ひゃくじゅうよんかいめ エピローグ④だね?
窓の外を眺めている。いつしかそれが習慣になっている。もしかしたら窓の向こうに、今は此処にいない少年の姿が見えるかもしれないと思ったから。
しかしそれが叶うことは無い。かつての大商人ハイレフェアも、勿論それを知っていた。
「バカだなぁ、私は、こんな事をしたって、あいつが戻ってくるわけでもないんだが……」
もしかしたら寂しかった、のかもしれない。こうしてルネックスが帰ってくる可能性を期待しているのだから、間違いなく寂しいのだろう。
おどおどしながらもはっきりとした物言いをしてくる少年は、もうここにはいないのだ。
そろそろ、彼の存在を振り払わなくてはならない。ハイレフェアはそっと引き出しから小さなノートを出した。
___私は次の勇者に関わる事を誓おう。
その文字を書いた瞬間とルネックスが日記に最後の文字を記した瞬間が重なったのは、勿論彼にも彼女にも知る由はなかった。
ただ、ハイレフェアのその文字が現実となる可能性は、ないわけじゃない。
「見ていろルネックス。私はいつか私の力で、お前のところを訪れて見せよう。その日まで待っているがいい。その日まで私はお前の事を__思い出しはしない」
ミェールと付き合っているのだから、ルネックスのことをずっと考えているわけにもいかない。まして、ルネックスに抱いているのは恋愛感情ではないのだ。
だから彼女は忘れることにした。自分のためにも、彼のためにも。
〇
病が治っている。そう自覚したのは果たしていつだろうか。そもそも目覚めはいつだっただろうか。コレムはベッドに横たわりながら考えていた。
隣では、セシリスが忙しそうに大量の書類を処理している。大帝国の帝王になったばかりだ、慣れていないことも多いだろう。
「……セシリス」
「目が覚めましたか」
「ああ。私のために神殿まで行ってくれたのだろう。感謝する。いきなり即位式など迎えて、慣れず忙しいだろう?」
「えぇ、忙しくはありますが、その分重厚感のある仕事ですので楽しいですよ。ただ、市民の反発もひどくて……。まあ、実績は積むしかありませんね」
「国民からの反発があるならば、時たま外に出て見回りをしてみてはどうか。それか、護衛なしにまちへ出歩いてみてはどうだろうか。私の時はそうしていた。私も初めから支持されていたわけじゃあないのだからな」
セシリスは余程忙しいのか、書類に目を落としながら父と会話をしている。コレムが国王になったばかりのころも、父や母に対して同じような態度を取っていたのだから、悲しむことでも疑問に思うことでもない。ただの日常茶飯事だ。
コレムの支持の話に移るが、彼は元から柔らかく心優しい、お世辞にも王にふさわしいとは言い切れぬ性格の持ち主であった。
しかし第一皇子であったために、彼は必然と王となってしまう。勿論、幾星霜の暗殺計画も立てられたが、何の運命のいたずらかそれが成功することは一度もなかった。
果たしてこのような者が国の頂点に立って、国を守る事が出来るのか。それを前から疑っていた市民からの反発は強かった。
しかし、柔らかい性格を持ちながらも決してくじけない彼の心が幸いした。護衛なしで街に出回ったりと様々な事を為し、ゆっくりとつみ重ねるように市民からの支持を得ていた。
小さなころから王になるために育てられたセシリスも、勿論そんな父を横でずっと見続けていた。
「……分かって、います。そうだ、僕もまだ未熟ですし、色々と意見を出してくださいませんか? せっかく体調が治ったのなら、あなたはきっと座ってなどいられないはずだ」
「良く分かっているな、息子よ」
「息子ですからね。それも、小さなころから父を見続けていた、と付け加えましょう」
時に厳しく。時に優しく。時にけじめを持ち、時に決断をし。決してコレムのように優柔不断ではないセシリスが、その優柔不断と評価される父に育てられ最高の王とまで成長していくのは、間違いなくその親子の絆のおかげである。
〇
今日も今日とて男臭い計画室では、ミェールとウリーム、ハーライトにぺチレイラストが静かに座っていた。
彼らは男臭いとは思えないような『コイバナ』と言われる会話をしていた。男だらけの空間で、果たしてどんなコイバナが繰り広げられているかというと、それはもうミェールとハイレフェアの話に限る。
「私の話をするより、みんなの話をしていた方が良いんじゃないか? ほら、ぺチレイラスト君、モテていそうじゃあないか」
「僕っすかぁ。ぜんっぜんモテてないっすね。ルネックスさんみたいにちやほやいちゃいちゃができたら、苦労してないんっすよ。その点リアル充実なミェール殿は分からないっすよねぇ~!」
「ワシもよくわからんが……」
「そりゃ家族持ちが分かる話でもねぇですよ。恋とかぽわぽわとか体験したことねーような俺らしかわかんねーんです」
「ぽわぽわとか受けるんっすけど! なんだ、最近流行ってる言葉だとマジマンジー、ってやつっすか?」
―――そして、この賑やかさである。
親しき中にも礼儀あり、を忠実に再現したこの会話は、宮廷兵と呼ばれる―――宮廷に尽くす全ての兵をまとめる名称――-者達全員の中の名物だ。
彼らを見習って、現在は血みどろやら混沌の世界、ブラック企業(※テーラ談)と言われる一般兵ですらも、理想の先輩後輩の関係を築けている。
「あとペチ、おめぇも気付いてねぇだろうがな、おめぇ結構人気だぞこんにゃろう。ペチ君ペチ君言われちゃってさ、この寂しい俺にはわかんねーよ」
「んなわけねぇっすよ! そんなこと言ったらハーライトだってあんた、女子にキャーキャー騒がれてるじゃないっすか!」
「なんだと、このリアル充実が何言ってんだ! 成敗しちゃる!」
「……結局、全員がリア充と呼ばれるものなのではないかね?」
机に足をかけて喧嘩体制になっている二人に対して、ウリームは冷静にその言葉を投げかけ、二人はぴたりと動きを止めるのだった。
___次の瞬間、二人は仲間と言わんばかりに肩を組みあって笑い合っていた。
〇
「ぅあああああああっ!」
剣を振る。魔術で作り上げた光を剣の先に灯して、決して普通の人間では見ることのできない光のさらに向こうを目指して。
疲れなど知らない。体力の低下も知るもんか。腹の飢えだって感じない。かれこれ半日振り続けたってなんともない。
暴風のアテナは、ルネックスが去ってからそのような練習をただ続けていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
「大丈夫ですか?」
「ダイムさん」
「無理はするなよ、体を壊されたら困る」
「私も同じことを思っている。アテナ殿の頑張りは確かに凄いものではあるが……」
「やっと英雄だと認定されたんです。もっと頑張らなければ追いつけません。私、約束したんです。必ず自力で探しに行くと!」
しかし体力は無限ではない。カラン、と音を立てて剣がアテナの手から滑り落ちる。とうとう体が限界を迎えてしまったのだ。
そんな彼女の後ろからダイムが水を差しだし、グロックとユーリシアが心配の言葉を投げかけた。
彼ら四人はつい先日に世界のシステムから正式に英雄として認定された。システムから直々に言葉を投げかけられたので、その理由ももちろん知っている。
次の勇者への道を整えてやるために。現在のアルティディアで頂上に立っている彼ら四人を強制的に英雄としたのだ。
彼らの夢は叶った。夢がかなった彼らはティアルディア帝国へ向かい、元から英雄であったユーリシアと合流してギルドにてパーティを組んだ。
ルネックスを抜いて、史上で例のない英雄だらけのパーティに、ルネックスが去ったことへの当てつけのように人々は過剰に騒いだ。
やれやっと世界が守られる、やれ次の巡回はもう決まったものだ、と。
「貴殿がそう言うのなら私も否定しないが、まさかアテナ殿、ルネックス殿に恋をしているのではあるまいな?」
「あぁ、そういうわけじゃあないんです。そう誤解されやすいんですけど、私はただ憧れているだけですから。恋愛を楽しむほど、今の私は強くはないのですし」
「いや、そんなことを言ってしまえば、私などグロック殿には遠く及ばない。アテナ殿ともユーリシア殿とも差が開いている」
「ダイム殿には神聖なる信仰があるのですから、そうとも言い切れませんよ。信仰の力は時に人を変えてしまうのですから」
ダイム、ユーリシア、アテナは談笑を続けるが、今度はグロックの訓練の時間である。現在四人はローテーション式の訓練の仕方をしていて、ごくまれに四人共々ギルドの依頼を受けに行くことがある。
ちなみにSSランクパーティの彼らに出される依頼も希少で、名指し依頼が多い。そのどれもが適度な難易度を持つので、それなりのやりごたえがあったと彼らは言う。
依頼のない日は、四人でローテーション訓練をし、一人が訓練し、残りの三人は森の中の適当な魔物を掃滅したり時には街をぶらぶらしたりしている。
「ああ、そうだ。私はそろそろティアルディア帝国に戻ろうと思う。政務をアレクシスと第一皇子に任せきりだからな、時には帰らなくては」
「了解です。女帝ですからね……頑張ってください。ユーリシアさんが帝国にいる間、私は貴女を抜かして見せます!」
ふ、と優しく微笑んだユーリシアに、アテナもはにかみながら微笑み返した。
〇
魔の森の中、少女は静かにたたずんでいた。彼女の周りには魔法陣が神々しく光を放っている。少女は静かに、ただ静かに口を小さく動かして呪文の詠唱を続けていた。
「―――ゆきなさい。転移」
それは、ルネックスの作成した短縮魔術のひとつであり、彼の最も難関であったテレポート魔術であった。
魔の森でいち早くそれを学んだ少女―――魔の森の主である魔女、スティセリアは薬草を適当な量摘めば、それを使ってすぐに家に帰った。
「ただいま」
いつもなら帰って来ない返事。だが、最近は違う。
「お帰りなしゃーい、おねーたーん!」
「えぇ、ファトナリア。今日は薬草セリアで、何を作って欲しい?」
「あのね、あの、今日はふぁとがつくりたい、おねーたんがぜーったいに喜ぶよーな、スペシャルなおりょーり!」
ファトナリアと呼ばれたその少女は、まだ五歳でありながらも間違いなく魔女の森の中心地区で生まれた、魔女の跡継ぎである。
その年ですでに中級魔術までを扱うことができる、まごうことなき天才。スティセリアが五歳のころ、姉であるグロッセリアにスパルタを施されていたころ、まだ下級魔術すら満足に扱い切れてはいなかったというのに。
妬みはない。
あるのは、姉妹としての愛情だけ。スティセリアはファトナリアを跡継ぎとして接し続けるなんて、とてもできっこなかった。
彼女が跡継ぎだと説明するのは___もうちょっとあとにしよう。
そう言って、彼女は先延ばしにし続けて結局説明できないままでいるのだ。
どうもこんにちは。また主人公視点じゃないとなりますと、申し訳なさまで湧き上がってきますね。周りのキャラが濃すぎて主人公かき消される……全くキャラ勝手に動いてんじゃねぇ!
ということで次の話こそは主人公視点です。
今回はまあモブというか脇キャラたちの見せ場となります。人気キャラを凝縮させたので、飽きたー、となったらちょっと悲しいなあと思いました。
今回の話、主人公視点ではありませんがちょっとだけ自信というものがありましたので……(;^ω^)
果たしてこれを小説といっていいのかは分かりませんが、
Only Challenge!(チャレンジあるのみ!)