帳簿で店主を守れ①
翌朝。ロンドの店の倉庫の隅を借りて眠らせてもらった。木の板の上で背中が痛い。
経理部で椅子に倒れ込んで仮眠していた生活と大差ないと思ったのは気のせいだろうか。
「よう、起きたか」
ロンドが陽気に声をかけてきた。手には湯気の立つスープのようなものを持っている。
「これ食え。かみさんが作った」
「ありがとうございます」
一口飲む。塩辛い。でも温かい。
「うまい」
ロンドは満足そうに頷いた。
「で、早速なんだが。帳簿とやらを作るのに何が必要なんだ」
やる気になってる。昨夜の借金返済宣言が効いたらしい。
「まず書くものが必要です。羊皮紙とペン、インクはありますか」
「それならある。商売してりゃ必要だからな」
ロンドが奥から一式持ってきた。品質はお世辞にも良いとは言えないが、十分だろう。
「では始めましょう」
琉架は羊皮紙に縦線を一本引いた。
「まずこれが帳簿の基本形です。左が借方、右が貸方」
「昨日も言ってたな。借方と貸方」
「ロンドさんのお店で今何が起きているかを整理します。まず在庫の商品、昨日確認した金額は金貨50枚分でしたよね」
「そうだな」
「これを借方に書きます。商品、金貨50枚。そして右の貸方には、この商品をどうやって手に入れたかを書きます。ゴルバさんから仕入れて、まだ支払っていない分は買掛金です」
「ゴルバへの支払いはまだ全額返済してなかったな。利息の金貨30枚は未払いだ」
「では貸方に、未払利息、金貨30枚」
「なるほど……なるほど?」
ロンドの顔が少しずつ険しくなっていく。これは俺が経理部に配属されたときも通った道だ。最初は誰でもこうなる。
「一旦ここまで大丈夫ですか」
「まだついていけてる。続けてくれ」
なかなか根性がある。
琉架は続けた。借金の300枚を長期借入金として記載する。利息は月1割だから毎月30枚が消えていく計算だ。
「月30枚が利息だけで飛んでいくんですよ」
「……そうか」
ロンドの顔から笑顔が消えた。
「昨日の売上が金貨30枚でしたよね。利息だけで全額持っていかれています」
「つまりどういうことだ」
「元本は一切減っていません」
しばらく沈黙が続いた。奥さんが台所の方から顔を出した。
「だから言ったじゃないか。先月も先々月も。あんたが聞かないから」
「……俺が悪かった」
珍しくロンドが素直だ。現実の数字を目の前に並べられると、言い訳ができない。俺も経理部で何度も似たような場面を見てきた。
「では今後の方針を考えましょう。優先順位は三つです」
琉架は指を立てた。
「まず一つ、利息を減らすために借金を早期に返済すること。二つ、毎月の収支を帳簿に記録して利益を正確に把握すること。三つ、仕入れコストを見直すこと、四つ、借金の利息を減額してもらうこと」
「仕入れコストの見直し?利息の減額?」
「仕入れている商品の原価率を計算していないですよね。売値に対して仕入れ値の割合が高すぎると、売れても儲からないことがあります」
奥さんが目を見開いた。
「それ、ずっと気になってたんだよ。売れてるのにお金が残らないって」
「おそらくそれが原因の一つです。一度、商品ごとの仕入れ値と売値を全部洗い出しましょう」
「わかった」
奥さんが帳場に走っていく。この人が経理担当になれば頼もしいな。琉架はそう思いながら、羊皮紙に売上原価と売上総利益の欄を書き加えた。
と、そのとき。
「ロンドさん、そろそろ利息分の支払いの時期だぞ」
店の入口から野太い声が聞こえた。恰幅のいい男が立っている。笑顔だが目が笑っていない。
……取立てか。
「あー、利息か。今月も来てくれたね。今ちょっと立て込んでてな」
「そんなこと言ってもな。金貨30枚、今日中に用意できるか」
男の視線が琉架に向いた。
「なんだ、その変な恰好の奴は。あ!お前あの時のヒョロ野郎か。」
「こちらで経理の専門家として働いています」
琉架は思わず名乗り出た。
「経理?なんだそれは」
「お店のお金の流れを管理する専門職です。こちらで帳簿作成のお手伝いをさせていただいております。ゴルバさんから借りている借金の利息ですが、どう考えても法外な利息だと思うのですが」
男の顔色が変わった。
「……なんだと」
「こちらをご覧ください」
琉架は羊皮紙を広げた。ゴルバ琉架を睨め付けながら席についた。
数字は嘘をつかない。これは、異世界でも同じだった。
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