てこない方が、良いですね」
「そうですね」
「でも、出てきたら、行きますか」
「行きます」
「それも、良いですね」
「そうですか」
「ナギが気になることに向かうのを見ていると、私も気になることに向かいたくなります。だから、ナギが行くこと自体は、良いことです。ただ、ここにいてほしいとも思います。どちらも、本当のことです」
「矛盾していますね」
「矛盾していますが、どちらも本当です」
「そうですね」
◇
八日目の朝、手紙が来た。
二通、同時に来た。
一通は、ベルクからだった。
一通は、ルースからだった。
ベルクの手紙を開いた。
「凪へ。国際調査の記録まとめが、ほぼ終わった。カナとミアが、良い仕事をした。エン山の採掘は、予定通り進んでいる。条件内で、問題は出ていない。水脈の変化は、わずかだが記録の範囲内だ。ダロが、鉱山局の内部から安全基準を強化しようとしている。まだ時間がかかるが、良い方向だ。一つ報告がある。リドルが、復帰の話が出ている。失脚したが、証言に協力したことで、評価が変わってきた。完全な復帰ではないが、顧問として動ける可能性がある。ベルクより」
「リドルが、顧問になるかもしれないんですね」とガルが聞いた。
「そうです。失脚したが、証言に協力した。その行動が、評価されています」
「ベルクさんが動かしたんですね、最初に」
「そうです。リドルを動かしたのは、ベルクさんです。あのとき、一人でリドルに会いに行きました」
「報われましたね」
「そうですね」
◇
ルースの手紙を開いた。
「凪さんへ。エルドのマエル川の状態を報告します。安定しています。水位の変動がなくなりました。クレスが、毎日記録しています。先月から、クレスの息子も一緒に記録し始めました。三世代で農地と川を見ることになりました。クレスが、息子に記録の仕方を教えているそうです。私が教えたことが、クレスを通じて次の世代に伝わっています。それと、マルが来年の秋に待っています。作物を持って帰ってほしいそうです。約束の秋が、来ます。ルースより」
「クレスの息子も、記録を始めたんですね」とルナが言った。
「そうです。三世代で、川を見ることになりました」
「すごいですね。一人から、次の人へ、また次の人へ」
「つながっていますね」
「全部つながっています」
「来年の秋に、エルドに行きます」とルナに言った。
「約束していましたね、マルさんと」
「そうです」
「行ってきてください」
「怒らないんですか」
「怒らないです。約束を守ることは、大事です。来年の秋は、まだ先だから、しばらくはここにいますね」
「そうですね」
「しばらくは、ここにいます。来年の秋まで」とルナは言った。
「そうです」
「じゃあ、来年の秋まで、一緒にいます」
「一緒にいましょう」
「よし」とルナは言った。
◇
その夜、ガルが言った。
「凪様、第五部が、終わりそうですね」
「そうですね。竜の卵が孵化して、集落が三十になって、ベルクとルースから良い報告が来ました。一つの区切りです」
「次の部は、来年の秋からですか」
「そうなるかもしれないですね。エルドに行って、マルさんの作物を見て、ルースに会います」
「その間、何かが起きるかもしれないですが」
「起きるかもしれないですが、大きな動きは、来年の秋まで少ないと思います」
「集落で、ゆっくりできますね」
「そうですね」
ガルが、記録帳を開いた。
「第五部を、まとめます」
「まとめてくれるんですか」
「記録係として、まとめます。竜の卵が孵化したこと、ヒカルという名前がつけられたこと、竜から石が来たこと、集落が三十になったこと、ベルクとルースから良い報告が来たこと。全部が、第五部で起きたことです」
「短い部でしたね」
「短かったですが、大事なことがたくさんありました」
「そうですね」
ルナが、横で記録帳を開いた。
「私も書きます」
「同時に書くんですか」
「そうです。ガルじいちゃんの記録と、私の記録、両方残ります。後で読む人が、両方読めます」
「良いですね」
「同じ出来事を、二人が書く。どちらも、本当のことです。でも、少し違います」
「そうですね。見え方が、違いますから」
「ガルじいちゃんは、集落の長として書きます。私は、子どもとして書きます。どちらも、大事です」
「どちらも、大事ですね」
「あと、シロとして書ける人がいれば、さらに良かったですね」とルナは言った。
「シロとして、ですか」
「シロが記録したら、どんな記録になりますか」
「分からないですね。シロの目に映っていることを、私は知らないです」
「残念です」とルナは言った。「シロの記録が読みたいです」
シロが、横で聞いていた。
耳を動かした。
「シロも、何かを思っているんですね」
「そうです」とルナは言った。「シロも、記録したいと思っているかもしれないです」
「そうかもしれないですね」
◇
翌朝、ルナが言った。
「ナギ、一つ聞いていいですか」
「なんですか」
「この物語は、続きますか」
「物語、ですか」
「ナギの物語です。ミアさんが、全部の場所の変化を一つの記録帳にまとめていますね。あれが、物語だと思います」
「そうですね」
「続きますか」
「続きます」
「どこまで続きますか」
少し考えた。
「気になることがある限り、続きます」
「気になることは、なくなりますか」
「なくならないと思います」
「じゃあ、続きます」とルナは言った。
「そうですね」
「続く物語は、終わらないです」
「そうですね」
「終わらない物語が、一番好きです」とルナは言った。
「なぜですか」
「終わると、会えなくなります。終わらなければ、また会えます」
「そうですね」
「ヒカルとも、また会えます」
「会えます」
「レナさんとも、また会えます」
「会えます」
「カナさんとミアさんとも」
「会えます」
「全員と、また会えます」
「そうです」
「だから、続く物語が好きです」
「そうですね」
ルナが、池の方を見た。
「今日も、ルミに会いに行きます」
「行きましょう」
「全員で行きますか」
「全員で行きましょう」
「よし」とルナは言った。
◇
池に向かいながら、ガルが言った。
「凪様、一つだけ言っていいですか」
「なんですか」
「最初に来たとき、この集落がどうなるか、分からなかったです」
「そうですね」
「でも、凪様が来てくれて、変わりました。花が咲きました。精霊が来ました。ルナが記録を始めました。三十になりました」
「続けてきた結果ですね」
「続けてきた結果です。凪様が来て、始まって、みんなで続けました」
「そうですね」
「続くと思いますか、これからも」
「続きます」
「言い切りましたね」
「続けている人たちがいます。ルナがいます。ガルさんがいます。アオとルミがいます。続けている人がいれば、続きます。それは言い切れます」
ガルが、また笑った。
「そうですね。続けている人がいます」
「続けます」とルナが言った。
「続けます」とガルが言った。
シロが、尻尾を振った。
続ける、という振り方だった。
池に着いた。
アオが出てきた。
ルミが出てきた。
水面で、二つの光が揺れた。
「来ましたよ」とルナが言った。精霊に向かって言った。
アオが、光を強くした。
ルミが、水面から顔を出した。
「今日も、きれいですね」
「うん」とルナは言った。「毎日、きれいです」
「変わり続けているから、毎日きれいですね」
「そうです。変わり続けているから、続けたくなります」
「そうですね」
「だから、明日も来ます」
「来てください」
「来ます。ずっと、来ます」とルナは言った。
ルミが、また水面から高く出た。
光が、水面に映った。
アオが、ルミを見ていた。
「変わらないものと、変わるものが、一緒にあります」と私は言った。
「どういう意味ですか」
「アオは、ずっとここにいます。変わらない。でも、ルミは成長しています。変わる。どちらも、一緒にある」
「変わらないものが、変わるものを見守っていますね」
「そうです」
「アオが、ルミを見守っているように、ガルじいちゃんが私を見守っています」
「そうですね」
「ナギは、どちらですか。変わらない方ですか、変わる方ですか」
「どちらでもあると思います。気になることに向かう、という部分は変わらないです。でも、受け取れるようになった、言い切れるようになった、部分は変わりました」
「変わらない部分があって、変わる部分があります」
「そうです」
「私も、そうかもしれないですね」とルナは言った。「毎日来ることは変わらない。でも、感じ取れることは変わっています」
「そうですね」
「変わらないことと、変わることが、一緒にあります」
「一緒にあります」
「全部つながっていますね」
池が、静かに光っていた。
第五部が、ここで終わった。
でも、明日も続く。
ルナが来る。
ガルが記録する。
アオとルミが光る。
シロが見回る。
全部が、明日も続く。
続くことが、この物語の形だった。
九十話目、書きました。第五部、完結です。
「終わらない物語が一番好き、終わると会えなくなる、終わらなければまた会える」というルナの言葉。これが、この物語のテーマの一つでもあります。続くことで、また会える。
「変わらないものと、変わるものが一緒にある」という場面。アオとルミ、ガルとルナ、凪自身の変わらない部分と変わる部分。全部が、一緒に存在している。
ベルクの手紙でリドルが顧問に復帰する可能性、ルースの手紙でクレスの息子が記録を始めた報告。どちらも、一人が始めたことが、次の世代に伝わっていく形でした。
「シロの記録が読みたい」というルナの言葉。シロの視点から見た物語がある。でも、誰にも書けない。それでも、シロは確かにそこにいる。言葉にならない存在の記録もある、という示唆でした。
第一部から第五部まで、九十話。長い旅でした。第六部は、来年の秋、エルドへの再訪から始まります。
読んでくださっている方、本当にありがとうございました。また次の部でお会いしましょう。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




