サーブとドライブ【挿絵あり】
翌週の火曜日。
学校を終えたモルフォは、母に送ってもらい、青葉けやき卓球クラブへやってきた。
着替えを済ませて練習場へ入ると、天馬が卓球台の上にいくつか球を並べていた。
「今日は最初にサーブをやりましょ」
「サーブですか?」
「ええ。この前、里緒ちゃんにやられたでしょう?」
言われて、モルフォはすぐに思い出した。
強い横回転のかかったサーブ。
普通にバックで返したつもりなのに、ラケットに当たった球は大きく横へ逸れてしまった。
「あれ、やりたいです!」
「そう言うと思ったわ」
天馬が笑い、一球を手に取る。
「サーブは、相手より先に自分から仕掛けられる一球なの。回転や長さ、コースを変えれば、そのあとの展開も作れるわ」
「そのあとの展開?」
「たとえば相手が返しにくい回転をかけて、甘い球を返させるとかね。もちろん、強い回転や厳しいコースで相手が返せなければ、そのままサービスエースを狙うこともできるわ」
「サーブだけで一点取れるんですね」
「そういうこと」
天馬が台の端へ立った。
「里緒ちゃんが使ったのは横回転。球の横を薄くこすって、横向きの回転をかけるの」
左手で球を上げ、右手のラケットを振る。
ラケットが球の横を鋭くこすった。
低くネットを越えた球は、モルフォのコートで跳ねると横へ逃げるように曲がった。
「おお……」
「強く叩くんじゃなくて、薄くこするのが大事。やってみましょ」
「はい!」
モルフォも球を持つ。
見よう見まねで上げ、ラケットを振った。
パコン。
球はほとんど回転せず、まっすぐ飛んでいく。
「……全然違う」
「今のは当てすぎね。もっと薄く」
もう一球。
今度は球の横をこするつもりで振ったが、ラケットの端に当たり、斜めへ飛んでいった。
「難しい……」
「当然よ。最初から里緒ちゃんみたいにかけられたら、アタシが困るわ」
天馬はもう一度、ゆっくり見本を見せる。
強くぶつけるのではなく、球の表面を薄くこする。
モルフォも何度も真似をした。
十球、二十球と続けるうちに、ようやく少しだけ横へ曲がる球が出る。
「あ、今の!」
「そう。その感触よ」
ほんの少し曲がっただけだった。
それでもモルフォは、すぐに次の球を手に取った。
「もう一回お願いします」
「ふふ。いいわよ。じゃあ、あと何本かやってみましょ」
「はい!」
何度か繰り返してから、天馬が球を集めた。
「サーブはこれから少しずつ種類を増やしていきましょ。次はドライブね」
「ドライブ……」
里緒との試合でも、何度も見た打ち方だった。
「ドライブにもフォアドライブとバックドライブがあるけど、その前に、モルフォちゃんには覚えてほしいことがあるの」
「なんですか?」
「同じドライブでも、使い方が違うってこと」
天馬は少し離れた場所にいる光輝を見る。
「まずは違いを見た方が早いわね。光輝、お手本よろしく。このくらいなら大丈夫でしょ?」
光輝は自分の手首を一度確かめるように見てから、静かに頷いた。
「無理はしないでね」
光輝はスマートフォンをポケットへしまい、ラケットを持つ。
「最初は、しっかり回転をかけるドライブからね」
天馬が緩めの球を送った。
光輝は球を引きつけると、手首へ負担をかけないよう力を抑えながら、ラケットを下から前へ振り上げた。
球の表面をこすり、前進回転をかける。
パァン。
白い球が大きな弧を描いて飛んだ。
高い軌道だったのに、途中から沈み込むように相手コートへ落ちる。
「すごい……! 迫力も里緒ちゃんと全然違う」
「元世界三位を十歳と比べるのは、さすがに里緒ちゃんがかわいそうよ」
天馬が苦笑する。
「今の球には前進回転がかかっていたの。回転が強いほど、球が下へ沈みやすいのが特徴よ。そして、ドライブにはフォアだけじゃなくバックもあるわ」
天馬が今度はバック側へ球を送った。
光輝は身体の前からラケットを振り上げ、同じように回転をかけて返す。
「こっちがバックドライブ。さっきのがフォアドライブね」
「里緒ちゃんも、これを使ってるんですよね?」
光輝が頷く。
そして先ほどしまったスマートフォンを取り出し、文字を打つと、その画面をモルフォに見せた。
『そう。あの歳ではかなり上手い。』
「じゃあ、私もこれを?」
「使えるようにはするわ。でも、モルフォちゃんの基軸はもう一つの方ね」
光輝が再びスマートフォンをしまう。
天馬は今度は、さっきより速い球をフォア側へ送った。
光輝は台の近くから下がらない。
球が高く上がりきる前に捉え、コンパクトにラケットを振る。
パァン!
大きく振ったわけではない。
それなのに、返ってきた球はさっきよりも早く天馬のコートへ入った。
「速い……!」
「これがカウンタードライブよ。相手が打ってきた球の勢いと回転を利用しながら、自分でも回転を加えて返すの」
もう一球。
今度はバック側。
光輝は早い打点で捉え、低い軌道で相手コートへ返した。
「カウンタードライブにも、フォアとバックがあるわ」
モルフォは光輝のラケットをじっと見る。
「どっちもドライブなんですね」
「そうよ。でも、使い方が違うの」
天馬が台の近くを指した。
「モルフォちゃんは前陣カウンター型。台の近くで早く捉えて、相手の球威を利用するカウンタードライブが基軸になるわ」
「じゃあ、最初に見せてもらった方は?」
「試合で、ずっと前にいられるとは限らないでしょう?」
「……あ」
里緒との試合を思い出す。
左右へ振られ、何度も台から離されそうになった。
「ええ。そういう時に、自分からしっかり回転をかけて返せると楽になるの」
「だから、両方?」
「そう。カウンタードライブを基軸にして、もう一つも使えるようにしていく。それが今の目標ね」
光輝が頷く。
「両方やるんですね」
「欲張りでしょ?」
「……やりたいです」
「でしょうね。目がキラキラしてるもの」
天馬が楽しそうに笑った。
「じゃあ、まずはカウンタードライブから」
モルフォは台の近くで構える。
天馬が少し速めの球をフォアへ送った。
早く触ろうとして、モルフォは大きくラケットを振る。
球は相手側のコートに落ちることなく、そのまま台を越えていった。
「あっ」
光輝がスマートフォンへ文字を打つ。
『振りすぎ。』
続けて、
『相手の力を使う。』
「相手の力……」
もう一球。
今度は大きく振らない。
バウンドした球が高く上がる前に、コンパクトにラケットを出した。
パァン。
低く速い球が相手コートへ入る。
「入った!」
「そうそう。今の感じ」
次はバック側。
一球目はネットにかかった。
「もう一回お願いします!」
二球目。
今度は早い打点で捉え、相手コートへ返す。
その後もフォアとバックを交互に繰り返した。
強く振りすぎれば外れる。
遅れれば、相手の勢いをうまく使えない。
何本か続けたところで、天馬が球出しを止めた。
「じゃあ、次はもう一つの方ね」
「回転をかけるドライブ?」
「そう。今度は相手の球威を借りるんじゃなくて、自分で回転を作るの」
天馬から緩めの球が来る。
モルフォは先ほどの光輝を思い出し、ラケットを下から振り上げた。
だが、球は高く上がりすぎて台を越えていった。
「難しい……」
もう一球。
今度は強く当てるのではなく、球の表面をこすることを意識する。
ラケットが球を捉えた。
白い球が弧を描き、ぎりぎりで相手コートへ落ちる。
「入った!」
モルフォの顔が明るくなる。
光輝も小さく頷いた。
「今のは入ったけど、まだ回転は弱いわね」
「もっとできます」
「ふふ。じゃあ、もう少しやってみましょ」
フォアドライブを何本か続けたあと、バックドライブにも挑戦する。
一球目はネット。
二球目もネット。
三球目でようやく越えた。
「……フォアよりこっちの方が難しい」
「焦らなくていいわ。今日だけで完成させるものじゃないんだから」
カウンタードライブ。
自分から回転を作るドライブ。
どちらにもフォアとバックがある。
今日覚えたばかりで、まだ思ったようには打てない。
それでも、できないことが増えたとは思わなかった。
むしろ、できるようになりたいことが、また増えた。
「もう一回お願いします!」
モルフォが構えると、天馬は球を持ったまま笑った。
「その調子。でも、大会までもうあまり時間はないわよ」
「……あと、どれくらいですか?」
「二週間もないわね」
モルフォは手にしたラケットを見る。
横回転のサーブ。
カウンタードライブ。
そして、自分から回転を作るドライブ。
どれも今日覚えたばかりだ。
大会までに、どこまで自分のものにできるのか。
モルフォにはまだ分からない。
「じゃあ、もっと練習しないと」
光輝が小さく頷いた。
天馬が次の球を手に取る。
大会までに間に合うかどうかは分からない。
それでもモルフォはラケットを構え、飛んでくる次の球を待った。




