断章:トーリの記憶
ぼくは三番目だった。
第一王子・アイン。
第二王子・スヴァイ。
アインは優秀だった。幼少の砌から才覚を示した。
"勇者"も、国王も、第一王子が継げば良い。
何かあっても、第二王子がいる。
代わりの、代わり。
要らない子。
それが、トーリ・K・ユーシアだった。
だから、ぼくが選ばれた。
ティエス・ワールウィンド公爵令嬢の婚約者に。
彼女が××××であることは、事前に聞かされていた。
『トーリ、あなたはいい子だから、ママとパパの言う事が聞けるわよね』
母の言葉に、ぼくは『はい』と答えた。
求められたことに、求められるまま。
・・・・・・
仲良くしなさい、と言われたから。
ぼくはワールウィンド公爵領に向かった。
数えで五つになる頃だったか。
『おチビ、まいご?』
歳上の彼女は、当時のぼくからみて、ずいぶんと大きく見えた。
半袖に、半ズボン。むき出しの手足は日に焼けて、ところどころに擦り傷をつくっている。
虐待でもされているのだろうか。
ぼくは不思議に思った。
『おはつにおめにかかります。ティエス・ワールウィンドこうしゃくれいじょうさま。こんやくしゃの、トーリ・K・ユーシアともうします』
ぼくは、習った作法の通りに礼をした。
『気持ち悪りぃしゃべり方やめろ』
彼女は、嫌そうな表情だった。
・・・・・・
ぼくは、彼女の後ろをついて歩いた。
彼女は、鬱陶しそうにこちらを振り返ったりしたけれど、とくに何も言わなかった。
彼女はよく外に出た。
お付きのメイドと馬に乗って、山の方へと出かけていた。
周りの従者たちは止めなかった。
彼女とともに行動していたのは、お付きのメイド一人だけだった。
ある日、ぼくが馬に乗って出かける彼女たちを見送ろうとすると、メイド━━ジルが、ぼくの方を振り向いて、言った。
『一緒に来ます?』
ぼくが頷くと、ジルは、ぼくをひょいと抱きかかえて馬に乗せた。
『ふり落とされんなよ〜』
背中越しにティエスの声が聞こえて、彼女の片手がぼくのお腹を抑えた。
新鮮だった。
馬の背に揺られる振動。
流れていく景色。
背中から感じる、温かさ。
ぼくは、
酔った。
馬が足を止める頃には、景色どころではなかった。
ジルが水の入ったコップを差し出してくれた。
ぼくは、水を一口飲んで、木陰で横になっていた。
・・・・・・
馬酔いが落ち着いた頃、ぼくは二人の姿を探した。
山間の村だった。
土と水と草の匂いがした。
何人かの、作業をしている村人たちがいた。
一人の男性が、ぼくに向かって言った。
『おめえ、お嬢の連れだろ?お嬢なら、いつものとこだよ』
ぼくは彼に礼を言って、指差した方向へと歩いていった。
ぼくがティエスの姿を見つけたとき、彼女は橋の上に立っていた。
橋、なのだろうか。
幅の広い川の岸から岸へと渡すように、粗末な造りの板が組み合わさっている。
彼女は、その場で跳んだ。
勢いよく着地した。
ご。
鈍い音がした。
間があって、橋脚が折れた。
橋が壊れて、彼女は川に落ちた。
川の流れは早く、彼女は『うぎゃあ』などと悲鳴をあげながら、ざぁっ、と流されていった。
『残念』
川沿いに立っていたジルが、ティエスを川からつまみ上げて言った。
『わたるところは大丈夫だった。次は足をほ強すればいい』
ティエスは、胡座をかいて、頬杖をついた。
『なにをされているのですか……?』
ぼくは聞いた。
『橋。ここにあったら、楽じゃない?』
ティエスは答えた。
『かわをわたりたいなら、ぼくが、みずをこおらせます。はしをわたしたいなら、おうこくきしだんをはけんして、つくらせます』
ぼくは、効率の良い手段を答えた。
『かーっ。これだからお貴族様は』
ティエスは、ぼくの返答を聞いて、頭を振った。
『この村には、魔法の使えない、わたしみたいな村人が住んでるの。だから、魔法が使えなくてもわたせる橋じゃなきゃダメなの』
ティエスは、立てた人差し指を振りながら、ぼくに語った。
ぼくは、勢いに圧されて『そうなんですね』と答えた。
魔法が使えなくても、誰でも使えるようにする。という発想がなかったから。
『ティエスさまは、きぞくがおいやなのですか?』
ぼくは、何気なしにそう聞いてしまった。
『……親父さぁ。わたしのこと、さけてると思わない?』
ティエスは、寂しげな表情で言った。
『そんなことはありません』
ぼくは、ワールウィンド公がどれだけ手を回しているかを知っていたから、そんなわけがないと分かっていた。
『"けん者"の娘が、魔法の一つもろくに使えないなんて。ありえるか?顔も全ぜんにてないし。……本当に、娘なのかな、って』
『…………』
ぼくは、口を開こうとして、閉じた。
ティエスが××××だと知っていたから、ぼくには答えることが出来なかった。
聡いティエスには、それで十分に過ぎた。
『━━やっぱり、お前もそう思うか』
ティエスは、寂しそうに笑った。
・・・・・・
その後。
ティエスは、すぐに次の橋の製作に取り掛かった。
村人たちも手伝っていた。
どうやらこの山村は、戦災者を集めた開墾地だったらしい。
陣頭指揮はティエスが取っていた。
大人や子どもの入り混じる中で、率先して砂や木屑に塗れて作業をする彼女は、周囲から慕われているようだった。
日が傾いて、空に朱が滲む頃。
裸足で駆け回っていた彼女は、足や服の泥を落とす為に、川の流れで濯ごうとしていた。
『トーリ坊ちゃんは、水魔法が得意なのですよね』
ジルに話しかけられた。
ぼくは頷いた。
『お嬢様が綺麗にするのを、手伝ってあげてください。水の流れを操って』
『わかりました』
ぼくは、ジルの求めに応じて、川から水を蛇のように練り上げる。
ティエスの服や身体を包むように、流れの穏やかな水の帯を巻きつけていった。
『べんり〜』
ティエスは、笑いながら汚れを落としていった。
ジルも、口の端を少し上げた。
『さて。これで、トーリ坊ちゃんも共犯です。お嬢様が暴れた証拠を隠滅してしまいました。ムーディッヒに危ないことがなかったかと聞かれても、黙っておくように。じゃないと、あなたも怒られます』
『えっ』
ぼくはジルに謀られて、秘密を共有させられることになった。
この秘密は、嫌ではなかった。
・・・・・・
次の日も、ぼくたちは山林に向かった。
村人たちの手伝いもあって、今度はもっと太い橋が、川にかけられた。
ティエスは、橋の上に乗った。
その場で、思いっきり跳んだ。
着地しても、橋は壊れなかった。
ティエスは、笑顔で振り向いた。
『トーリ!』
ぼくも、橋の上に乗った。
ティエスが、わくわくした表情でぼくを見つめていた。
ぼくは、その場で思いっきり跳んだ。
着地しても、橋は壊れなかった。
ぼくとティエスは、顔を見合わせた。
『ジル!』
ティエスが、ジルに向かって手を振った。
ジルは、肩をすくめてから、橋の上に乗った。
ティエスが、ぼくも、わくわくした表情でジルを見つめていた。
ジルは、その場で軽く跳んだ。
着地して、
ばき。
と、音がした。
橋は壊れた。
橋脚が折れて、橋が、くの字に折れ曲がった。
ぼくたちは、流れの早い川に投げ出された。
ジルが、両手でティエスとぼくを引っ掴むと、川岸まで泳いでいった。
『なんだよ、もー!成功したと思ったのに!!』
ティエスは、ぷりぷりと怒っていた。
『……ジルさん、が、……おもかった、から……?』
ぼくは、思わず失言をこぼしていた。
王宮だったら、あり得ないことだ。
当時のぼくは子どもだったし、あの村では、ぼくはただの子どもでいられたのだと思う。
『は??』
ジルの拳骨が、ぼくのこめかみをぐりぐりと抉った。
『よっしゃ、トーリ!つぎはジルが乗ってもこわれない橋を作るぞ!!』
『は???』
ジルの拳骨が、次はティエスに降り注いだ。
『━━っふ、』
それが、なんだか可笑しかった。
『ふふ、あはははは!』
『━━なーんだ。お前、そんなかおもできるんだな』
これが、ぼくがティエスと初めて会ったときの記憶。
これが、ぼくが初めて心から笑ったときの記憶。




