表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
経理部が異世界転生したら無双した件  作者: shiki


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/30

正当な王の帰還

謁見の間で、トッドが懐を押さえた。


 震えていた。


 懐のピコだ。取り出すと、頭の房が青白く光っていた。声が流れてきた。


 ソレルの声だった。


『——先王エドモン。あの方は——我々が毒殺したのだ』


 謁見の間が、完全に凍りついた。


 衛兵が動きを止めた。廷臣が顔を見合わせた。王が、玉座の肘掛けを強く、強く握りしめた。


 「あのたわけが......」


 アーシュリは、目を閉じ、静かに一呼吸した。


 そして、目が開いた。


 両手が、ゆっくりと前へ広げられた。


 指の間から、光が生まれた。


 光の刃が、宙に並んでいく。その魔法は、かつて師が前線で振るったものと同じだった。


 アーシュリはドルクを見た。


「死罪になるのは、お前たちだ」


 光の刃が飛んだ。


 ドルクが後ろへ跳ぶ。半分が石床を深く抉り、残る半分がドルクの衣を引き裂いた。


 謁見の間に、静寂が落ちた。


 その静寂の中で——衛兵の一人が、槍を下ろした。


 また一人が、剣を鞘に収めた。


「先王の死は、毒殺だったのか」


 低い声が、静寂を破った。「今皆も聞いたはずだ」


 一人が前に出た。次に、もう一人が続いた。


 矛先が変わっていく。静かに。しかし、確実に。


 謁見の間の空気が、ゆっくりと反転した。


ーーーーーーーーーーーーーー

 数刻前、港。


 ピコから流れてきたソレルの声が、波止場の男たちの耳を貫いていた。老いた漁師が桶を置いた。荷運びの男が歩みを止めた。屋台の主人が布を下ろした。


 誰も声を出さなかった。


 出せなかった。


 怒りというのは、あまりにも大きいと声にならない。波止場の男たちの肩が、拳が、奥歯が、静かに震えていた。


 そこへ——港の入口に、見たことのない船影が現れた。


 旗がない。どの国の紋章も刻まれていない、傷だらけの大型船だった。北の海を渡ってきた船だった。誰かが「あれは……」と言い、その船から出てくる一行を見守った。


-------------------

 ソレルは言い訳を始めた。


「待ってくれ。私は……指示されただけだ。父上と兄上に言われた通りに動いただけで、私自身は何も——」


「黙れ」


 ティスの声だった。


 ティスの声は落ち着いていた。静かな視線がソレルに向けられる。


 次の瞬間——雷が走った。


 剣を抜いた。剣身に雷が走る。縦に、横に、螺旋を描くように光が巻き上がった。


「雷光斬——」


 閃光が謁見の間を切り裂いた。ソレルの身体を中心に衝撃が弾ける。石床が砕け、柱にひびが走った。ソレルはひとことも発することなく、その場に倒れ伏した。


 静寂が部屋を包んだ。


------------------

 衛兵たちの向いていた槍の先が、ゆっくりと、方向を変えていく。


 ドルクへ、そして——玉座のエドガーへ。


「……お前たちだったのか」


 ライガーの声は低かった。十二年、牢の中で積み上げてきた何かが、その一言に全て込もっていた。


 ドルクに向けて足を踏み出した。


 ドルクが剣を抜いた。ライガーへ斬りかかろうとした。

 ライガーの力が拳に収束し、ドルクへ殴りかかる。拳を受けたドルクの剣が根元から折れた。刃が床に落ち、乾いた音が広間に響く。


 ライガーの拳がドルクの胸に叩き込まれた。


 衝撃波が弾けた。大きな体が石壁まで吹き飛ぶ。壁が陥没し、破片が降り注ぐ。ドルクがずるずると崩れ落ちた。


 王が後退った。玉座の肘掛けを掴むが、立ち上がれない。


「ま、待て——! 褒美だ! お前たちが望むものを何でもやる! 朕に従えばそれだけの——」


 広間を満たした怒りは、もうそんな言葉が届くわけがなかった。


 アーシュリが手を持ち上げた。指先に光が生まれる。二条の刃が宙に並び——走った。


 王の両肩を貫き、刃は石壁に深く刺さった。


 王は壁に磔にされたまま、苦痛に顔を歪めて喘ぐ。


「なぜそんなことをした」


 ライガーが王の眼前に立った。


 そこへ、ティスと琉架が戻ってきた。


 気絶したソレルを引きずってきて、謁見の間の中央に無造作に放った。ソレルの身体が石床を滑り、止まる。


 王が、口を開いた。


「……先王が、憎かった」


 声は震えていた。しかし嘘ではなかった。誰の目にも、それはわかった。


「朕は、この王宮の中で……ずっと、空気も同然の扱いを受けてきた。兄は民に慕われ、兵に慕われ、何をしても讃えられる。朕が何をしても、兄の影が、どこまでもついてきた。王になってすら、それは変わらなかった」


 誰も遮らなかった。


「クロヴィスが来て……言ったのだ。朕には力があると。朕が望むなら手を貸すと。あの男に唆されて、朕は——」


 矢が、来た。


 一本。二本。三本。四本。


 王の言葉が、途中で止まった。


 クロヴィスが拳をたたきつけ、窓ガラスが砕け散る。


 風が謁見の間に流れ込み、カーテンを大きくはためかせた。砕けたガラスの破片が光を受けて、床に光を散らす。


 クロヴィスの顔に焦りはない。ただ静かな怒りがその内からこぼれ出ていた。


 倒れていたドルクが、ゆっくりと立ち上がった。その輪郭がゆっくりと溶けていく。筋肉が縮み、骨格が変わり、声が変わる。ドルクだった者は——一人の女になっていた。長い黒髪。冷たい目。彼女は何も言わず、クロヴィスの隣へと俊敏に移動した。


「……あと少しだったのに」


 クロヴィスが言った。声が、怒りで微かに震えていた。


「この王を使って、国を少しずつ、少しずつ疲弊させていく。民を追い詰め、希望を奪い、土台から崩れ落ちるその瞬間を待つ。それだけでよかった。そいつの愚王っぷりは見ていて滑稽だったぞ。」


 目が、琉架に向いた。


「それが——お前のせいで、すべて台無しになった」


 刃のような沈黙が落ちた。


「覚えておけ。我が帝国は必ずお前たちを滅ぼす。近い将来、我が国の大群がこの国に押し寄せるだろう」


 クロヴィスの指が、まっすぐ琉架に向けられた。


「お前から受けた仕打ちは必ず返す。必ず——殺す」


 轟音が響いた。


 王宮の石壁を突き破るように、竜が現れた。黒に近い鱗、広げた翼が風を起こし、石壁を揺らす。クロヴィスが飛び乗る。女もその後ろへ。


 ライガーが駆け出した。


「待て——!」


 竜が翼を打つ。一打、二打。空へ、北の空へその影は吸い込まれていく。ライガーが窓枠に手をかけたときには、もう、闇の中に小さな点になっていた。


 ライガーの手が、窓枠を強く握りしめた。

「あいつらはいったい............」


 静寂が戻る。


「……まだ生きてたんだ、ライガーさん。久しぶりだね」


 アーシュリの声が、ライガーの背に届いた。


 ライガーがゆっくりと振り返った。成長はしているが、十二年前と変わらない顔。しかし、かつての目の輝きは無くなっていた。


「……お前は随分といい女になったな」


 アーシュリが、盛大に眉を顰めた。


「キモっ。おっさん。そういうとこだぞ」


 部屋に、重い空気が落ちた。ライガーとアーシュリのやりとりを笑える雰囲気ではなかった。


 王は死んでいる。ソレルは気絶している。クロヴィスは逃げた。


 みなが、互いの顔を見た。


 だれかが、ぽつりと言った。


「……この国は、これからどうなる」


 正当な後継者がいない。血筋は、今この瞬間、途絶えた。誰が統治するのか。民はどうなるのか。問いが重なり、答えが出ないまま空気の中に漂っていく。


 不安が、部屋を満たしはじめたその時。


 扉が開いた。


 ノルマン王国から帰還したレオナールが入ってくる。傍らにドヴァン。二人の背後には、精鋭の衛兵たちが続いていた。


 レオナールの目が、部屋の惨状を静かに見渡した。砕けた窓。倒れたソレル。壁に刻まれた傷。死んだ王を。そして——ライガーを、ゴルバを、一人ずつ、順番に。


 ドヴァンの視線がアーシュリを捉えた。アーシュリが、ドヴァンを視線に入れる。かつてアーシュリの頭を撫でた右腕が無くなっていた。顔、左腕には無数の傷が生々しく残っていた。


 レオナールがゆっくりと、前へ出た。

ようやく1章の終わりが見えてきました。お付き合いいただきありがとうございました。まだまだ続きます。次回もお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ