70 修学旅行 ③
蒼士たちは着物を返しに店に行くと燃え尽きた顔をしたお婆さんが店内で椅子に座っていた。
「お帰りあんたたち。今日はご苦労だったね。」
そして冬花たちは着物を渡すとお婆さんは何も言わず受け取った。
「もしまた機会があったら来とくれ、うんとサービスするよ。あんたらのおかげでしばらく先まで予約でいっぱいだけどね。」
そう言って笑うと手を振って俺達を送り出してくれた。
その後は店を出て転移で旅館に帰りそれぞれの部屋へと戻っていく。
そしてその日の夜の女子風呂で。
「疲れたよ。明美。」
そう言って白崎の後ろから抱き付いたのはクラスメートの女子である。
そしてその時その女子は白崎の背中に何やら赤くなっている所を見つけた。
「明美、ここ虫に刺されてるよ。」
そう言って背中を摩られ白崎は驚いて背中を隠す。
「き、気にしないで。夏だからきっと蚊にでも刺されたんだよ。」
白崎はそう言ってタオルを体に巻くとお風呂を出て行った。
その様子は何かに怯えているようだがそのクラスメートには分かるはずもなくそのまま背中を見送った。
(そんなわけない。あれは夢・・・夢なんだから!)
白崎は脱衣所で急いで服を着るとそのまま部屋へと帰って行った。
そして部屋に入ると他のメンバーはまだ入浴中なのか、それとも他の部屋に遊びに出ているのか誰もいなかった。
すると白崎は急に軽い眩暈を感じてその場に座り込んだ。
「なに?頭の中で声が?」
(・・・たい。)
「何?」
(・・・・食べたい)
「!?」
(加藤君を食べたい。)
「何これ!私そんなこと考えてない!」
しかし、言葉とは裏腹に彼女の口からは唾液が溢れそれは加藤の事を考える程に増えて行った。
「何・・・何なのよ!?」
すると背中の虫に刺された所が急に痛み出し、それは虫が這うような感覚を伴い背中の中央に移動した。
「イヤ、何なの。もしかしてあれって夢じゃ・・・ない!」
すると彼女は今にも吐き出しそうに口を押さえ顔を蒼白にして昼間の事を思い出した。
昼間、彼女は加藤と共に伏見稲荷の参道を上っていた。
すると突然糸に絡まり動けなくなると上から巨大な蜘蛛が降りて来た。
そして加藤は気絶し蜘蛛はゆっくりと彼女に近づいて来る。
その間に助けを呼ぼうと叫び続けたが誰も来ず。蜘蛛は尻から何かを出すと彼女の背中をチョコンと突いた。
そしてその後は彼女も気を失い、気が付くと加藤に支えられ何も無かったかのように動けるようになっていた。
そして今、あの時の土蜘蛛の行動が明かされる時が来た。
白崎は突然背中が切り裂かれるような激しい痛みが襲い掛かる。
そして耐えきれない痛みに口からは今まで出した事が無いほどの切り裂く様な悲鳴が周囲へと響き渡る
「い、痛い。い・・があはあ。きゃーーーーーー!」
すると白崎の背中から8本の足が生え床に突き刺さり荷物を散乱させる。
それを見た白崎は驚愕し恐怖に顔を染めた。
しかもその足には自分の物である事を示す痛覚が通っており、何かに触れる度にその感覚が伝わってくる。
しかしその足は昼間見た蜘蛛の物に酷似しており白崎の心を更に揺さぶった。
すると彼女の前に散乱した荷物から零れた鏡が落ち顔を写し出す。
だがそこには人の顔は無く、まさに蜘蛛としか言えな複眼を持つ人ではない顔が写し出された。
「イヤーーーーーーー!!!」
白崎は蜘蛛の顔で悲鳴を上げ半狂乱になって暴れ回る。
それはそこにあるあらゆる物を破壊し、涙腺を失った瞳に見えない涙を流す。
すると物音と悲鳴に気が付いた周りの者が扉を叩き始めた。
どうやら教師の一人が以上に気が付き部屋の前まで来ているようだ。
「大丈夫か?何があった!」
そして鍵のかかっていない扉は簡単に開き、そこから人が入ってくる。
白崎は咄嗟に窓を突き破り2階から飛び降りるとそのまま走り去ってしまった。
それを見た教師はすぐに生徒を集め点呼を取り足りない者が居ないかを確認を取る。
その結果、白崎 明美だけが見つからず大騒ぎになり教師は捜索を始めた。
そして点呼を終えて部屋に戻った直後に俺の許へ天照が現れた。
それを見た俺は顔を歪め加藤は驚きに目を見開いている。
しかし、ここで問題がある。
それは加藤にも天照が見えていると言う事だ。
通常は他の奴には姿を見えない様にして行動しているのにコイツは何を考えてるんだ!
「蒼士、困っているんじゃないか?」
天照は俺に目を向けるといつもの調子で笑いかけた。
そして加藤にも顔を向けると。
「君が加藤君だね。白崎と言う子は残念だったね。でも大丈夫だよ。彼女が人を食べる化け物になる前に蒼士が始末してくれるから。」
すると加藤は何を言っているのか理解が出来ず、俺へと視線を移した。
その目には「お前はそんな事しないよな。」という意思が籠っている。
しかし、俺は何も言わず奥歯を噛みしめて苦り切った表情を浮かべた。
それを見て加藤は俺の服に掴みかかり、余裕のない表情で問いかけて来る。
「何なんだよおい。説明しろよ。こいつは何なんだ。それでお前は何を知ってるんだ。」
その必死な加藤とは逆に天照は笑顔のまま語り掛けた。
止めろと言っても止める奴では無いので俺は仕方なく事の成り行きを見守る事にする
「彼の事は今は置いておいて君が知りたいのは白崎と言う子の事だろ。」
すると加藤は俺から手を放して真剣な顔で頷いた。
「彼女は土蜘蛛に取り込まれて人ではなくなってしまった。君も見ただろ昼間のあれだよ。」
すると加藤は昼間の巨大な蜘蛛を思い出して顔をしかめ手から血が出そうな程に握り締める。
「昼間のアイツか!?あれは夢じゃなかったのかよ!」
すると天照は頷きを返した。
それを見て加藤は目を見開き信じたくないのか首を左右に振る。
しかし天照はそんな状態の加藤に容赦なく話を聞かせた。
「昼間のあいつは既に蒼士が退治している。でもあいつは卵を植え付けて増えるのだけど彼女の場合は自分が殺された時の保険にされたみたいだね。あの状態の卵は見つけるのはほぼ不可能だからこれについては仕方がないね。」
そして天照は溜息を付くと真剣な顔になる。
「加藤君。もし、君が私に対価を払えるなら彼女を助けてあげよう。」
そう言って天照は加藤へと選択肢を突き付けた。
すると加藤はその場に膝を付いて反射並みの速度で土下座をする。
「頼む!何でもするだから明美を助けてくれ。」
「そんなにすぐに決めてもいいのかい?神との契約は絶対だよ。」
「なら、俺はこの願いに命を賭ける。だからあいつを救ってくれ。」
加藤は一切の迷いなく天照に懇願した。
その様子に天照は黒い笑みを浮かべ、それを見た俺はアチャ~と片手で顔を覆った。
「加藤君。君の覚悟は分かった。ならまずは彼女を救おう。だがその後、彼女はこちらで預かり君には大きな試練を受けてもらう。それが達成された時彼女を君に返そう。」
すると天照は加藤と俺を連れて転移を行い移動した。
そこは先ほど来た伏見稲荷の洞窟であり俺たちはそこに突入して行った。
すると昼間は暗かったはずの洞窟は淡い光に包まれ普通の人間でも歩ける明るさになる。
どうやら天照が力を使い洞窟内を照らしているようだ。
もしこれが楽しいデートならば心躍る光景だっただろう。
そしてその先には昼と同じ広い空間があり、人の姿をした少女が立ち尽くしていた。
「明美ーーー!」
加藤は白崎の姿を確認すると名前を叫んで飛び出し走り寄る。
俺はそれを止めようとしたが天照に止められ仕方なく見守る事にする。
「明美・・・。」
加藤は彼女の近くに行くとその姿が鮮明に見える様になりその姿を確認した。
彼女は部屋から飛び出したため靴も履かず、冷たい地面に素足を晒している。
服は大きく裂け、下は何とか履いているが所々から綺麗な白い足が見えている。
そして上は全ての服が破れ上半身には何も着ていない事が分かった。
すると加藤の声に反応するように白崎は加藤へとゆっくりと振り向いた。
しかし、その目は濁り口元には涎が垂れている。
そして白崎は獲物を狙う目を加藤に向けると舌で唇を淫靡に舐めた。
「あれ、ゴハ・・加藤君来てくれたの。」
そう言って白崎はいつものような穏やかな表情で加藤へと歩み寄る。
しかし、加藤の名を呼ぶ前に言ったのは『ゴハン』と言おうとしたのではないだろうか。
そして控えめな彼女はいつもならそこで止まるのに今は手を広げ、半裸の状態で加藤へと抱き着きその胸に顔を埋める。
そして手を加藤の首に回すとそのまま体を寄せて行き首元を舌で舐めた。
「あ~~~。加藤君やっぱりあなたしかいないわ。私達で沢山子供を作りましょ。」
そして白崎は次第にエスカレートし首にキスをした後にしゃがんでズボンのベルトに手を掛けた。
しかし、そこで彼女は人ではありえない事を告げた。
「でも子供を産むには一杯栄養がいるの。だからあなたに抱かれた後であなたを食べさせて。」
すると加藤はその代わり切ってしまった白崎を見て涙を流し、それを見た白崎は何故泣くのかが理解できずに首を傾げた。
するとこの瞬間、天照は神気を開放し白崎を後ろへと弾き飛ばした。
「誰!私と加藤君との間を邪魔する奴は。」
すると白崎は背中から蜘蛛の足を生やし顔も蜘蛛のように変え牙を剥いた。
そして体は次第に大きくなりそのサイズは3メートルを超える。
しかし、天照は気にする事無く力を強め彼女を光で包みこんだ。
「何名のこの光は!?イヤ・・・体が崩れる!」
そして光に包まれた白崎は体を崩し小さくなっていった。
すると土蜘蛛は残った手を加藤へと伸ばす。
「お願い助けて加藤君。このままだと私死んじゃう。ねえ、お願いよ。」
しかし、必死に伸ばされる手を加藤は取る事はせず消えていく白崎を見続けた。
そして全てが光の中に消えた時、加藤はその場に膝を付いて泣き崩れる。
「明美・・・明美ーーーー!」
そして洞窟に虚しく加藤の声が響き渡る中、先ほどまで土蜘蛛を包んでいた光の中に変化が訪れた。
その中ではより強い光がスライムのように蠢き何かを形作っていく。
そしてそれは次第に人の形へと変わり最後に激しい閃光を発し人へと変わった。
するとそこには一糸纏わぬ白崎の姿があり加藤はそれを見るなり立ち上がり彼女へと駆け寄った。
「明美!」
加藤は白崎を抱き上げると呼吸と脈を確認し大粒の涙をこぼす。
そしてその涙が顔に当たった事で意識を取り戻した白崎は目を開けて加藤を見つめた。
「加藤・・・くん。逃げて。私このままだとあなたを殺してしまう。」
そう言って彼女は加藤の頬に弱々しく手を当てて涙を流した。
どうやら先程と違い正気は取り戻しているみたいだ。
するとそれを見ていた天照が二人に近寄り声を掛ける。
「白崎さん、その心配はありませんよ。」
すると白崎は加藤から視線を外し今にも閉じそうな瞳で天照を見た。
「あなたは?」
「私は天照。加藤君の願いを聞いて君を助けた神の一人だよ。まあ、あなたはもう人ではありませんが。」
その直後、白崎は目が覚めたように目を見開き加藤と共に天照に視線を向けた。
そして天照は鏡を取り出して白崎に渡す。
それを覗き込んだ白崎はすぐに異常に気付き額の髪を持ち上げた。
するとそこには蜘蛛の様な複眼が8つありそこに意識を向けると白崎自身もそこから周りを見る事が出来た。
途端に白崎は涙を流し立ち上がると加藤から距離を取る。
「加藤君ごめんね。私は化け物になっちゃったよ。こんなん・・・こんな私じゃあもう一緒に居られない・・・。」
そう言って蹲ると白崎は泣き続けた。
その様子に加藤は天照を睨みつけて声を上げる。
「約束が違うぞ。明美を助けてくれるんじゃなかったのか?」
しかし、天照は笑顔のまま加藤へと告げた。
「約束通り助けましたよ。彼女の心は完全に人です。人との違いも額の目だけじゃないですか。それに、それは普通の人には見えません。生活に支障はないはずです。おそらく練習すれば隠せるようにもなるでしょう。」
しかし、それでも加藤の怒りは収まらず、また白崎は泣いたままである。
そして、そんな状況でも天照は気にする事無く加藤に告げた。
「それでは約束通り彼女はしばらく預かります。そして君には試練を受けてもらう。」
そう言って異空間から一本の刀を取り出した。
しかし、その刀からは禍々しい気配が立ち上っており普通の武器とは考えにくい。
そんな物を普通の人間である加藤が使えば今度は加藤が刀に取り込まれ化物になってしまうだろう。
すると天照は何でもない様な顔をして加藤へと言い放った。
「これは妖刀鬼切丸。これで100の鬼の血を浴びて人を止めなさい。」
しかし、加藤は一瞬驚愕するが次の瞬間には立ち上がり刀に手を伸ばす。
(明美はもう人じゃないんだ。なら俺が傍に居るには人を止める他に方法はない!)
しかし刀を掴んだとたんに凄まじい妖気が流れ込み加藤を苦しめる。
俺はそれが分かっていたのですぐに駆け寄り加藤へと魔法をかけた。
「蒼士、あまり手伝うと後が大変ですよ。」
しかし、俺は魔法を止める事なく加藤の精神に安定の魔法を、体に強化と回復を。
そして妖刀には浄化の魔法を平行行使してかけていった。
すると加藤は次第に安定していき、息を整えると刀を持ち上げ白崎に笑顔を向けたる
「明美。俺はお前と居たい!だから人を捨ててお前の傍に行く!」
すると白崎は驚愕し涙を流したまま激しく首を横に振った。
「ダメだよ加藤君。あなたが人を止める事ないよ。ねえ、源君お願い。加藤君を止めて。」
しかし俺は苦笑いを浮かべて首を横に振った。
俺には加藤の心意気が完全に理解できるからだ。
俺だって冬花とカグツチの傍に居るために人を止めろと言われれば迷う事無く人を止める。
その結果、悪魔になったとしても後悔はないだろう。
その場合は2人が納得してくれる優しい悪魔になれば良いだけだ。
「お前が助かった時点でこれは決定事項なんだ。それに俺は男としてこいつを応援する。だから悪いが白崎も諦めて加藤を待ってやってくれ。100の鬼位ならすぐに済むから。」
「ちょ、待って!どういうことなの!?」
そして俺は白崎に背を向けると加藤に向かって頷いた。
「そういう事だ加藤。とっとと済ませるぞ。ちなみに泣き言は無しで行くからな。」
「ああ、それで頼む!」
俺が加藤に告げると元気の良い返事が返って来た。
なので今度は天照に視線を向ける。
「そういう事だ天照。あんたも何か理由があってこんなことしたんだろ。なら俺が手伝っても構わないよな。」
すると天照も苦笑いと共に頷いて許可を出した。
恐らくはこの事も既に想定の範囲内なのだろう。
本当にこういう腹黒いところが嫌いなんだ。
「蒼士、手伝うのは構いませんがあまり甘やかさない様に。人を捨てた所からが出発点なのですからね。あなたなら分かっていると思いますが。」
そして、俺も頷くと天照は白崎を問答無用で連れて消えていった。
次に会うのは加藤が人を止めた時だ。
すなわち100の鬼を切って血を浴びた時である。
しかし、俺は少し気になった事があり加藤に問いかけた。
「そう言えば加藤は白崎さんから名前で呼ばれたりしないのか?」
すると加藤は苦笑いをして答えてくれた。
どうやら既に二人で話はしていたようだ。
「苗字で慣れすぎて名前で呼ぶのが恥ずかしいんだってよ。だからいまだに加藤のままだよ。」
「なら次に会った時は名前で呼んでもらう様に言わないとな。俺もそろそろ加藤でなく下の名前で呼ぶことにするから。」
「分かったよ蒼士。気楽に颯と呼んでくれ。」
「ああ、そうさせてもらう。」
そして二人は修学旅行が終わると同時に鬼狩りへと向かうのであった。




