ひゃくじゅっかいめ エピローグ①だね?
三千世界にある少年の名が轟いた。それは、次の勇者のためのこれ以上ない土台でもあった。次の勇者は世界に協力してもらえる事も意味していた。
―――ルネックスは今、次代勇者の協力者として最もふさわしい伝説となった。
これは、三千世界の文献にルネックスという名前が刻まれた瞬間である。
〇
顎に大量のひげを生やしたいわゆる「おっさん」は、エールを飲みながら高笑いをしていた。男の名はガラン。フィリアが世界列四位になる前の、世界列四位だった男。
彼の世界は特殊で、アザレスという名の魔物に対抗するため、飛行船で人々が日々戦っているような殺戮とした世界だった。
昔、三千世界も成り立たぬ頃、テーラと当時の――世界の名をアザレス――アザレス王は交流があったらしい。そのため、現在もアザレス界とアルティディアは友好だ。
「ハッハッハ! あぁ、あのアルティディアが、なあ……!」
「おっさん臭いぜ、父さん」
「何を言うんだ、ガスタム! 貴様もきちんと歴史を勉強すればわかるさ!」
「分かんねぇよ、俺勉強しねぇもん」
ガランの息子であり神級鍛冶師のガスタムは、父に冷たい目を向ける。反論した父の言葉にしかし、屁理屈で返す。
勉強しないからわからない。それもまた合理的だといえる、かもしれない。そしてガランがおっさん臭い事と、歴史の勉強に関係がない、それもまた事実。
決定的にすれ違っている親子だが、アザレスの中でも仲のいい親子だといわれている。
「さて、俺も次期勇者のために準備すっかぁ~!」
「……俺はどうすんの?」
「あ? 貴様は俺がいないときに、しっかり俺の代わりをやってりゃいいんだよ。何のために神級鍛冶師の称号持ってるんだ」
「……それでいいのか、父さん。危ないんだろ、巡回ってヤツ」
「世界のシステムに対抗しなきゃ大丈夫だろ……って言いてぇとこだけどなぁ、こういうのフラグって言うらしいぜ。まあ、死なねぇから安心しろ! 息子よ」
ガランはそう言って、エールの樽を持ってがぶ飲みしながらその部屋を出ていく。勝手に自分の鍛冶部屋に来て勝手に言いたいことを言って去って、でもちょっとだけ格好いいことを言って。
―――ガスタムは、ほんの少しだけ、そうほんの少しだけ、そんな父に憧れたのかもしれない。
「待ってろ父さん。次期勇者が誕生するまでに、最高の剣を仕上げてやるから……」
今はそのことを認められないかもしれないけど。
きっと戦いに勝って晴れやかな顔をして帰って来た父を見たら―――、嫌でも認めてしまうかもしれない。ガスタムはそう思って、微笑んだ。
〇
マリアンヌ以上に露出したドレスをまとった女が、くいっとワインをあおる。その仕草もまた妖艶で、女の美しさを引き立たせていた。
悪く言えば、そのワインは女の美しさを引き立たせる道具でしかない。どんな綺麗な服装とて、その女の綺麗さには負けていた。
そんな女の肩に、顔をベールで隠した執事が音もなくジャケットを乗せた。
「……あらあ、気が利くわねえ」
「貴女のようなお方がそのような格好をすれば、どうなるかわかって行っていますよね?」
「もちろんよお。この世界には圧倒的に男が多いからねえ。貴方がそうしてくれるのを待っていたのよお。女心ってそういうものよお?」
「セレスティーネ様……まあ、それは置いておきまして、貴女の言う通りになりましたね?」
男心を煽るような言葉を口にしてはいるが、女王セレスティーネは淡々と台本を読んでいるだけのように無機質だ。
そして執事もまた、抑揚のない言葉でセレスティーネに問う。セレスティーネは押し黙り、グラスの中のワインをただ揺らした。
暗くとも高級な一室。それは彼女の妖艶な美を披露するには十分だった。
男女比9:1と言われる『セカンド界』の女王である彼女は、始めから四天王になる気などなかった。国民はきっとあなたならと煩いが、セレスティーネは最初から、そう、最初からアルティディアにしか期待していなかったのだ。
世界がケティスのマヤ界を持ち上げる中、一人くらいはアルティディアを持ち上げる者が居たっていいではないか。
至って普通の、そして稀に最高の勇者が生まれる世界を、決して四天王を望まない者が応援したっていいじゃないか。
そしてセレスティーネの目的は達成された。アルティディアは今、歯車軸の中でも一番光輝く地点に、三千世界の中でどの世界からも良く見える最高の地点に、存在している。
「……そうねえ。わたしも協力しようかしらあ。信じた者としてもねえ」
「私は、貴女にセカンドの女王のままでいてほしい」
「できないわよお。女王だっていつか変わるものお。……さて行きましょお。わたし達の戦いは、アルティディアのように終わってないのだからねえ」
「……承知しました。イエス、マイロード」
セレスティーネが立ち上がる。ふわり、とジャケットが机に零れ落ちるが、彼女は勿論執事でさえもそれに構うことは無かった。
何故なら彼女の小指につけた指輪がきらりと光ったからだ。
―――バラの花びらが、舞う。
見渡す限りの紅が、鮮やかに部屋を埋め尽くした。薔薇の花が静かに落下していくと、セレスティーネの姿もあらわになる。
女王のみに許された変身体勢。地球の人間の言う――絶対のロマン。
紅いドレスに身を包んだセレスティーネは、もう緩やかな、気だる気な表情をしてはいない。ゆったりとワインを飲む女の顔ではない。
それは、魔物に包まれた星を必死に守ろうとする――戦士であり女王の姿だった。
〇
「ぎゃあああああああ―――!」
「主、拙者は外へでろと言っているのでござるッ! いつまでもクズニートをするでないでござる!」
超能力の世界、マジックアルファの主であるキルトとその側近であるカタキリは今日も賑やかである。
地球と最も近い世界であるため、和室というものがあり、なおかつキルトはそこを一番気持ちいい場所と定めて引きこもりクズニートを始めたのである。
カタキリはキルトを布団から引き離すために様々な手段を用いるが、現在クズニートでもキルトは王となった人物なのである。
尋常ではない力で布団を引っ張るキルト。そして明らかに体はキルトの何倍も大きいのに、キルトの力に追いつけないカタキリ。
誰が見てもちぐはぐになっている力量関係だが、しかしそれが王とその従者という二つの称号にふさわしい力量関係でもあった。
「アルティディアが王になったでござるよ! しかも拙者の隣のちきゅーとやらの王が降ろされたんでござる、拙者らのチャンスだと申しておるのだ」
「ななな、なんの、チャンスだよ……!」
「拙者らがアルティディアを応援し、一番の従者となれば、拙者らの世界も注目されるはずでござる!」
「四天王になれ、とか、言わない……だけ、たすかる……」
「それは無理だと拙者も思っているでござる。そもそもライム殿を超えることすら無理でござるよ。少なくとも主がその状態でいる限りは、ですがな」
そう言ってカタキリは冷たい目をキルト―――の体を包む布団―――に向ける。布団に体が覆われているために声が聞き取りづらい。しかしおどおどした話し方もやけに小さな声も、キルトの特徴ではある。
カタキリに冷たい言葉を投げかけられ、キルトはう、と呻いた。きっと布団の中で体操座りでもしているのだろう、布団の中がもぞもぞと動いた。
「ぼぼぼ、僕は、家に、居たいッ……! け、けど、協力、しないわけ……には……」
いかない、とキルトは小さくつぶやく。カタキリははあ、と深々とため息を吐いた。自分の主は正義のために何かをするというタイプではないが、基本的にやらなくてはならないことをいつの間にか終わらせている。
つまり、やることはやる。やらないことはとことんやらないタイプである。
さあ何と言ってまずは外に出させようか。そんな時、扉が数回ノックされた。キルトは珍しく布団から出てきて、扉の方を見つめる。
その表情は真剣そのもので、彼は数秒扉を睨んだ後、静かに口を開いた。
「……トバリ」
「主殿、完成いたしました。ご注文通り、最強の武器が」
「あ、主、何をなさっていたのでござるか!?」
トバリと呼ばれたのは、メガネをかけ長髪の男性。やや中性的な顔立ちだが、きっちりと着こなした執事服がそれをカバーしている。
トバリが此処にいるという事は、キルトが世界を巻き込むレベルの何かをしたという事だ。トバリは、カタキリ以上キルト以下、つまりキルトに次ぐ実力を持つ者だ。
その理系の脳を生かして、人工知能や様々な道具を使ったりと、マジックアルファへの貢献は数えきれないものとなっている。
そんな彼だからこそ、いつも暇なわけはない。トバリが自分から引きこもりクズニート(本人談)の元へ訪れたという事は、キルトが何かしたという事。
そしてそれは、当たりなわけで。
キルトはわざとらしく前髪をかき上げ、トバリに向かって微笑んだ。
「お疲れ、様。これで、僕も、アルティディアに協力、できる……」
「なんてことはありません。アルティディアに協力すれば、期待されぬ世界と呼ばれるマジックアルファでも活躍できるでしょう」
「そだね、少なくとも、舞台はそろう。あり、がとうトバリ。近頃、ちょっと事務を担当して、もらって、いいかな」
「操縦練習をなさるのですね? 了解しました。事務仕事は任せてください」
いったい何の話をしているのか、さっぱりである。カタキリはトバリとキルトをちらちらと交互に見ながら首を傾げ、しかし口を挟めずにいる。
トバリとキルトはもう一度会話を交わし、トバリが退出する。彼は暇な人種ではないので、用事が終われば雑談をしている暇などない。
王ながら引きこもったり遊んだり寝たりするニートとは違って、だが……。
「ぬ、主……」
「僕は、アルティディアに協力する、ために、最強の、操縦型の、浮遊船を開発していたんだ。これで、マジックアルファも活躍、できる……」
「主、そんなことを考えていたのでござるか!」
「うん。たまに、夜に抜け出して、トバリを探しに行った。僕は、認識阻害の能力も、あるしね。ようやく、完成したんだ、最強の、武器が」
ずっと前から作っていた。アルティディアが歯車軸の中で動き出し始めたときから、キルトはその最強の浮遊船を作っていたのだ。
デザイン、性能、および攻撃の仕方やメリットとデメリット。それらすべてをキルトが考え、トバリに必要だったのは制作方法の割り出しと実際の制作のみ。
二人が書ける労力は5:5。良く分担できているといえるだろう。しかしカタキリが一番驚いたのは、主の頑張りを自分が気づくことができなかった点だ。
「すみません……」
「いいん、だ。僕は、今まで通り、引きこもるからね。じゃ、寝ます」
「あああ主ぃいいい! 起きるでござるよぉおおおお!」
―――ほら、ちょっと見直したらすぐこれだ。
実は扉の外から中の声を聞いていたトバリは、ふ、と微笑む。暇な人種ではないが、何となく彼らの会話を聞いていたかったのだ。
カタキリの叫びをきっかけに、彼は自分の部屋に向かって歩き出した。
〇
それは三千の世界。
規則を持たず、世界のシステムの歯車に挟まれ、無理やり規則を作られ歯車軸の通りに動く無数の星。
―――それが今、ひとつの列を成した。
三千の星はひとつにまとまり、やがて歯車軸の動きはさらに加速するだろう。一本の線に伸びた三千世界は、次の未来を暗示するようで。
また、次の勇者への道を与えているようで、希望を与えているようで。
今、世界のシステムが怒り狂うときがくる。
今に、世界のシステムと次の勇者がバトルするときがくる。
幸い、今世界のシステムは三千世界が連なった意味を分かっていないが―――。
暗くなった自室の中、点灯もせずにルネックスは空を見上げ、ニヤリと口角を上げた。彼に見えるのは星空ではない。連なった三千の星だ。
―――世界のシステム、あなたは間違っている。
ようやくエピローグ連打に差し掛かりました。
プロットは⑥まで作ってあります。
最後は様々な方を驚かせるような、どでかい花火を放ちたいかなあと思っておりま、す!
引きこもりクズニート君を存分に本文で弄りましたが、本文で度々記されている引きこもりクズニートの部分は、実はカタキリと作者の本音です。
引きこもりでクズでニートなんて、ないないづくしなんて言われるようなそんな奴だって、実は格好いいんだ。格好いい時は、格好いいんだ。
それを伝えたかっただけです。最後のルネックスが怖い件には目を瞑ります。