―君のシステムがチートすぎるんですが―
その街は大きくも小さくもなく、村と言えばよいのか街と言えばいいのかよくわからない微妙な大きさが特産品だった。
その街の名を『ロスト』。本来は「消える」という意味を持つ魔術名だが、古代システマル文字であらわすと無限の希望を意味するものとなる。
その街はそれほどに長い歴史を持っているのだ。古代システマル文字が存在したころから、ゆっくりと栄え始めた街なのだ。
特筆すべき点はない。特別な何かがあるわけでもない。
___だが確かにこの日、『ロスト』は特別な街となったのだ。
「おかーさま、ぼくもきょう、『すてーたす』を測りに行くんでしょ? えへへ~、きっとぼくも強くなるんだ。それで、みんなに憧れられるの!」
「えぇ、えぇ、ルイティス、あなたならできるわ。さあ行きましょう」
小さな歴史を誇る街ロストに___勇者が生まれたのだ。伝説となったルネックスに名を近づけるように、少年はルイティスと名付けられた。
そんな彼は今五歳となり、ステータスを測りに行く歳となった。このシステムは、ルネックスが勇者になってから作られたものだ。
そう。鑑定を持ついじめっ子に、お前のステータスは弱いと決めつけられぬよう。
それはさておき、ルイティスが勇者であることは街の長老などの重鎮しか知らない。両親を抜いて、ロストでは勇者の存在が広まっているわけではないのだ。
光を放って生まれたルイティスの話を聞いて駆けつけた街の人々も、決して人に漏らすことは無く生活をしている。
漏らしてしまったらどうなるか―――宮廷魔術師長ハーライトから十分聞いたのだ。
そして宮廷魔術師副長リィアからも念を押されている。ハーライトはもうすぐ宮廷魔術師から降りるらしいが、リィアはそうではない。
次期宮廷魔術師長とすでに認定されている彼女の発言力は、今のハーライトと同じ、いや少し上かもしれない。
なので、彼女、そして彼の話を聞かない者はいなかった。誰も手ひどい折檻は受けたくないのだ。黙っていればいいだけ、簡単である。
ということがあったので、ルイティス自身も自分の強さを知ることがないまま、本好きという性格をフル回転させて伝説ルネックスに憧れ始めている。名前が似ているからぼくも、と考えるようになったそうだが、その名前自体がルネックスに似るようにしているのを知ったらどう喜ぶだろうか。
ルイティスの手を繋いでステータスを測る広場へゆく彼女の母サティは、まもなく街中に知れ渡るだろう彼が勇者という事実に緩む頬を隠しきれなかった。
「ぼくね、もしかしたらすてーたすちゃんと読めないかもだから、かあさま、ごめんね、読み上げて欲しいの。称号とか、分かりにくいから」
「えぇ、もちろんよ。ルイティスならきっと素晴らしいステータスを持っているわ」
___なぜならそれは、決まっている事だから。
母サティの言葉に素直に喜んでいるルイティスを見て、サティは何故か素直に喜べなかった。勇者というものは、本来自分からなるものではない。
勇者という人間が背負う重みは、尋常ではない。全人類の期待を背負い、期待に応え、人前で泣くことすらも許されない憧れの的。
母親として、息子が素晴らしい宿命を背負っているのは嬉しかったが、同時にのびのびと生きられないことに悲しみもした。
そんな感情など知ったことかと世界が言うように、予測した到着時間よりも早く広場に着いた。たくさんの子供たちが母や父にしがみついて、口々に才能を望み、はしゃいでいる。
「なんかちょっと不安だなあー……。ね、かあさま……」
「大丈夫よ。何せルイティスは、この街ロストの長の娘、この私から生まれたんだもの。きっといいステータスが待っているわ」
ルイティスはそんな子供たちを見て不安を感じたのか、サティの手をぎゅ、と強く握った。その顔はやや俯いている。
この子を不幸にさせてはいけない。サティはそう強く感じた。
例え彼にどんな未来が待ち受けて居ようとも___自分だけは味方だと彼女は言える。
まだ広場にそれほどの人が来たわけではなく、列はそこまで長くはなかった。最後列に並んだサティとルイティスのひとつ前に並ぶ親子。
その親子は父と娘という構成で、その父はルイティスの真実を知る数少ない者の一人だった。
「よう。お疲れさん、サティ」
「ちょっと疲れているわ、タラン。でも大丈夫よ、この子がいるから。そっちはどう? 集落で震災があったんでしょう。長としては色々あったんじゃないかしら」
「あー、わざわざ掘り返すなよ……。責任取ったり何なり、めんどくせェぞ? 資金クッソ使うしよォ。まァ幸い、俺の娘アティーラが才能アリで良かったぜ」
「パパ、すっごい頑張ってたの、あたしずっと見てたわ」
ダランと呼ばれたその男は、他でもない自分の娘アティーラに誇らしげに褒められ、まんざらでもなさそうに恥ずかし気に俯いた。
そんなダランに、サティは少し呆れた目を向けた。
ロストには四つの集落と首都がある。どれもそこまで大きいわけではなく、ただ単にどの集落よりも一回り大きかった集落が首都になっただけだ。いう程立派でもない。
だが、首都と集落は繋がっている。集落で起きたことも首都で起きたことも、全てがそれぞれに最速で伝わるのだ。
首都の長の妻であるサティも、四つの集落のひとつ、ストリンの長であるダランも、それぞれの情報を共有している。
ストリンで起きた震災は、小さな集落を半壊させるには十分だった。そのせいでダランは対応に追われ、娘アティーラのステータス審査もやっとのことで時間を空けてきたのだ。
「協力しましょうか? 私の方は最近何も起きていないし、私の息子がいるのだし。過去一度協力してもらったじゃない。そのお返しよ」
「おっ、いいのかァ!? そりゃァ助かるな。何せ五百年―――いや何でもねェ」
「あんた言いそうになったでしょ。まだルイティスは知らないのよバカ。あ、そうね、今度カリファッツェラに行くから、アティーラちゃんにお土産を持って帰るわ」
「はァ!? お前、そんな王都まで行って何しに行くんだよ!? ロストは田舎だぞ!」
「ちょっと考えれば分かるでしょ、ルイティスよ。今の王様であるピリッツ様じゃなくって、その爺やのセシリス様の考えだそうよ。急ぎすぎな気もするけれど、魔王が蘇るらしいんだから仕方ないわ」
「あー魔王か。なんつったっけなァ、ちっちぇ集落にゃあんま情報降りてこねェからな。この前リィア様に聞いた覚えがあるんだけど魔王ん名前」
「……ルカよ、ルカ。忘れ過ぎよ。全く魔王がこんなかわいい名前なんて想像もしなかったわ。しかも女の子だなんて、やりにくいでしょうねぇ」
「俺らにゃ実情は分からねェだろーよ。あ、アティーラの番だからじゃァな。また今度ゆっくり話そうぜ、俺が暇な時!」
ルイティスに聞こえないように極めて小さな声で話す二人。ルイティスが疑問に思って首を傾げると、アティーラが「大人の話よ」とどや顔で言った。
どうやら話しているうちにダランの娘の番が来たようで、彼はやや急ぎ足で神官の元へ向かった。神官の隣には監視役としてエェーラ騎士副団長が立っている。
本来そんなやんごとなきお身分の者がそこにいるはずもないのだが、他でもないルイティスが此処にいるからだろう。
___勇者ルネックスが伝説になってから、五百年が経っている。
魔術で年齢維持をした者達は徐々に維持できなくなり老衰を始め、英雄はやはり生き続け、人工精霊、神は相変わらず地上を見守っている。
しぶとく退団しなかった騎士団長ウリームは、ほんの二十年前に倒れて、現在は今にも死にそうな生活を続けている。
そもそも、魔術で四百二歳までしぶとく生き続けていられる方がおかしいのだ。
それはさておき、だからこそエェーラは団長になり、現在三十五歳。彼が退団記録を更新できるかどうかは、彼次第である。
___と、歴史書の内容を思い出したサティは、ふと後ろを振り返った。
自分の子供自慢をしている者。大丈夫かと不安になっている者。はしゃぐ子供たち。いつの間にか凄く人数が増えていた。
と、アティーラの診断が終わったのか、ルイティスの名が呼ばれた。
すれ違いざまにダランが誇らしげな顔で一言。
「俺の娘神」
___この親ばかめ。
と思いながらサティは自分の心にブーメランが刺さったことを自覚し、すぐにその考えを振り払うのだった。
「神官サーシャ様。エェーラ様。どうかルイティスをよろしくお願いいたします」
「ええ、任せなさい。私は、ステルティア女神教の教皇ですから」
未だ不安げにするルイティスの背中を軽く押したサティの言葉に深い意味がある事に気付いた神官、サーシャはふ、と微笑んでそう言った。
五百年のあの時、グロックを超えられずにムカつく、を連発していた少女はもういない。ステルティア女神教と改名した女神教の教皇は、彼女なのだから。
元はグロックと争っていたのだが、英雄となった彼が忙しくなるから、と自主退席をしたのだ。勿論納得いかなかったが、仕方ないのだ。
ちなみに五百年前の教皇は既に亡くなっている。だが、彼が伝えてきた教えは全てサーシャが世界に広めている。
女神教に入信している者は全世界で約百二十億人。
どこにも入信していない者が三京人だと思えば、中々の数だといえよう。
そんな女神教の教皇サーシャが此処にいる原因も、ルイティスの存在だった。
「ステータス、鑑定―――ッ!」
「キャッ!」
「……ふう。完了したわ。これが鑑定書よ、大事に持っときなさい。誰かに見せないで頂戴ね。……なかなかのものだったわよ、勇者」
サーシャがルイティスの胸に手を当てて『その言葉』を口にすると、凄まじい閃光が広場を貫いた。思わずその場にいた全員が顔を背けてしまう。
サーシャは努めて平静を心がけ、最後にサティの耳元で小さく言葉をささやいた。サティが鑑定書に目を落とすと、驚くべき数値。
誰にも見られぬようさっと隠すと、すたすたと歩き去った。
(ま、まさかあれほどだとは思わなかったわ……!)
ルイティス・ロスト
レベル:5
魔力:2000
体力:6000
運:8000
属性「風、???、???」未覚醒
称号「???、???、???」未覚醒
スキル「魔眼LV1、射線LV2、ステータス偽造LV1、???、????、????、???」未覚醒
その鑑定書には、
___当時のルネックスとほとんど変わらないステータスが記されていた。
「おかーさま、どうだったの?」
「えっ、えぇ、凄くいい結果だったわ。ルイティス、あなたは天才よ。きっとあなたがやりたいことを自由にやれるようになるわ」
「ほんと!? じゃあぼく、頑張るね!」
___少年は自分の未来も分からずに、ただただ無邪気に喜んだ。
〇
それから三年後。丁度ルイティスが八歳になって、王都からロストに戻って来たばかりのころ。ルイティスは久しぶりに家で歴史書や文献を読んでいた。
彼が没頭するものは勿論、ルネックスやその関係者についての文献、歴史書である。嘘の情報など、彼がもつ『それ』にはなかった。
何故ならそれは、今もそびえたち今も皆が活動する研究所の創立者、大賢者テーラ・ヒュプスがその手で書いた物だから。
「ひろいん……ひーろー……! かっこいー……!」
その本が置いてある場所が本棚の上の位置にあるため、ルイティスは梯子を運んで取っていた。取った後は見たいという欲望に耐えられず、梯子の上に座ったまま読んでしまうことが多々あった。
今日もまた目を煌めかせて、きっと今日もまた母に同じセリフを言うのだろう少年は、いつもと同じように梯子から飛び降りて廊下をかけた。
王都にまで行ったのに、彼は未だに自分の立場を理解しきれてはいなかった。
彼にとっての『勇者』は、ルネックス・アレキという人物だけだったから。
___未来の勇者。
最上級の英雄に暴風のアテナを従え。相棒の英雄に皇女ユーリシア、スティセリア、ダイム、グロックを従え。
仲間の英雄にミェール、ハーライト、ぺチレイラストを従え。協力者の英雄にリエイス、そして受付嬢ファウラを従え。
___そうして決められた道を歩んでいる事に、少年はまだ気付かない。
どたばたと廊下をかける音を聞くのは、サティにとっても久しぶりなどではない。毎日毎日起こる事だ。
ほら、いつもの本を抱えてサティを見上げたルイティスが___、
___この本の人、凄い!
ではなく。
「―――ぼく、ルネックス様みたいなゆうしゃになりたい!」
かちり。
かちりと動いたのは運命なのか。歯車軸なのか、またまた世界のシステム本体なのか―――。
さてと。ここで文献の解説をしておきましょう。
ルイティスが文献を読む?不自然ですね。そんな難しいもの幼児が読めるはずがない。実は、テーラは幼児用に文献(絵本)を作っているのですよ。
ばばん、とここでそれを披露しておきます。
『むかしむかし、あるところに、いじめられてばかりのおとこのこがおりました。
そのおとこのこはあるひ、たからものをみつけたのです。
そのたからもののなかには、おんなのこがおりました。
そのおんなのこのはなしをきいて、おとこのこはたびにでよう、とおもいました。
そして、たびにでたのです。
旅をしながらたくさんのなかまたちとであい、かれはなかまをきずつけられました。
とってもおこったかれは、なかまをまもるためにわるいやつらをたおすのでした。
それから___でんせつ___になったかれは、みんなのあこがれのまと。
えいゆうさま、ゆうしゃさま。
みーんなてとてをつないできょうりょくしたから、しあわせがつくられたのです』
ひらがなだらけですごく読みにくくてすみません。子供にはこれくらいがいいみたいです(※ルイティス談)
……というわけで、最終回となりました。
みなさんいつもお付き合いいただきありがとうございました。色々な私の無茶ぶりに応えてくださったり、物語の無茶ぶりを受け入れてくださったり、画面の前の皆さまには本当に感謝しかございません。
またいつか別の作品で、またお会いしましょう!
ルネックス「また会おうね、いつか」
ルイティス「ぼく、またみんなにあいたいなー!」
※カワイイは正義←