きゅうじゅうよんかいめ ティアルディア帝国だね?
シェリアは魔導書を、ルネックスはティアルディア帝国の事についておさらいを。そして朝起きたのは四時。合計寝たのは一時間のみ。
それでも健康状態が回復しているのは、単にステータスが神レベルを超えているためだ。休息が必要のない神を超えたのだから、さもありなん。
しかし身体は人間のままなので、一定の休息もとった方がいいのである。
現在は朝九時。シェリアとルネックスはゆっくりとした歩みで魔女の森を去っていた。此処からティアルディア帝国までは国から国への国境を超える半分のみだが、やはりそれなりの距離がある。
スティセリアから馬車を借りるかという提案もあったのだが、二人の魔力と体力で十分一日でたどり着けるので、気持ちだけ貰っておいた。
そして現在に至るのだが、すでにティアルディア帝国の入国門が大きくそびえたっているのが見えてきている。
商人大国と呼ばれるに至っているだけあって、この帝国は人であふれている。来るもの拒まず去る者追わずな姿勢なのである。
なので、身分を証明できるものがあれば誰でも通れる。犯罪記録があれば職務質問的なこともされるが、帝国に悪意がないことが分かれば通れる。
これを見たときにはセキュリティが不十分なのではないかと思ったのだが、帝国を治める女帝の威光のおかげで犯罪者が犯罪を起こしたことは無い。
あくまでティアルディア帝国でだけで、同じ者他の帝国では犯罪を犯す。それほどに、帝国の女帝は凄まじい勢力を持っているのだ。
その門を通るのにはさほど時間はかからない。門番はいるが、冒険者カードを水晶にかざせば通れる、簡単な作業のみのため人は流れるように出ていく。
冒険者カードや身分証明が出来るものに問題があれば、水晶が真っ赤に光る。そしてブー、という高音が鳴って周囲に響くようにする。
これはどの国も手にいれられるような物ではなく、賢者十人が合わさってやっとの事で作り上げた高度な魔道具なのである。
魔道具のどれよりも性能が高いとされ、これを買うのは国ではなければ不可能。それも、帝国以上の格がなければ不可能だ。
まあ、ルネックス達にとって大賢者というスポンサーがいる限り、何秒かで複製されて再現出来てしまうのだが。
この研究に大賢者がかかわれば、どれだけ値段が吊り上がったことか。ルネックスとシェリアは考えてみるだけで身震いがした。
そんなことを思いながら王都への道を高速で突っ走る。商人大国なだけあって人通りが多く、道は大きく広く作られている。
屋台も多く、値段も格安な場所が多いので色んな人が買い求めている。
商人大国だと呼ばれるのは、様々な物の生産地だからである。そう、生産地なだけあって、値段も格安にできるのだ。
昼下がりだが、ほんのりとオレンジに光る街灯が付いている。まあ、人通りが多い道の中で人がイライラしないように、心を落ち着けるためにあるのだろう。
「……さて。どうも、連絡しておいたルネックス・アレキです。ユーリシア女帝はおられますでしょうか?」
「はい。覚えておりますよ、ルネックス殿のために、我が国のスケジュールをずらしましたから、遅れるはずもありません」
「それは感謝させていただきます。早速ですが、ご案内願えますか?」
「勿論です。案内は私、女帝様の護衛執事アレクシスが担当させていただきます」
数時間後、また時間をかけて王都まで転移も使い飛んで来たルネックス達は、王城の門に立つ執事服を着た男に声をかけた。
どうやら最初から待っていたようで、勇者と名が高い彼らならばこの時間に来ることを女帝が予想していたようだ。
想像していたよりも強い人物のようだ、それがルネックスらの感想であった。
また、この執事も護衛執事と名のっている。シェリアが隠れてステータスを解析すると、騎士団長ウリームと同じくらいのレベルだった。
このレベルの執事がいれば、大抵の敵には対応できるだろう。いわゆる万能メイドではなく万能執事と言うやつだ。
無難な黒髪はやや長く、右目の下にほくろがある事が特徴的な、整った顔立ちをした執事がルネックスらを先導して長い廊下を進んでいく。
こんな長い廊下は大帝国でも常に目にしていたので、特に驚くことは無い。勿論アレクシスは彼らが女帝に面会できる資格を持っているかどうか、王城を見て驚くかどうか細かい所についても点数の査定をしている。
それにいち早く気が付いたルネックスは、暗にそれに気づいていると知らせるような挙動を心がけた。
女帝の待つ部屋まで行く間、たったそれだけでアレクシスはルネックスとシェリアの恐ろしさを知った。
シェリアが後ろに付いているだけの女かと思えば、ルネックスをフォローしたり、一人の人間が必然的にできる小さな隙を埋めている。
つまり、少しの隙も無い状態を彼らは常にキープすることができるのだ。
軽い存在に見えて、シェリアの存在はとても重要だ。彼女は、アレクシスの信頼を得るため、舐められないために最善の行動をしている。
思い返し改めてアレクシスは、初めて見る勇者という存在に冷汗を流すのだった。
「こちらで女帝様がお待ちしております。どうぞお入りください。中には私以外の人間はおりませんので、ご安心ください」
「完璧なんですね。ありがとうございます。では、失礼しますね」
「私も、失礼させていただきます。アレクシス様、これまでのご案内どうもありがとうございました」
シェリアの微笑みと共に髪の毛がさらりと揺れる。恋する少年のために、という部分は見えないが日々手入れしているのは分かった。
アレクシスは金で作られた重い扉をいとも簡単に開けてしまうと、室内にて優雅に紅茶を飲んでいる女帝、ユーリシアに一言二言囁いた。
ユーリシアは軽くうなずくと、ルネックス達に視線を向けず座るように言った。
腰まで伸びた鮮やかでみずみずしい黒髪。黒いドレス。神秘的な顔立ち。漂う覇者の雰囲気。コレムとはまた別の名君の雰囲気を出している女性だ。
ユーリシアは紅茶を飲んでいたコップを無音で机に置くと、閉じていた目をゆっくりと開け、今度こそしっかりと彼らを見据える。
「……要件は、既に知っている」
「へえ。お耳が早いですね」
「我々は情報商を有効活用している。極力隠蔽されなければ、我々の耳に入るのは不可避な事だ。知っていただろう?」
「えぇ……まあ。要件を知っているという事ですが、ご決断はされましたか?」
その言葉にユーリシアがニヤリと口角を上げると、ルネックスも口角を上げる。二人の間でしばし火花が飛び散る。
その威圧感にアレクシスが押され気味だったが、すぐにシェリアは何ともない事に気が付く。そして帰ったらもっと訓練しようと誓うのだった。
ルネックス達はまた、無意識に人を強くする行動をしていたのだった……。
その沈黙は数秒か。数分か。数時間か。長くも短くも感じられる時間は、ユーリシアが紅茶のカップを手に持ったのをきっかけに終結した。
彼女は紅茶を一口のみ、ふっと笑った。先ほどのような不敵の笑みではなく、年頃の少女のような柔らかな笑みである。
ルネックスの隣に立つシェリアが恋愛的な危機を感じて、保っていた柔らかな笑みが瞬間強張ったが、それもまた一瞬の事であった。
「我が国へのメリットは、英雄と協力したという肩書。もしくは、あの強靭な魔女の森に出現した魔王の討伐履歴……相当な強さを持つ勇者がリードするのだ、デメリットは人員の欠損がどれほどのレベルになるか分からないところだろうな」
「と、言いますと……?」
「協力しよう。ただし、我々が出すのはAランク以上の冒険者だけだ。そして、お前らの力になるだろう者を誘っておいた」
「ご協力感謝します。私達の力となる者、ですか……」
「ああ。恐らく会ったことはあると思うが……入れ、アテナ」
コップを無音で置いたユーリシアは淡々と分析の結果を述べる。そして何でもないかのように口にした名前―――アテナ。
その名前は聞き覚えのある物だった。つい先日、ルネックスと戦ったばかりの暴風のアテナと呼ばれた少女ではないか。
その仮説を実証するように、入って来た者はルネックスと戦ったあの【アテナ】であった。彼女はルネックス達を見つけると、不敵な笑みを浮かべた。
「女帝ユーリシア様は、皇帝にして英雄の一人でございます。そのユーリシア様に勝利し、私は無事SSランクとなりました。私の母国でSSランクになれたのも、勇者様のおかげでございます」
「アテナ、君は……たった一週間もないうちにSSランクになったのか?」
「母国には私の全ての魔力を使って転移で来ました。私の魔力の訓練もかねて、です。ルネックスさんに負けてしまったので……ここで実力を磨いたんです」
と、アテナは少し恥ずかしそうにはにかむ。そして再度恋愛的危機を感じたシェリアの笑顔が強張るのだったが、やはり一瞬の事だった。
そして二度もそのような危機があったのだが、ルネックスの心がシェリアから動くことがないのもまた、揺るぎない事実である。
ちなみにだが、アテナのSSランク。SSランクとは人格、実力を含める全てが保証されたランク。ギルドの頂点にして、そのギルドの顔。
そんな存在となったアテナの努力は決して軽いものではない。恥ずかしそうにはにかんで居る彼女だが、その笑顔の裏にどれだけの苦しみが積みあがっているのか。
それを考えたシェリアは、込み上がっていた嫉妬の気持ちをそっと落ち着けた。
タイミングでも読んだのか、そんな丁度いい時にユーリシアはす、と洗練された美しい動作でソファから立ち、自らが付けている黒いマントを翻し、扉に向かって何歩か歩く。
「そうだな……私も、参加させてもらおうではないか」
その一言は破壊力が大きく、執事やメイドと共に、ルネックス達やアテナをも驚かせる一言でもあった。
「私が一国の女帝だと舐める事はよすのだぞ。それに私は腐っても英雄だ、戦力にはなるだろう。単純な鍛錬なら毎日続けている」
「しかし……」
「私が弱いからと文句をつけてくる者も多い。その評判を全て黙らせるのに、今回の貴殿らの誘いは都合が良かった」
そういう打算的なモノも含まれていたからこそ、ユーリシアはAランク以上という国にとっても大切な戦力を割く決断が出来たのだ。
さらに国をまとめるために。
さすがに国を扱うほどの根性はない―――ただしできないとは言っていないが―――ルネックスだとしても、その考えは納得できた。
そして―――
〇
これはとても不自然である。軽装をした女帝がルネックスの後ろに居る。ルネックスとシェリアを筆頭に、十何人もの強者がぞろぞろと魔女の森になだれ込んでいる。
ちらりとルネックスが隣を見ればシェリアは苦笑い。斜め後ろを見ればアテナがしばし汗を拭うようなしぐさをしていた。
確かにここまでは遠かったが、高ランク冒険者が苦戦するような道のりではない。
「お待ちしておりました、皆様。私は一応此処の取締役をしております、スティセリアと申します。今後ともお見知りおきを……」
「ほう。一応でも取締役が居たのか。まあ、隅から隅までは管理できないだろう、まれに出る愚か者退治のみが仕事だと私は予想するが?」
「はい。その通りでございます。我が魔女の森では暗黙の了解を最重要としていますので、そのような輩も少ないのですが……」
どこから出てきたのか。瘴気に隠れて見えなかったのか、はたまた最初から此処に居て気配を消していたのか。
一応気配は全員が察していたが、いきなり現れた美しい少女―――スティセリアの姿に進軍を一瞬緩めるのが遅れてしまった。
勿論ルネックスは彼女が魔術を使って隠れていたのも分かるし、彼女が出てくる瞬間に魔力が散開したのも感知できた。
そんなスティセリアだが、すでに女帝と会話を進めてしまっている。
スティセリアの苦い表情に、ユーリシアも察したようで深くうなずいた。ちなみにアテナを抜いた冒険者達は早続きな展開についていけていない。
「そこでこんなことが起きたわけか……もう少し話して居たいところだし、何より事情聴取が終わっていないのだが―――どうやら、ここまでのようだな」
ユーリシアの実力は、その並外れた察知能力が物語っていた。
空気の流れが変わる。
正気の質が変わる。
穏やかながら狂おしい程の怨念が込められた、魔力が空間に噴出する。
何かが変わろうとしていた。魔女の森で、本当の異変が起ころうとしていた。
女帝好きです。アレクシス好きです。彼らの番外編も書きたいんです。ぶっちゃけセリア姉妹よりも好きなんです。
ていうかセリアって、初盤辺りに出てきたフレアルがルネックスに教えた薬草の名前でしたね。
フェンラリアが調理?してあげていたのも覚えています。
ああ―――フェンラリア―――(´;ω;`)フェンラリアは本当に作者の中でダントツ一位の好きなキャラでした。
ストーリー上そんな展開にしないとインパクトがないのは本当ですけどねー。
二月もそろそろ始まります。どうやら二月に出版される小説が結構あるようですね。