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決選のワールウィンド  作者: D.N.Tおじ


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14/19

断章:トーリの記憶

 ぼくは三番目だった。


 第一王子・アイン。

 第二王子・スヴァイ。


 アインは優秀だった。幼少の(みぎり)から才覚を示した。

 "勇者"も、国王も、第一王子が継げば良い。

 何かあっても、第二王子がいる。


 代わりの、代わり。

 要らない子。


 それが、トーリ・K・ユーシアだった。


 だから、ぼくが選ばれた。

 ティエス・ワールウィンド公爵令嬢の婚約者に。

 彼女が××××であることは、事前に聞かされていた。


『トーリ、あなたはいい子だから、ママとパパの言う事が聞けるわよね』


 母の言葉に、ぼくは『はい』と答えた。

 求められたことに、求められるまま。


・・・・・・


 仲良くしなさい、と言われたから。

 ぼくはワールウィンド公爵領に向かった。

 数えで五つになる頃だったか。


『おチビ、まいご?』


 歳上の彼女は、当時のぼくからみて、ずいぶんと大きく見えた。

 半袖に、半ズボン。むき出しの手足は日に焼けて、ところどころに擦り傷をつくっている。

 虐待でもされているのだろうか。

 ぼくは不思議に思った。


『おはつにおめにかかります。ティエス・ワールウィンドこうしゃくれいじょうさま。こんやくしゃの、トーリ・K・ユーシアともうします』


 ぼくは、習った作法の通りに礼をした。


『気持ち悪りぃしゃべり方やめろ』


 彼女は、嫌そうな表情だった。


・・・・・・


 ぼくは、彼女の後ろをついて歩いた。

 彼女は、鬱陶しそうにこちらを振り返ったりしたけれど、とくに何も言わなかった。


 彼女はよく外に出た。

 お付きのメイドと馬に乗って、山の方へと出かけていた。

 周りの従者たちは止めなかった。

 彼女とともに行動していたのは、お付きのメイド一人だけだった。


 ある日、ぼくが馬に乗って出かける彼女たちを見送ろうとすると、メイド━━ジルが、ぼくの方を振り向いて、言った。


『一緒に来ます?』


 ぼくが頷くと、ジルは、ぼくをひょいと抱きかかえて馬に乗せた。


『ふり落とされんなよ〜』


 背中越しにティエスの声が聞こえて、彼女の片手がぼくのお腹を抑えた。


 新鮮だった。

 馬の背に揺られる振動。

 流れていく景色。

 背中から感じる、温かさ。

 ぼくは、


 酔った。

 馬が足を止める頃には、景色どころではなかった。

 ジルが水の入ったコップを差し出してくれた。

 ぼくは、水を一口飲んで、木陰で横になっていた。


・・・・・・


 馬酔いが落ち着いた頃、ぼくは二人の姿を探した。

 山間の村だった。

 土と水と草の匂いがした。

 何人かの、作業をしている村人たちがいた。

 一人の男性が、ぼくに向かって言った。


『おめえ、お嬢の連れだろ?お嬢なら、いつものとこだよ』


 ぼくは彼に礼を言って、指差した方向へと歩いていった。


 ぼくがティエスの姿を見つけたとき、彼女は橋の上に立っていた。

 橋、なのだろうか。

 幅の広い川の岸から岸へと渡すように、粗末な造りの板が組み合わさっている。


 彼女は、その場で跳んだ。

 勢いよく着地した。


 ご。


 鈍い音がした。

 間があって、橋脚が折れた。

 橋が壊れて、彼女は川に落ちた。

 川の流れは早く、彼女は『うぎゃあ』などと悲鳴をあげながら、ざぁっ、と流されていった。


『残念』


 川沿いに立っていたジルが、ティエスを川からつまみ上げて言った。


『わたるところは大丈夫だった。次は足をほ強すればいい』


 ティエスは、胡座をかいて、頬杖をついた。


『なにをされているのですか……?』


 ぼくは聞いた。


『橋。ここにあったら、楽じゃない?』


 ティエスは答えた。


『かわをわたりたいなら、ぼくが、みずをこおらせます。はしをわたしたいなら、おうこくきしだんをはけんして、つくらせます』


 ぼくは、効率の良い手段を答えた。


『かーっ。これだからお貴族様は』


 ティエスは、ぼくの返答を聞いて、(かぶり)を振った。


『この村には、魔法の使えない、わたしみたいな村人が住んでるの。だから、魔法が使えなくてもわたせる橋じゃなきゃダメなの』


 ティエスは、立てた人差し指を振りながら、ぼくに語った。

 ぼくは、勢いに圧されて『そうなんですね』と答えた。

 魔法が使えなくても、誰でも使えるようにする。という発想がなかったから。


『ティエスさまは、きぞくがおいやなのですか?』


 ぼくは、何気なしにそう聞いてしまった。


『……親父さぁ。わたしのこと、さけてると思わない?』


 ティエスは、寂しげな表情で言った。


『そんなことはありません』


 ぼくは、ワールウィンド公がどれだけ手を回しているかを知っていたから、そんなわけがないと分かっていた。


『"けん者"の娘が、魔法の一つもろくに使えないなんて。ありえるか?顔も全ぜんにてないし。……本当に、娘なのかな、って』


『…………』


 ぼくは、口を開こうとして、閉じた。

 ティエスが××××だと知っていたから、ぼくには答えることが出来なかった。

 聡いティエスには、それで十分に過ぎた。


『━━やっぱり、お前もそう思うか』


 ティエスは、寂しそうに笑った。


・・・・・・


 その後。

 ティエスは、すぐに次の橋の製作に取り掛かった。

 村人たちも手伝っていた。


 どうやらこの山村は、戦災者を集めた開墾地だったらしい。

 陣頭指揮はティエスが取っていた。

 大人や子どもの入り混じる中で、率先して砂や木屑に塗れて作業をする彼女は、周囲から慕われているようだった。


 日が傾いて、空に朱が滲む頃。

 裸足で駆け回っていた彼女は、足や服の泥を落とす為に、川の流れで濯ごうとしていた。


『トーリ坊ちゃんは、水魔法が得意なのですよね』


 ジルに話しかけられた。

 ぼくは頷いた。


『お嬢様が綺麗にするのを、手伝ってあげてください。水の流れを操って』


『わかりました』


 ぼくは、ジルの求めに応じて、川から水を蛇のように練り上げる。

 ティエスの服や身体を包むように、流れの穏やかな水の帯を巻きつけていった。


『べんり〜』


 ティエスは、笑いながら汚れを落としていった。

 ジルも、口の端を少し上げた。


『さて。これで、トーリ坊ちゃんも共犯です。お嬢様が暴れた証拠を隠滅してしまいました。ムーディッヒに危ないことがなかったかと聞かれても、黙っておくように。じゃないと、あなたも怒られます』


『えっ』


 ぼくはジルに謀られて、秘密を共有させられることになった。

 この秘密は、嫌ではなかった。


・・・・・・


 次の日も、ぼくたちは山林に向かった。


 村人たちの手伝いもあって、今度はもっと太い橋が、川にかけられた。


 ティエスは、橋の上に乗った。

 その場で、思いっきり跳んだ。

 着地しても、橋は壊れなかった。

 ティエスは、笑顔で振り向いた。


『トーリ!』


 ぼくも、橋の上に乗った。

 ティエスが、わくわくした表情でぼくを見つめていた。

 ぼくは、その場で思いっきり跳んだ。

 着地しても、橋は壊れなかった。

 ぼくとティエスは、顔を見合わせた。


『ジル!』


 ティエスが、ジルに向かって手を振った。

 ジルは、肩をすくめてから、橋の上に乗った。

 ティエスが、ぼくも、わくわくした表情でジルを見つめていた。

 ジルは、その場で軽く跳んだ。

 着地して、


 ばき。


 と、音がした。

 橋は壊れた。

 橋脚が折れて、橋が、くの字に折れ曲がった。

 ぼくたちは、流れの早い川に投げ出された。

 ジルが、両手でティエスとぼくを引っ掴むと、川岸まで泳いでいった。


『なんだよ、もー!成功したと思ったのに!!』


 ティエスは、ぷりぷりと怒っていた。


『……ジルさん、が、……おもかった、から……?』


 ぼくは、思わず失言をこぼしていた。

 王宮だったら、あり得ないことだ。

 当時のぼくは子どもだったし、あの村では、ぼくはただの子どもでいられたのだと思う。


『は??』


 ジルの拳骨が、ぼくのこめかみをぐりぐりと抉った。


『よっしゃ、トーリ!つぎはジルが乗ってもこわれない橋を作るぞ!!』


『は???』


 ジルの拳骨が、次はティエスに降り注いだ。


『━━っふ、』


 それが、なんだか可笑しかった。


『ふふ、あはははは!』


『━━なーんだ。お前、そんなかおもできるんだな』


 これが、ぼくがティエスと初めて会ったときの記憶。

 これが、ぼくが初めて心から笑ったときの記憶。

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