62 修行②
その日、冬花はスサノオの元を訪れていた。
「スサノオ様お願いします。私にもあなたの加護をください。」
そう言って冬花はスサノオに対して土下座をしている。
するとスサノオは少し困ったような顔になり悩み始めた。
確かに冬花の魂の輝きは蒼士に近い物がある。
しかし、その僅かな差により冬花にはスサノオの加護を受け入れる器が足りなかった。
恐らく冬花に蒼士程の加護を与えれば発狂して死んでしまうだろう。
しかし、それでは勿体ない。
スサノオは昔に起きて来た悪戯者の感覚を思い出し、ここで裏技を使う事にした。
しかし、それも本人の覚悟が本物でなければ成功する見込みはない。
もともとやるなら徹底的にやるのが自分のやり方なので中途半端にするつもりは無かった。
百合子の場合は完全に酒の誘惑に負けた結果だが、その現実をスサノオは既に飲酒の彼方に忘却している。
そのため、スサノオは目の前で頭を下げる冬花に覚悟を問うた。
「恐らく今の段階でお前に加護を与えれば確実に死ぬ。」
スサノオの言葉に冬花は下げたままの顔に渋面を作り悔し涙を流す。
恐らくは今までの人生でその様な表情を浮かべたのは初めてだろう。
しかし冬花の周りでは蒼士は着実に力を付け幼い百合子さえも修行を開始している。
なのに今の自分には何の力も無い。
そのため修行をしても成果が上がらず、その事に苦しんでいるのだ。
それは愛する相手に置き去りにされると錯覚してしまう程に。
蒼士はそんな事は死んでもしないが今の冬花にはまだそこまでの想いが備わっていなかった。
恐らくは未来の冬花なら置いて行かれるではなく相応しくないと思っていただろう。
しかし次のスサノオの言葉に冬花は光明が差すのを感じた。
「だから今からお前の魂を鍛えてやろう。とはいっても俺はカグツチ程手加減は上手くねえ。最悪死ぬかもしれんがそれでもいいか?」
冬花は目に涙をためた顔をスサノオに向けると力強く頷いた。
そしてスサノオも「しょうがねえ」と溜息をつきながらも立ち上がり冬花の頭に手を置いて引き上げた。
すると体から何かが抜ける感覚があり足元を見ると自分が床に倒れている。
「今からお前の魂と直に打ち合いお前を鍛える。その姿なら腕が無くなっても頑張ればどうにかなるから死なないように注意しろ。」
そして冬花は頷くと立ち上がり手を構えた。
すると、そこでスサノオは異空間から一本の剣を取り出して冬花に放り投げた。
冬花は咄嗟に剣を受け取り首を傾げる。
「この空間は特別だからな霊体でも物に触れる。現に俺達も実体がないがこうして酒を飲んだり普通に物に触れてるだろ。それじゃ面倒な説明は終わりだ剣を構えろ。」
そしてスサノオのまさに鬼のような修行が始まった。
ただその修業とはスサノオの振り下ろされた剣を受け止める。
ただそれだけであった。
しかし、その威力はすさまじく何本もの剣が折れその度に冬花は大怪我を負った。
時には腕が落ちる事もあり、またある時には足や体に折れた剣が突き刺さった。
しかし、それでも冬花は挫けずに剣を構え続けた。
それはまるで刀匠が一打一打、刀を鍛えて行くようでありスサノオは剣を振り下ろし続ける。
そして腕が飛び足が切り裂かれ顔に裂傷が刻まれる度にスサノオは神気を送り込んで傷を治していく。
そんな事が何日も休む事無く続き冬花の魂にスサノオの力が馴染んだ時、この苛烈な修行は終わった。
「冬花、よく耐えた。まさかホントにこの修行に耐えるとは思っていなかったぞ。」
そう言ってスサノオは笑い剣を下ろした。
そこには今までの剣呑さは消え去り、まるで大樹を思わせる力強く包み込む様な笑顔が浮かんでいる。
そして冬花がこの修行に耐えられたのもある意味では当然である。
彼女は彼方で様々な死を体験しても心が壊れなかった魂の持ち主だからだ。
その驚異的な心の強さは時に蒼士さえも凌ぐかもしれない。
そんな冬花だからこそ、この修行に耐えることが出来たのだ、
そんな冬花に内心で驚きながらもスサノオはその肩に手を置いて魂を体へと戻していく。
「今お前の中にはこの数日掛けて送った俺の加護が満ちている。それならカグツチの訓練にも付いて行けるだろう。少し出遅れてるがお前の根性は本物だ。そう遠くない内に追いつけるだろう。」
そう言って冬花を部屋から追い出してスサノオは再び酒を飲み始めた。
その口元は小さく吊り上がり、数日前よりも明らかに楽しそうだ。
そして冬花が蒼士たちの元へ向かうとそこには数日前までとはまるで違う光景が広がっていた。
そこには野次馬をしていた神は誰もおらず蒼士とカグツチが剣を打ち合っていた。
しかし、カグツチの表情はとても楽しそうでその頬は軽く赤みを帯びている。
その変化に冬花は何やらモヤモヤした物を感じて二人へと歩み寄った。
するとそれに気付いた二人は剣を下ろして冬花に視線を移す。
「やっと出て来たか。無事にスサノオの加護がもらえたようで何よりだ。蒼士がずっと心配していたぞ。」
そのセリフに冬花の眉がピクリと反応する。
(やっぱりおかしいよね。前までは蒼君の事をお前とか貴様って呼んでたのに今は名前で呼んでるし。なんだかとっても楽しそう。)
そしてこの時、冬花は追憶の腕輪に何かヒントがあるのではと思い今夜にでも見てみようと決意するのであった。
そして、その日の修行が終わり冬花は蒼士に記憶を見ても問題ないかを確認した。
すると呆気なく許可が下りたので共に百合子の元へと向かい声を掛けた。
「百合子ちゃん。追憶の腕輪を使いたいの、良いかな?」
すると百合子は未来の蒼士からは狭間の部屋で見せた方がいいと言われているため判断に迷った。
しかし、一緒に来ていた蒼士が「構わないから見てもらおう。」と言ったのが決め手となり冬花は腕輪を受け取って眠りについた。
そして、そこで映された映像はスサノオの修行を受けた後でも目を覆いたくなることの連続だった。
特に自分があちらに行ってから最初の方は様々な蒼士以外の男に襲われ危うい場面も多い。
一歩間違えていれば冬花はその純潔を散らしていたかもしれない。
そして、冬花を探し続ける蒼士の17年の歳月は冬花に絶対の信頼と愛情を芽生えさせた。
さらにあちらの世界に行ってからの蒼士の自分に対する思いの強さと行動は冬花の瞳を涙で濡らした。
この時冬花はカグツチの事で蒼士を疑った事を恥ずかしく思い、またカグツチの事も悪く思えなくなっていた。
(まあ、蒼君はあんなに素敵な人だから仕方ないかな。後は蒼君次第だよね。)
そしてこの時の冬花は経験ではなく記録として自分の未来を知った。
そのため蒼士を求める気持ちは同じくらい強いが独占したい気持ちは未来の冬花ほど強くなかった。
逆に素敵な自分の男を好いてくれるなら、その気持ちを共有したいと思う程である。
そして目が覚めると傍には蒼士がおり、その手は互いに握り合っていた。
その温もりを感じ冬花は起き上がると蒼士に初めてのキスをするのであった。
そして朝になり冬花はカグツチの元へと向かう。
すると冬花の姿を見たカグツチはぶっきらぼうに話しかけてきた。
「なんだ貴様か。今日からお前ともまた修行だが肝心の蒼士はどうしたんだ。」
すると冬花はカグツチの傍まで来ると耳元で用件を伝えた。
「蒼君の事で大事な話があるからちょっと来てくれる。彼はスサノオ様に話があるらしいから今日は私達だけよ。」
するとカグツチは蒼士の事という所で肩を跳ねさせて反応し。今日は蒼士が来ないと言われて表情を曇らせる。
それは本当に僅かな物だが冬花にはその変化で充分であった。
そして二人は連れ立って邪魔の最も入りにくい大浴場(女性専用)へと向かって行った。
ちなみにここには天照の妹であるツクヨミも来ているので男は絶対に侵入できない。
もし、そんな不埒な事が起きればもう一人の兄であるスサノオも黙っていないだろう。
なのでここだけは女性が本当に安心して過ごせる神域と呼べた。
そして脱衣所に入ると互いに服を脱いでいくが、互いに相手の体を確認するようにチラチラと視線を向けている。
それは二人とも気付いてはいるが互いに何も言わず逆に見せつける様に素肌を晒していく。
(カグツチ様は髪は綺麗で肌も真雪のように白くて滑らかよね。身長は140位しかないけど子供って年じゃないし凛々しさと可愛さのギャップが凄くバランスがいいわ。)
そんな事をカグツチを見ながら冬花は考えていた。
そして向かいのカグツチは。
(冬花と言ったか此奴は身長も蒼士と釣り合っているからいいな。私なんてこんなちんちくりんな体だと見向きもされなさそうだ。それにこのペッタンコの胸だと・・・。それに比べあいつのは綺麗なお椀型。これは勝負にならないな・・・。)
そう思って相手に気付かれない程度に肩を落として溜息をついた。
そして裸になり湯船に入ると二人は揃って「フー」と息を吐く。
その姿は美しいが互いに何やら憂いを感じさせた。
しばらくすると冬花は勇気を出して話を切り出した。
「カグツチ様は蒼君の事をどう思っていますか?」
すると直球で投げつけられた質問にカグツチは目を白黒させながら悩み始めた。
今はまだカグツチは蒼士への思いに自覚がないためだ。
しかし、冬花からすればその思いは明白である。
今のカグツチの姿は夢で見た彼女の姿にとてもよく似ている。
そのため近いうちにどのような事になるかは容易く想像できる。
それにカグツチの性格なら瞬時に答えが返って来てもおかしくないのにそれを悩んでいるという事は彼女の中に消化できない気持ちがあると言う事だ。
「私は蒼君のこと好きですよ。というより愛しています。カグツチ様はどうなんですか?」
冬花の言葉にカグツチは自分でも理解できない気持ちに襲われて俯いてしまう。
それになんだか胸がチクチクと痛み始め、さらに締め付けられるように苦しい。
まるで巨大な鬼に体ごと掴まれ握られながら胸に杭を打ち込まれているみたいだ
そして、何故だか目の前に居る自分の気持ちを素直に口に出来る少女がとても妬ましく見えた。
それは恐らく冬花が自分に無い物をたくさん持っているからだ。
身長も胸も蒼士との思い出も時間も全て。
そう考えた時カグツチの目に突然涙が浮かんだ。
「あれ、なんで・・・私、泣いてる?」
そしてカグツチは零れる涙を手で拭うがそれは止まる事は無く頬を伝い続けた。
すると横から柔らかい体がカグツチを抱き締め優しく包み込んだ。
「やっぱりカグツチ様も蒼君の事好きなんですね。」
そして冬花のその言葉はカグツチの心にぴったりと嵌る様にその隙間を埋めた。
すると困惑した顔を冬花に向けると自分の中の変化をさらけ出す様に問いかけた。
「この痛みが人を好きと言う事なのか?それなら・・・」
すると冬花は勘違いをしているカグツチを強く抱きしめて言葉を止めた。
どうやら体に感じる痛みから他人を好きになる事が病気や毒と変わらないと思っているようだ。
その勘違いを正すために冬花は少しづつその心を解きほぐす事にした。
「カグツチ様、蒼君と剣の修行をしている時は楽しいですか?」
するとカグツチは小さく頷き肯定を示した。
「それじゃ一緒にお喋りしてる時は?」
「楽しいぞ!他愛のない会話が楽しいのは初めてだった。」
カグツチは素直に自分の感じた事を口にした。
まるでそれはまだ幼い女の子の様で、誰が見ても神様とは思えないだろう。
「その時の気持ちはどうですか?胸が今みたいに痛いですか?」
するとカグツチは首を横に振って声を上げた。
「そんな事はない!いつからか胸がポカポカして心地いい。それに・・・なんだか顔が温かくなる。」
そしてそこまで話すとカグツチは、はにかんだ様な笑顔を浮かべ再び目に涙も留まっていた。
「それ等の気持ちが全部合わさって好きって気持ちなんですよ。」
冬花は抱きしめたカグツチを離し、目を見て語り掛けた。
するとカグツチは途端に落ち込んで暗い顔で下を向いてしまう
「なら私のこの気持ちは永遠に敵わんな。蒼士にはお前がいるしこんな子供の姿の私にはあいつは興味を示さんだろう。」
すると冬花は落ち込んでいる彼女の顔に突然お湯を浴びせた。
いつものカグツチならそんな物は躱せただろうが、心が落ち込んだ事で気付けば顔がずぶ濡れになっていた。
「わっぷ!何をするのだ冬花。いきなり酷いではないか!」
そう言って前を向けば背中に般若を背負った冬花が睨み付けていた。
それは神だろうと反論を許さないというオーラを発しカグツチは背中に悪寒が走る。
「カグツチ様、私が蒼君の為に何も努力していないと思ったら大間違いですよ。人間はとても弱いのであなた達のようにほっといても可愛さや綺麗さを維持できないんです。私から見ればあなたには蒼君に好かれようとする努力が足りません。」
するとカグツチも目を吊り上げ、反撃に冬花へお湯を掛けた。
「努力で埋まらない物もあるだろう。アイツにはお前がいるし会ったばかりの私が太刀打ちできるか!」
そう言って互いにお湯をかけ合い思いをぶつけ合った。
そして、冬花も負けじと自分の思いを口にする
「ならこれから作ればいいでしょう。私は別に蒼君がいいなら相手が3人でも4人でも受け入れるつもりなんですから。」
するとカグツチの手は止まりそれに合わせて冬花も手を止める。
そしてびしょ濡れで髪を乱し、息を乱している二人はしばらく無言で見つめ合った。
そして最初に口を開いたのは冬花である。
「私だって蒼君を独占したい気持ちはあるわ。でも、蒼君が好きになるならその人もきっと素敵な人なのよ。それがたまたま神様だって構わない。だからあなたが本気なら一緒に蒼君を好きになりましょう。」
そして冬花はカグツチを強く抱きしめると胸の中で涙を流して小さく頷いた。
それは今のカグツチには精一杯の返事であったが冬花はそれに笑顔で頷いて答える。
そして湯につかり二人は脱衣所に向かう時、カグツチの変化に冬花は気が付いた。
「ねえカグツチ様・・・。」
「冬花、私の事はカグツチでいい。それでどうした。」
「気のせいじゃないと思うのだけど身長と胸が大きくなってるわよ。」
冬花の言葉にカグツチは自分の胸を確認する。
するとそこには冬花と同じお椀型の胸が重力に逆らいその存在感を主張していた。
そしてよく見れば身長も冬花と同じ位まで伸びている。
それに気が付いたカグツチは急いで服を着るとそのまま天照の所に駆け込んだ。
「天照様!突然体が大きくなったのですがこれは何かの前触れですか?」
すると天照はその大人になったカグツチを見てニコリと笑った。
「ほうカグツチもとうとう剣と鍛冶以外に興味を持つようになりましたか。」
すると心の内を言い当てられたカグツチは顔を真っ赤にしてザザザーと天照から離れて行った。
それは言葉よりも問うた相手に真実を伝えそれを見て天照は笑みを深める。
「今日は赤飯でも出しましょうかね。それと言っておきますが神は精神体に近いので思いが時に自身の姿を大きく変えます。それは今のあなたが望んだ姿でしょう。誰が元になってるかは一目でわかりますが蒼士も喜ぶといいですねー。」
天照がそこまで行った時、カグツチは脱兎のごとく走り去って行った。
その姿を彼は笑顔で見つめ傍の者に命じて本当に赤飯を炊かせ始める。
そのころ俺は記憶にあるスサノオの修行を魂の姿で受け、その絶大な一撃に消滅寸前にまで追い込まれている。
しかし、偶然部屋の外から聞こえた冬花の呼ぶ声に反応して持ち直し無事生還を果たした。
どうやらこの時の俺には17年間の記憶はあるが実際に味わっていないため覚悟が足りなかったようである。
しかし、それも傍に冬花がいる事で克服し、もし偶然冬花が呼ばなければ消滅していただろう。
そして何とか生還を果たした俺は何食わぬ顔をして冬花の元へと向かって行った。
そして後は期日まで修行を続けるつもりであったがここで天照から注意がもたらされた。
「あなた達はすぐに学校に帰り授業を受けなさい。人間たちの記憶はこちらで操作しておきます。」
そう言われた俺達は再び学校に戻る事になった。
その先にある神々の思惑が絡んだ大きな変化を知る事もなく。




